恋するジャガーノート

まふゆとら

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第四話「蘇る伝説」

 第二章「復活の雷王‼ 古代からの目覚め‼」・⑤

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 唸りを上げて、<ヘルハウンド・チェイサー>の車体が前進する。
 バイクを片手で駆りながら、二の腕の装備取付用織帯P A L S ウ ェ ビ ン グから閃光手榴弾をもぎ取る。

 ──前方に、ぼんやりと光る目玉の大群が見えた!

<ガアアッ! ガアアッ!>

 忌々しい鳴き声を聞いたところで、閃光手榴弾を投げつける。数秒の後、炸裂。

 洞窟内が瞬きの間だけ照らされる。視認した限りでは、手前にまず十体。

 トカゲどもの悶絶する声をBGMに、続けて前方に照明装置を投げ、光源を確保。

 照らされた奥の空間には、今見えるだけでも二十体。洞窟内を文字通り埋め尽くしている。

 No.008と共に姿を見せた「大型種」はおらず、見慣れた「小型種」のみのようだ。

「テリオ! 壁は走れるか!」

『傾斜角40度まででしたら』

 返事を聞きながら、左手を動かそうとして──

 一瞬の逡巡の後、右手でフットペダルの後ろに備え付けられた「シールド・ブレイカー」の方を手に取った。

 片手で扱うにはやはり少し重いが、「ニードル・シューター」の爆発で洞窟を崩落させるより良いだろう。

「蹴散らしながら群れの後ろへ回り込む!」

 左手でしっかりとハンドルを握る。
 操縦はテリオに任せて、射撃に集中する。

 目を潰した先頭のNo.005どもに、まずは一撃!

 散弾銃ながら施条ライフリングがあり、弾道は安定している。

 発射された弾丸は瞬く間に目標へ到達──炸裂すると、無数の小型弾が、目前まで迫っていたNo.005たちを一瞬で挽き肉に変えた。

 磁力で制御・・・と言っていたはこの事か。通常の散弾銃と違い、発射されてから拡散するまで間隔がある。

 散弾というより、クラスター弾と言うべきだな。

 二度手間ではあるが、これなら自分で放った弾丸にバイクで突っ込んでいく心配はないというわけか。

 車体がひとりでに左の壁へハンドルを切る。No.005たちは仲間の死体を踏み越え、なお前進を続けていた。

「・・・?」

 その動きに、違和感を覚える。が、考えるより先に体が動いていた。

 親指と人差し指以外の三指でループ・レバーを下ろしながら、指の付け根を基点に銃身を回転させる──「スピンコッキング」を行う。

 銃身が一回転してレバーが元の位置に戻ると、次弾が装填された。

 本来であれば、レバーを上下させればポンプアクションと同じ要領で装填が可能だが、今は片手が塞がっている。

 故に、面倒であっても片手で装填するにはスピンコッキングをする必要があるのだ。

 洞窟の壁側斜面を削るように走りつつ、もう一撃。

 黒と茶色の列の一部が、次の瞬間には赤に染まる。すかさずスピンコッキング。

 排出された空薬莢が、ヘルメットの右側を掠って風にさらわれて行った。

『初めてにしては見事な腕前。昔おひとりで練習されてたのですか?』

「おい貴様なぜ今「おひとりで」と言ったんだ答えろ」

 ハンドルから手を離して群れに突っ込せてやりたい気持ちを抑えつつ、バイクを駆る。

 と、そこで、No.005の列の終わりが見えた。残りは五十といったところか。

 回り込んで一度停車し、その黒光りする背中たちを見据える。

「───やはり、

 思わずそう呟いたところで、左耳から柵山少尉の声が届いた。

『隊長! そ、その・・・機銃掃射を行ったのですが・・・No.005が、こちらに目もくれずに、通り過ぎて行きます・・・!』

 予想通りの報告が届いて、意図せず眉間に皺が寄ったのが判った。

 No.005は、その旺盛過ぎる食欲から、エサと見れば一も二もなく襲いかかるのが習性なのだ。

 組織立った動きをしようが、その本能に逆らっている様子など今まで見た事もない。

 だが、今の一団は──まるで──

「・・・まるで、地震を予知して逃げ出す動物のようだった」

『動物の地震予知能力を含む、俗に謂う「宏観異常現象」については、明確な因果関係は未だ立証されていません。・・・ですが、僕も同意見です。何か、嫌な感じがします』

 柵山少尉の見解を聞いて、背筋に流れた汗が殊更冷たく感じた。

 ジャガーノートであっても、自然には勝てない・・・という事だろうか。

 ・・・・・・いや、そう決めつけるには、まだ違和感がある。

 今のNO.005たちの様子は・・・言い表すなら、むしろ──

「恐ろしい何かから、逃げ出しているかのような───」

 自分らしくない予想が口を吐いて出たのと、ほぼ同時。視界が、揺れ始めた。

「ぐぅっ! まさか本当に地震の前触れだったのか・・・⁉」

 揺れはどんどん大きくなる。

 左耳からは第四分隊の隊員たちがパニックに陥る声と、それを何とか落ち着かせようとする柵山少尉の声とが入り乱れていた。

 そこで、嫌な音が耳に届く。洞窟の天井に、亀裂が入った音だ。

「まずい──ッ!」

 揺れに足を縛り付けにされ、身動きがとれないまま──崩れた天井が降り注ぎ始めた。

 落石で照明装置が壊れたのか、視界が真っ暗になる。

『マスター。非常に危険な状態です。防御姿勢を』

 身体を地面に投げて伏せ、声を張り上げてスピーカーに呼びかけた。

「───柵山少尉! 私に構わず任務を果たせッ‼」

 そして、その直後───
 ヘルメット越しに脳が揺さぶられた感覚がして、意識が途絶えた。


       ※  ※  ※


 ─────────『ハヤ・・・ト・・・・・・』


「ッッ⁉」

 まどろみの中──名前を呼ばれて、飛び起きた。

 今の「声」は・・・・・・アカネ・・・さん・・・・・・?

「! ハヤトさん・・・おはようございます」

 こめかみに汗が流れたのを自覚したところで、クロが笑みを浮かべて話しかけてくる。

 瞼をこすれば、隣のテーブルで怪しい笑みを浮かべながら執筆を続ける山田さんと、彼女のパソコンを覗き込む皆が見えた。
 ほんの少し、うたた寝してしまっていたらしい。

「あ・・・あの・・・ハヤトさ・・・あ、あぅ・・・うえぇ・・・!」

「あっ! ご、ごめんクロ! お、おはよう‼」

 ついつい「声」に気を取られて、クロに返事をし忘れていた。

「ひくっ・・・お、おはようございます・・・!」

 寂しがってる子を放っておくなんて・・・僕とした事が・・・!

「・・・は、ハヤトさん・・・大丈夫ですか・・・? その・・・顔色があまり良くないような・・・」

「えっ? い、いや・・・何でもないんだ・・・」

 手を振って否定した。
 ・・・けど、今の「声」・・・どうにも気にかかる。

 アカネさんの事を考えて幻聴が・・・って事なら(恥ずかしすぎるけど)別にいい。

 ・・・でも、今のはただ名前を呼ばれただけじゃなくて──
 まるでクロと出逢った時と同じように────

『ハヤト、ほんとに大丈夫~?』

 シルフィまで心配して声をかけてくる。僕・・・そんなに顔色悪いのかな・・・?

「・・・ちょっと、休もうかな」

 少し迷ったけど・・・折角のオフだし、素直に休息を取る事にする。

 思えば、今朝からドタバタがあったし、それでなくても最近は大事件に巻き込まれっぱなし。
 ついでにアカネさんの心配まで勝手にしてるんじゃ、疲れるのも無理ないか。

「クロ、まだみんなと話してく?」

「いえ・・・ハヤトさんと・・・一緒に、います」

「わかった。それじゃあ、帰ろっか」

 聴こえた「声」の正体を疲れのせいにして──
 盛り上がる仲間たちに、「お先に」を伝えるため、イスから立ち上がった。
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