恋するジャガーノート

まふゆとら

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第五話「悪魔の手」

 第一章「暴れる野生‼ 制御不能の怪獣娘‼」・①

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◆第一章「暴れる野生‼ 制御不能の怪獣娘‼」


「んだとてめぇッ‼ もういっぺん言ってみろコラァッッ‼」

「ひぃぃっっ⁉」

 大声で怒鳴られて、クロが咄嗟に僕の後ろに隠れる。

「は、ハヤトさぁん・・・」

 着慣れたジャージの背を捕まれ、涙ながらに名前を呼ばれる。

 怯えているせいか、いつもより熱くない。

 ・・・いつもこれくらいの体温だったらなぁ。

「オイ‼ 隠れてねーで出てきやがれ‼」

 目の前で鼻息を荒くしている少女は、なおも叫んだ。

 クロに対して大変ご立腹らしい。

 ちなみにクロが彼女にかけた言葉とは、「こんにちは」の一言だけである。

 挨拶しただけでキレる人なんて初めて見・・・いや、違った。

 ・・・この少女は、「人」ではない。

「見た目はちげぇがこのニオイ・・・てめぇ、アタシをぶん投げやがったあの一本角だろ!」

 ビシッ! と、僕越しにクロを指差した。

 砂漠での戦いから一夜明けて──今。

 不満げに鼻を鳴らし、あぐらをかいて僕の部屋の床に座り込んでいるこの娘の正体は・・・

 クロと激戦を繰り広げた、角の怪獣・「レイガノン」だ。

 若緑の髪をツインテールに結び、頭には角の生えた飾りがついている。

 体のあちこちに鱗が残っていて、スポーツブラくらいの面積しかないトップスに、下は短パンでおへそが丸見えというラフな格好だ。

 化粧っ気のない吊り目が、じろりとこちらを睨んでいる。

『クロと違って、怪獣の時まんまの性格だね~! おもしろ~い♪』

 くすくすと笑いながら、胃痛の元凶たる妖精が視界の端で踊った。

「おわっ! なんだコイツ! デカいハエだな!」

『は、ハエ・・・・・・しゅ~ん・・・』

 言われて、シルフィが枯れ葉のようにひらひらと降下していく。

 思わず出た感想が結構ショックだったらしい。

「とにかく一本角! アタシの前に出てきやがれ! てめぇとの勝負はまだついてねぇんだ! とっとと決着つけんぞゴルァ‼」





 シルフィの言う通り・・・荒々しく突進していた怪獣の時と変わらず、目の前の彼女はとにかく喧嘩っ早いようだ。

 口調もまるでヤンキーのようで、大声で威嚇するようにがなっている。

「ま、まぁまぁ・・・ここは一つ落ち着いて──」

「アァン⁉ 誰だァてめぇは!」

 仲裁に入ろうとすると、鋭い視線の矛先がこちらに向いた。

 彼女の身長は150センチくらいだけど、その正体は体長100メートルの怪獣だ。

 クロを投げ飛ばした怪力を思い出し、思わず腰が引けてしまう。

「ぼ、僕はハヤト。小鳥遊 隼人」

「んぁ? ハヤトタカナシハヤト? なんだそりゃ? 食えんのか?」

「え? は、ハヤトは名前だよ。名前」

 「食えんのか?」については答えずにおく。
 ・・・トリケラトプスって草食だったよね? にくは対象外だよね? 大丈夫だよね?

「んぁ? ナマエ? なんだそりゃ? 食えんのか?」

「・・・・・・し、シルフィ! シルフィっ!」

 たまらず、ヘルプを呼んだ。・・・助けてくれる保証はないけど。

『躾されてたっぽいクロと違って、こっちは完全に野生動物みたいだね。コミュニケーションが取れるくらいの脳みそはあるけど・・・この反応を見るに、名前をつけるっていう概念がそもそもないんじゃないかな?』

「な、なるほど・・・」

 クロと同じように・・・いや、クロ以上に、人間とは違う存在って事なのか・・・。

「何くっちゃべってんだ! とにかく一本角っ! アタシともっぺん勝負しやがれッ!」

「うひぃっ⁉」

 相変わらず僕の背中でガタガタと震えているクロ。

 返事も出来ないほど竦み上がっている彼女に痺れを切らして、あぐらをかいていた少女が立ち上がる。

「てめぇ・・・まさか逃げるつもりか・・・! それでもツノ生えてんのかぁッ⁉」

 彼女にとっては角が生えているか否かが大事らしい。

 肩を怒らせると、薄茶色の瞳が水色に発光し、次いで飾りについた角から例の電気に似たエネルギーが迸った。

「わ、わあぁぁっ‼ た、タンマタンマ‼ ここでその技はまずいって‼」

「んだよてめぇ! さっきからナマエとかトンマとかわけわかんねー事ばっか言いやがって‼ ケンカ売ってんのかゴルァッ‼」

 シルフィによれば、文字は書けないけど、こちらの言葉については「ニュアンス」で伝わるはずなんだけどな・・・。

『う~ん。ボクの調整がおかしいわけじゃなくて、この娘が元々、他人ひとの話聞く気がないのかもね~♪ あはは~♪』

「あはは~♪ じゃないよぉっ!」

 泣き出しそうになりながら、何とか目の前の暴れ牛を落ち着かせようと奮闘する。

 と、そこで、背中からほんの少しだけ顔を出して、クロがか細い声で呟く。

「そ、その・・・私・・・た、戦いたいんじゃなくて・・・その・・・あなたと・・・「ともだち」になりたくて・・・」

「アァン⁉ トモダチぃ・・・?」

 どうやら、この概念も通用しないようだ・・・が、今までとは少し様子が違った。

「・・・なんだそのトモダチってぇのは? 家族むれとは違ぇのかよ」

 純粋に疑問を覚えた口ぶりで、クロに問いかける。群れ・・・「家族」という概念はあるらしい。一歩前進した感覚になる。

「は、はい・・・えっと・・・ともだちって言うのは・・・」

 言いかけて、クロは少し考える。

 今まで僕が教える立場だったから、クロが何かを教えようとする姿は何だか感慨深く感じてしまう。

「家族じゃないんですけど・・・家族みたいに仲のいい関係・・・でしょうか・・・。そんな風に、なりたいんです・・・! あなたと・・・!」

 クロは自分の中にある言葉で、必死に、そうなりたいと願う相手へ語りかける。

 思わず、胸の中にあたたかいものが溢れて───

「ハァ? やだよ。てめぇはアタシの敵だろ」

「・・・・・・・・・はぅぅ・・・」

 瞬時に一蹴され、クロがしおしおと床にへたり込んだ。

 撃墜数2だ・・・。

「御託はいいからとっととアタシと戦え‼ 引き分けのまんまじゃ気が済まねぇんだ・・・‼」

 二つ結びにした緑の髪がひとりでに持ち上がり、水色の光がパチパチと弾ける。

 リフォームしてからまだ数年しか経ってないんだ‼ 勘弁してぇ‼

 ・・・と泣き言を叫びそうになったところで、突然、少女が膝をつく。

「な、くっ・・・くそ・・・っ」

 恨みがましくこちらを睨んだまま、仰向けに倒れ込んで──

「はら、へったぁ・・・・・・」

 ゴロゴロと雷鳴に似た響きが丸出しのおへそから聞こえて、そのままくたりとしてしまう。

 ・・・すぐ隣のテーブルには、つい先程、クロが挨拶する前に少女が平らげた料理の残骸が転がっている。

 大皿十枚分だ。これだけ食べても、まだ空腹だなんて・・・・・・。

「・・・・・・まさに、怪獣だなぁ」

『あ、ハヤトの目が死んでる』

 冷蔵庫空っぽになっちゃったから買い出し行かないとなぁ・・・と、どこか他人事のように考えながら・・・深い深い溜め息が出た。
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