恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第三章「明日への一歩」・②

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       ※  ※  ※


「っと・・・大丈夫? ミツルくん?」

「ひぐっ・・・うん・・・お兄ちゃん・・・ありがと・・・」

「どうってことないよ! もう少しだからね!」

 ミツルくんをおんぶして、山の斜面を下る。

 本当はシルフィの力でテレポートしたり、例のバリアを張ったりすれば安全なんだろうけど・・・

 それとなくシルフィに提案したら、僕やクロ以外にやろうとすると、かなりのリスクがあるとの事。

 理由を聞く時間も惜しく──今は、僕なりに必死にやっている・・・というわけだ。

『さっきの怪獣たちは、あの大っきい怪獣のところに集まってるみたいだね』

 シルフィが耳打ちしてくる。僕らにとっては朗報だ。

 ・・・でも、どうしてだろう?

 さっきまであんなに熱心に人間を襲っていた事を考えると、どうにも不可解だけど・・・とにかく今は、ミツルくんを無事に送り届ける事に集中しなくちゃ。

 相変わらず、等間隔に来る地面の揺れは続いていた。

 足元に気をつけながら、急ぎつつも慎重に森の中を往くと──やがて木々の間から差す、まばらな光が目に届いた。

 目を凝らすと、舗装された道を一方向に走っていく人たちが見える。そのうちの何人かは懐中電灯を持っているようだ。

 見える範囲では、足の悪そうな歩き方も多く、迅速な避難が出来ているとは言い難い。

 巨大な怪獣という「非日常」は、その存在だけで、人間の常識を破壊してしまう。

 ・・・いつの日か、クロが・・・怪獣である彼女が・・・彼女が望む通りに、「ヒーロー」だと、そう言ってもらえる日は、来るんだろうか───

「? お兄ちゃん・・・どうしたの?」

「あっ! ご、ごめん! なんでもないんだ!」

 考え事に夢中で、足を止めていたらしい。気を取り直しつつ──人の波にさらわれないよう、車道の手前まで来る。

「・・・っ! 家が・・・燃えてる・・・!」

 車道の先──まばらに立つ民家の、二つほどが濛々と煙を立てて燃えて──

 日が沈んだばかりの空と、その空を塞ぐような巨大な影を、照らしていた。

 赤く照らされたその怪獣は・・・・・・山の上からも見えてはいたけど、まじまじ観察とすると、やっぱりさっきの小型怪獣たちに似通った部分が多い・・・と思う。

 群れの親分みたいな存在なんだろうか・・・・・・?

 しかし、頭部が目立っていた子分たちに対して、今、木々と家々を薙ぎ倒しながら進軍する怪獣の一番特徴的な部分は、その巨大な爪だろう。

 ぴたりと合わせられた四本の爪は、まるでスコップのようにも見える。

 暗くて見えづらいが、怪獣の後ろには、山の根元に開いた大きな穴がある・・・

 まさか、あの爪で、地中からとでも言うのだろうか──

「あっ・・・! お母さんだ!」

「えっ⁉ どこ⁉」

 狼狽えていたところで、良い報せが入る。

 ミツルくんが指差した先に、懐中電灯を抱えて辺りを見回しながら、必死に何かを叫んでいる女性が見えた。

「お母さぁーん‼」

 呼びかけると、運良く気付いてくれたようだ。

 まばらになってきた人の波を掻き分けて──遂に親子が再会を果たす。

「ミツルーっ!」

「お母さん!」

 ひしと抱き合う母と子を見て──どうしてか、泣きそうになってしまった。

 母に抱かれるその姿に、自分を重ねてしまったのだろうか。

 ・・・いけないいけない・・・こんな事考えてしまうからハルにマザコンとか言われるんだ・・・気をつけないと・・・。

「ミツルを助けてくれて・・・ありがとうございます!」

「いえいえ! たくさん怖い目に遭ったのに、ミツルくんが頑張ったおかげですよ」

「お兄ちゃん・・・本当にありがとう・・・!」

 涙の跡がついた顔で、ミツルくんが笑った。本当に、良かった。

「あなたも、一緒に逃げましょう!」

 ミツルくんのお母さんが提案してくれる。・・・が、僕は首を横に振った。

「すみません。先に行って下さい。僕にはまだ、やる事が残ってるんです」

「・・・さっきのお姉さんを、助けに行くの・・・?」

 幼い声が問いかけてくる。だから、真っ直ぐに見つめ返して、頷いた。

「ミツルくんも、お母さんを守ってあげるんだよ」

「! ・・・うん・・・っ!」

 強い返事を聞いて、思わず笑顔になった。そのまま、二人を見送る。

『さすが、男の子のあやし方は一流だねぇ?』

「・・・・・・そりゃどーも」

 ひとりになった瞬間に、すかさず茶々が入った。が、すぐに真剣な声色に変わる。

『クロの方はまだまだ元気みたいだよ』

 「いつでもいける」と言いたいんだろう。しかし、その前に───

「怪獣の近くにテレポートできる?」

 体長50メートルの怪獣同士が人里で殴り合いなんてしたら・・・被害は甚大だ。海の中とはわけが違う。

 残っている人がいないかどうかを確かめる必要がある。

『あぁ・・・なるほどね。それじゃ、目を閉じて~』

 もう慣れたものだ。しばしの暗闇が訪れた後──瞼の向こう側に、強い光源を感じた。

 目を開けると・・・そこには、炎に包まれる民家があった。

 シルフィの球体のお陰か、熱は感じないけど、見ているだけで肌が焦げそうな錯覚を覚える程の炎だ。

 さっきの揺れは、山の上ですら建物が壊れそうに感じる程だったし・・・出現した近くなら、もっと大きく揺れただろう。

 電化製品がショートしたのか、プロパンガスのボンベが破損したのか・・・

 出火の原因はともかく、家と家とが離れてるのもあって、すぐに延焼を起こす事はなさそうだ。

 ・・・振り返ると、赤く照らされた怪獣の背中が見えた。

 背中には、頭や爪と同じ質感の角が並び、そのまま長い尻尾へと連なっている。

 目を凝らしていると──その足元の方から、まるで波のように、たくさんの小型怪獣が押し寄せてきた。

「ッ! まだこんなに残ってたのか!」

 先ほどと同じく、僕には気づかず道を通り過ぎて──大きな怪獣が掘ってきた穴に入って行った。

 親分が来たから、子分は退却・・・って事なのか? と首を傾げた所で──

 自分の考えが、あまりにも甘かった事を知る。

<ゴアァッ‼ ゴアアァッ‼>

「なッ───!」

 驚くべき事に、小型怪獣たちと行き違うように──

 一回り大きい身体をした怪獣たちが、悠々と穴の中からやって来たのである。

 見た目は然程変わらないが、頭の角と牙が長いように見える。声も小型のそれより低い。

「もしかして・・・アリみたいに、群れの中でも役割があるって事なのか・・・⁉」

 アリは、女王アリを中心に、働きアリや兵隊アリなどの役割分担があると聞く。

 もし、それと同じだとして──さっきの怪獣が先遣隊や偵察隊のようなものなら、いま出てきた怪獣たちは、「本隊」という事になるんじゃないだろうか。

 恐ろしい考えが背筋を伝い・・・・・・おそらく、的中する。

<ガアアーッ! ゴオオーッ!>

 再び、大きな怪獣が大音量の叫びを上げる。

 足元に集っていた、一回り大きな小型怪獣たち──中型怪獣とでも言おうか──は、その声を合図に、一斉に動き出した!

「は、速いッ⁉」

 小型怪獣たちよりも大きな体ながら、倍以上のスピードで走っているように見える。

 迷うこと無く、車道を道なりに駆けていく。向かっている先は──

 まずい・・・ッ! 逃げている人たちのところだ!

「シルフィ! あの群れの先頭に!」

『もう~! スピード出すの大変なんだから~!』

 文句を言いながらも、スゥーと滑るように球体が浮き上がりながら飛んだ。

 急いでズボンのポケットから閃光手榴弾を取り出し、アカネさんに教えられた通りにハンマーを握りながら、ピンを外しておく。

「これでいいはず・・・投げたら壁に当たって跳ね返ったりしないよね・・・?」

『「所有してる概念」がないものは大丈夫~』

 何を言ってるかはわからないけど・・・さっき球体の中で吐いてしまった時も、後ろへ下がったら勝手に外に出てくれたし、きっと大丈夫だろう。

 群れの先頭に向かって、手榴弾を投げる。

<ゴァ? ───ッ!>

 予想以上に中型怪獣の動きが速く、狙いが外れる。

 それでも、前から三番目の怪獣の頭に命中し、作動したようだ。

 地上でまばゆい光が弾けて、怪獣たちの野太い悲鳴が聴こえた。

「よし! 残りも──!」

 同じ手順で、中型怪獣の列にもう二発程投げ込む。

 どちらも効果あり!

 ───だけど、上空から観察すると、穴からはどんどん後続の怪獣たちが出て来ているのが見え、根本的な解決にはなっていない事に歯噛みする。

 さらにあの大きな怪獣は、田畑を突っ切って、住宅地の方に向かっている事もわかった。

 このままじゃ、被害は拡大するばかりだ・・・!

 逼迫した状況に息を呑んだ所で──ヒューン、と風切り音が耳に届いた。

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