恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第三章「決意と死闘」・③

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       ※  ※  ※


『──では最後に、スピードメーターの下の蓋を開けて、ケーブルを取り出して下さい』

 イヤホンから聞こえる声に従って、ケーブルを取って引っ張る。

 貨物庫の壁内に鬱蒼と茂っていたコードの束を掻き分け、ようやく目当ての端子に接続出来た。

 憎たらしい事にこのバイク、お得意の自律運転システムで、子供の持った巾着袋くらい派手に振り回されたこの艦内に置いても、その姿勢を保ち続けていたらしい。

 流石と言いたいところだったが、『サーフィンみたいで楽しかったですよ』の一言で蹴り倒したい気持ちが勝ってしまった。

『機密情報は後で私のログから消しておきますのでご安心を』

「・・・信じられんが、今は信じるしかないか」

 この<モビィ・ディックⅡ>は、少人数での運用を可能とするため、その運用に関するほとんどの作業や機能が完全電子制御化されている。

 事前のセッティングさえされていれば、面倒極まりない魚雷装填作業も全自動だ。

 だが、故に電子的トラブルには弱い。

 サブ電源に切り替わった時点で全ての扉の電子ロックが解除されるので、嫌になるくらい重いハンドルさえ回せば部屋の行き来が出来るのは唯一の救いだが。

『──マスター。完了です』

 抑揚のない声が告げたのと同時、非常灯が彩る真っ赤な世界に、元の色彩が帰って来た。

『・・・・・・これは、純粋に驚きです。まさかジャガーノート同士が戦う事があるとは』

 と、ほぼ同時に淡々と感想を口にした。映像ログを見たのだろう。

「No.006がNo.002を囮に使ったのを考えると、私達が知らないだけで、この地球の深海には、まだまだジャガーノートどもがうじゃうじゃしているのかも知れないな」

『世も末ですね。・・・それにしても、No.007──ヴァニラス───』

 この生意気な人工知能にしては珍しく、少し思案したような間を置いてから、続けた。

『彼は、まるで私達を守ったかのようにも見えます』

「・・・・・・何を馬鹿な。やはり何処かぶつけたな貴様」

『えぇ。着艦の際にタイヤを擦り減らしまして』

 無駄話を切り上げようと立ち上がったところで、通信が入った。

『お待たせしました隊長。残っているのは特殊鋼弾頭が4発と、Mk48が1発です』

 マクスウェル中尉から通信が入る。No.002の撃破に弾を使いすぎた事を後悔するが、今更言っても仕方がない。

「了解した。至急、司令室に戻ってくれ」

『アイ・マム』

 返事を聴きながら、通路への扉を開いて再び走る。

 と、そこでまたしても右耳から抑揚のない声が聴こえてくる。

『・・・マスター。ついでにもう一つ、私に役立たせていただけませんか? 艦の姿勢制御と、ついでに魚雷のドライビングもサポートさせて頂きます』

「好きにしろ」

 走りながら答える。こいつに対してはどうもぶっきらぼうな言い方になってしまうが、まぁ身から出た錆というやつだ。新車のくせにな。

『全力を尽くします。正式配備もまだですのに海の藻屑は御免ですから』

 ・・・全く。生意気な性格の家電ながら、サラには感謝しなければならないな。「次はもっと寡黙しずかなヤツを寄越せ」の一言は添えるが。

「部下達には悟られるなよ? 得意だとは思うが」

『よくご存知で』

 予想していた言葉を聴いて、司令室の扉を開けた。

「た、隊長ッ‼ 大変ですッ‼」

 メインモニターを観ていた柵山少尉が、私が戻ってきた事に気がついて声を上げた。

「な、No.006がたった今──おそらく、何らかの毒性物質を持つ液体をNo.007に吐き付けたんです!」

「・・・毒性物質だと?」

 つられるようにモニターへ目を向けると、No.007は今にも倒れそうな様子で、その巨体をふらふらと前後に揺らしている。

「貝類やフグは、自分の食べるエサに含まれる毒を体内に蓄積しています。基本的には自分を捕食する存在に対しての防御策として持つ者が多いですが、フグと同じ毒・テトロドトキシンを持つヒョウモンダコは、毒を含んだ体液を敵に吐き出して攻撃する事が知られています!」

 早口気味な解説が入る。No.001フームスと言い、どうしてヤツらはこう毒を吐きたがるんだ。

 画面の中でNo.007は、遂に背にした岩に身体を預けてしまう。見るからに弱っている様子だ。

「よし──今が好機!」

 館長席から見て右手のコンソールへ移り、ドローンの操縦桿を握る。

「キリュウ隊長! 戻りました!」

 運良く、マクスウェル中尉も司令室へ戻ってくる。

「よし! 全員シートベルトを締め直せ! 脱出するぞ! ユーリャ少尉、まだいけるか!」

「・・・イエス・マム!」

 頭に包帯を巻いたユーリャ少尉が応答する。

 負傷した部下に無理強い・・・自分に嫌悪感すら抱くが、そんな贅沢を言っていられる状況ではない。

 ドローンを操作し、短距離魚雷発射口を艦体側に向ける。

 この艦は今、岩に半分めり込んでいるような状態だ。下手に岩を崩せば、下敷きになりかねない。

 しかし、今は───

「ソナー計測完了・・・いけるなポンコツ?」

『ポンコツ了解。汚名返上といきましょう』

 小声でつぶやくと、右耳からいけ好かなくも頼もしい返事が返ってくる。

 海流の影響を軽減するためギリギリまで岩礁に近づく。

『発射角調整───今です』

 射出された二発の短距離魚雷が命中する。

 次いで、爆発と共に、岩には大きく亀裂が入り、砕け、波にさらわれていった。

「す、すげぇ腕前・・・」

 竜ヶ谷少尉が感嘆の声を上げた。

 ・・・射撃の達人にそう言われると、を借りた身としてはバツが悪いな。

「少尉! 脱出だ!」

「・・・ッ!」

 艦体を抑え込んでいた岩が失くなり、後部ジェットを噴射させた<モビィ・ディックⅡ>はようやく岩礁から脱出する。

「よし・・・! 戦線を離脱するぞ! 方向転換後、全力で──」

 ひとまず安堵しかけたところで、艦体を再び大きな揺れが襲った。

「なっ! No.006がNo.007を生き埋めにッ!」

 再びドローンのカメラを向けると、そこには崩れた岩が山のように積もっていた。

 遠近感が狂いそうになるが、積もっている一つ一つの岩が4、5メートル程はあるだろう。

 No.006は自らの手柄をじっくり確認するかのように山の周囲を二回り程泳ぐと───再び、こちらにその青白い眼光を向けてきた。

「クソッ・・・! また来るぞ! 全力離脱だッ‼」

「~~~~ッ‼」

 <モビィ・ディックⅡ>は乱暴に頭を振りながら、No.006に背を向けて緊急発進する。

 燃料も残り少ない・・・逃げ切れるかは微妙なところだが、とにかく今は逃げるしかない!

 幸い、ヤツの最大潜航速度はこちらよりも下──全速力で振り切れば───!

「た、隊長! 左舷後部ジェットの出力が60%まで落ちていますッ!」

「何ッ⁉」

 マクスウェル中尉が、絶望的な事実を伝えてくる。

 巨大な狩人の牙は、刻一刻と我々のすぐ背後まで迫っていた───


       ※  ※  ※


「く、クロが生き埋めに・・・! ど、どうしたらいいんだ・・・!」

 光すらも満足に届かない暗い海の中、僕は独り歯噛みする。

「さっきのが本当に毒だったとして・・・解毒するにはどうすれば・・・」

『う~ん・・・ボクにも解毒する力はないからなぁ・・・』

 柄にもなく困った顔のシルフィを見て、こめかみを汗が伝った。

 正直、どこかこの妖精の魔法に期待していた微温ぬるい自分がいたのも事実──でも、すがわらはたった今流された。

 だったら、僕が何とかするしかない。

 僕が無力なのは、百も承知。

 怪獣を前にして、クロに戦ってもらうしかない悔しさも散々噛み締めた。だからとにかく今は、嘆くより前に──僕に出来る事を考えろ!

『・・・ん? ・・・クロの力が・・・』

 必死に考えを巡らせている途中で、シルフィの焦った声が聞こえる。

「どうしたの・・・?」

『クロが・・・ボクが抑えてる力を解放しようとしてる・・・』

 目を閉じて、胸にある結晶に手をあてるシルフィ。

 集中しているように見えるが、今まさにその封印を強くしているという事なんだろうか。

 ────いや、待てよ・・・・・・?

「シルフィ・・・クロの力を解放すると、どうなるの?」

『? ハヤトも一度見たじゃない。一昨日の夜みたいに際限なく体温が上がり続けて、全身がドロドロに融けちゃうんだよ』

「体温が上がり続ける・・・・・・」

 クロは毒を食らって閉じ込められて、自棄やけになって力を解放しようとしてるのか?

 いいや、違う──!

「───そうか! 体温を上げようとしてるのは、免疫反応みたいなものなんだ!」

『・・・? どういう事?』

「怪獣の毒がタンパク質由来のものなら、熱でその毒性を変性させられるはずだ! 仮に熱に強いフグ毒みたいな成分だって、きっとクロの体温を持ってすれば・・・!」

 体内を流れるのが、金属で出来た自分の体すら融かしてしまう程の高温なら、きっと体内の異物だけを熱で無力化できるはず──!

『クロの身体は、無意識に体内に入り込んだ異分子を灼き尽くそうとしている──確かにありえるかもね』

 「でもね」と、彼女は付け足す。

『一度クロの力を解放したら、人間サイズに戻すまで完全に封じ込めるのは難しいよ。そして、またすぐ怪獣の姿に戻す事は出来ない。おそらく、クロの体温が自分自身を蝕み始めるまでの時間は──長くても、3分』

 身体が冷却される水中においても・・・たった3分・・・・・・。

「その間に、あの怪獣との決着をつけるしかない・・・って事か・・・」

『どうするの? ハヤト?』

 一点の曇りもない黄金きんの瞳に、僕の頼りない顔が映った。

 包み隠さずに言えば、決めかねている。

 クロの意志は尊重したいけど、それでも・・・クロが自分を傷つける事になってしまってもいいのか。それはきっと、僕が決めてはならない事だ。

 かと言って、純粋すぎるクロに、そんな決断を迫るだなんて、それは卑怯だ。傲慢だ。

 思いあぐねて──またしてもあの、獰猛なヘビが唸るかのような声が耳に届く。

 目を向けると、どうにか岩から脱出していたあの黒い潜水艦が、再びマンタの怪獣に襲われているのが見えた。

 時間がない───それだけが、今この場で確かな事だった。

「シルフィ・・・クロと、話せる?」

 コクン、と彼女が頷いた後、胸の結晶に色んな形の紋様が浮かんで重なり、すぐ消える。

『・・・はい、繋がったよ』

 受話器でも預けるような気軽さで、シルフィが促した。

「クロ・・・聴こえる?」

 返事は聴こえない。当然だ。毒で意識も朦朧としているだろう。

「君の身体は今、怪獣の毒に冒されているんだ。だからきっと、苦しくて、辛い思いをしてると思う。君をそんな状態でひとりにして、ごめん」

 だから、この声が聴こえてると信じて・・・話を続けた。 

「今から、君の力を解放する。きっとそれで、毒は消える。でも同時にその力は、君自身をも蝕んでしまうんだ。もしかしたら、一昨日の夜みたいに・・・また怖い思いをさせてしまうかも知れない」

 言いながら、下唇を噛みしめる。本当に、僕は無力だ。

「でも、あの怪獣を倒せるのは、クロしかいない。だから、どうしようもなくなったら、シルフィの力で僕と一緒に逃げよう・・・でも、僕はそれでも──」

 だから僕は、僕に出来る事をするしかない。


「君が、「ヒーロー」になれるって、そう信じてる」


 それは、クロを信じる事。そして、彼女に誓った「ひとりじゃない」という言葉に、嘘を吐かない事だ。

 たとえ、どんな事があろうとも。

『───ッ! クロが・・・自分で力を解放しようとしてる・・・!』

 声が、届いたんだ! だったら・・・!

「やろう、シルフィ。────クロの戦いを、見届けよう」

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