恋するジャガーノート

まふゆとら

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第一話「記憶のない怪獣」

 第三章「その手がつかむもの」・⑦

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       ※  ※  ※


『畜生・・・ッ! なんて野郎だ! 光線は当たってるのにッ!』

「手を休めるなッ! 発光している所を狙い続けろ!」

 No.007に対しての攻撃は、あまり功を奏しているとは言えなかった。

 最初は命中すれば苦しがるような素振りを見せたが、依然足を止める様子はない。

 何とか注意をこちらに向けさせる事さえ出来れば、時間を稼ぐ手立てもあるが・・・

『隊長! No.007の体温が急上昇しています!』

<グオオオオオオオオオオオオオオオ‼>

 悲鳴のような轟音と共に、車内に伝わってくる熱気が一段と増したのを感じた。

 距離をとってはいるが、室温計は既に70度を示し、狭苦しい車内はサウナと化している。

 汗がとめどなく流れ、睫毛を伝い目に染みて来る。舌打ちと共に制帽を投げ捨て、前髪を掻き上げる。

 運転に専念する中尉も呼吸が苦しくなってきているのが判る。

 このまま脱水症状に陥る危険もあるが・・・しかし、ここで退くわけには───

「ッ⁉ なんだアレは‼」

 モニターで、またしても目を疑う光景が展開された。

 No.007から立ち上っていた白煙が止んだかと思うと、代わりに、赤黒い煙が噴出し始めたのだ。

『上昇気流が凄すぎて観測ドローンが接近できません!』

 松戸少尉の焦った声が届く。万が一、毒ガスか何かだったら・・・

『もしかしたら・・・循環液・・・血液かもしれません・・・』

 柵山少尉が推論を展開する。

 なるほど・・・巨大化の際に取り込んだ水分を使い果たし、次は血液が蒸発し始めたというわけか。

 だとすれば体温が急上昇したのも納得だ。

 ヤツの限界が近いのは確かだが・・・

『現在のNo.007の内部体温は・・・よ、4000度を突破しました!』

 生物の内部に、太陽黒点を超える温度の箇所があるなど誰が信じられようか。

 改めて、ジャガーノートという存在に恐怖する。そして、恐れていた瞬間が・・・遂に訪れた。

『や、ヤツの体が!』

 放熱部から、水分を失いヘドロのようになった血が巨大な雫となって落下する。

 アスファルトに落下したそれらは地面を焦がし、なお燃え続けていた。

 そして、それを皮切りに、体の各所が赤熱し始め、火のついた蝋燭のように融け始める。


 タイムリミットが、迫っていた。


「海に近づけさせるな! 何とか足を止めるんだ‼」

『『『アイアイ・マムッ!』』』

 この歩く超常現象を前にして、まだ私についてきてくれる隊員たちには感謝しかない。

 だからこそ、今日で終わりにするわけにはいかない。

 一日でも長く、この世界を生き永らえさせる為に、そして・・・私自身の「目的」の為に。

 こんなところでのは御免だ‼

<オオオオオオオオオオオオオ‼>

 自らの体をく痛みに耐えかねて、No.007が慟哭する。

 そして、道なりに進む余裕もなくなったのか、目の前の建物に突っ込んでいった。

 その巨大さゆえ緩慢な動きに見えるが、衝撃の瞬間には時速100キロを超えているはず。

 高さ55メートル、重さ数万トンの4000度の鉄塊がその速さでぶつかって、コンクリートの建物が耐えられるわけがない。

 瞬く間に砕け散ったビルは、燃えるグレーの雨となって地面に降り注いだ。

「回避しろッ‼」

 この限界を超えた状況下にあってなお、マクスウェル中尉の集中力は衰えてはいなかった。

 巧みな操縦で、針の穴を通すように炎の弾丸を回避していく。

 しかし・・・もう時間がない。港はすぐそこだ。このままいけば、最悪の事態は免れない。

 米海軍と自衛隊には爆発の危険を通達しているが、この短時間で全ての人員を避難させる事は不可能だ。

 爆発の範囲は想像もつかない・・・このままでは・・・!

 思わず歯噛みした時、モニタの端に「それ」が現れた───

「・・・ひか・・・り・・・・・・?」

 普通に考えれば、No.007の熱で発生したスパークか何かだろう。

 しかし、私は───その光を、知っている気がした。

 遠い昔に出会った光だと、見た瞬間に気付いた。

 理由もわからないまま、汗ではない液体がひとりでに頬を伝った。


       ※  ※  ※


『は~い、じゃあ目を開けていいよ~』

「うん・・・」

 目を閉じてと言われるのは毎晩の事だったけど、「開けて」は新鮮な気分だなと感じながら、言われた通りに瞼を開く。

 最初に飛び込んできたのは、夜の海の地平線だった。

「えっ?」

 まさかと思って、下を見る。

 濛々と立ちこめる赤黒い噴煙の向こうに、巨大なクロの姿があった。

 

「うわああああああ‼ どどどどういう事っ⁉」

『そんなに驚く事ないじゃん。飛んでるだけだよ?』

「飛んでるから驚いてるんだよっ‼」

 と、そこで、眼下にいるクロの苦しがる声が聞こえ、思わずまた下を向く。

 直感的にこの赤い煙はクロの血である事がわかってしまった。

 よく見れば、ネイビーの鎧が汗をかいて融け始めている。

 白目を剥き、まなじりからはドロドロになった血が涙のように零れ出ていた。

 痛々しい光景に、胸が締め付けられる。

『時間がないから簡単に言うね。今から、ハヤトとクロの心を繋ぐよ』

「心を・・・繋ぐ・・・?」

『そう。、もっと強く結ぶだけ。ボクがバリアで守ってあげるからクロに触れるんだ。そこで心を繋ぎ止められたら、クロを助けられるかもしれない』

 えらく抽象的だけど、それしか方法がないならやるしかない。

『今のクロは、心と体がバラバラの状態なんだ。あの子が自分を取り戻す事が出来たら、暴走している力をボクが抑える』

 何とか頷く。とにかく、動き出さなきゃ始まらない。

『残念ながらボクも万能じゃなくてね~指先一つで解決!ってわけにはいかないんだ。だから、クロを助けられるかどうかは・・・キミ次第だよ。ハヤト』

 二つの黄金が、僕を見据える。奥歯を噛み締めて、その視線に応えた。

『もう一度言うけど、ボクの使命はキミを護る事。ハヤトが危ないと判断したら、クロを助けられなかったとしても連れ戻すからね?』

「わかった! 絶対に間に合わせてみせる!」

『良い返事♪ じゃあまずは・・・空の旅へいってらっしゃい!』

「へっ? うわああああああああっっ‼」

 シルフィがいじわるな笑みを浮かべると、足場がなくなった感覚が訪れ、直後、重力に引かれるまま、真っ逆さまに落下する。

 赤い煙を突っ切りながら、一直線に灼熱の体へ・・・だけど、瞬く間に消し炭になっているであろう僕の体には今のところ変化はない。凄まじい風圧も感じない。きっとシルフィの言っていたバリアのお陰だ。

 それでも、落ちていく感覚は想像を絶する怖さだった。

 ジェットコースターには乗り慣れてるけど、体を抑えるものがないだけでこんなに違うとは思わなかった。

 恐怖に耐えきれず目を閉じてしまいそうになるが、勇気を奮い立たせて手を伸ばす。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼」

 待ってて! クロッ!

 流れ星のように、落ちていく。

 そして──クロの体に触れた途端、視界が、一面の白に染まった。

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