恋するジャガーノート

まふゆとら

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第五話「悪魔の手」

 第三章「角にかけた誇り‼ レイガノン起つ‼」・⑦

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◆エピローグ


「クロ・・・大丈夫・・・?」

「はっ、はい・・・」

 浴室のシャワーを使って、クロに冷水をかける。

 灼熱の体温に触れて、冷水は瞬く間に湯気へと変わっていく。

 高温のスチームを直に浴びるわけだから、本来は僕も無事じゃ済まないはずなんだけど・・・シルフィの展開するバリアのお陰で、こうしてクロを冷やせるわけだ。

 ・・・少しずつ、この作業にも慣れてきた・・・いや、慣れてきてしまった。

 ───間違いなく、クロの回復力は・・・怪獣たちとの戦いを経る度に、上がっている。

 ガラムキングと戦った時は、お腹の傷が塞がるまで丸一日かかっていたのに、カノンとの戦いで付いた左腕の傷はその日の夜には治り・・・そして、今。

「・・・何とか・・・落ち着いてきました・・・」

 初めて出会った時のように、ドロドロに融けかけたというのに・・・既に元の調子に戻りつつある。

 ・・・すぐに元気になってくれるのは嬉しいんだけど、クロの性格を考えると、それ以上に「すぐに回復するから」と無理をしないかどうかが心配だ。

「カノンちゃん・・・私を助けてくれたんですよね・・・! お礼しなくちゃ・・・です・・・!」

 ニコニコと微笑む姿からは、先程の苦悶の表情など、想像もつかない。

 今日は・・・カノンがいなかったら、大変な事になっていた。

 それに、あのJAGDの人がいなかったとしても・・・。

 毎回の事といえばそうだけど、ジャガーノートとの戦いは、あまりにも危うい綱渡りの連続だ。

 あの時、カノンがそっぽを向いたままだったら──

 JAGDの人が、熔岩弾の欠片に当たってケガしていたら──

 何か一つ歯車が狂っていれば、今こうしてクロの笑顔を見ることは出来なかったかも知れない。

「・・・? ハヤトさん・・・?」

 気づくと、橙色の瞳が、こちらを心配そうに見つめていた。

「あっ・・・ご、ごめん・・・! なんでもないんだ! あははは・・・」

 笑いながらごまかしたところで、浴室の外からアラームの音が聴こえた。

「あっ!・・・いけない・・・もう仕事の時間か・・・」

 ・・・そう、悲しいかな

 世界の平和を守る手助けをした直後でも──僕はいつも通りに働かなければならないのだ。

 それが・・・社会人という生き物なんだ・・・。

「ハヤトさん! 私・・・あとはひとりでも・・・できます・・・!」

「ほんと? じゃあ、お願いしちゃおうかな・・・」

「はいっ! ・・・・・・ひとりでも・・・できます‼」

 橙色の瞳が、キラキラと輝いていた。

 ・・・えーっと・・・これは・・・。

「ひ、ひとりで出来て偉いなぁ~! クロは~! もう超えら~~い‼」

「えっ、えへへ・・・! えへへへ・・・! 嬉しい・・・です・・・っ!」

 頬が緩んで、少しだらしないくらいの笑顔を見せる。

 ・・・ついでに、恥ずかしくもあったみたいで、また身体が赤くなってしまった。

 ・・・冷やしたばっかなんだけどな・・・。

「そ、それじゃあ後はお願いね! できるだけ早く帰るようにするから!」

「はいっ! いってらっしゃい・・・です・・・!」

 クロの笑顔に、こちらも笑顔で頷いて、浴室を後にする。そのまま廊下に出たところで──

「・・・・・・オイ」

 壁に寄りかかっていたカノンに、呼び止められた。

「・・・一本角、へーきなのか?」

 そして、ぶっきらぼうにクロの様子を聞いてくる。

「うん。・・・カノンが、守ってくれたお陰でね」

「ケッ! 勘違いすんじゃねぇ。アタシが守るのは家族むれだけだっつってんだろ!」

 言いながら、ぷいと顔を背ける。

 ・・・本当に、素直じゃない・・・・・・けど・・・きっと・・・彼女も、いい子だ。

「えっと・・・それじゃあ僕は仕事行ってくるね! お昼になったら、ごはん作りにまた戻ってくるから!」

「ハンッ! シゴトだか何だかしらねーが、とっとと行っちま──へぇっ・・・」

 壁から身体を離して、背を向けたカノンが・・・・・・床に崩れ落ちた。

「・・・・・・・・・はら、へったぁ・・・・・・」

 そして、「雷鳴」が鳴る。・・・彼女の、お腹から。

『ハヤト♪ 出勤まであと10分だよ♪』

「・・・・・・なんで楽しそうに言うんだよおおおおおぉぉぉ~~~~~っっ‼」

 妖精の大変ありがたい余命宣告カウントダウンに、僕まで崩れ落ちそうになる。

 ・・・・・・いや、本当に・・・いい子なんだけど・・・・・・ね・・・・・・?


       ※  ※  ※


『──でさぁ、聞いてくれよアル! あのじいさんったらひでぇんだよ! 俺の同僚たちに向かって「お主は森の事を全くわかっておらん!」とか怒鳴ったって言うんだぜ⁉ 現場に復帰したら知り合いの俺が皆にどやされちまうよ・・・』

「ふふ・・・彼も随分活力を取り戻してくれたようだな」

 端末から漏れ聞こえる声に、マクスウェル中尉が笑顔で応えている。

 声の主は、彼の弟──アルフレッド・マクスウェルだろう。

『ノオド族の人たち、森の復興を手伝ってくれんのは嬉しいんだけど・・・上手くいくかなぁ』

「大丈夫さ。挨拶の仕方だって皆に教えたんだろ? それに、いちばん大切なのは───」

『わかってるよ。「まず相手を知る事」・・・だろ?』

 中尉は、返事に軽い笑みで返した。

 ・・・兄弟水入らずを邪魔するのは申し訳ないが・・・こちらも仕事だ。壁をノックする。

「っ! すまない。仕事だ。また後で連絡する」

『あぁ。わかった。・・・アル、ほんとに・・・ありがとな』

「なぁに・・・弟をいじめたヤツをぶん殴るのは・・・昔から、兄の仕事と決まってる」

 端末から笑い声が聴こえて、通話を終える。

 彼の顔が・・・優しい兄から、瞬時に軍人のそれに変わった。

「お待たせしました。マム」

「無粋な真似をしてすまないが・・・カナダ支局から急かされていてな。メールは見たか?」

「No.010との戦闘に関する報告書の提出・・・ですね。カナダ支局の隊長さんはせっかちと聞いていましたが・・・まさか他局の人間に対してもとは」

 中尉が「やれやれ」と言った顔をして、肩をすくめる。

「君の勝手をそれだけで済ませてくれると言うんだ。我慢してデスクワークをするんだな」

 他局の管轄地で、非番なのに戦闘に参加・・・おまけに未認可の兵器まで使用・・・。

 本来であれば「お咎め」のオンパレードだ。

 ・・・お陰で、私には提出しなければならない書類が彼の十倍はあるんだが・・・

 まぁ、お手柄に免じて黙っておいてやる事にする。

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