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第一話「記憶のない怪獣」
第二章「ジャガーノート」・⑤
しおりを挟む「遅れて申し訳ありません、マクスウェル中尉。航路の途中でNo.006を発見したため、私の独断で追跡しておりました」
「報告は受けております。着任されて間もないというのに、早速のご活躍という事で皆の耳に届いていますよ」
「いや、結局逃してしまいました。私の失態です」
「ですが、No.006の姿を写真に収めた上に途中で襲われた某国の原潜を助けたとか?」
「耳が早いようで・・・まぁ、あちらとしてはアジアの海で見つかりたくはなかったでしょうが」
ジャガーノートを討つのが我々の使命とはいえ、あくまで人命が最優先だ。
「一応、トラッキングソナーの撃ち込みには成功しました。外れない限り2週間は深海でも広範囲で追跡可能です。後で部隊内で詳細を共有しましょう」
「イエス・マム。さすがは「猟犬」と噂されるだけはありますな、少佐殿」
少し興奮気味なところを見ると、どうやら皮肉で言っているわけではないらしい。
No.006の影形を捉えた程度では成果とは言えないと思っていたのだが、本局からも随分と感謝された。
まぁ、某国への脅しネタ込みの成果かもしれないが。
「中尉は随分と日本語が堪能でいらっしゃる。昔からこちらに?」
プロフィールにはカナダ生まれとあった記憶があるが。
「いえ。完全に独学です。勿論、勤務地の第一希望には極東支局と書きましたが」
言外に、日本好きが伝わってくる。生まれ故郷を好いてくれているのは純粋に嬉しいものだ。
「それと少佐殿。いくら年上とはいえ、私に敬語は不要です。部下に示しがつきません」
「いや・・・しかし・・・」
言いかけて、手で制止される。
「少佐殿の「経緯」については、風の噂で聞いております。色々と言う連中もいるでしょうが、胸を張って下さい。あなたの成してきた事が、他人より早く肩の徽章に変わっただけです」
「・・・・・・」
正直・・・表面上はともかく、誰からも歓迎される事はないと思っていた。
それでもやり抜くつもりではあったが・・・どうやら彼に関して言えば、私に随分と期待してくれている事だけは確からしい。
要するに、「緊張し過ぎだぞ新人」と尻を叩かれてしまった訳だ。
そうだな・・・プレッシャーも感じるが、それでこそ、だ。
「・・・早速、隊長失格だな。正式配属の前だと言うのに・・・部下にお説教を食らうとは」
「なっ! せ、説教などと、私はそんなつもりでは・・・・・・!」
「冗談だ。マクスウェル中尉。これからよろしく頼む」
少し高めに、右手を差し出す。
「・・・・・・冗談なら、そうとわかる顔で言っていただきたいものです」
高い体温を感じさせる大きな手が応える。
・・・・・・自分としては微笑んだつもりだったのだが。表情筋を動かすのは苦手だ。
・・・っと、しまった。局員たちを敬礼させたままだったな。
「皆も、出迎え感謝する! 改めて、明日の7日付でここ極東支局機動部隊の隊長に着任する桐生 茜だ! これからよろしく頼む!」
一拍置いて、軍靴のかち合う音と、「イエス!マム!」の号令が返ってくる。
「よし! 各自持ち場に戻れ!」
一声かけると、蜘蛛の子を散らすようにセレストブルーを基調とした制服たちが元していた作業を再開する。
青い制服は、整備課員のものだ。彼らは我々機動部隊にとっては欠かす事の出来ない女房役。後で挨拶に回らなければ。
私が乗ってきた万能潜水艦<モビィ・ディックⅡ>にも課員たちが工具箱を手に近づいて来る。
邪魔にならぬよう早々に橋を渡りきり、ドックの足場へ移る。
少し後に、げっそりとした顔をしたノーマン大尉が続いた。
道すがら整備課員たちから敬礼を受けるものの、どうやら答礼する元気もないらしい。
「ノーマン大尉。急な任務の変更にも関わらず、ご協力感謝致します」
私のわがままに付き合わせてしまった非礼を詫びようと話しかけると、
「うひぃっ⁉ わっ、私も少佐殿と任務をご一緒できて光栄でありましたぁっ‼」
ぎょろりと目をむいて敬礼し、「しっ! 失礼致します!」と早々に立ち去ってしまった。
ノーマン大尉は屈強な潜水艦乗りと聞いていたのだが・・・やはり体調が悪かったのだろうか。
No.006との戦闘中はずっと顔が蒼白かった気がするしな。
「「キリュウ少佐!」」
次いで、同乗していた女性オペレーターたちが数人近寄ってくる。
揃った敬礼に答礼すると、複数の熱っぽい視線が注がれた。
よく見れば、頬まで染めているではないか。よほど疲労が溜まっていると見える。
「わ、私・・・あの・・・っ! あ、あんな激しいの・・・初めてで・・・す、すごい経験をさせていただきました‼」
「私もです! 少佐の言う通りにしたら、その・・・夢中になってしまって・・・あんな世界があるだなんて・・・私知らなかったです・・・」
興奮気味に褒められた。後ろからマクスウェル中尉の咳払いが聞こえる。
「いや、私の力ではない。私の思う通りに動かしてくれた君達の功績だ。私の方こそ感謝する。今日はゆっくり休むといい」
「「はいっ! ありがとうございました‼」」
わいわいと去っていく。
彼女たちもノーマン大尉と共に明日ここから軍用機で本局に帰る手筈だったな。十分に体を休めて欲しいところだ。
「・・・そ、その、不躾な事を聞きますが、あの艦内で一体何が・・・?」
「・・・? 何がといわれてもな。強いて言うなら例の潜水艦を助ける時に少し荒っぽい運転を頼んだくらいだが」
「・・・罪なお人だ」
マクスウェル中尉がため息をつきながら、スキンヘッドを掻いた。
つぶやきの理由はよくわからないが、とにかくNo.006の追跡をしたせいでスケジュールが遅れている。
明日の着任までに出来る事は全てやっておかなければ。
「それで中尉、キャンベル隊長はどちらに? まずは挨拶をと思ったのだが」
自然な動作で傍に控えるように立っていた中尉に問うと、瞬間、苦虫を噛み潰したような顔に変わる。
「じ、実はその・・・隊長は今・・・」
口を開きかけた時、背後の扉が乱暴に開かれ、肩を怒らせて男がドックへ入ってくる。
事前に目を通したプロフィールの記憶と照らし合わせ、片側に寄せた髪と人相を見て、彼がエドワード・キャンベル隊長である事に気付く。
しかし、その顔は幽鬼のように恐ろしげで、隈に覆われた双眸だけが、暗い光を灯していた。
「隊長、キリュウ少佐がお見えで──」
「まだ! まだ私が隊長だッ‼ 口出しはさせんッ‼」
叫びながら、一度こちらをぎろりと睨み、ドックを足早に立ち去った。
「・・・今の、パトロンに見放された音楽家のような彼が隊長です」
「・・・その悪口は聞こえなかったことにしておこう」
「お心遣い痛み入ります」
噂には聞いていた。「気難しい人物」であると。
とはいえ、椅子を奪いに来た私から投げかける言葉など、どんな慰めであっても残酷な仕打ちにしかならない。
あの様子は少し異常な気もするが。
「私以外の隊員たちは全員出払っています。隊長の指示で観測範囲全域を捜索中でして・・・」
「なに? 高エネルギー反応が探知されたのか?」
「はい・・・117時間前に一度」
「・・・・・・・・・なに?」
<モビィ・ディックⅡ>で観測したあの時か。
まさか、あの一瞬の反応を未だに・・・?
「・・・・・・ふむ。キャンベル隊長が仕事熱心な事はわかった」
「その事実は聞かなかった事にしておいた方が?」
「察しが良いな」
よく見れば、マクスウェル中尉の目の下にも大きな青い隈がある。
きっと他の隊員たちもあの追い詰められた男にどやされて、あるかもわからない砂漠の中の一粒を探せと無理強いされているんだろう。
「それでは、隊長に代わって私が極東支局を案内させて頂きます」
「・・・すまないが、その前にタオルをくれないか。蒸し暑い艦内で汗をかいてしまってな」
「・・・? か、かしこまりました」
中尉が怪訝そうな顔を向けてくる。それはそうだ。汗なんてかいていない。
万能潜水艦と名乗るだけあって<モビィ・ディックⅡ>の艦内はエアコンも快適だった。
「それとこれは独り言だが、寝不足の目には熱いタオルが効くそうだ」
「・・・アイ・マム。参考にさせて頂きます。それでは取って参ります」
中尉は出口の方へ向かおうとして、途中で立ち止まり振り返った。
「キリュウ少佐!」
「なんだ?」
「・・・明日から、改めてよろしくお願いします!」
踵を揃え、最敬礼される。
「私は独り言を言っただけだ。急げ! 私の部下に休息はないぞ! 駆け足!」
「アイ・マム!」
最後に一礼され、中尉がドアの向こうに消える。
・・・どうやら聞いていた以上に極東支局の現状は芳しくないらしい。
だが、同時に納得もした。
「代えたい椅子」が、ここにあったという事なのだろう。
でなければ、私のような若輩者が隊長の職になど就けるものか。改めて兜の緒を締めなければ。
しかし・・・キャンベル隊長のあの様子といい、一瞬とはいえ観測された高エネルギーといい、何か・・・嫌な予感がする。
虫の知らせというやつだろうか。
考え過ぎかもしれないが、今まで自分の直感で窮地を脱して来たのも事実。念には念を入れておいて損はないか。
「そこの君、すまない。頼みがあるんだが」
整備課員を呼び止め、一つ、指示を与えた。
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