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第五話「悪魔の手」
第二章「赤き魔弾‼ ヴァニラス絶体絶命‼」・⑤
しおりを挟む現状でこそ全世界が知る事になったが、元々JAGDはその機密性から、航空戦力に乏しい。
しかし、コモックス空軍基地の地下に基地を置き、隊長の綿密な根回しによって政府とも太いパイプを持つカナダ支局では、ジャガーノート出現時の緊急発進の権限が最初からJAGDに委ねられているのだ。
『マーカー座標同期・・・固定完了。行くぜ・・・!』
スカイグレーの機体から、空対地ミサイルAGM‐65Mが放たれて──指定された座標へ正確無比に命中する。
真っ黒な噴煙の中を、ミサイルの爆炎が押し退けて上がった。
「やった! 命中や・・・!」
「なに⁉ ほんとかよっ! よし・・・っ!」
『おっともう当てやがったのか! こっちも負けてらんないな!』
ヘルメットのスピーカーに新たな声が飛び込んで来て、二機目のCF‐188が二人の上空を横切った。
風圧がビリビリと二人の体に伝わる。
空へと目を向ければ、さらに後ろには報道ヘリまで飛んでいる。
「テレビ局もうちの隊長並みに仕事が早いみたいだな!」
ゴートが恵磨の方を見ながら、冗談を飛ばす。彼女も、思わず吹き出した。
いくらジャガーノートがタフとは言え、二機の戦闘機に完全にロックオンされていては手も足も出ないだろう・・・。
地上にいる二人が、同じ事を考え、安堵しかけた・・・その時。
「うわっ⁉」
「ま、また地震かいな・・・っ!」
再び、大きな揺れが起きる。
鳴動する火山は更に大きな声で唸り、溜まったガスが大量の黒煙を吐き出し──
その中から突如として現れた大きな火山弾が、高速で空を切って飛んでいる戦闘機の機体に、直撃した。
『うわぁっ⁉ 操縦不能‼ 操縦不能ーッ‼』
スピーカーから悲痛な叫びが聴こえて──やがて、途切れる。
あまりにも不幸で不自然な事故に、ゴートと恵磨が言葉を失った──刹那。
<ガギィィィイイイアアアアアアァァァァッッッッ‼>
───二人は、その「声」を、聴いた。
直後、大量のマグマが吹き出すと──火口のへりに、巨大な「手」がかかった。
「あのジャガーノート・・・まさか・・・・・・ッッ‼」
悪夢は──それだけでは終わらない。真っ赤な海から、もう一つの「手」が現れる。
そして遂に──「悪魔の手」の本体が──その巨大な身体を空の下へ晒した。
「あっ・・・あれが・・・ヴォルキッドの・・・本当の・・・姿なんか・・・⁉」
全身にドロドロのマグマを滴らせながら──火山の斜面に、巨大な四つ足のトカゲが張り付いた。全長90メートルはあるだろうか。
常識を疑いたくなる光景に、ゴートも恵磨も言葉どころか、思考すら放棄してしまっていた。
全身が赤い岩のような堅牢な外殻に包まれており、まるで鼓動するかのように、一定間隔で体の各所が仄かに明滅している。
ゴートはぼやけた頭で・・・その姿に、火を司る精霊・サラマンダーを連想した。
『チッ・・・! ヤツめ! たまらず飛び出しやがったな・・・!』
パイロットの舌打ちがスピーカーから聴こえ、二人は我に返った。
スカイグレーの機体が、ジャガーノートへ狙いを定めようと、旋回して最接近する。
耳障りな音の発生源を特定したヴォルキッドは・・・巨大な尻尾をサソリのように持ち上げた。
八方に「筒」を広げた外殻の真ん中──濃い赤色のゼリー状の部位が俄に発光する。
その尻尾のシルエットはまるで・・・歪な「手」のようだった。
「・・・アカンッ‼ 一旦戻るんや‼ そいつは───」
恵磨が気付き、叫んだが、一歩遅かった。
ヴォルキッドの尻尾の中心が赤い光を放つと──筒の部分から、灼熱を纏う熔岩弾が高速で射出された!
『──ッッ⁉ かっ、回避不の───』
ドカン‼と大きな音を立てて・・・二機目の戦闘機は空中で爆発し、鉄の臓物をぶち撒けた。
「嘘・・・だろ・・・?」
ゴートはつぶやいた後、自分の見た光景が信じられず・・・戦闘機のパイロットへ必死に呼びかけ始めた。
当然、端末から彼らの声が返ってくる事は、ない。
隣でかろうじて立っていた恵磨の膝から力が抜け──その場に崩折れた。
「あは、あはは・・・あはははははっ‼」
本人の意思とは関係なく、体が笑い出す。
涙ではない液体が、彼女のスボンを濡らした。
※ ※ ※
「ふぅ・・・こんなところか」
自室で書類仕事を終わらせ、凝った肩を揉む。
ここのところジャガーノートとの連戦続きで、面倒事をすすんで買って出てくれる中尉に甘えっぱなしだったが・・・
支局内の設備使用状況など、本来であれば私が率先して把握しなければならない仕事は山とあるのだ。
前線に出るばかりが戦いではない。
部下たちがいつでも最高のコンディションで作戦に臨み、最高のパフォーマンスを発揮できるよう努めるのも立派な戦いだ。
「・・・とはいえ、少し夢中になりすぎたようだな」
コンソールの時刻表示を見れば・・・現在は、朝の6時。
昨日松戸少尉に注意した私がこれでは、立つ瀬がないな・・・。当直の交代まではまだ時間があるし、少し仮眠でも──
そう考えたところで、端末から着信を報せる音が鳴り響く。
『──マスター。緊急事態です』
「私だ」というよりも早く、声が聴こえた。
「──状況を簡潔に!」
『マクスウェル中尉の読み通り、コルヴァズ火山より新種のジャガーノートが出現。カナダ支局が早急に対応しましたが、ミサイル攻撃も奏功せず──既に、戦闘機二機が撃墜されています。ジャガーノートは体から溶岩弾を射出する模様』
「地対空攻撃が可能なジャガーノートだと・・・⁉」
No.001やNo.004など、遠距離からの攻撃手段を持つジャガーノートは今までにも存在した。
・・・しかし、空を飛ぶ戦闘機を正確に撃ち落とす生物など──あまりにも規格外だ。
「中尉は無事なのか⁉」
『現地住民を避難させるべく彼らの元へ向かっております。しかし現在、噴火の影響で広域にわたって山火事が発生。安全な状況とは言えません』
航空戦力の通じないジャガーノートの出現に加えて、自然災害まで・・・現場は大混乱に違いない。
各支局への報告が遅れているのも頷ける。
『カナダ支局は、戦線を立て直すまでに時間を要すると思われます。──マスター。私に、中尉のサポート及びジャガーノートへの攻撃許可を頂けますでしょうか』
・・・成程。そのための通信か。またしても目立ってしまう事になるが───
「やむを得まい。兵装自由だ! 全責任は私が取る‼」
『ありがとうございます。その言葉を待っておりました』
スピーカー越しに、エンジンのかかった音が聴こえた。
「───それと、最悪喋れるのがバレてもいい。任務を優先しろ」
『了解です。とはいえ、出来る限りバレないよう努めます』
「そうしてくれ。・・・中尉を、頼む」
『お任せ下さい。マスターのお役に立つ事が、私の造られた意味ですから』
珍しく殊勝な事を言って、通話が切れる。
・・・自分自身が戦えない事が・・・祈るしか出来ない事が・・・こんなにも苦しいとは知らなかった。
「・・・・・・無事でいてくれ・・・中尉・・・!」
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