恋するジャガーノート

まふゆとら

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第五話「悪魔の手」

 第二章「赤き魔弾‼ ヴァニラス絶体絶命‼」・⑨

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 叫んだのと、同時だった。

 赤い怪獣の尻尾の中央が赤く光ると、筒の部分からオレンジ色のマグマを伴って──大きな溶岩弾が発射されたのである。

 注意したのが功を奏したのか、クロは咄嗟に構えていた左腕で顔をかばう。

 灼熱の弾丸は腕に当たって砕けて、炎上した礫がクロの足元に転がった。

「やっぱり・・・そういう攻撃か・・・!」

 間一髪、顔面への直撃は免れたクロだったが───

『これは・・・かなりまずいかもね』

 シルフィの顔から余裕が消える。その視線を追うと、理由は一瞬で理解わかった。

 溶岩弾が直撃したクロの左腕が──既に、融け始めていたのだ。

『クロに似てるからこそ・・・クロにとっては・・・最大の天敵かもしれないね』

 さらに──事態はより悪化する。

<・・・コォ──・・・コォ───・・・・・・>

 再び息を漏らし、クロを見据えると──

 赤い怪獣は、その上体を持ち上げ──二本足で立ってみせたのである。

「なっ・・・⁉」

 首元からお腹にかけては黄色みがかった色をしていて、赤い外殻よりも柔らかい質感をしているように見える。

 胸の下あたりに、一際赤く発光する部位があった。

 立ち上がった怪獣は、扇状の前肢・・・いや・・・「両腕」を、クロに向かって突き出す。

 ちょうど「前へならえ」の姿勢だが・・・突き出された腕の先端を見て──背筋が凍った。

 その指にあたる部分全てに──「銃口」が付いていたのである。

「にっ、逃げてッ‼ クロッ‼」

 次の瞬間──赤い怪獣の両腕から無数の爆発音と共に、溶岩弾の雨が射出され──クロに向かって殺到した。

 彼女も予期していたのだろう。右に跳んで、辛くも回避する。

 ・・・が、しかし・・・それは、初撃に過ぎなかった。

<コォ──・・・!>

 赤い怪獣は両腕を構えたまま、クロの動きに追随して体をひねる。

 彼女が着地したタイミングを見逃さずに、第二射が放たれる。

 ドロドロのマグマの尾を引いて、一発につき直径2メートルはあろうかという灼熱の弾丸の雨あられが、クロの身体を襲った。

<グオオオオオオオオオッッッ‼>

 左半身にほとんどの弾が命中──苦悶の声が上がる。

 ネイビーの鎧の各所が瞬く間に赤熱し、白煙が上がった。

『速い・・・っ!』

 頭の中に焦った声が聴こえる。

 シルフィの言う通り、放たれた溶岩弾は、まるで銃弾のように目にもとまらぬ速さだった。

 赤い怪獣は、さながら両手に拳銃を持ったガンマンのようだ。

<オオオオオオッッ‼>

 しかし、クロもやられてばかりではない。

 赤い怪獣が接近してきた気配を感じて、身体を大きくひねった。

 尻尾で敵の両腕を打ち払うつもりだ──!

 予想は的中したが・・・その標的もまた、クロの攻撃を読んでいたらしい。

<コオォ───・・・ッ!!>

 怪獣は、尻尾の動きに合わせて素早く身体を伏せて、再び四つん這いになる。

 そして頭上をクロの尻尾が通過していった直後──怪獣は先程と同じように自分の尻尾をサソリのように持ち上げ、がら空きになったクロの背中に狙いを定めた。

「危ないッ‼」

 警告も空しく・・・尻尾を振ったせいで身動きの出来なかったクロは、またしても溶岩弾の直撃を受けてしまう。

 悲鳴のような咆哮と共に、クロの背ビレが融け始め、背中からも白い煙が上がった。

『・・・あの怪獣・・・クロにとって相性が悪すぎるね・・・』

 機敏な動きと手数の多さ・・・そして何より、クロの武器でもあり弱点でもある「高熱」を、あの怪獣もまた自らの武器にしている───

『溶岩の中から出てきたって話も踏まえると・・・果たして、ライジングフィストも効果があるかどうか・・・』

 頭の中に、何とも苦い予想が聞こえた。

 そうか・・・! 敵が同じ「高熱」を武器にする以上、その可能性もあるのか・・・!

「・・・アイツ、やべぇんじゃねぇのか?」

 僕たちの焦った様子が、伝わってしまったようだ。

 腕組みをしたカノンが、どこか面白くなさそうに、そう口にする。

「・・・・・・」

 シルフィ曰く、まさに今後ろにいる彼女・・・レイガノンが、今までで最も強いという事だったけど・・・今回はあまりに相手が悪すぎる。

 カノンの問いかけには答えられず、唇を噛み締めた。

<グオォ・・・・・・ッ⁉>

 そこで、よろめきながら立ち上がろうとしたクロが──突然、その動きを止めた。

「ど、どうしたのクロッ⁉」

 赤い怪獣は再び立ち上がり、両腕の「銃口」をクロの背中に向ける。

 敵を油断させるための作戦か何かかとも考えたが、それにしては様子がおかしい。

 するとクロは、その場を動くどころか・・・立ち膝をついたまま、両腕を広げた。

<コォ──・・・!>

 不気味な吐息と共に──再び、怪獣の腕から無数の熔岩弾が放たれる。

 クロは、悲鳴のような声を上げながらも、ただただ、攻撃を無抵抗に受け続ける。

「──シルフィッ!」

『わかってる・・・!』

 僕たちを乗せた球体が、クロの正面に回り込んだ。

 すると、そこには──ダークグレイの制服を来た男女が、腰を抜かして、クロを見上げていた。

 ───クロは、彼らの存在に気付いて、守っていたのか──!

「ひっ、ひいぃ・・・っ⁉」

「な、何が起きてんねや・・・・・・⁉」

 制服からして、JAGDの人たちだとは思うが・・・狼狽するばかりで、動けないようだ。

「シルフィ! あの人たちの前に!」

 球体が下降し、クロの足下に着地する。

 見上げると・・・彼女の体は、全身が熔け始めていた。

 砂漠での戦いの時より、更に酷い。

 顔の一部まで崩れ始め、ネイビーの鎧が涙を流しているかのようだった。

「あのバカ・・・! 自分がやべぇってのに・・・ッ‼」

 カノンがクロの惨状を見て、歯噛みしながら呟いた。

 ───正直・・・あまりの痛々しさに──直視するのすら・・・辛い。

 ・・・けど、それでも目を逸らしてはいけない。見届けるんだ・・・彼女の、戦いを・・・ッ‼

「クロッ‼ この人たちは任せて! 反撃するんだッ!」

<グ、オオオォォ・・・・・・ッ‼>

 苦痛に耐える瞳と、目が合う。「見ているよ」と必死に訴えかける。

 クロは、全身から白煙を上げながら・・・何とか赤い怪獣の方へ振り向いた。

 怪獣は手持ちの弾を撃ち終えたのか、ギロリとクロを睨んだまま、直立不動で居る。





 仕掛けるなら、今がチャンスだ・・・!

<グオオオオオオオオオオオッッ‼>

 満身創痍の身体を左右に振り乱しながら、クロが走る──!

 既に全身に浮き上がった模様は右手へと集積し、その輝きを増していた。

 ライジングフィストの色は──「白」。全力全開の一撃だ!

「行っけえええぇぇぇっっ‼」

 握りしめた拳を振り上げて、クロに呼びかける。

 ・・・隣で、カノンが息を呑んだのが判った。

<・・・・・・コォ───・・・・・・>

 ネイビーの巨体が肉迫しようと突進してきても・・・赤い怪獣は、一向に焦る様子がない。

 ・・・・・・まさか・・・・・・わざと勝負を仕掛けさせたのか⁉

「くっ、クロッ‼ 一度止まるんだッ‼」

 思わず、そう口にしていた。・・・しかし、走り出した巨体はすぐには止まれない。

 そこで・・・赤い怪獣が、両腕の甲をクロに向ける。

 筒の部分の凹凸同士が噛み合い、両腕は一体となって巨大な「盾」となった。

 表面には、筒の部分の先と同じ──火山の火口を思わせる、いくつかの穴がある。

 そして、その穴から微かに・・・シュー、という音が聴こえてきた。

「この・・・音は・・・っ!」

 ・・・・・・間違いない。遊園地でエア遊具を膨らませる時と同じ・・・気体が漏れる音だ。

<コォ──・・・ッ‼>

 悪い予感は的中し──「盾」にある穴から、走ってくるクロに向かって──真っ赤に燃える巨大な火炎が放たれた。

 体内からガスを噴出して、体温で発火させたんだ・・・!

<グオオオオオオオオッッ⁉>

 自分の体長をも超える炎の壁に包まれ、クロの突進が止まる。

 成す術もなく、更なる高熱を与えられた彼女は・・・炎が霧散するのと同時に、赤い怪獣の手前で──力なく倒れた。

「クロッ‼ 返事をしてッ‼ クロおおぉぉぉッッ‼」

 勝手に溢れた涙を拭う余裕もなく、必死に呼びかける。

 しかし、白煙を上げて横たわるその体は、ぴくりとも動かない。

<コォ───・・・>

 その仮面の下で、どんな表情をしているのか・・・。

 冷徹なる赤いガンマンは・・・倒れたクロに、再びその銃口を突きつけた───
 

                       ~第三章へつづく~
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