恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第一章「見知らぬ旧友」・⑤

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「到着だ。まぁ、予想はつくだろうが、今さっき話した私の実家だ」

 桐生さんに続いて、車を降りる。

 門の向こうには、古めかしいくすんだ白い洋館。

 壁には蔦が這い、入り口までの道があったと覚しきところにまで、背の高い雑草たちが我が物顔で生えている。

「ご覧の通り、今では誰も住んでいない。買い手もつかない状態でな。私も仕事柄、またいつ海外に行くかも判らず、どうするべきか二の足を踏んでいるのが現状だ」

 寂しそうに、かつての自分の家を見つめる桐生さん。

 車に乗っていたからわからなかったけど、身長は僕よりほんの少し低いくらい・・・クロと同じくらいだろうか。

 コンビニで会った時にも来ていたライダースジャケットに白のインナー、黒のスキニーと、モノトーンのコーディネーションのせいか・・・

 その赤い──いや、紅い髪と、同じく炎の色をした瞳がくっきりと印象付けられる。

 やっぱり、今朝の夢に出てきた女の子は───

「───どうだハヤト? なにか思い出せそうか?」

「えっ! あ、あのっ、えと・・・す、すみません・・・今のところは・・・何も・・・」

 と、ついつい見つめてしまっていたところで視線があって、どぎまぎしてしまった。

「・・・・・・そうか」

 表情は変わらないままだが、しょんぼりしてしまったように見える。

「もしかしたら、当時とは様子が違うから思い出せないのかも知れない。やはりここはきちんと手入れをしてからもう一度──」

「あぁいえいえそんな! そ、そこまでしなくてもっ!」

 今のは本気だった気がして、慌てて止める。

「・・・・・・そうか・・・」

 ・・・止めたはいいけど、余計に落ち込んでしまったように見える。

 うぅ・・・気まずい・・・いや、待てよ・・・? そうだ!

「実は・・・その・・・信じてもらえないかも知れませんが、僕・・・十年前から、毎晩ずっと同じ夢を見てるんです」

「同じ夢を毎晩・・・? それは不思議だな・・・」

 途端に怪訝な顔をする桐生さん。

 しかしそれは僕を疑う表情ではなく、純粋に不思議がっている様子に見える。

「はい・・・ロングヘアで帽子を被った白いワンピースの女性と、流れ星を見ているだけの夢なんですが・・・その女性が誰なのかはわからなくて、僕にとっては、その夢だけが失くしてしまった記憶の手掛かりだったんです」

 無表情ながら、桐生さんはきちんと聞いてくれている。

「ただその・・・今朝は、その夢に、真っ赤な髪をした女の子が出てきて・・・初めて夢の内容が変わったんです。その娘の名前は・・・判らずじまいだったんですけど・・・」

「成程。まぁ人生の中で出会う赤毛女なんてそうはいないだろうから、それは私かも知れないが・・・」

「す、すみません突然こんな事・・・意味わからないですよね・・・」

 ついつい夢の話をしてしまった事が急に恥ずかしくなって、後ろ頭を掻く。

「いいや。君が嘘をついているとは思えない。私はその話、信じるよ」

「桐生さん・・・」

 迷いない視線が、真っ直ぐに僕を射抜いた。思わず、ドキッとしてしまう。

「・・・・・・だが」

 しかし、次の瞬間にはその力強い眼が曇ってしまった。

「私の記憶には、君と誰かの三人で星を見た記憶はないんだ・・・。昔、この家にはメイドが一人いたんだが、彼女はその時点で五十歳は超えていたし・・・見た目も、君の夢で見た女性とは一致しないと思う」

「──そう──ですか・・・・・・」

 ・・・・・・正直、期待していた。いつもと違う夢が、記憶を取り戻すきっかけになる事を。

 しかし、淡い希望は儚くも消えて失くなった。

 それどころか、「僕の夢は失くした期間の出来事だろう」という今までの自分の予想すら否定されてしまったに等しい。

 僕と違って、桐生さんは思い出を覚えているのだから。

「・・・重ね重ね、役に立てなくてすまない・・・少しでも、君が記憶を取り戻してくれる助けが出来ればと思ったんだが・・・」

 ずっと動かなかった桐生さんの表情が、明確に変わった。

 心から、悔しがっている顔。

 そんな顔をさせてしまうくらいに、今の僕の表情は何も取り繕えていないんだろう。

「あ、謝るのはこっちです・・・! 折角連れてきてもらったのに・・・っ!」

 落胆をぐっと飲み込んで、空っぽの言葉が出た。

 あぁ・・・違う・・・! 言うべきだった言葉はきっとこうじゃない!

「いいや。ダメなのは私の方だ・・・私ばかりが空回りして、君を困らせてしまっている・・・十年前も・・・そして今も」

「そ、そんな事──ッ!」

 咄嗟に、顔を背けてしまった。

 炎のようだと思った瞳が、揺らめくのを見てしまったから。

「・・・時間を取らせて悪かった。乗ってくれ。駅まで送るよ」

 海から吹いた風が、夢で見たはずの真っ赤な髪を揺らして、その顔を隠した。


 帰り道は、二人とも無言だった。


       ※  ※  ※


「こちら異常なし!」

「こちらも異常なーし!」

 特異生物が発見された秩父山中──

 日も高いうちから、永島三佐の命を受け、部下の一等陸士2名が「事件現場」の再調査を行っていた。

「・・・お前、特異生物見たんだって?」

 辺りを見回して上官の姿がない事を確認し、片方の男が問いかけた。

「あぁ。暗かったからよくは見えなかったけど、めちゃくちゃグロかったよ・・・身体が茶色くてゴツゴツしてて・・・ついでにデカいんだよ! 1・5メートルくらいあんの!」

「うわキモ・・・っ! 俺、特異生物ってツチノコみたいなの想像してたわ・・・」

 目線だけは調査しているフリをしながら、同期との会話を楽しんでいた。

「キモさでいけば、あの本田って教授もやばかったけどな!」

「あぁ・・・なんか特異生物の研究だかで呼ばれてたオッサンだろ? ってかさ、あの特異生物が運び込まれた「研究所」って───うおぉっっ‼」

 そこで、最初に話しかけた方の男の姿が突然消える。

「おい大丈夫かっ!」

 もう一人の男が駆け寄ると、そこにはぽっかりと空いた穴があった。

 深さは5メートル程だろうか。ずり落ちた男が、穴の底で「参ったな」という顔を見せた。

「ちっくしょ・・・誰がこんな所に落とし穴なんか・・・・・・うん?」

 そこで男は、穴の奥で揺らめく、灯籠のような無数の薄明かりを見た。


<ガアアッ! ガアアッ!>


「へっ────?」


 声を上げようとして──黒くて尖った何かが、視界の端で光る。

 次に男が見たのは、5メートル上にいるはずの同期の顔だった。

 そして──、彼の意識は途絶えた。


                       ~第二章へつづく~
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