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第五話「悪魔の手」
第一章「暴れる野生‼ 制御不能の怪獣娘‼」・⑦
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「えーっと・・・こちらの方は?」
黒髪の女性がゴートに英語で話しかけつつ、きょとんとした顔でこちらを見る。
「はじめまして。極東支局のアルバート・マクスウェル中尉だ」
日本語で自己紹介すると、ぎょっとした顔に変わる。表情豊かな面白い女性だ。
「えぇっ⁉ そのビジュアルで日本語ペラペラて⁉ っとし、失礼しました! カナダ支局機動部隊所属の舞島 恵磨少尉です!」
大げさにも見えるリアクションの後、急いで背筋をしゃんと伸ばして敬礼される。
「よろしくマイジマ少尉。・・・直接の部下でもなし、かしこまらなくても構わないぞ?」
答礼しつつ、緊張を解いてもらえるよう笑顔で話しかける。
「・・・ほ、ホンマですか? ほな、お言葉に甘えて少しだけくだけさしてもらいます~! あっ、ウチの事は「マイド」って呼んでもらえたら! よろしゅう!」
「まいじま・・・まいとう・・・マイド! なるほどユニークだ! よろしく頼む、マイド少尉」
「いやいやいきなり砕けすぎじゃないか⁉ す、すまんなアル・・・っていうか俺も少尉だから、今じゃお前より階級下だけど、いいのかこの調子で・・・?」
ゴートが困った顔をする。見ないうちに、彼も日本語が聞き取れるようになっていたようだ。
「構わないさ。ともにデスマーチを走りきった仲じゃないか」
「死の行進・・・? えらい物騒な響きやなぁ・・・何なんそれ?」
マイド少尉が怪訝な顔をしたので、待ってましたとばかりに説明する。
「あぁ。朝からぶっ続けで映画館で映画を観続けるんだ。オールナイト営業のところでな。そして最後は、翌朝一番の上映でシメる・・・オツだろう?」
「・・・・・・ゴートはん、ゴートはん」
彼女は無表情になって、ゴートの裾をくいくいと引っ張り始めた。
「マイド・・・言いたい事はとてもわかるが、こういうヤツなんだ。まぁ、映画中毒じゃないアルなんて、女のケツが映らない「F&F」みたいなもんだ」
「いやアンタもめちゃくちゃ影響受けとるやないかい!」
「おぉ! これが「本場のツッコミ」か・・・! 感動だな・・・!」
「映画好きも日本好きも健在・・・変わってないなぁ、アル」
やや呆れ気味な調子で言いながら、ゴートは懐から取り出したベルジャンチョコレートをひと欠片、自分の口に放った。
かく言う彼も、チョコ中毒なところはそのままのようだ。
と、そこでこちらをじろりと見つめる視線に気づく。
ゴートが話しかけようとしていた、ノオド族の老人だ。
「・・・偶然の再会につい盛り上がってしまったな。本来の目的を果たそう」
老人の方へ一歩歩み寄り──両手を体の前へ出し、掌を見せる。
向かいの老人は眉をピクリと動かし、同じように掌を見せてくれる。
続いて視線が合い、その顔を間近で見て・・・やはり、幼い頃に会った方だと確信する。
「お久し振りです。子供の頃、この森でお会いしました。アルバートです」
「・・・! 「罠外しの子」か! 大きくなったのう・・・!」
笑顔を見せると、老人もまた笑顔で答えてくれる。
ノオド族は真の名前を名乗らず、「その者が成した行い」で、仲間や他人を呼ぶ。
この老人も仲間からは、「外界との橋」という意味の言葉で呼ばれていたはずだ。
記憶ではこの村で唯一英語が通じる方だったので、彼がいてくれた事に内心安堵した。
「な、なんだよアル⁉ 知り合いだったのか⁉」
ゴートが素っ頓狂な声を上げる。マイド少尉も、後ろでくりくりとした目を見開いた。
「あぁ。子供の頃に少しな」
弟と共に野山を歩いている途中・・・先程と同じように罠にかかったエルクを助けたところを、この方が見ていたのだ。
そして、彼らの家に招待され・・・大人たちには秘密にしたまま・・・私と弟は、色々な事を彼らから学んだ。
「・・・ゴート、マイド少尉。君たちも一緒に招待してくれるそうだ」
老人に連れられて、三人で屋根の下へ。
すれ違う人たちとも、掌を見せ合う。視界に入る掌は、みな皺だらけだ。
後ろに続く二人も、見様見真似で私に続いた。
その後、来客用の敷物の上へ促され、車座になって腰を落ち着ける。
老人へと改めて一礼し、本題に入った。
「・・・実は、私達は昨日のコルヴァズ山の噴火について伺いに来たのです」
「・・・・・・」
やはりか、といった表情だ。
私以外の二人の顔を一瞥しつつ、重い口を開いてくれる。
「・・・あれは、「悪魔の手」の仕業じゃ」
老人の顔の皺が、更に深くなった気がした。
「火の山から生まれ、この世に終わりをもたらす「悪魔の手」──血にまみれたように赤いその手が地上へと現れた時・・・空より怒りの雨が降り注ぎ、川は沸き、森は枯れ、全ての命が消え失せるという・・・」
ノオド族に、火山にまつわる古い言い伝えがあると言う事は、子供の頃に彼らからほのめかされた事があったが・・・どうやら、間違いなさそうだ。
「・・・私の弟が、火口から伸びる「手」を見たんです・・・そして、その直後・・・弟の乗った飛行艇は、その「手」によって落とされてしまいました・・・」
目の前の老人と同時に、すぐ横の二人も息を詰まらせたのがわかった。
「一命は取り留めましたが、今もまだ安心とは言えない状態です。・・・しかし、弟はそれでも私に「手」の存在を伝えようと必死だった。だから私は、弟の側にいるのではなく、此処に来たのです。・・・悪魔と戦うために・・・一人の、戦士として」
老人の目を、真っ直ぐに見つめる。私の気持ちに嘘偽りのない事を示すために。
「・・・・・・「悪魔の手」を打ち払う方法は存在しない。「悪魔の手」の怒りの雨が全てを無にした後、真っ白になった大地で永遠の眠りにつく・・・それが、我らノオド族の運命なのだ」
彼もまた、こちらを見つめ返して来て・・・その言葉に、嘘がない事がわかってしまった。
「「大いなる神秘」の使者──伝説にある「銀の肢のエルク」が、先祖をこの地へと導いた。我らは、かの意志に逆らうことは出来ぬ。・・・「罠外しの子」よ、この森を去れ。それが、お主のためじゃ・・・」
「・・・結局、収穫はなしか」
ノオド族の住居から離れ、二人よりは道に詳しい私が先導する中・・・沈黙を破ったのはゴートだった。
「せやけど、あの調子やったら・・・ねばっても結果は同じやったやろなぁ」
マイド少尉も苦い顔をする。
「しかし・・・最後に言ってた「大いなる神秘」とか、「銀の肢のエルク」ってのは、一体何の事だったんだ?」
ゴートが首をひねる。会話の中から少しでもヒントを探そうとしているのだろう。
「「大いなる神秘」というのは、先住民たちが共通して認識しているこの宇宙の真理・・・形のない概念のようなものだ。彼らは「大いなる神秘」のもとに全てが繋がり、全ては共有されると考え、かの意志のままに自分たちが生かされていると信じている」
子供の頃にノオド族から聞いた事の受け売りだが・・・敬虔なクリスチャンである両親に育てられた私にとっては、当時は随分衝撃を受けたものだ。
「そして、「銀の肢のエルク」は、彼らが言っていた通り、ノオド族に伝わる「大いなる神秘」の使者の事だ。彼らはこの伝説を信じ、エルクを特別な存在と考えている」
「へえぇ・・・でもさっきの言い方からすると、日本の神鹿信仰とはちゃうっちゅう事か・・・」
「そうだな。使者という点においては共通するが、「大いなる神秘」には人格がないからな。だが、自分たちの信じるものに繋がる存在だと認識する点においては、近いとも言える」
「・・・???」
ゴートが完全に置いてけぼりをくらっている。座学はここまでにしておこう。
黒髪の女性がゴートに英語で話しかけつつ、きょとんとした顔でこちらを見る。
「はじめまして。極東支局のアルバート・マクスウェル中尉だ」
日本語で自己紹介すると、ぎょっとした顔に変わる。表情豊かな面白い女性だ。
「えぇっ⁉ そのビジュアルで日本語ペラペラて⁉ っとし、失礼しました! カナダ支局機動部隊所属の舞島 恵磨少尉です!」
大げさにも見えるリアクションの後、急いで背筋をしゃんと伸ばして敬礼される。
「よろしくマイジマ少尉。・・・直接の部下でもなし、かしこまらなくても構わないぞ?」
答礼しつつ、緊張を解いてもらえるよう笑顔で話しかける。
「・・・ほ、ホンマですか? ほな、お言葉に甘えて少しだけくだけさしてもらいます~! あっ、ウチの事は「マイド」って呼んでもらえたら! よろしゅう!」
「まいじま・・・まいとう・・・マイド! なるほどユニークだ! よろしく頼む、マイド少尉」
「いやいやいきなり砕けすぎじゃないか⁉ す、すまんなアル・・・っていうか俺も少尉だから、今じゃお前より階級下だけど、いいのかこの調子で・・・?」
ゴートが困った顔をする。見ないうちに、彼も日本語が聞き取れるようになっていたようだ。
「構わないさ。ともにデスマーチを走りきった仲じゃないか」
「死の行進・・・? えらい物騒な響きやなぁ・・・何なんそれ?」
マイド少尉が怪訝な顔をしたので、待ってましたとばかりに説明する。
「あぁ。朝からぶっ続けで映画館で映画を観続けるんだ。オールナイト営業のところでな。そして最後は、翌朝一番の上映でシメる・・・オツだろう?」
「・・・・・・ゴートはん、ゴートはん」
彼女は無表情になって、ゴートの裾をくいくいと引っ張り始めた。
「マイド・・・言いたい事はとてもわかるが、こういうヤツなんだ。まぁ、映画中毒じゃないアルなんて、女のケツが映らない「F&F」みたいなもんだ」
「いやアンタもめちゃくちゃ影響受けとるやないかい!」
「おぉ! これが「本場のツッコミ」か・・・! 感動だな・・・!」
「映画好きも日本好きも健在・・・変わってないなぁ、アル」
やや呆れ気味な調子で言いながら、ゴートは懐から取り出したベルジャンチョコレートをひと欠片、自分の口に放った。
かく言う彼も、チョコ中毒なところはそのままのようだ。
と、そこでこちらをじろりと見つめる視線に気づく。
ゴートが話しかけようとしていた、ノオド族の老人だ。
「・・・偶然の再会につい盛り上がってしまったな。本来の目的を果たそう」
老人の方へ一歩歩み寄り──両手を体の前へ出し、掌を見せる。
向かいの老人は眉をピクリと動かし、同じように掌を見せてくれる。
続いて視線が合い、その顔を間近で見て・・・やはり、幼い頃に会った方だと確信する。
「お久し振りです。子供の頃、この森でお会いしました。アルバートです」
「・・・! 「罠外しの子」か! 大きくなったのう・・・!」
笑顔を見せると、老人もまた笑顔で答えてくれる。
ノオド族は真の名前を名乗らず、「その者が成した行い」で、仲間や他人を呼ぶ。
この老人も仲間からは、「外界との橋」という意味の言葉で呼ばれていたはずだ。
記憶ではこの村で唯一英語が通じる方だったので、彼がいてくれた事に内心安堵した。
「な、なんだよアル⁉ 知り合いだったのか⁉」
ゴートが素っ頓狂な声を上げる。マイド少尉も、後ろでくりくりとした目を見開いた。
「あぁ。子供の頃に少しな」
弟と共に野山を歩いている途中・・・先程と同じように罠にかかったエルクを助けたところを、この方が見ていたのだ。
そして、彼らの家に招待され・・・大人たちには秘密にしたまま・・・私と弟は、色々な事を彼らから学んだ。
「・・・ゴート、マイド少尉。君たちも一緒に招待してくれるそうだ」
老人に連れられて、三人で屋根の下へ。
すれ違う人たちとも、掌を見せ合う。視界に入る掌は、みな皺だらけだ。
後ろに続く二人も、見様見真似で私に続いた。
その後、来客用の敷物の上へ促され、車座になって腰を落ち着ける。
老人へと改めて一礼し、本題に入った。
「・・・実は、私達は昨日のコルヴァズ山の噴火について伺いに来たのです」
「・・・・・・」
やはりか、といった表情だ。
私以外の二人の顔を一瞥しつつ、重い口を開いてくれる。
「・・・あれは、「悪魔の手」の仕業じゃ」
老人の顔の皺が、更に深くなった気がした。
「火の山から生まれ、この世に終わりをもたらす「悪魔の手」──血にまみれたように赤いその手が地上へと現れた時・・・空より怒りの雨が降り注ぎ、川は沸き、森は枯れ、全ての命が消え失せるという・・・」
ノオド族に、火山にまつわる古い言い伝えがあると言う事は、子供の頃に彼らからほのめかされた事があったが・・・どうやら、間違いなさそうだ。
「・・・私の弟が、火口から伸びる「手」を見たんです・・・そして、その直後・・・弟の乗った飛行艇は、その「手」によって落とされてしまいました・・・」
目の前の老人と同時に、すぐ横の二人も息を詰まらせたのがわかった。
「一命は取り留めましたが、今もまだ安心とは言えない状態です。・・・しかし、弟はそれでも私に「手」の存在を伝えようと必死だった。だから私は、弟の側にいるのではなく、此処に来たのです。・・・悪魔と戦うために・・・一人の、戦士として」
老人の目を、真っ直ぐに見つめる。私の気持ちに嘘偽りのない事を示すために。
「・・・・・・「悪魔の手」を打ち払う方法は存在しない。「悪魔の手」の怒りの雨が全てを無にした後、真っ白になった大地で永遠の眠りにつく・・・それが、我らノオド族の運命なのだ」
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「・・・結局、収穫はなしか」
ノオド族の住居から離れ、二人よりは道に詳しい私が先導する中・・・沈黙を破ったのはゴートだった。
「せやけど、あの調子やったら・・・ねばっても結果は同じやったやろなぁ」
マイド少尉も苦い顔をする。
「しかし・・・最後に言ってた「大いなる神秘」とか、「銀の肢のエルク」ってのは、一体何の事だったんだ?」
ゴートが首をひねる。会話の中から少しでもヒントを探そうとしているのだろう。
「「大いなる神秘」というのは、先住民たちが共通して認識しているこの宇宙の真理・・・形のない概念のようなものだ。彼らは「大いなる神秘」のもとに全てが繋がり、全ては共有されると考え、かの意志のままに自分たちが生かされていると信じている」
子供の頃にノオド族から聞いた事の受け売りだが・・・敬虔なクリスチャンである両親に育てられた私にとっては、当時は随分衝撃を受けたものだ。
「そして、「銀の肢のエルク」は、彼らが言っていた通り、ノオド族に伝わる「大いなる神秘」の使者の事だ。彼らはこの伝説を信じ、エルクを特別な存在と考えている」
「へえぇ・・・でもさっきの言い方からすると、日本の神鹿信仰とはちゃうっちゅう事か・・・」
「そうだな。使者という点においては共通するが、「大いなる神秘」には人格がないからな。だが、自分たちの信じるものに繋がる存在だと認識する点においては、近いとも言える」
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