恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第三話・プロローグ

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◆プロローグ


   ─── 一週間前 埼玉県 秩父山中 ───

「お疲れ様です!」

「オウ、お疲れさん」

 第32普通科連隊所属の永島ながしま三等陸佐は、待ちわびた人物を連れて来た部下に軽く答礼した。

 ついさっき眉の上に出来たばかりの虫刺されをポリポリと掻きながら、永島は自分の事など構いもせず「目的のもの」に一目散に走っていった中年の男を見やる。

「おぉぉ・・・! これが・・・!」

 感嘆の声を上げているのが、たんまり残った書類仕事を投げ出してまでこんな山奥で待たされた理由である人物──本田ほんだ教授。

 東京大学生物科の「問題児」だと、永島は聞いていた。

「・・・永島三佐、あの籠の中にいるのが・・・」

 教授を連れてきた部下が小声で訪ねてくる。

 こんな山奥で誰にも聞かれないだろうに、日頃から「徹底して秘匿しろ」と叩き込まれている賜物だな、と永島は薄く笑った。

「あぁ。「特異生物」・・・ やっこさんたちの言い方だと、「ジャガーノート」ってやつだ」

 最初の報せがあったのは、昨日の二◯三◯。

 地元警察に、東秩父村の住民から「主人が熊に殺された」と通報があり、警察と消防に猟師まで加わって山中を捜索し──熊は見つかる事なく、代わりに6人が死んだ。

 目撃者の話から「熊ではなくが出た」という話があり、錯乱状態の妄言だろうとは思われつつ──

 犠牲者が出ている事もあって第32普通科連隊が駆り出された結果──網にかかったのが、いま特製の籠の中にいる「特異生物ジャガーノート」だった。

<ガアアアッ! ガアアアッ!>

「うおぉっ⁉」

 本田が近付いた籠の格子の中から、艶めいた黒い爪が飛び出し、その鼻先に迫った。

「気をつけてくださいね、教授。そいつガアガアうるさいだけじゃなく獰猛なもんで」

「はははっ! いや、良い! 検体は健康な方が良いに決まっているよ!」 

 「鼻の穴」を増やされかけたというのに俄然笑顔な本田の顔を見て、頭のいい人というのはよくわからんな、と永島はまた虫刺されを掻いた。

「とにかくそいつを移送しますので、教授、車へどうぞ」

 永島が促す。移送先は同じく秩父の山中にひっそりと立っている「研究所」だ。

 発見された特異生物は全て国連傘下の秘密組織「JAGD」が接収するのが決まりだが、どこの国も表向きはともかく、天辺てっぺんから爪先まで真面目に従っている所などなかった。

「全く・・・あの連中ときたら、こんな貴重な生体サンプルを多数保持しながら、それを一般に開示しないとは・・・! 技術独占にも程がある!」

 余程不満が溜まっているのだろう。狂気を孕んだ笑顔から一転、不満げな顔を見せる本田。

 「市民の混乱を防ぐため」というお題目で、特異生物の存在は、その研究結果を含め、一般には伏せられている。

 そもそも特異生物は個体数が少なく、目撃例もまた少ない。

 入隊当初からその存在を聞かされていたとは言え、十五年以上自衛隊にいる永島も、特異生物を目にしたのは今夜が初めてだった。

 永島は「アマゾンの奥地にはクジラよりデカい二足歩行のトカゲがいる」という噂も聞いた事があったが、目の前の檻に入っているはせいぜい全長1・5メートル。

 特異生物に指定される条件──「その種のみで人類を滅ぼし得る」というハードルを、この恐竜もどきが満たしているとはとても思えなかった。

 しかしながら、永島は捕まえる前に、あの黒い爪が高機動車コーキのボディに穴を開けるところを見ている。

 いま特異生物を閉じ込めているのもJAGDから支給されている専用の「フルメタルケージ」だ。最後まで油断は禁物だろうと気を引き締めた。

「まぁ無駄話はいい。とにかく、一刻も早く「研究所」へ行くぞ!」

 本田は再びぎょろりと目を剥き、踵を返して車へと向かっていった。

 あんたが「本当に特異生物かどうかを先に確認したい」とさえ言わなければ、今頃はもう「研究所」に着いてたんですよ・・・と文句を溢しそうになったが、永島は飲み込んだ。

「よし、運んでくれ」

「了解!」

 部下数人がガタガタと暴れるケージを持ち上げ、小型トラックに積み込もうとする。

<ガアア! ガアアッ!>

 カラスのような耳障りな声を聴くと、こいつが見た目通りに恐竜の生き残りだったなら、「恐竜は進化して鳥になった」という話の裏付けになるかも知れないな、と永島は思った。


<ガアァ───ッ‼ ガアァ───ッ‼>


 積み込まれる直前─── 一際大きく、特異生物が鳴き声を上げる。

 その特異生物は、JAGDではNo.005──識別名称コード「ガラム」と呼ばれていた。
 

   ─── 同時刻 福岡県・地下鉄七隈線 構内 ───


『次は──「橋本」、「橋本」──終点です──』

 背後から車内アナウンスが聴こえ、車掌の入迫いりさこは、一日の終わりを感じていた。

 とはいえ、今夜は泊まり勤務。この終電を橋本駅まで送り届けても、まだ仕事が残っている。

 今日は何時間仮眠できるかな、と入迫はため息を吐きながら思案し──それに気付いた。

「っっ‼」 

 前面のガラス越し──左手から突然、「黒い何か」が出てきたように見え──入迫は慌ててブレーキをかけた。

 急ブレーキの勢いでグン、と身体が引っ張られる。

 何とか止まった電車の中で、入迫はブレーキの直後、ドアの前面に強い衝撃が加わった感触を思い出した。

「まさか・・・作業員か誰かが・・・」

 勿論、今夜運行中に地下鉄線路内で作業をする等という報告は受けていない。

 しかし、「何かを轢いた」感触がしたのは事実。

 生々しい衝撃を思い出して身震いしながら、入迫が食いしばった奥歯を緩め、顔を上げると、彼はその「違和感」に首を傾げた。

「・・・? 電気が、消えてる・・・」

 地下鉄の線路内は、等間隔に設置された照明によって壁の色が見えるほど明るい。

 しかし今、線路の先を照らしているのは、入迫の運転する先頭車両の明かりだけだった。

「一体何が起きて───」


<ガアアッ! ガアアッ!>


 言いかけて、が、ガラス越しに入迫の耳に届いた。

 次いでパリン、と音がして、先頭車両前面の明かりが消える。

「な、なんなんだ・・・何が起きてるんだ・・・⁉」

 入迫が恐怖したのは、前方が真っ暗になった事ではなかった。

 の線路内に、人霊ひとだまのような灯りが浮かび上がった事だった。

 縫い付けられたように動けない入迫の視界で、薄ぼんやりと光る黄色い灯籠たちが、揺らめきながら車両へと近付いてくる。

「ハァッ! ハァッ! ハァッッ!」

 息が荒くなり、体中が縮み上がる。

 これは、本能的な恐怖。ただしそれは、暗闇への──ではない。

 

 そして彼はついに、その「正体」を目にした───



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