恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第三章「決意と死闘」・④

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       ※  ※  ※


「チィ・・・ッ!」

 水平舵で角度を付け、何とか海上へと向かおうと試みる。しかし、左脚を欠いたこの艦では、No.006のスピードにはついて行けない。

<シャアアアアアアッ‼>

 満身創痍の我々を、追い立てて、追い詰めて、高らかに嘲笑う声が聞こえる。

 ヤツは──No.006は、狩人ハンターなどではない・・・・・・ヤツは、獲物で遊ぶ殺戮者サイコキラーだ。

「・・・・・・燃料も、限界・・・!」

 だがそれゆえに、慢心している。おごっている。手負いの獲物を前に、止めを刺さずにいる。

「隊長! このままではッ!」

 ならば教えてやろう。JAGD我らに仇なす下等生物バケモノに、人類ひとには牙のある事を──‼

「逃げ切れんなら迎え撃つまでだッ‼ 少尉! ヤツの下方はらを取れるか!」

「・・・・・・無茶。・・・でも・・・やる・・・ッ!」

 彼女が頭に巻いた包帯から、血の滴るのが見えた。だが、その瞳は、まだ死んではいない。

 そして、同じ灯火を、皆がその瞳に宿している。ここにいる誰もが、だ。

 故に私は、最後の一瞬まで諦めない。「猟犬」の名に恥じぬ執念で、敵の喉笛を噛み千切ってみせる。

 そして全てをかなぐり捨ててでも、全員で生きて帰る・・・ッ‼

「竜ヶ谷少尉ッ! 準備はいいな‼」

「応ッ!」

 全員が、覚悟を決める。そっと、右耳のイヤホンに手を伸ばした。

「・・・手助け、頼んだぞ」

『了解です。マスター』

 冗談っ気のない返事を、初めて聞いたかも知れない。

 肚が据わり切って、心のざわめきが凪いでくる。不思議だが、慣れた感覚だ。

 ユーリャ少尉が、大きく右にハンドルを切る。

 生きている右舷の後部ジェットを噴射させ、本艦の直上を抑えるNo.006のプレッシャーから逃れた。来た道を戻る事になるが、致し方あるまい。

 マクスウェル中尉の方を向く。

「・・・心得ています」

 目が合うだけで通じたようだ。感謝しなければならないな。優秀な部下ばかりを持てた事に。

<キシャアアアアアアアッ‼>

 逃げる獲物を追うのが余程楽しいのだろう。

 何度目になるかわからない耳障りな声を上げながら、No.006がこちらに突進してくる。これは──直撃コースだ!

「ユーリャ少尉ッ!」

 合図と共に、後部ジェットが停止する。

 そして、水平舵ハイドロプレーンが再び角度を調整したのと同時。

 慣性で前進しようとする艦体を、前部ジェットが退

<ッッッ‼>

 受ける水圧の流れを調節された<モビィ・ディックⅡ>は、艦尾を下げて海底に向かって後退する。

 真後ろから追ってきたNo.006からしてみれば、後部ジェットが噴き出す泡の中で、突然消えたように見えたことだろう。

 そして、自ら潜った艦の真上を、No.006の巨体が通過しようとする───

「今だッ‼ やれッ‼」

 艦首の垂直魚雷発射管から、天に向かって真っ直ぐに、特殊鋼弾頭魚雷が全弾発射される。

<ッシャアアアアアアア‼>

 狙い通りに、腹部に全弾命中──おまけに、ヤツの動きが止まった──!

「中尉ッ!」

 モニターを睨みつけながら、中尉がドローンを操縦する。

 特殊鋼弾頭によって抉られた甲殻の欠片を躱し──遂に、たった今攻撃を受けて体内を晒した箇所に、ドローンが吸着する。

 これでお別れだ────No.006ッ‼

「──機雷モード、作動ッ‼」

 中尉が、コンソールの赤いスイッチを───押した───。

「・・・ッ⁉ さ、作動しない・・・ッ⁉」

「なっ───」

 度重なる衝撃で、ドローンのシステムがイカれたか──!

 想定外の事態だが──まだだッ! ドローン内部の爆薬が失われたわけではないッ!

「竜ヶ谷少尉! Mk48をドローン目掛けて撃てッ‼」

「ッ! そうか──ッ! うぉぉぉぉぉぉおおおおッッ‼」

 目は血走りながらも、照準は精確に──艦首から、正真正銘最後の一発が放たれた。

『アシストします』

 右耳から、最後のひと押しが聴こえる。これで───


<キィィシャアアアアアアアアアアアッッ‼>


 絶命の叫びには、一瞬早く──

 No.006は、その巨大な翼を鳥のように羽ばたかせ、自らを飛翔させながら、凄まじいを生み出した。

「チィ──ッ‼」

 ドローンが自爆しなかったその一瞬の沈黙が、No.006に思考させる隙を与えてしまった事を後悔する──が、全てが遅かった。

 80メートルの翼長が生んだ奔流は、強大な渦を形成し──放たれた最後の希望を、粉々に打ち砕いた。

 ヤツの腹に届く事なく、Mk48は海底から巻き上げられた無数の岩の直撃を受け、宙空で爆発した。

 次いで、艦体がギシギシと悲鳴を上げる。

 堅牢な装甲に守られてるとは言え、最早限界が来ている。あと一撃でも体当たりを食らえば、<モビィ・ディックⅡ>は───沈む。

 外殻が砕け、内部に海水が流れ込み、空気は失われ、瞬く間に水圧で艦体は押し潰される。

「─────皆・・・」

 緊急脱出艇を無事に帰還させるには・・・・・・私が残り、この艦を囮にするしかない。

 さて、どう言って全員を丸め込もうか───そう考えた、まさに、その瞬間だった。


<グオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼>


 咆哮の直後───メインモニターに映ったのは、巨大な砂煙と、爆ぜて飛び散るいくつもの岩石──
 そして、その濁流の中で立ち上がったシルエットは───

「な、No.007・・・・・・ッ!」

 サーモセンサーなど介さずとも、理解わかってしまう。

 光源の乏しい深海に在って、煌々と光る排熱部。

 そして絶え間なく生み出され続ける無数の気泡。

 今の爆発は、おそらく海底火山から漏れ出す少量のガスにでも引火したのだろう。

 間違いない───No.007の体温は、一昨日の夜と同じように、急上昇を始めている。

<キシャアアアアアアアアアアア‼>

 呼応するように、No.006もこちらから目を離してNo.007の方を向く。

「────クソッ」

 握りしめた拳から、血が流れるのが判った。

 ・・・・・・あまりにも、無力だ。今の我々は。


       ※  ※  ※


「やった! 成功だ!」

 クロが立ち上がったのを見て、思わずガッツポーズを取ってしまう。

 でも、問題はここからだ───カウントダウンは既に始まっている──!

「頑張れ! クロッ‼」

 彼女の言う「あたたかい言葉」を、無意識のうちに口にしていた。

 すると・・・全身から凄まじい熱気を発しながらも、クロはこちらを振り返り・・・そして、力強く頷いてみせた。

 ───「繋がっている」。間違いない。一昨日とは違う! クロは今、ひとりじゃない‼

<キシャアアアアアアアアアアア‼>

 クロが復活したのを察して、マンタの怪獣も雄叫びを上げた。

 最初に睨み合った時と同じように体の側面の甲殻を細かく震動させると、頭部近くに点在する発光体の色が、青から赤に変わった。

 第二ラウンドの幕が、切って落とされる。

 ───先に仕掛けたのは、やはりマンタの怪獣だった。

 全身をくねらせて、大きく旋回する。泳ぎ始めてすぐにぐんとスピードが上がっていく。

 あの巨大な生物があんなに高速で泳げるものなのか・・・恐怖を覚えながらも、何とか目で追っていると──さながら戦闘機のように翼を捩ってローリングし、海底に対し身体を垂直にした。

 そしてそのまま、クロへと突っ込んで行く!

「クロッ! 後ろだッ!」

 これもまた、僕に出来る事なのかもしれない。

 僕の声が届いたのか、クロは咄嗟にその場で

<ッシャアアアアアアアア‼>

 ブンと振り回されて威力の付いたクロの巨大な尻尾が、マンタの怪獣を打ち払う。

 先程やられた攻撃をやり返した──と言うよりは───

「戦いの中で・・・学習してる・・・・・・?」

 翼に一撃を食らったマンタの怪獣は操縦不能になった戦闘機よろしく回転しながら、岩礁へと叩きつけられた。

<グオオオオオオオオオオッッ‼>

 クロもまた時間がない事を理解しているのだろう。叩きつけたその先へ向かって、のっしのっしと距離を詰めていく。

 巨体が海底を鳴らす度にマリンスノーが吹き上げては、発光するクロの排熱部の輝きを反射して、星のように煌めいた。

 しかし、敵もまたやられてばかりではいなかった。

 巻き上げられるマリンスノーの煙幕に隠すように、蛇のような尻尾を伸ばしたのだ。

「また足を取るつもりだ!」

 咄嗟に叫んだが、どうやらクロはお見通しだったようだ。

 こちらもまた煙幕に隠したまま、右足を持ち上げる。

 足元を狩ろうと這い寄った尻尾が標的を見失うと、その真上から強烈な踏み付け攻撃が敵のもう一つの頭を襲った!

<キシャアアアアアアアアッッ‼>

 今のクロの体温を考えれば、最早その踏み付けは焼きごてのようなものだろう。

 灼熱の足裏で地面に縫い付けられ、マンタの怪獣は苦悶の叫び声を上げた。

『クロ・・・もう時間がないよ・・・』

 クロに向けた言葉ながら、僕の頭にも声が聞こえた。

 目を向けると、シルフィの額に汗が浮かんでいるように見える。

 シルフィもまた、限界が近いんだ───!

「決めるんだ‼ クロッ‼」

<グオオオオオオオオオオオオオッッ‼>

 勇猛な叫び声が、僕たちのいる球体にまで届いた。

 クロは左足を一歩踏み出すと、右腕を背中側に向かってグンと引いた。

 次いで、全身の排熱部が一際大きく明滅すると──その右手が、白く光り輝き始めた。

『まさか・・・あの構えは───』

「らっ、ライジングフィスト───ッ⁉」


       ※  ※  ※


「な、何だアレは・・・ッ!」

 ジャガーノートたちの激戦の中──突如、No.007の右手が光り輝くのを、私は見た。

「も、もしかしたら──「奇網きもう」かもしれません・・・」

 柵山少尉が、やや自信なさげに口にした。

「奇網──レーテミラブルは、脊椎動物に広く見られる脈の構造で、イオンや気体の他、熱をやりとりする機関なのですが・・・例えばマグロは、奇網によって局所的に筋肉に熱を与えて、活性化させる事ができるんです」

「つまり今ヤツは──意図的に、右手に膨大な熱を集中させたという事か⁉」

「可能性は・・・高いです」

「しかし・・・そんな事ができるなら、一昨日の夜だってもっと効率的に熱を逃がす事が出来たんじゃないのか・・・?」

「・・・そうなんです。だから・・・「不自然」なんです・・・あんな事ができるのは」

 再び、モニターに視線を戻す。右手の輝きは、どんどん強くなっている。周囲の海水が蒸発し続けているのだろう。柱のように気泡が立ち上っている。

<グオオオオオオオオオオッッ‼>

<キシャアアアアアアアアッッ‼>

「───総員ッ! 衝撃に備えろッ‼」

 そして遂に───No.007が、眩く光った右手を、No.006に向かって振り下ろした。

 満身創痍の狩人の喉元を捕らえた灼熱の凶器は、あっという間にその身体を融かし、そして、不発弾と化していた水中ドローンにもまた超大な熱が伝わり───大爆発を起こした。 

「ぐぅぅぅぅッッ‼」

 艦内の空気をも震わせる衝撃が、身体を襲った。全身をシェイクされ、隊員たちも皆、椅子に縛り付けになる──

 永遠にも感じられた震動が終わり、再びメインモニターに目を向けると───そこには、濛々と立ち昇る砂煙の中に佇むシルエットが在った。

「・・・こ、高エネルギー反応が消えていません! No.007は・・・生きています‼」

 No.006の反応は完全に消えている。怪獣同士の戦いの勝者は決まったようだ。

 一網打尽にできれば儲けものだったが、そう上手くはいかなかったか・・・・・・。

「あ、いえ・・・こ、これは・・・・・・⁉」

 煙幕が晴れていくのとほぼ同時。No.007の高エネルギー反応が、センサーから消えていく。

「こ、これは──一昨日と同じ───」

 メインモニターに視線を戻すと、一瞬No.007がこちらに目を向けたように見えて──

 そしてそのまま、光の粒子となって解けた身体は、砂煙と一緒に消えていった。


「・・・・・・No.007・・・貴様は一体・・・何者なんだ・・・・・・?」

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