恋するジャガーノート

まふゆとら

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第四話「蘇る伝説」

 第一章「暗躍する影‼ 秘密部隊を救出せよ‼」・③

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「私だ」

 突然、アカネさんの腕時計型の端末から、着信音が鳴り響く。

 応答しながら「すまない」とジェスチャーで伝えてくる。

 「構わないですよ」とこちらも同じくジェスチャーで返しつつ、テレビの音量を下げた。

「・・・あぁ・・・それは知ってるが・・・それで───何⁉ ウィーナー中尉が・・・ッ⁉」

 返事をしながら、みるみる険しくなるアカネさんの顔を見て、察してしまう。

 今夜の予定はキャンセルだな、と。

「了解した。今から基地へ戻る。輸送機の準備をしておいてくれ」

 最後にそう言うと、端末を切る。

 既に彼女の顔は、「幼馴染のお姉さん」ではなく──「戦士」のそれに変わっていた。

 テーブル一つ分の距離が、とてつもなく遠くなってしまったようにすら感じる。

「・・・・・・慌ただしくてすまない。急な任務が入ってしまってな・・・今度必ず、お返しをさせて欲しい」

「きっ、気にしないでください! 大変な仕事だって、今さっき話したばかりですし!」

「ありがとう。食器の片付けも手伝えなくてすまない。それじゃあ、また──」

 テーブルの上の書類をまとめてブリーフケースへ詰め込み、アカネさんは立ち上がる。

 イスの背もたれに掛けてあったジャケットを着込み、踵を返そうとして──

「あっ‼」

 そこで、気づいた。ドアの外には、クロがいたんだ‼

「あのっ! アカネさんっ!」

 引き止めつつ、シルフィに必死に目配せした。

『? ・・・あぁ~なるほど。そ~いえば忘れてた~』

 のろのろと小さな体が飛んでいく。

 いや急いで⁉ もうちょっと急いでっ⁉ と内心悲鳴を上げていると、不思議そうに振り返ったアカネさんと目が合った。

「ど、どうしたんだハヤト・・・? その・・・急ぎの用事でないなら・・・」

 し、しまった・・・! 忙しいアカネさんになんて事を・・・!

 血の気が引くのを感じながら──苦し紛れに思いついた台詞を、口に出した──

「えっと・・・あの・・・・・・いっ、いってらっしゃい! ・・・き、気をつけて」

「!」

「あっ、す、すみません・・・へ、変でしたよね⁉ ・・・あははは・・・」

 僕のバカ‼ もうちょっと何かあっただろ‼ と今すぐ自分の顔を殴り飛ばしてやりたい気持ちになり、思い切り拳を握りしめようとして──

「・・・そんな事ない。嬉しいよ、ハヤト」

「へっ?」

 予想外の反応に、間抜けな返事をしてしまう。

 アカネさんがこちらに向き直る。

 燃えるような赤い瞳と、視線が合った。

「・・・行ってきます」

 そう言って振り向いて──背中越しに、やや自信なさげな声が届いた。

「また・・・ここに遊びに来ても・・・迷惑じゃないだろうか・・・?」

「! もちろんです! 次は、僕の友達も一緒に!」

「ありがとう・・・必ず、また来るよ」

 その言葉を最後に、アカネさんは見送る間もなく駆けて行った。

 追いかけようとしたけど──何となく、彼女の顔を見るのが躊躇われて・・・。

 窓の外から、バイクのエンジン音が聞こえ、遠ざかっていった。

「頑張って・・・」

 アカネさんの、ヴァニラス──クロを「三度」取り逃がしたという言葉からすると、彼女は横須賀基地の時も、海底での戦いの時も、その場にいたことになる。

 シルフィによれば・・・横須賀基地での一件、クロが海に入っていれば大爆発間違いなしだったと言うし、マンタの怪獣の時も、爪の怪獣の時も、何か一つ違えばアカネさんは無事では済まなかったかも知れない。

 事情は本人に説明できないけど・・・他人よりその仕事の大変さを知っている分、少しでもアカネさんを応援しよう! と心に決めたのだった。

 ・・・いや待てよ。アカネさんを応援するって事は・・・クロを倒すのを応援するって事に⁉

 そ、それはさすがに・・・ぼ、僕はどうしたら・・・・・・

「・・・あっ!」

 ジレンマに苛まれたところで、クロの事を思い出し、慌ててドアを開ける。

 シルフィが作る例の球体がスゥ、と消えて、中から正座した状態のクロが現れた。

「・・・・・・ハヤトさん」

「は、はい・・・?」

 うつむいたまま、たっぷり沈黙をおいて、クロが僕の名前を呼ぶ。

「わ、私・・・きょ、今日もご飯・・・ぜ、全部食べました・・・」

「え? あ、そ、そっか・・・後で食器下げとくね・・・」

「はぅ・・・」

 再び沈黙したかと思うと・・・また口を開く。

「え、えっと・・・! お仕事行く時・・・いってらっしゃい・・・って、言います・・・!」

「え? う、うん・・・いつも言ってくれてる・・・よね?」

「はぅ・・・」

 いまいち要領を得ず、疑問符が浮かんでは消える。

 ど、どうしたんだろう・・・クロはみるみるうちに真っ赤になって、また煙を吹いてしまう。

「は、ハヤトさん・・・! く、口にお米が・・・! と、取ります・・・っ!」

 ついには立ち上がり、僕の顔に手を伸ばしてくる。

 まだ触れてもいないのに・・・高熱を感じる、白煙を纏う赤熱した手を、だ。

「ちょっ! ちょっと待ってクロッ⁉」

 白魚のような指の形をした焼きごてが、顔面に迫る!

 っていうかこれライジングフィストだよねッ⁉ 僕何か怒らせるような事したッ⁉

「ごめんクロ! ごめんって! 何かわからないけどごめんってば! だからそれだけはやめてえぇぇぇ~~~~~っっっ‼」

『いい年したオトナが何して・・・いや片方はわんこか。純情ピュアだねぇ~~』

「言ってないで助けてってばぁ~~~ッ‼」

 ・・・何だか朝から、どっと疲れた・・・。


       ※  ※  ※


「プロフェッサー。送電装置の搬入、全て完了いたしました。掘削作業も現在予定通りに進んでおります」

 白衣を着た女性が、同じく白衣を着た灰色の髪の男──プロフェッサーに話しかける。

 プロフェッサーは貼り付いた笑顔のまま、満足そうに頷いた。

「ありがとうございます。今から復活の刻が待ち遠しい」

「それと、捕らえた者たちはそれぞれ独房に──」

「おっと。「捕らえた」などと言ってはいけません。「お迎えした」方々、ですよ」

 プロフェッサーはあくまで笑顔で、女性をたしなめた。

「失礼致しました。・・・しかし、本当に良かったのですか? 場所も移動せず、彼らも生かしたままで・・・もし、彼らの仲間にここの存在が知られていたら・・・」

 女性は、再びたしなめられる覚悟をしながら、どうしても払拭できない疑問を口に出した。

 するとプロフェッサーは、あっけらかんと答える。

「きっと知られているでしょうね。近く、彼らの仲間がここに来るでしょう」

 思わず女性がたじろぐ。

 が、彼女に目も合わさないまま、掘削作業により徐々にその姿を現しつつある「王」の姿を見つめて、プロフェッサーが続ける。

「ですが、その方が都合がいい。私はJAGDの方々に教えて差し上げたいだけなのです。彼らがしている小さな小さな抵抗が、いかに愚かであるかを。この地球を支配するに相応しいのが誰であるかを、ね」

 そう言うと、一層にっこりと笑った。薄められた灰色の目には、何も映ってはいない。

「さすがはプロフェッサー・・・お答えいただきありがとうございます・・・そ、それでは、引き続き復活のための準備を続けます」

「宜しくお願いします」

 どこか恍惚とした表情で、女性はその場を後にする。

 変わらずその場に立ち尽くしたまま、プロフェッサーの唇が動いた。


「もうすぐで──貴方にお会いできますね───「レイガノン」───」
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