恋するジャガーノート

まふゆとら

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第四話「蘇る伝説」

 第一章「暗躍する影‼ 秘密部隊を救出せよ‼」・⑥

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       ※  ※  ※


「ふぅ・・・」

 まだ日も高いゴビ砂漠──

 あまりの暑さに隊服の上を脱いだタンクトップ姿で、汗だくになりながら、輸送機からの荷降ろしをようやく終わらせる。

「さて、次は・・・どうだ?」

 続いて、起動準備の完了した<ヘルハウンド・チェイサー>に向かって、「鍵」のボタンを押す。

 ヘッドライトが点灯し、エンジンのかかる音がした。

『──起動を確認。お着替え完了です』

 右耳のイヤホンから、いつもと変わらぬテリオの声が聴こえた。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・あっ! それが新しいモデルですか! かっこいいですね!」

 止めどなく流れる汗を拭いながら、柵山少尉が近くに寄ってまじまじと車体を眺める。

 それにつられて、私も新たな試作車の仕様を改めて観察する。

 砂漠でのテストランもクリアしたというオフロードバイクがベースになっており、装甲は通常の<ヘルハウンド>に比べると比べると薄いが、その分取り回しはしやすいだろう。

 前輪の泥除けの位置も高く、シートは後ろまでなだらかな形で、悪路走行でも自由に姿勢を取れるようになっている。

 リアボックスはなく、燃費の悪すぎる例の兵器は搭載されていないようで少し安心した。

 ・・・しかし・・・このあまりにも目立つ・・・右のフットペダルの後ろ側に付いているのは・・・

「俗に言う・・・ウィンチェスターライフル・・・ってやつでしょうか・・・」

 誰の趣味かは、最早問うまい。

 輸送機に積み込む時点で外してやろうかとも思った・・・が、私の内心の秤が、こんな物を戦場に素面で持っていく羞恥心より、火力不足を恐れる弱気に振れたのだ。

 トリガーガードと一体となったループ・レバーを見るに、「スピンコッキング」で装填しろと言う事なのだろう。

 しかし、60センチもある銃身は、とてもじゃないが乙女の持つ前提の代物ではない。

「これはさすがに・・・ター○ネー○ー2でしか見た事ないですね・・・」

 そらみた事か。柵山少尉までマクスウェル中尉のような感想しか出てこないではないか。

 逆側・・・つまり車体の左側には、同じ位置に「ニードル・シューター」が2丁。

 ・・・わざわざ違いをつけずに両方これで良いと思うんだが。

『従来の<ヘルハウンド>と違い、この車体ではニーグリップによる姿勢制御が難しいので、片手で装填から発砲まで出来る「シールド・ブレイカー」は有効──というのが、マザーのご意思です』

 筋は通っているが、納得出来るかどうかは別だ。

 そもそも、車体に余計な物をいくらつけてもテリオがサスペンションを調整してくれるという前提あっての筋だが。

『強力な磁力で固定されており、車体から外すと自動で防塵用の銃口カバーが外れます。逆に車体に戻すと薬室が開き、最大数弾丸が入ります。込められているのはこれまた強力な磁力が込もった特殊弾でして・・・現状の技術では装填の自動化が難しいようです』

「・・・サラが思いつきで物作りをして、後は私で試せばいいと思ってる事だけはわかった」

 小声でテリオに返事をする。

 ・・・まぁ、ここまで持ってきてしまったものは仕方あるまい。

 せめて有効に使ってやろうと、肚を決めた。

「隊長! 中継機のチェック、完了しました!」

 と、そこで少尉が声を上げる。残されていたデータの読み込みが済んだらしい。

「「特殊部隊」が向かったのは、ここから北へ1キロの地点にある洞窟のようですね。そこがまた別の「ガラム坑」に繋がっているみたいです」

「わかった。慣らし運転がてら、私が確認してこよう。少しの間、ここを頼む」

「アイ・マム!」

 暑くてたまらないが、転んでケガをするのもつまらない。

 億劫さを我慢しながら、隊服を着直してヘルメットをかぶり、 シートに跨った。

 まずはゆっくりと、砂地を走ってみる。

 車体が軽い分、テリオのサポートがあってもやはりいつもとは感覚が違う。車体を持ち上げる動作もあえて繰り返し、体を慣らす。

「・・・っと。ここか」

 端末のガイドに従っていくと、切り立った崖の途中に洞窟の入り口があった。

 いずれはNo.008が通るためなのか、穴の直径は広く、高さ20メートルはある。

 これなら、車輌に乗ったままで進軍が可能だろう。

 洞窟の確認を済ませて、通信ポイントへ帰投する。

 端末を見れば、現時刻は十二時前。

 そろそろだな──と思ったところで、遠くから輸送機のエンジン音が耳に届いた。

「スケジュール通りだな。さすがは大尉」

「あれが・・・第四分隊・・・」

「あー・・・そうだ。言い忘れていた。柵山少尉。一つだけ忠告しておく事がある」

「えっ? な、なんでしょうか・・・?」

「これから任務が終わるまで、「子ども」というニュアンスを含む単語は一切禁止だ。肝に銘じておいて欲しい。自分の命が惜しいならな」

「・・・? い、イエス・・・マム・・・」

 今伝えた言葉の意味を、彼はすぐ知る事になるだろう。

 砂埃を巻き上げながら、機体が着陸する。

 後部の搭乗口が開き──五人の隊員を引き連れ、先頭に立ってやって来たのは───

「「猟犬ハウンド」! 久しぶりね!」

 私と同じダークグレイの制服に袖を通した、金髪碧眼の・・・女の子だった。

「えぇっ⁉ 子ど──んんんっ!」

「・・・察しが良くて助かったな、少尉」

 柵山少尉は「禁句」を言いかけて、慌てて自分の口を塞いだ。

 目の前の少女の制服に付いている徽章が、自分より二つも上だと気付いたのだ。

「しっかし暑いわね・・・まぁ乾燥してるだけまだマシかしら」

「長旅お疲れ様ですウィーナー大尉。お会いするのは2年振りですか」

「畏まるのはやめて頂戴。今はアンタの方が階級上なのよ? あと、ウィーナーじゃ紛らわしいからネイトって呼べって言ったでしょ! ホント堅物なんだから!」

 息をするようにぷりぷりと怒り始める。懐かしい光景だ。

「それはそうと! 聞いたわよハウンド! No.002の単騎撃破に加えて、さらに二体も・・・一体、どこまで昇進するつもりかしら?」

 ネイト大尉の吊り目が薄められ、いたずらな笑みを形作る。

「No.006とNo.008に関しては我々の力だけでは及びませんでしたよ。買いかぶりすぎです」

「アンタこそ謙遜し過ぎよ。私が認める数少ない人間なんだから、誇りなさい!」

「ふふっ。変わりませんね・・・ネイト大尉」

「トーゼン。あなたもね、ハウンド」

 差し出された小さな手と、握手を交わす。

 さて、この調子で少尉も上手くいけば良いのだが。

「紹介しよう少尉。こちらはネイト・ウィーナー大尉。先程説明した第四分隊の分隊長だ」

 見た目は十代の少女のようだが、実際には私より二つ年上の立派な大人の女性だ。

 最後に会ったのがネイト大尉の隊長就任のタイミングだったから、それからずっと第四分隊のトップで居続けているという事になる。

「そしてこちらが、私の部隊の柵山 敦士少尉です」

「よ、よろしくお願いします・・・!」

 柵山少尉は戸惑いつつも、頭を下げる。

「ふぅん・・・」

 ネイト大尉は、値踏みするように柵山少尉を上から下まで観察する。

「柵山少尉は部隊の中でも随一の頭脳の持ち主ですから、きっとお役に立てるかと」

「そう。どこの出なのかしら?」

「はぁ・・・ハーバードですが──」

「何ですってぇっ⁉」

 言いかけて、ネイト大尉が大声を張り上げる。

 後ろに控えている第四分隊の男たちは、「あ~あ」とでも言いたそうな顔をした。

 ・・・え? 今の少尉の言葉に何か怒らせるような要素あったか・・・?

「・・・ハウンド。今すぐこの薄汚い豚を送り返して頂戴」

「なっ⁉」

「ぶっ──⁉」

 突然の台詞に、頭が追いつかない。

「私はイェール卒なの。ソイツとは間違いなく馬が合わないわ」

「そ、そんな理由ですか・・・?」

 ネイト大尉は・・・第四分隊を知る者の中では、まぁとにかくわがままで有名だ。

 気に入らない相手は徹底的に排斥し、傍若無人に振る舞う・・・が、その代わりに職務は人並み以上にこなし、気に入ったメンバーはしっかりと教育するから、上層部もその処遇を決めかねている・・・問題児であり寵児なのだ。

 付いたあだ名は、「荊姫ソーンプリンセス」。

「そんな理由とは何よ! 背中を預けられる人間かどうかは大事だわ!」

 ハーバード大学とイェール大学は確かに宿命のライバル関係で有名だが、それはあくまで一つのお遊び的なものであって・・・そこまで明確に目の敵にしなくても・・・。

「まったく・・・アメリカ人の大学主義にはほとほと疲れますよ・・・」

 大尉に聴こえないようにだろう。少尉が日本語でぼやいた。

 彼はこういう場面で押し黙るタイプだと思っていたから、内心驚いてしまう。

「さ、柵山少尉・・・ここは堪えて───」

「アンタ! いま日本語で私をバカにしたわね⁉」

 日本語がわからないネイト大尉だが、彼の態度で察したのだろう。目ざとく食ってかかる。

「・・・大尉をバカにはしていません。マム。最近のブルドックはしつけがなってないと溜息を吐いたんです。マム」

 そっぽを向いたまま、少尉がぼそっと呟く。

 ブルドッグはイェール大のシンボルだ。

 要するに、遠回しにバカにしたのだ。

 ・・・まさか柵山少尉が上官に反抗する事があろうとは・・・

 そういうのは竜ヶ谷少尉の仕事だと思っていたが・・・。

「・・・・・・・・・言ってくれるじゃないの・・・・・・この子豚ピグレット・・・!」

 ネイト大尉の、(本人の前では言えないが)子供のようにすべすべの額に、青筋が走る。

 すると、柵山少尉の方も血相を変えて、大尉に食って掛かった。

「ぴっ・・・⁉ ぼっ、僕は豚じゃないっ! 人より頭を使うからカロリーをちょっとだけ多めに摂ってるだけだッ‼」

 柵山少尉が烈火の如く怒り、言い返す。

 怒った原因はその単語か。

 ・・・というか君・・・太ってるの気にしてたんだな・・・。

「あらぁ~?ブヒoinkブヒoink何言ってるか聴こえないわねぇピグレットぉ~? 英語で喋ってくれるかしらぁ~? 豚には難しいかも知れないけどぉ~~?」

「そちらこそハァハァ舌出して喋るのはみっともないですよブルドッグ大尉! 図書館の蔵書数で負けてるんのがそんなに悔しいんですか?」

 売り言葉に買い言葉・・・それでも「クソガキ」とか口にしないあたり、柵山少尉は最低限のところは意識しているようだ。 本当に最低限だけだが。

「あらぁ~? そっちこそラグビーの試合T H E G A M Eは負け越しじゃなかったかしらぁ~?」

「それを言ったら世界大学ランキングは万年うちの勝ち越しですからね~?」

「なんですってぇ⁉」

「なんですかっ‼」

 二人の間で火花が散る。両者、一歩も譲る気配はないようだ。


[404291005/1592380366.jpg]


 ネイト大尉とは1年間同じ部隊にいたが・・・

 こうして「荊姫」に言い返している男を、初めて見たかも知れんな・・・。

 私と同じく、第四分隊の面々も、呆気にとられている。

 しかしそんな周囲の様子もおかまいなしに、二人の口論は続く。

 ただでさえこのクソ暑い砂漠のど真ん中で、だ。

「・・・大尉殿は忙しそうだから、荷降ろしを頼む・・・」

「あ、アイ・マム!」

 第四分隊の五人に、こっそりと指示を出しておく。

「こんなところに居たら焼き豚になっちゃうんじゃないかしら~? 私はアンタの為を思って今すぐ帰れと言ってあげてるのよ‼」

「そっちこそ犬は暑さに弱いと言いますから、とっととエアコンの効いた犬小屋にホームした方が身のためなんじゃないですか~? 僕には仕事がありますから!」

「なんですってぇッッ⁉」

「なんですかぁッッ‼」

 暴言の応酬は留まるところを知らない。

 ネイト大尉の事だから、何があってもおかしくないとは思っていたが・・・まさか二人がこんなに馬が合わないとは想像できなかった・・・。

 作戦開始予定時刻までは、あと三十分・・・思わず、本音が口を吐いて出た。

「・・・・・・共同作戦なんだから・・・勘弁してくれ・・・」

『呉越同舟、というやつでしょうか』

「・・・・・・おかに着く前に舟が転覆しそうだ」

 抑えきれなかった深い溜め息が、砂漠の風に流されて消えた。


              ~第二章へつづく~
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