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第三話「進化する生命」
第二章「地底世界の王」・④
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※ ※ ※
『・・・連絡があった付近まで、推定200秒』
ヘルメットの内蔵スピーカーから、前の席でヘリを操縦するユーリャ少尉の声が届く。
そろそろ、柵山・竜ヶ谷両名との合流地点が見えてくるはずだが・・・と思ったところで、地上から立ち昇る発煙筒のオレンジ色の煙が視界に入った。
「周囲に木々はないが・・・足場が暗いな・・・着陸できそうか?」
『・・・私なら、可能』
自信満々で何よりだ。オレンジの煙が昇る目掛けて、ゆっくりとヘリが下降して行く。
・・・日が落ちてきている・・・まずいな・・・夜はNo.005どもの領分だ。
不安を覚えつつも、やるしかない状況は変わらない。ヘリが着陸し、ドアが開くと、柵山少尉と竜ヶ谷少尉が敬礼で迎えてくれる。
「無事に合流できて何よりだ! まずは好きなだけ銃と弾を持っていけ!」
「「アイ・マム!」」
竜ヶ谷少尉から通信を受けたのは、今から約25分ほど前。
調査に向かった先──秩父の山中で二人が見たのは、自衛隊員二人分の死体・・・いや、死体と呼べるほど綺麗には残っていなかっただろう。
その近くにあった穴の形状からNo.005の仕業に間違いないと柵山少尉が判断した所で、突然ヤツらに襲われたらしい。
正直──こうして無事に合流できるかどうかすら不安だったが、私の部下はやはり優秀だ。
「松戸少尉! 市民への避難勧告はどうか!」
作戦準備を整える隊員たちを尻目に、腕の端末に呼びかける。
『「土砂崩れの危険アリ」で、警報を出してるんですが・・・』
言い出しづらそうに一度言葉を区切った後、驚きの事実を口にする。
「・・・ネットにNo.005の姿が映った動画がアップされまして・・・それを見た野次馬が集まる可能性があるかと・・・」
・・・十分に考えられる事態であり、かつ、最悪の事態だ。
何の武装もしていない一般市民がNo.005の元に向かうなど、カモがネギを背負っていくようなものだ。・・・想定より、更に猶予は少ないようだ。
「マクスウェル中尉以下、総員作戦準備完了!」
私の前に、四人の戦士が並んだ。
全身に纏っているのは、「タクティカル・アーマー」。
しかし、重苦しいこのアーマーをつけてもなお、車のドアを両断しうるヤツらの爪の前には、粉砕骨折で済めば幸運な方だと言える。
アーマーを固定するバンドには装備取付用織帯が付いており、強い光を苦手とするNo.005を相手取るために、小型閃光手榴弾がたんまりと装備されている。
手にしているのは、ラムパール社製<RG-002>──通称・「エレクトリック・ガン」。
小型の自動放電機械を発射する銃で、機械は着弾と同時に強力な電気を流し、筋肉を弛緩させ敵を無力化できる。
微弱ながら高エネルギーを纏い、タフさも備えるNo.005には非常に有効な優れ物だ。
・・・三年前にもこれがあったならどれほど良かったか。
その他に、JAGDの隊員用にカスタマイズされたM9も一人一丁ずつ携帯している。
特別製の銃身から放たれるのは、「特殊鋼弾丸」──つまり、No.005の硬質体組織を弾頭に使った弾だ。
この忌々しい弾丸はその性質上、No.005の外骨格をかち割る事が可能だ。
通常の9mmなら、硬質体組織に弾かれ、意図せぬ跳弾を招く危険性すらあるNo.005・・・ヤツらに向かって安心して撃てる弾は、世界でこれだけと言って差し支えないだろう。
「よし! マクスウェル中尉はユーリャ少尉と、柵山少尉は竜ヶ谷少尉と引き続きペアを組み、 二人一組で展開! 夜になればNo.005どもはより活発になる! ヤツらに背中を見せないよう注意しろ! それと、閃光手榴弾の残量には常に気を配れ!」
No.005は集団行動を得意とするが、棲家は光の乏しい地下。
最も有効な戦術は囲まれた所で閃光手榴弾を使い目を潰し、一体一体確実に撃滅する戦法だ。
「・・・また、松戸少尉からの情報だが、No.005の姿がネットにアップされ、野次馬が集まる可能性もあるとの事。No.005の殲滅は急務だが、あくまで人命が第一だ!」
インドの田舎の穴蔵で、ヤツらと相まみえてから三年──
まさか、遠く日本の地で──しかも人里の近くで、再会する事になろうとは夢にも思わなかった。
此処まで来たら、市民に対する「ジャガーノートの秘匿」については一旦後回しにするしかない。
世界が変わるタイミングが、すぐそこまで迫っているのを肌で感じた。
「各ユニットのコールサインは、極東支局で元から使用されていた「アロー」を──」
「隊長、一つよろしいでしょうか」
そこで、マクスウェル中尉が一歩進み出る。
「コールサインですが──「ハウンド」とさせていただいても?」
平時と変わらぬ顔のまま、あっけらかんと口にする。竜ヶ谷少尉が口笛を吹いた。
思わず眼輪筋がピクリと動いたのがわかったが、中尉は怯まない。
「「弓」では、トカゲ狩りには向きません。此処は一つ、「猟犬」のお力をお借りしたく・・・」
「・・・・・・好きにしろ」
ため息交じりに吐き捨てると、全員の顔が少しニヤついたのがわかった。
過去との決別のつもりなのか──まぁ・・・それで中尉の士気が上がるなら、この場は私一人、恥をかいてやる事にする。
「ただし──「猟犬」の名を貸してやる以上、死ぬ事は絶対に許さんッ‼ いいなッ‼」
「「「「イエス!マム!」」」」
「よし! マクスウェル班をハウンド2、柵山班をハウンド3とする! 私はハウンド1だ」
「えっ・・・? 隊長はお一人で・・・?」
柵山少尉が心配そうな声を上げる。
「案ずるな。アシを用意してある。日が沈むまで時間がないぞ! 各ユニットはNo.005を撃滅しつつ山を下り、市民の避難誘導だ! 兵装使用自由! 急げッ‼」
「「「「アイッ! マムッ!」」」」
返事とともに、全員がメットのシールドを下ろす。
JAGDで使用されているヘルメットは、俗に謂う「システムヘルメット」に近く、シールドとチンガードが一体になっている。
作戦準備を整えた四人が、事前に決めた通りに二手に分かれ、山林の中へ駆けていく。
現在位置は山の中腹あたり。
数キロ下れば車道もあるとはいえ、No.005は山に潜み、夜を待ってから人里を襲う可能性もある。
今のうちに、一匹でも多く頭数を減らさねば。
「──テリオ、出てきていいぞ」
マイクに向かって呼びかけると、ヘリの貨物庫に乗せていた<ヘルハウンド>がひとりでに後退して出てくる。
車輪の逆回転まで出来るのかこのバイクは・・・。
『冷たいですね、マスター。そろそろ皆さんに紹介してくれてもいいでしょう』
イヤホンはしていないが、右耳にテリオの声が届いた。
この特別仕様のヘルメットも、サラの届け物に入っていたものだ。
隊員たちとの通信は左から聴こえるようになっており、メットの左側面に触れながら喋らないと、マイクが私の音声を拾えないようになっている。
この機能のおかげで、人工知能との寂しい会話を聴かれずに済むというわけだ。
「減らず口を叩いている時間はない。私達も行くぞ」
運転の邪魔になる事を考慮して、「タクティカル・アーマー」は付けずにおく。
改めて<ヘルハウンド>に目を向けると、換装作業によってタンデムシートに取り付けられたリアボックスが一番に目に入る。
両側に大きな長方形のパーツが付いており、非常に邪魔だ。
ついでにサイドカウルにも二段になった箱のようなものが足され、見るからに重量過多としか言いようのない姿になっている。
スピード出るのかコレ・・・?
『マスター、「鍵」を挿し込んで下さい。兵装使用のロックが解除されます』
成程。「鍵」を挿さずとも、ボタンだけでエンジンまで始動するのを不思議に思っていたが、そういうカラクリか。
言われるがまま「鍵」を挿し込んで回すと、スピードメーターの発光が青から赤に変わり、「UNLOCKED」の文字が表示される。
『それと、出発前にこちらを』
テリオがそう言うと、シートがひとりでに跳ね上がり、中から銃のグリップと覚しきものがせり出してくる。
・・・間違いなく、サラの趣味だな。
『新たな対ジャガーノート用携帯兵装<RG-007>です。小型の針状機雷を射出、対象の体表に刺さった後、高エネルギーまたは高熱を感知すると起爆します。もちろん腕次第ですが流鏑馬も可能です。「ニードル・シューター」とお呼び下さい』
「・・・要するに高価な釘打ち機だな」
文句を言いつつも、グリップを左手で引き抜いた。
長方形に近いシルエットをした不思議な形をしているが、前後に照準器も付いている立派な銃のようだ。
再び下りたシートに跨って、ハンドルに右手をかけ──一つ、息を吐いた。
「行けるな?」
『いつでもどうぞ』
通常、こんなオンロードバイクで山道を走ろうだなんて、正気ではない。
だが、いま私が跨っているのは、世界最高の頭脳が造って寄越したマシンだ。彼女とテリオを、信じよう。
ヘルメットのシールドを下ろし、アクセルを全開にすると、鬱蒼と茂る山林に突入する。
凸凹の激しい道のはずだが、ハンドルが取られる事はない。
テリオのサポートにより緻密に挙動するサスペンションが、ハンドルに伝わってくるはずの激しい衝撃を相殺していた。
シールド越しの視界を、檻のような木の影たちが流れていく。
「高エネルギー反応を計測したらすぐ教えろ!」
『早速居ました──2時の方向、三体です』
「よし───」
マシンの性能を信じて、ハンドルから手を離した。ニーグリップのみで身体を支え、上体を起こす。
「ニードル・シューター」を両手で構えたところで、耳打ちされた方角に、忌々しい真っ黄色の丸提灯が見えた!
距離は20メートル──狙いを定め、三発連続で放つ!
ヤツらは耳が良い。こちらの存在にはとっくに気付いていたのだろう・・・こちらに向かって来ていたので、当てやすくて助かった。
<ガアァッ! ガア───>
3秒と立たず、右前方で小さな爆炎が3つ上がる。
二度と耳にしたくないと思っていた耳障りな鳴き声だが、散々苦しめられた連中の断末魔を聞くのは悪い気分じゃない。
『お見事。反応消失です。次は正面・・・こちらはお任せ下さい』
テリオがそう言ったのと同時、前輪の両側のカウルにあった箱状のパーツが展開する。
『少々熱風が来るかも知れませんのでご注意を』
展開部の後ろ側から、シュー、という音とともに煙が出て、風に流されていく。
まさか、と思った次の瞬間──両側から一基ずつ、小型の白いミサイルが発射された。
「・・・この兵装、個人で扱っていい値段じゃないな」
『えぇ。頭数が必要な普通の軍隊ならまず無理でしょう。良いお客様の存在に感謝します』
「・・・・・・妹が商売上手で嬉しいよ・・・」
直後、ヘルメット越しでも耳をつんざく爆音が起き──斜面を勢いよく下りながら、その爆炎の中をダークグレイのボディで突っ切った。
「この調子で狩り続けるぞ!」
『了解です。マスター』
我々が向かっているのは、柵山少尉たちが発見した、No.005の通ってきたと覚しき穴だ。
既にヤツらは散らばっているだろうが、まずは後続を絶つのが先決と考えての判断だった。
・・・・・・しかし、不可解なのは同時に二人が見つけた「自衛隊員」の死体だ。
熊の事件がNo.005の仕業だったのはほぼ間違いないだろうが・・・
今日この時点で自衛隊員が居たという事は、少なくとも日本政府または自衛隊上層部はNo.005が出現していたのを知っていた上で、この近辺で何かをしていたという事になる。
・・・・・・どこの国も、ジャガーノートの研究をしたがっているのは知っている。
しかし、ヤツらは普通の動物などではない。
「その種のみで人類を滅ぼし得る」悪魔どもなのだ。動物園のライオンとは勝手が違う。
ただでさえ、人間は自分の身が傷ついて初めて学習する生き物。
歴史は繰り返すと謂うが、ヤツらの牙が骨まで達した時──最早ヒトはこの星の支配権を握ってはいないだろう。
確信にも近い嫌な予感が、胸の鼓動を早くする。
テリオの助言に従い「ニードル・シューター」の引き金を引きながら・・・私は、逸る思いを抑えられずにいた。
『・・・連絡があった付近まで、推定200秒』
ヘルメットの内蔵スピーカーから、前の席でヘリを操縦するユーリャ少尉の声が届く。
そろそろ、柵山・竜ヶ谷両名との合流地点が見えてくるはずだが・・・と思ったところで、地上から立ち昇る発煙筒のオレンジ色の煙が視界に入った。
「周囲に木々はないが・・・足場が暗いな・・・着陸できそうか?」
『・・・私なら、可能』
自信満々で何よりだ。オレンジの煙が昇る目掛けて、ゆっくりとヘリが下降して行く。
・・・日が落ちてきている・・・まずいな・・・夜はNo.005どもの領分だ。
不安を覚えつつも、やるしかない状況は変わらない。ヘリが着陸し、ドアが開くと、柵山少尉と竜ヶ谷少尉が敬礼で迎えてくれる。
「無事に合流できて何よりだ! まずは好きなだけ銃と弾を持っていけ!」
「「アイ・マム!」」
竜ヶ谷少尉から通信を受けたのは、今から約25分ほど前。
調査に向かった先──秩父の山中で二人が見たのは、自衛隊員二人分の死体・・・いや、死体と呼べるほど綺麗には残っていなかっただろう。
その近くにあった穴の形状からNo.005の仕業に間違いないと柵山少尉が判断した所で、突然ヤツらに襲われたらしい。
正直──こうして無事に合流できるかどうかすら不安だったが、私の部下はやはり優秀だ。
「松戸少尉! 市民への避難勧告はどうか!」
作戦準備を整える隊員たちを尻目に、腕の端末に呼びかける。
『「土砂崩れの危険アリ」で、警報を出してるんですが・・・』
言い出しづらそうに一度言葉を区切った後、驚きの事実を口にする。
「・・・ネットにNo.005の姿が映った動画がアップされまして・・・それを見た野次馬が集まる可能性があるかと・・・」
・・・十分に考えられる事態であり、かつ、最悪の事態だ。
何の武装もしていない一般市民がNo.005の元に向かうなど、カモがネギを背負っていくようなものだ。・・・想定より、更に猶予は少ないようだ。
「マクスウェル中尉以下、総員作戦準備完了!」
私の前に、四人の戦士が並んだ。
全身に纏っているのは、「タクティカル・アーマー」。
しかし、重苦しいこのアーマーをつけてもなお、車のドアを両断しうるヤツらの爪の前には、粉砕骨折で済めば幸運な方だと言える。
アーマーを固定するバンドには装備取付用織帯が付いており、強い光を苦手とするNo.005を相手取るために、小型閃光手榴弾がたんまりと装備されている。
手にしているのは、ラムパール社製<RG-002>──通称・「エレクトリック・ガン」。
小型の自動放電機械を発射する銃で、機械は着弾と同時に強力な電気を流し、筋肉を弛緩させ敵を無力化できる。
微弱ながら高エネルギーを纏い、タフさも備えるNo.005には非常に有効な優れ物だ。
・・・三年前にもこれがあったならどれほど良かったか。
その他に、JAGDの隊員用にカスタマイズされたM9も一人一丁ずつ携帯している。
特別製の銃身から放たれるのは、「特殊鋼弾丸」──つまり、No.005の硬質体組織を弾頭に使った弾だ。
この忌々しい弾丸はその性質上、No.005の外骨格をかち割る事が可能だ。
通常の9mmなら、硬質体組織に弾かれ、意図せぬ跳弾を招く危険性すらあるNo.005・・・ヤツらに向かって安心して撃てる弾は、世界でこれだけと言って差し支えないだろう。
「よし! マクスウェル中尉はユーリャ少尉と、柵山少尉は竜ヶ谷少尉と引き続きペアを組み、 二人一組で展開! 夜になればNo.005どもはより活発になる! ヤツらに背中を見せないよう注意しろ! それと、閃光手榴弾の残量には常に気を配れ!」
No.005は集団行動を得意とするが、棲家は光の乏しい地下。
最も有効な戦術は囲まれた所で閃光手榴弾を使い目を潰し、一体一体確実に撃滅する戦法だ。
「・・・また、松戸少尉からの情報だが、No.005の姿がネットにアップされ、野次馬が集まる可能性もあるとの事。No.005の殲滅は急務だが、あくまで人命が第一だ!」
インドの田舎の穴蔵で、ヤツらと相まみえてから三年──
まさか、遠く日本の地で──しかも人里の近くで、再会する事になろうとは夢にも思わなかった。
此処まで来たら、市民に対する「ジャガーノートの秘匿」については一旦後回しにするしかない。
世界が変わるタイミングが、すぐそこまで迫っているのを肌で感じた。
「各ユニットのコールサインは、極東支局で元から使用されていた「アロー」を──」
「隊長、一つよろしいでしょうか」
そこで、マクスウェル中尉が一歩進み出る。
「コールサインですが──「ハウンド」とさせていただいても?」
平時と変わらぬ顔のまま、あっけらかんと口にする。竜ヶ谷少尉が口笛を吹いた。
思わず眼輪筋がピクリと動いたのがわかったが、中尉は怯まない。
「「弓」では、トカゲ狩りには向きません。此処は一つ、「猟犬」のお力をお借りしたく・・・」
「・・・・・・好きにしろ」
ため息交じりに吐き捨てると、全員の顔が少しニヤついたのがわかった。
過去との決別のつもりなのか──まぁ・・・それで中尉の士気が上がるなら、この場は私一人、恥をかいてやる事にする。
「ただし──「猟犬」の名を貸してやる以上、死ぬ事は絶対に許さんッ‼ いいなッ‼」
「「「「イエス!マム!」」」」
「よし! マクスウェル班をハウンド2、柵山班をハウンド3とする! 私はハウンド1だ」
「えっ・・・? 隊長はお一人で・・・?」
柵山少尉が心配そうな声を上げる。
「案ずるな。アシを用意してある。日が沈むまで時間がないぞ! 各ユニットはNo.005を撃滅しつつ山を下り、市民の避難誘導だ! 兵装使用自由! 急げッ‼」
「「「「アイッ! マムッ!」」」」
返事とともに、全員がメットのシールドを下ろす。
JAGDで使用されているヘルメットは、俗に謂う「システムヘルメット」に近く、シールドとチンガードが一体になっている。
作戦準備を整えた四人が、事前に決めた通りに二手に分かれ、山林の中へ駆けていく。
現在位置は山の中腹あたり。
数キロ下れば車道もあるとはいえ、No.005は山に潜み、夜を待ってから人里を襲う可能性もある。
今のうちに、一匹でも多く頭数を減らさねば。
「──テリオ、出てきていいぞ」
マイクに向かって呼びかけると、ヘリの貨物庫に乗せていた<ヘルハウンド>がひとりでに後退して出てくる。
車輪の逆回転まで出来るのかこのバイクは・・・。
『冷たいですね、マスター。そろそろ皆さんに紹介してくれてもいいでしょう』
イヤホンはしていないが、右耳にテリオの声が届いた。
この特別仕様のヘルメットも、サラの届け物に入っていたものだ。
隊員たちとの通信は左から聴こえるようになっており、メットの左側面に触れながら喋らないと、マイクが私の音声を拾えないようになっている。
この機能のおかげで、人工知能との寂しい会話を聴かれずに済むというわけだ。
「減らず口を叩いている時間はない。私達も行くぞ」
運転の邪魔になる事を考慮して、「タクティカル・アーマー」は付けずにおく。
改めて<ヘルハウンド>に目を向けると、換装作業によってタンデムシートに取り付けられたリアボックスが一番に目に入る。
両側に大きな長方形のパーツが付いており、非常に邪魔だ。
ついでにサイドカウルにも二段になった箱のようなものが足され、見るからに重量過多としか言いようのない姿になっている。
スピード出るのかコレ・・・?
『マスター、「鍵」を挿し込んで下さい。兵装使用のロックが解除されます』
成程。「鍵」を挿さずとも、ボタンだけでエンジンまで始動するのを不思議に思っていたが、そういうカラクリか。
言われるがまま「鍵」を挿し込んで回すと、スピードメーターの発光が青から赤に変わり、「UNLOCKED」の文字が表示される。
『それと、出発前にこちらを』
テリオがそう言うと、シートがひとりでに跳ね上がり、中から銃のグリップと覚しきものがせり出してくる。
・・・間違いなく、サラの趣味だな。
『新たな対ジャガーノート用携帯兵装<RG-007>です。小型の針状機雷を射出、対象の体表に刺さった後、高エネルギーまたは高熱を感知すると起爆します。もちろん腕次第ですが流鏑馬も可能です。「ニードル・シューター」とお呼び下さい』
「・・・要するに高価な釘打ち機だな」
文句を言いつつも、グリップを左手で引き抜いた。
長方形に近いシルエットをした不思議な形をしているが、前後に照準器も付いている立派な銃のようだ。
再び下りたシートに跨って、ハンドルに右手をかけ──一つ、息を吐いた。
「行けるな?」
『いつでもどうぞ』
通常、こんなオンロードバイクで山道を走ろうだなんて、正気ではない。
だが、いま私が跨っているのは、世界最高の頭脳が造って寄越したマシンだ。彼女とテリオを、信じよう。
ヘルメットのシールドを下ろし、アクセルを全開にすると、鬱蒼と茂る山林に突入する。
凸凹の激しい道のはずだが、ハンドルが取られる事はない。
テリオのサポートにより緻密に挙動するサスペンションが、ハンドルに伝わってくるはずの激しい衝撃を相殺していた。
シールド越しの視界を、檻のような木の影たちが流れていく。
「高エネルギー反応を計測したらすぐ教えろ!」
『早速居ました──2時の方向、三体です』
「よし───」
マシンの性能を信じて、ハンドルから手を離した。ニーグリップのみで身体を支え、上体を起こす。
「ニードル・シューター」を両手で構えたところで、耳打ちされた方角に、忌々しい真っ黄色の丸提灯が見えた!
距離は20メートル──狙いを定め、三発連続で放つ!
ヤツらは耳が良い。こちらの存在にはとっくに気付いていたのだろう・・・こちらに向かって来ていたので、当てやすくて助かった。
<ガアァッ! ガア───>
3秒と立たず、右前方で小さな爆炎が3つ上がる。
二度と耳にしたくないと思っていた耳障りな鳴き声だが、散々苦しめられた連中の断末魔を聞くのは悪い気分じゃない。
『お見事。反応消失です。次は正面・・・こちらはお任せ下さい』
テリオがそう言ったのと同時、前輪の両側のカウルにあった箱状のパーツが展開する。
『少々熱風が来るかも知れませんのでご注意を』
展開部の後ろ側から、シュー、という音とともに煙が出て、風に流されていく。
まさか、と思った次の瞬間──両側から一基ずつ、小型の白いミサイルが発射された。
「・・・この兵装、個人で扱っていい値段じゃないな」
『えぇ。頭数が必要な普通の軍隊ならまず無理でしょう。良いお客様の存在に感謝します』
「・・・・・・妹が商売上手で嬉しいよ・・・」
直後、ヘルメット越しでも耳をつんざく爆音が起き──斜面を勢いよく下りながら、その爆炎の中をダークグレイのボディで突っ切った。
「この調子で狩り続けるぞ!」
『了解です。マスター』
我々が向かっているのは、柵山少尉たちが発見した、No.005の通ってきたと覚しき穴だ。
既にヤツらは散らばっているだろうが、まずは後続を絶つのが先決と考えての判断だった。
・・・・・・しかし、不可解なのは同時に二人が見つけた「自衛隊員」の死体だ。
熊の事件がNo.005の仕業だったのはほぼ間違いないだろうが・・・
今日この時点で自衛隊員が居たという事は、少なくとも日本政府または自衛隊上層部はNo.005が出現していたのを知っていた上で、この近辺で何かをしていたという事になる。
・・・・・・どこの国も、ジャガーノートの研究をしたがっているのは知っている。
しかし、ヤツらは普通の動物などではない。
「その種のみで人類を滅ぼし得る」悪魔どもなのだ。動物園のライオンとは勝手が違う。
ただでさえ、人間は自分の身が傷ついて初めて学習する生き物。
歴史は繰り返すと謂うが、ヤツらの牙が骨まで達した時──最早ヒトはこの星の支配権を握ってはいないだろう。
確信にも近い嫌な予感が、胸の鼓動を早くする。
テリオの助言に従い「ニードル・シューター」の引き金を引きながら・・・私は、逸る思いを抑えられずにいた。
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ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
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