恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第二章「狩人の罠」・⑥

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      ※  ※  ※


「あっ・・・ハヤト・・・さん・・・」

 自室のドアを開けると、不安げな顔のクロが出迎えてくれる。

 クロはそのままにしておくのも目立つし、何より朝も昼も慌ただしくてご飯もまだだったのを思い出して、一度家に帰ってもらった。

 さすがにドッグフードはな・・・と思って自分がいつも食べてるササミのソテーを出しておいたんだけど、ちゃぶ台の上のお皿を見るに、どうやら食べてもらえたらしい。

 顔色は、浮かないままだけど・・・。

「・・・あの・・・さおりさんは・・・?」

「お母さんと一緒に救急車に。みーちゃんが付き添ってくれてるよ」

 あの後──さおりちゃんのお父さんの乗ったタンカーが、海のど真ん中で事故に遭った事を聞かされたその直後、お母さんはショックのあまり貧血になり倒れてしまったのだ。

 「ママが死んじゃった!」とさおりちゃんが泣いてしまった所で、早上がりだったみーちゃんが偶然駆け付けててくれたはいいものの...。

 さおりちゃんを宥めながら救急車を呼んだり手当をしたりと、ついさっきまでてんてこ舞いだった。

 みーちゃんには後でお礼しなくちゃ・・・。

「お父さんの乗ってる船には、海上保安庁からヘリが・・・って言ってもわかんないよね・・・えっと・・・とにかく、助けが向かってるみたい」

 貧血で倒れてしまったお母さんに代わって電話を取り次いだ時に聞いたけど、連絡をくれたのはお父さんの務めている会社からだったみたいで、タンカーからのSOSがあってすぐお母さんに連絡をくれたみたいだ。

「・・・・・・さおりさん、泣いてました・・・」

「・・・・・・うん。そうだね」

 クロは、目を伏せて押し黙っている。

 さっきまではあんなに目を輝かせてくれていたのに。やるせない状況に、胸が塞がる。

 少しでもなにか進展があれば・・・。

 もしかして、と思い、テレビを点けてみる。

 チャンネルを二回ほど替えると、「緊急生中継‼」のテロップと共に、黒い煙を上げながら、船体が傾いているタンカーの映像が映し出された。

「こ、これだ・・・!」

「? えぇと・・・これは・・・・・・?」

「あぁ、これはテレビって言って──」

 ・・・まさか自分が、「昔からタイムスリップしてきた人にテレビを説明する」的なシチュエーションに見舞われるとは思いもしなかった・・・。

「なるほど・・・つまり、さおりさんのお父さんの乗った船の姿が・・・この箱に映し出されている・・・・・・という事・・・でしょうか・・・?」

「そうそう! クロは理解が早いな~!」

「そ、そうでしょうか・・・・・・」

 クロが少し照れたような様子を見せる。

 テレビからは、『御覧下さい! 今、ヘリから救急隊員が降りていきます!』とリポーターが実況中継をする声が流れてくる。

 青いラインの入ったヘリが船の上に滞空し、紐の様な物を降ろしているのが見えた。

 傾きこそすれ、タンカーは今すぐ沈みそうな様子ではない。

 無事に全員が救助されればいいけど──そう考えた刹那。

「・・・なんでしょうか・・・あれ・・・」

 クロの顔が、再び曇ったのがわかった。

「あぁ・・・あの飛んでるのがさっき言ったヘリって乗り物で・・・」

『いえ・・・そうじゃなく・・・船の・・・下に・・・「何か」が・・・います・・・』

「えっ───」

 それが何なのか、聞こうとした直後だった。


『きゃああああああああっっ‼』


 カメラのすぐ手前で突然、巨大な水柱が二本立ち上った。

 リポーターの女性が思わず悲鳴を上げ、映像が大きく揺れる。

『うわっ! なになになにっ! なに今のっ⁉』

『突然海からバシャ!って! ちょっ! カメラ! カメラ落ちてるって!』

 叫ぶ声の通り、カメラを落としてしまったのだろう。

 テレビスタッフたちのものと思われる慌ただしい足元と、開けた扉からほんの少し覗く空だけがテレビに写っている。

『えっ───なにアレ───?』

 しかし急に──ばたばたと動き回っていた靴たちの動きが止まり、リポーターの女性の声をマイクが拾った。

『タコの──足────?』

 それが、彼女の放った──最後の意味ある言葉だった。

 次の瞬間、「ガン‼」と大きな音がして画面が大きく揺れ、テレビに映っている景色・・・扉から見える空とその下にあったはずの海が、ぐるぐると回転する。

 数人の悲鳴が聞こえ──途中でマイクが壊れたのか、意識を失ったのか、声が途切れ──カメラが、海に沈んだ。

 そして、慌てて出したように、「しばらくお待ち下さい」という画面が映し出される。

「い、今の、は・・・・・・」

 思わず釘付けになってしまったが、生放送で大変な事故が起こってしまった。

 あまりの事に呆気にとられてしまったが、今頃になって吐き気が胃からせり上がってくる。

『見た? ハヤト』

 が、そこで不意にシルフィの声が頭の中に響いてくる。

「見た、って・・・今の事故だったら──」

『違う。カメラに映った「足」だよ。ヘリが落ちる直前に見えた』

 言われて、リポーターが最後に口にしていた、「タコの足」という言葉を思い出す。


『・・・・・・多分、あれ・・・「怪獣」だよ』
 

      ※  ※  ※


「クソ・・・ッ! 一体どうなっているんだ・・・ッ!」

 艦長席で、思わず歯噛みする。

 柵山少尉からの報告の後、ドローンから送られてきた映像でも確認したが、間違いない。

 あれはNo.006ではない──No.002ナンバーツーだッ‼

 No.002──識別名称コードは「フェネストラ」。

 頭足類タコやイカに似たジャガーノートで、ラテン語では「窓」を意味するその名の由来は、頭部を守るように付いている半透明の球体だ。

 一見すると、紫色のタコが金魚鉢でも被っているように見えるが、この球体はヤツの体の一部であり、その中には、海水で希釈されても、潜水艦の瞬時に融かし切ってしまう超強力な溶解液が詰まっている。

 現在までに2体が確認されており・・・1971年にノルウェー近海に出現した最初の個体は、ノルウェー海軍の潜水艦艦隊を全滅させ──最後は、核爆弾によってようやく殲滅する事が出来た。

 世間一般では、米軍による「水爆実験」として伝わっているが。

 本艦の一つ前のモデル──<モビィ・ディックⅠ>が開発されたのも、このジャガーノートに対抗する為であり・・・ある意味では、JAGDという組織にとって因縁の相手とも言える。

「トラッキングソナーの反応は間違いないのか!」

「は、はい! 隊長から送られてきたデータと一致します!」

 数日前に交戦したのは、間違いなくNo.002ではなかったはず・・・何かがおかしい。

 ───しかし。緊急事態である事には変わりない。目の前の敵に集中だ。

『た、隊長! No.002が報道ヘリを墜落させ──タンカーに取り付こうとしています!』

 松戸少尉の声が、最悪の状況を伝える。

 ・・・間に合わなかったか。───いや、それでも! 一人でも多くの命を──!

「ユーリャ少尉! 魚雷の射線からタンカーを外すように浮上! 竜ヶ谷少尉! 攻撃のタイミングは任せるぞ! 全員、シートベルトを締め直せ!」

「「アイ! マム!」」

 海底から斜めに標的に向かっている今の姿勢では、直線上にいるタンカーまで被害を食う可能性がある。

 ユーリャ少尉は緊急浮上用に艦底に搭載された下部ジェットを噴射させ、垂直に浮き上がり、火線の高さを合わせにかかる。

 搭乗者全員を凄まじいGが襲う。しかし、竜ヶ谷少尉は歯を食いしばりながらも標的から目を背けはしなかった。

「オルァ───ッ!」

 ガラの悪い掛け声と共に、艦首にある二基の魚雷発射管からMk48が発射される。

 事前にロックオンされた標的へ精確に到達する2つの牙が、今まさにタンカーの船底に張り付こうとしていたNo.002の胴体に直撃する。

 大蛸は身体を戦慄わななかせ、魚雷の爆発と相まって海が大きく波打つ。

 タンカーの船体は既に傾いている。貨物も満載と考えると、沈没までのタイムリミットは元からそうない。

 この上振動を与えるのは悪手だが、まずはヤツを引き剥がさねば、沈む前に融かされて破片すら残らないだろう。

 こちらに食いつくよう祈りながら、展開した水中ドローンから発射される短距離魚雷で更に攻撃を重ね、挑発するようにすぐ横を通り過ぎる。

「・・・で、デカい! この個体、今までのNo.002より大きいですよ!」

 映像に映った姿をタンカーと対比したのだろう。柵山少尉が声を上げる。

「足の長さはおそらく一本につき60メートル・・・過去に観測されていた個体より一回り・・・いや、二回りくらい大きいかも知れません!」

「タコオヤジのお出ましってわけかっ!」

「・・・隊長、ヤツが食いついてきたようです」

 艦長席近くのコンソールに腰掛け、ドローンの操作に専念していたマクスウェル中尉から報告が入る。

<コオオォォォ──クィァァアアアア──‼>

 金切り声のような、高音のカエルの断末魔のような耳障りな鳴き声が、ミュートを解除したドローンのマイク越しに響いてくる。

 JAGDの古参潜水艦乗りサブマリナーにとってはトラウマものと聞く。

 No.002は、タンカーからこちらに狙いを変えたようだ。海中で八本の足を大きく展開させたかと思うと、その付け根にある噴射口から大量の水をジェットの様に吐き出し、足を揃え魚雷さながら水中を

 衝撃で、再び海中が震動した。タンカーが無事ならいいのだが・・・・・・。

「ユーリャ少尉!」

「・・・・・・ッ!」 

 指示するより早く──No.002が予備動作を始めた段階で気付いていたであろう彼女は、既に<モビィ・ディックⅡ>のジェットを全開で噴射していた。

 ───が、間に合わない。

「追いつかれます!」

 中尉の焦った声が届く。図体が大きい分、噴射用の水分も身体の中にたっぷりと溜めてあったらしい。

 直撃は避けねば──!

「少尉! 下部ジェットを右だけ最大噴射! 全員何かに掴まれッ!」

「ッ⁉ ・・・乱暴・・・ッ!」

 言葉少なげに不満を漏らしながらも、少尉はやってのけた。

 右下から急激な力がかかった艦体は、水中で

 コンソールの上に置いてあった何もかもが左に向かって落ちる。

 右のコンソールから落ちてきたヘッドセットをキャッチしながら、指示を続けた。

「今だッ! 左も最大噴射ッ!」

 その状態のまま、左の下部ジェットからもバラストタンクの水が急激な勢いで放出され、艦は

 そして、ほぼ同時──たった今<モビィ・ディックⅡ>が在った空間を、巨大な紫の弾丸が抉って行った。

「な、成程・・・一昨日オペレーターたちが言っていた「すごい経験」とは・・・こういう事・・・ですか・・・うぷっ」

「油断するな中尉! まだ終わっていないぞ! 竜ヶ谷少尉! 追撃だ!」

「おぇっ・・・やっぱり海賊ヴァイキングやなかか・・・えぇーい! 当たらんね──ッ‼」

 故郷くにの言葉を漏らしながら、竜ヶ谷少尉が魚雷を乱れ撃つ。

 魚雷に多少のホーミング性能があるとは言え、ここまでの大立ち回りの中でもほぼ全弾当てられる腕は本当に大したものだ。

 聞こえた悪口については不問にしてやろう。

「しかし・・・知識として知ってはいましたが──!」

「・・・タフネス」

 同じ体積の潜水艦があったとして十回は沈んでいる猛攻撃を受けてもなお、No.002は巨大な身体をぐるりと回頭させ、怯む様子もなくこちらに向けて接近してくる。

 小型・大型問わず、ジャガーノートどもは──とにかくタフなのだ。

 計測こそ出来るものの、未だ正体不明の「高エネルギー」にその秘密があるのではないかと目されているが、現段階ではその生命力や耐久力については未知の部分だらけだ。

 ───しかし!

「人類にはヤツを屠った実績があるんだ! 死ぬまで叩けば殺せる!」

 バラストタンクに急速注水を行いながら、水平舵ハイドロプレーンを傾けて潜航する。

 このまま海底へと誘い出し、少しでもタンカーから引き離して──

<クィィ──アアアアァァァア──‼>

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