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第一話「記憶のない怪獣」
第一章「星の降った日」・④
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※ ※ ※
「・・・? 今のは・・・?」
オペレーターの一人が、デスクモニターの光を映して真っ青になった顔をしかめる。
艦長席に座らされている居心地の悪さに耐えかねていた私は、此れ幸いと直接オペレーターの元を訪ねる事にした。
「どうした? 何か異常か?」
できる限り優しい声色を心掛けながら、英語で話しかける。
「あっ! いえっ!」
近づいてモニターを覗き込むと、途端にオペレーターの女性が背筋を強張らせて硬直した。
・・・別に怒鳴りに来たわけではないのだが。
ログを見ると、海上観測機が一瞬ではあるが、「高エネルギー」を観測した事がわかる。
「お、おそらく小規模な海底火山の噴火か・・・小型の隕石か何かではないかと・・・」
海上観測機のセンサーはやや精度が悪い。高熱反応も一緒くたにする傾向があるのだ。
おまけに、通信の中継機能はなく、近くにある受信機へ向けてデータを一方的に送信してくるだけと来た。
それでも、ないよりは幾分かマシなのだが・・・。
「反応があったのは・・・日本の近海ですね」
「・・・ちょうど、極東支局の近くか」
「目的地」のすぐ近くで高エネルギー反応の疑い・・・とはいえ、正式に着任する前に支局の領分を犯してしまうのは、得策ではないかもしれないな。
「ここは極東支局に任せよう。観測データは届いているはずだ」
「アイ・マム!」
指示する事もそれ以上なく、再び手持ち無沙汰になってしまった私は・・・拵えの良さが却って気まずい艦長席に戻らざるを得なくなる。
「・・・・・・」
腰掛けると、体のラインにフィットするようにクッションが沈む。
・・・恋しいという言い方もおかしいのだろうが、ついこの間までは油と硝煙の匂いが染み付いた お下がり戦車 の固い椅子が、私にとっての指定席だった。
周囲のオペレーターたちより二段も高いこの位置に居る事への違和感には、慣れるまでしばらくの時間を要するに違いない。
ため息をつきかけた、その時──
「きゃー! どーしよー! 「猟犬」と喋っちゃったー!」
「噂通りの迫力よねー! かっこいいー!」
今さっき話をしたオペレーターが、隣の席の同僚と盛り上がっていた。
・・・小声なのはわかるが・・・聴こえてるぞ・・・君たち・・・。
「・・・・・・はぁ」
一度は我慢したため息が、つい漏れてしまった。
「猟犬」──。
誰が言い始めたかは知らないが、ここ三年程その名で噂され続けている事は自覚している。
しかし・・・いくら何でもイメージに尾ひれが付き過ぎではないだろうか。
今盛り上がっている彼女たちなど可愛いもので、人によっては近付いただけで萎縮されたり、逆に見知らぬ男性士官に因縁をつけられたり───
まぁ、その直後に掴みかかってきた彼を返り討ちにした私も悪いんだろうが、女性につける二つ名として「猟犬」というのは・・・
かっこいいと言われるくらいならまだしも・・・・・・
「・・・・・・かっこいい、か」
──人生で初めてかっこいいと評された時の事は、よく覚えている。
屋敷育ちの私に出来た初めての「ともだち」が、野犬に襲われていると勘違いして飛びかかってしまった時だ。
実際には、彼は単純に犬と遊んでいただけだったのだが・・・
思い出したら当時の自分のお転婆っぷりが恥ずかしくなってきた。
『アカネちゃん! ダメだよ! この子はいい子なんだから!』
『・・・でも、ぼくを守ろうとしてくれたんだよね? ありがとう!』
『アカネちゃんは、かっこいいなぁ!』
・・・あんな事を言われてしまったせいで、彼の前では余計にかっこつけるようになってしまった気がする。
最後に会ったのは私が故郷を離れる前だったから・・・十年も前だ。
私の初めての・・・そして、唯一の「ともだち」の顔が浮かぶ。
尊敬する上司、競い合う同期、慕ってくれる後輩・・・故郷を離れてから、様々な人物に会ってきたが・・・
「ともだち」と呼べる仲の人間が、果たして今の私にいるだろうか。
奇しくも、極東支局はこれから帰る横須賀にある。今もまだ彼が住んでいるかはわからないが・・・会いに・・・行ってみるか・・・。
幼い頃に聞いた話だと、実家は屋敷からも見えたあの遊園地だと言っていた記憶がある。
確か名前は・・・「よこすかドリームランド」・・・だっただろうか。
今も営業していれば良いんだが・・・
万が一再会できた時に自分の仕事をどう言い訳するか考えながら、取り寄せておいた日本の新聞を手に取る。日付は昨日のものだ。
航海中は電波が通じないのが辛いな、と心の中でぼやきながら、離れて久しい故郷の近況をぼんやりと斜め読みしていく──
と、そこで、気になる記事を見つける。
「・・・「おとめ座流星群」?」
軽く目を通してみれば、「観測中に突如出現した謎の流星群」だという。
極大──最も見やすくなる時間帯は「明日の十時」と書いてある。ちょうど今頃か。
星の話題を目にして・・・再び、「ともだち」の顔を思い出してしまう。
「・・・そういえば彼も、星が好きだったな」
先程観測した高エネルギーは、おとめ座からやってきた流れ星かもしれないな・・・。
そんなつまらない事を思案した直後───
<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>
「・・・? 今のは・・・?」
オペレーターの一人が、デスクモニターの光を映して真っ青になった顔をしかめる。
艦長席に座らされている居心地の悪さに耐えかねていた私は、此れ幸いと直接オペレーターの元を訪ねる事にした。
「どうした? 何か異常か?」
できる限り優しい声色を心掛けながら、英語で話しかける。
「あっ! いえっ!」
近づいてモニターを覗き込むと、途端にオペレーターの女性が背筋を強張らせて硬直した。
・・・別に怒鳴りに来たわけではないのだが。
ログを見ると、海上観測機が一瞬ではあるが、「高エネルギー」を観測した事がわかる。
「お、おそらく小規模な海底火山の噴火か・・・小型の隕石か何かではないかと・・・」
海上観測機のセンサーはやや精度が悪い。高熱反応も一緒くたにする傾向があるのだ。
おまけに、通信の中継機能はなく、近くにある受信機へ向けてデータを一方的に送信してくるだけと来た。
それでも、ないよりは幾分かマシなのだが・・・。
「反応があったのは・・・日本の近海ですね」
「・・・ちょうど、極東支局の近くか」
「目的地」のすぐ近くで高エネルギー反応の疑い・・・とはいえ、正式に着任する前に支局の領分を犯してしまうのは、得策ではないかもしれないな。
「ここは極東支局に任せよう。観測データは届いているはずだ」
「アイ・マム!」
指示する事もそれ以上なく、再び手持ち無沙汰になってしまった私は・・・拵えの良さが却って気まずい艦長席に戻らざるを得なくなる。
「・・・・・・」
腰掛けると、体のラインにフィットするようにクッションが沈む。
・・・恋しいという言い方もおかしいのだろうが、ついこの間までは油と硝煙の匂いが染み付いた お下がり戦車 の固い椅子が、私にとっての指定席だった。
周囲のオペレーターたちより二段も高いこの位置に居る事への違和感には、慣れるまでしばらくの時間を要するに違いない。
ため息をつきかけた、その時──
「きゃー! どーしよー! 「猟犬」と喋っちゃったー!」
「噂通りの迫力よねー! かっこいいー!」
今さっき話をしたオペレーターが、隣の席の同僚と盛り上がっていた。
・・・小声なのはわかるが・・・聴こえてるぞ・・・君たち・・・。
「・・・・・・はぁ」
一度は我慢したため息が、つい漏れてしまった。
「猟犬」──。
誰が言い始めたかは知らないが、ここ三年程その名で噂され続けている事は自覚している。
しかし・・・いくら何でもイメージに尾ひれが付き過ぎではないだろうか。
今盛り上がっている彼女たちなど可愛いもので、人によっては近付いただけで萎縮されたり、逆に見知らぬ男性士官に因縁をつけられたり───
まぁ、その直後に掴みかかってきた彼を返り討ちにした私も悪いんだろうが、女性につける二つ名として「猟犬」というのは・・・
かっこいいと言われるくらいならまだしも・・・・・・
「・・・・・・かっこいい、か」
──人生で初めてかっこいいと評された時の事は、よく覚えている。
屋敷育ちの私に出来た初めての「ともだち」が、野犬に襲われていると勘違いして飛びかかってしまった時だ。
実際には、彼は単純に犬と遊んでいただけだったのだが・・・
思い出したら当時の自分のお転婆っぷりが恥ずかしくなってきた。
『アカネちゃん! ダメだよ! この子はいい子なんだから!』
『・・・でも、ぼくを守ろうとしてくれたんだよね? ありがとう!』
『アカネちゃんは、かっこいいなぁ!』
・・・あんな事を言われてしまったせいで、彼の前では余計にかっこつけるようになってしまった気がする。
最後に会ったのは私が故郷を離れる前だったから・・・十年も前だ。
私の初めての・・・そして、唯一の「ともだち」の顔が浮かぶ。
尊敬する上司、競い合う同期、慕ってくれる後輩・・・故郷を離れてから、様々な人物に会ってきたが・・・
「ともだち」と呼べる仲の人間が、果たして今の私にいるだろうか。
奇しくも、極東支局はこれから帰る横須賀にある。今もまだ彼が住んでいるかはわからないが・・・会いに・・・行ってみるか・・・。
幼い頃に聞いた話だと、実家は屋敷からも見えたあの遊園地だと言っていた記憶がある。
確か名前は・・・「よこすかドリームランド」・・・だっただろうか。
今も営業していれば良いんだが・・・
万が一再会できた時に自分の仕事をどう言い訳するか考えながら、取り寄せておいた日本の新聞を手に取る。日付は昨日のものだ。
航海中は電波が通じないのが辛いな、と心の中でぼやきながら、離れて久しい故郷の近況をぼんやりと斜め読みしていく──
と、そこで、気になる記事を見つける。
「・・・「おとめ座流星群」?」
軽く目を通してみれば、「観測中に突如出現した謎の流星群」だという。
極大──最も見やすくなる時間帯は「明日の十時」と書いてある。ちょうど今頃か。
星の話題を目にして・・・再び、「ともだち」の顔を思い出してしまう。
「・・・そういえば彼も、星が好きだったな」
先程観測した高エネルギーは、おとめ座からやってきた流れ星かもしれないな・・・。
そんなつまらない事を思案した直後───
<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>
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