恋するジャガーノート

まふゆとら

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第一話「記憶のない怪獣」

 第三章「その手がつかむもの」・④

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 背後に控えるトラックが牽引する<アルミラージ>と、いま私が乗っている戦車<アルミラージ・タンク>は、通称・「メイザー兵器」と呼ばれている。

 体に溜め込んだ電気を光線として放つNo.004メイザの死体から、その生体メカニズムを解析して開発された兵器で、「一角ウサギアルミラージ」の名の通り、パラボラ部分の中央から角のように伝導針が突き出ている。

 穂先から放たれるのは、衝撃を与えると結びついた電気エネルギーを拡散させる粒子・「メイザー粒子」を収束させた可視光線だ。

 レーザーより弾着は遅いが、焦点ずれブルーミングを起こしづらく、副次的効果として感電による対象の無力化も期待出来る。

 ・・・とは言えまだ開発途上の兵器で、自走出来ない固定砲台をM983カーゴトラックで引っ張っているものと、M1A2エイブラムスの土台に出力を調整した小型砲を乗せただけのお粗末なものだ。

 <モビィ・ディックⅡ>の船出に際し「環太平洋圏の防衛のため」というお題目で多少無理を言って載せて来たものだったが、早速役に立つ機会に恵まれたのは幸か不幸か──

 間違いなく、実戦投入は今日が世界初だ。

 と、そこで端末に通信が入る。司令室からだ。

『キリュウ少佐! 聞こえますか!』

 英語だ。松戸少尉の声ではない。

「この声・・・<モビィ・ディックⅡ>の・・・?」

『『はいっ!』』

 声の主は、<モビィ・ディックⅡ>の女性オペレーターたちだった。

 今日は非番で、明日には本局へ帰還するはずの彼女たちがどうして・・・?

『さっきの少佐の演説を聞いて・・・いてもたってもいられなくって・・・!』

『私達にも、協力させてください!』

「・・・すまない。感謝する」

『今の聞いた? ごめんなさいSORRYですって!』

『やっぱり「猟犬」といえども日本人はごめんなさいSORRYって言うのね?』

 ・・・・・・だから君たち・・・小声なのは判るが聞こえてるぞ・・・。

「コホン・・・君たちには米軍と自衛隊との連絡を取り合って欲しい。場所が場所なだけにあちらからも色々言ってくるとは思うが、ここは我々の治外法権を徹底的に使う。任務の妨げになりそうな話はいなしておいてくれ」

『『アイアイ・マム!』』

『桐生少佐・・・じゃない隊長! 新たな情報です‼』

 次いで、松戸少尉からも連絡が入る。

「朗報だといいが」

『悪いニュースです・・・No.007の体温が、上昇を続けています。それも、加速度的に』

「・・・・・・何?」

 道路に沿って進む目の前の巨大な影からは、依然白煙が上がっているが、確かにその量は最初に映像で観た時よりも多くなっているように感じる。

  竜ヶ谷少尉から、No.007はキャンベル少佐が積み込んだジャガーノートが炎に包まれて巨大化したという御伽話ほうこくを先刻聞かされていたが・・・やはり、常識を超えた相手には、常識を疑ってかかるべき、か。

「サーモグラフィーの図は出せるか」

『転送します!』

 高エネルギーを測ったものではなく、単純に温度分布を計っただけのものが送られてくる。

 一目見て、胸の中心部に熱の発生源があると判る。そして腕、膝、そして背中・・・明滅している部分は温度が高く、それ以外はほんの少しだが温度が低い。

 中抜きされたヒレはどうやら、象の耳のように空気に触れる面積を大きくすることで放熱機関の役割を果たしているらしい。

 No.007はミニッツ大通りブールバードを右に曲がり、オクラホマ街道シティウェイへ入ろうとしていた。

 カラカラに乾いた自分の喉に気付いて、私は一つの仮説を立てる。

「ヤツは・・・海に向かっているのか? 自分の体を冷やすために・・・」

 山がほんの少し燃えた程度の小火ぼや一つで、ここまで空気が乾燥するのは不可思議だ。

 おそらくヤツは巨大化する際に周囲の大気ごと水分を吸収したのではないだろうか。

 しかしそれでは冷やしきれず、海水で体温を下げようと考え、そこへと向かっているのでは・・・?

『だとしたら・・・もっと悪いニュースです・・・隊長・・・』

 そこで、柵山少尉の大きく沈んだ声が聞こえる。

 科学者でもある彼の警告となると・・・嫌な予感が、汗となって背中を濡らす。

『このままのペースで体温が上昇し続けてから海に入った場合、大規模な水蒸気爆発が起こる可能性があります! ・・・最悪の場合、地下施設ごと一瞬で消し飛ばす威力の・・・!』

「なんだと・・・・・・?」

 ──水蒸気爆発──火山の噴火や、原子炉の炉心融解の際に起こる現象だ。

『現在の体温を考えるに、信じられない事ではありますが、No.007の体組織は全てが何らかの金属または超耐熱物質で構成されていると考えられます。しかし・・・この地球上で最も融点の高い物質でも、耐えられるのは約4千度。No.007の体温は、海に着くまでにそれを超えます! ・・・もし、体表の金属が溶融した場合・・・』

 水中に超高温の液滴金属が入ると、分裂を起こし連鎖的に大量の水蒸気を発生させる。

 水は水蒸気に変わる時、体積が1700倍となる・・・この体積の増大がそのまま圧力波となり被害をもたらすのが、水蒸気爆発だ。

 原子炉で起こる場合と違って放射線の拡散による二次災害の心配はなくとも、JAGD施設だけでなく横須賀に停泊している米海軍の船舶と航空兵器がまとめて弾け飛べば・・・明日にでも世界地図が書き換わる可能性がある。

「くっ・・・! 至急、近隣の全ての消防署に連絡‼」

 とはいったものの、あまり期待はできまい・・・出入り口も街中も逃げ出す市民たちでごった返し、ここまでたどり着くのにどれほどかかるか判らない。

 柵山少尉から水蒸気爆発の危険性を聞かせられ、他の隊員たちにも不安が広がっているのが伝わってくる。

 しかし、立ち止まる事は許されない。諦める事とは、即ち考えるのを止める事。

 抗い続ける限り、必ず道はあると私は信じる。

 とにかく水蒸気爆発を起こさせない為に、今出来る事は・・・・・・

「我々はNo.007の足止めだ! 時間を稼ぎ、ヤツの自滅を誘う!」

 消防隊による放水を行ったとして、文字通り焼け石に水で終わる可能性は高い。

 それなら、足止めしてヤツの自滅を誘う方が、被害はまだ少なく済む。

 体表が溶け出してから長くは生きられまい。

 幸い全身が融けたとしても、道路の地下にあるJAGDの施設が受け皿となり、液滴金属が海に流出せずに済む希望は残される。

 最も恐れるべきは水蒸気爆発だ。それさえ防げば、まだ目はある。

 No.007が海に辿り着く前に自滅させられれば我々の勝利。

 融けた体表の金属が海に流れ込めば、我々の敗北・・・単純明快なルールだ。

 No.007は、予想通りオクラホマ街道シティウェイを直進し始めた。やはり、海に向かっているのは間違いなさそうだ。

 しかしどうやら、あまり時間は残されていないらしい。先程までは重量で圧潰するだけだった車道が、ヤツの足の形に融けて凹んでいる。

 制帽を今一度被り直し、一つ、息を吐く。

「行くぞ! 作戦開始ッ!」

 <アルミラージ・タンク>が先陣を切り、続いて<アルミラージ>を牽引するカーゴトラックが続く。

 No.007に近づく程に感じる熱気は強くなり、目の奥がじりじりと熱せられるのを感じる。

 これ以上外に体を晒すのは危険と判断し、車内へ入りハッチを閉めた。

『いやはや・・・こうも度胸の据わった所を見せられたんじゃたまりませんな・・・俺には隊長がジャンヌ・ダルクに見えてきましたよ』

 竜ヶ谷少尉の軽口が聞こえる。

 恐怖をごまかすために冗談を飛ばす男は軍隊に多い。気にする堅物も多いが、私にとってはかわいいものだ。

「皮肉だな。私達はこれからを殺しに行くんだぞ。地獄に堕ちる用意はできてるな?」

『へへっ・・・お供しますぜ!』

 No.007を車内モニターの中央に捉える。近づきすぎると一瞬で蒸し焼きになる可能性もある・・・注意しなければ。

「まずは背中のヒレを狙う! ・・・ぇ──っ‼」

 号令とともに、幻獣の名を冠する兵器の角から、水色に光る光線が放たれた。
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