恋するジャガーノート

まふゆとら

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第五話「悪魔の手」

 第二章「赤き魔弾‼ ヴァニラス絶体絶命‼」・②

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       ※  ※  ※


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ってどこまで行くねーーんっ‼」

 マイド少尉が、声を枯らしながら叫ぶ。どこかツッコミっぽい言い方になってしまうのは、サガというやつだろうか。

 少女の案内に従い森の中を歩き続けて──既に三十分ほどが経過していた。

「ほんっと体力ないよなぁマイド」

 疲れ果てて歩みを止めた彼女へゴートが振り向き、ぷぷぷと笑ってみせた。

「しゃーないやん‼ ホンマはラボワークが本業やで⁉」

「ほう。マイド少尉は研究課からの出向か」

 うちで言うサクヤマ少尉のポジションだな。陽気な彼女の立ち居振る舞いからは一瞬想像出来なかったが・・・

 確かに筋肉の付き方は少し甘く見えるな。

「そうです~! ・・・せやから・・・もう・・・堪忍して・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

 独特のイントネーションの「そうです」が聴こえた後・・・マイド少尉はその場にぺたんと座り込んでしまった。

 私と違って、二人は随分迷ってからノオド族の住居に辿り着いたようだし、疲れるのも無理はないだろう。

「よし。一度休んで───おや・・・?」

 道案内の様子を伺おうと前を向くと・・・いつの間にか、少女の姿が消えていた。

 代わりに、道の先──行き止まりの岸壁に、ぽっかりと口を開けた洞穴ほらあなが見えた。

「あっ⁉ あれっ⁉ 彼女は・・・⁉ マイスウィートは・・・ッ⁉」

「いやいつからアンタのもんになったんよ・・・中尉さん、一旦あそこの洞穴で休ましてもらえへんやろか・・・?」

「あぁ。私もそのつもりだった。・・・よし、行こう」

 一応辺りを見渡して少女の姿を探すが・・・影も形も見当たらない。

 元から幻だったと言われても納得してしまいそうだ。

 留まっていても仕方がないと、三人で洞穴へ。

 岸壁の手前にあった数メートルほどの坂を登って、入り口に辿り着いた。天井までは5メートルくらいの高さがある。

 洞穴の中には、ちょうど昼下がりの陽の光が差し込んでいた。

 そこまで奥行きが広くない事がわかる。穴がどこかに繋がっている様子もない。

 これなら、背後から突然No.005ガ ラ ムに襲われる心配もなさそうだ。

「ふぅ~~・・・ようやく一息つけたわぁ・・・」

 マイド少尉が入り口の正面、崖のへりに腰掛けて、自分が歩いてきた森を少し高い視点から見つめた。

 私もリュックサックを下ろし、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して二人に渡す。

「んくっ・・・んくっ・・・ぷはぁ~! 生き返るで~! 中尉さん、ホンマおおきに! ウチらだけやったら、今頃色々と手詰まりになっとったわ!」

「ろくな準備もしないままにケツ叩かれて出動したしな。・・・ったくウチの隊長も悪い人じゃないんだが、少し早とちりというか・・・あっ、そういえば」

 前置きして、ゴートがこちらへ振り向く。

「アルの所の隊長って・・・あの「猟犬」だよな?」

「あぁ。そうだ」

「えっ、ホンマ⁉ アメリカにおるって聞いとったのに! いつの間に異動してたん⁉」

 隊長の名が知れ渡っているようで、何となく鼻が高い。

「就任早々、大型ジャガーノートを三体も倒したって聞いたぞ! いくらなんでも快挙過ぎるよな・・・やっぱり、噂通りめちゃくちゃ怖いのか・・・?」

「あっ! ウチも聞いた事あるで? 目がうたら半殺しにされるとか、馬鹿にした男連中を独りでボコって全員辞めさせたとか、ジャガーノートの肉を食べたとか!」

「・・・・・・」

 隊長のが知れ渡っているようで・・・何ともやるせない。

 ・・・まぁ最後の二つの噂に関しては、完全に否定する証拠がないのが歯がゆいが。

「キリュウ隊長は・・・そんなに乱暴なお人ではない。まだ共に働いて一月ほどだが、間違いなくJAGDでも指折りの人格者だ。私は、あの人に最後までついていくと決めた」

 わざとらしくないように・・・と思いつつ、ついつい手放しで称賛の言葉を贈りたくなってしまう。

 「猟犬」の噂のせいで、キリュウ隊長が心痛める事があれば耐えられない・・・が、彼女ならそんな自分の悪評さえ利用してしまうかもしれないな。

 ・・・本当に、キリュウ隊長は立派な方だ。

 ・・・・・・私程度が支えきれるのか・・・不安になる程に。

「随分惚れ込んどるんやねぇ? でも・・・中尉さんみたいな人がそこまで言うっちゅう事は、ウチも認識を改めんなアカンかな?」

 マイド少尉はニッと笑った。つられて、私も笑顔になる。

 ・・・噂はあくまで噂。こうして人となりをきちんと伝えれば、誤解だって解ける。

 人は「知らない」から恐れ、勝手にイメージを膨らませ、いつの間にか実態を失ってしまう。

 先程ゴートにも言ったが・・・何事もまず相手を知ろうとする姿勢が肝要だな、と再認識した。

「・・・ぷはっ。・・・そういえばついでに聞くけどさ、ここに来た理由はさっき分かったけど、アルはいつノオド族の人たちと知り合ったんだ?」

 ゴートがペットボトルの中身を飲み干して、問いかけてくる。

「子供の頃にここの近くに住んでいてな。森の中で遊んでいる最中に出会って、弟と一緒に時々相手してもらっていたんだ」

「中尉さん、こっち出身なんか! ・・・にしても、今は一見クールに見える中尉さんにも、やっぱり腕白な時期はあったんやね?」

「あぁ。当時は大人たちから、彼らの保留地には近づくなと言われていたのに、その言いつけを破ってしまうくらいには腕白だった」

 笑みを浮かべながら、自分もミネラルウォーターを口にした。

「ほほぉ。訓練学校でも真面目で通してたアルがなぁ。・・・まぁ、子供の頃は誰しも家出とかしたがるもんだよな」

「そうだな・・・「誰も僕を知らない場所に行きたい」と・・・そう思っていたのかも知れない」

「へぇ~中尉さんにもガラスの十代があったっちゅうわけやなぁ」

「・・・いや、マイド。今のは名作青春映画ス〇ンドバ〇ミーの台詞だ」

 ゴートの補足を聞いて、マイド少尉の顔から再び表情が消える。

「・・・・・・ゴートはん。ウチ、だんだんと中尉さんがわかってきた気ぃするわ」

 ・・・口に出しては言えないが、こうして呆れられるのは・・・少し快感だな。

「まぁまぁ、「人はみんな変わってるさ」という事でひとつ───」

 同じ映画から印象深い台詞をもう一つ引用したところで・・・

 ふと、視界に入った洞穴の壁面に、「模様」のようなものがえがかれているのが見えた。

「・・・? どうしたアル? 突然固まって?」

「・・・もしや・・・・・・」

 そのまま立ち上がり、背後の洞穴の中へ足を踏み入れる。

 陽の光が差し込まない奥まった壁面を、スマートフォンのライトで照らすと──

「ッ‼ 二人とも、来てくれ!」

「・・・! こ、これって・・・まさか・・・⁉」

 いち早く駆け寄ってきたゴートが、驚嘆の声を上げた。

 頷きながら、答える。


「・・・・・・あぁ。おそらくは・・・「遺文レリック」だ」


 そこにあったのは──天井まで届こうかという、巨大な壁画だった。

 洞穴の壁をキャンバスに、煙を噴く火山の先端から出た巨大な「赤い手」と、火山を背に逃げ惑う人々と・・・その先頭に立って歩む「鹿」が描かれている。

 それが事実を記したものなのか、誰かの空想の産物なのかは実際に事が起こらなければ判別出来ないのが遺文というものだが・・・

 そんな疑念を抱かせない荘厳さが、この空間にあった。

 ──この壁画は、だろう。
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