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第一話「記憶のない怪獣」
第三章「その手がつかむもの」・①
しおりを挟む◆第三章「その手がつかむもの」
<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>
『きっ・・・! 緊急事態発生! 緊急事態発生っ!』
「ッ!」
マクスウェル中尉に支局内の施設を案内してもらっている途中で、サイレンの音と共にオペレーターの焦った声がスピーカーから響いた。
・・・・・・どうやら、嫌な予感は的中したらしい。
「中尉! 司令室のコードは!」
「M2SH3Gです!」
腕の端末にすぐさま音声入力し、司令室に繋ぐ。
「桐生茜少佐だ。何が起こった?」
通信端末は声紋認証式で、発信番号から向こうには私が本人である事が伝わっている。
司令室のコードが「応答」に変わると、スピーカーから聞こえたのと同じ、パニックになっている女性の声が飛び込んで来た。
『き、桐生少佐・・・⁉ あっ・・・あの・・・ええっと・・・!』
「まず落ち着くんだ。そして、何が起きたかを簡潔に話してくれ」
『はっ、はい! ・・・か、過去最大レベルの高エネルギーを観測しました!』
「過去最大レベル・・・?」
今までの最大レベルは、アマゾンの奥地で発見されたNo.004・・・体長45メートルの化け物だったが、それを超えるエネルギーを持ったジャガーノートとなれば・・・
「No.006か?」
「ち、違います! 全く新しい波形なんですッ!」
「新種だと・・・⁉ そいつはどこにいる!」
『本施設の・・・・・・真上ですっ‼』
信じがたい事実を聞いた直後、まるでそれを裏付けるかのように、世界が大きく揺れた。
※ ※ ※
─────『タス・・・ケテ・・・ハヤ・・・ト・・・』
「・・・んっ・・・うっ・・・声・・・・・・?」
体を揺すられて、目が覚める・・・いや、違う・・・揺すられてるんじゃなく、地面自体が揺れているんだ。
「じ、地震・・・?」
幸い、立ち上がれない程の揺れではなく、左手を杖にして立ち上がる。ややあって、揺れが収まった。
まだ少し目眩がするものの、さっきよりはマシになった。
一度記憶を整理するために深呼吸をし、庭へと戻る。
「よかった・・・あった・・・」
落としたスマートフォンを見つける。
感電する前にびっくりして落としていたから、ショートしたりはしていない。不幸中の幸いだ。
電源を点けると、22時30分と表示される。
父さんと通話したのが22時になる前だったから、あまり時間は経っていないようだ。
「とにかく、クロを探さなきゃ・・・!」
呟きながら振り返ったところで、西の空が赤く燃えているのを見つける。
「あれは・・・横須賀基地の方・・・?」
・・・・・・胸が、苦しくなる。クロを拾った夜に感じたそれと近い、とてもとても嫌な感覚。
そしてその直後──不穏な着信音と共に、スマートフォンに緊急速報が表示される。
「──横須賀海軍施設にて大規模火災発生・・・近隣住民は健やかに避難・・・?」
動悸が早くなる。
連れ去られたクロ・・・直後に起きているこの火事・・・そして・・・三度聞こえた、あの「声」。
確信めいた悪寒が、体中に満ちていった。
「・・・・・・行かなくちゃ」
絶対に危ない。今すぐ逃げるべきだと、頭ではわかっている。
スマートフォンが連続して震える。
皆で一緒に逃げようと、SNSアプリが急かしてくる。
僕が望んでやまない通りに、明日もまたなんてことない日を迎えるためには・・・今すぐ返事をして、あの真っ赤に照らされた空から少しでも遠ざかる。みんなと一緒に。
それが最も正しくて、僕のやるべき事だった。
───でもきっと、あそこでクロが泣いている。
だから僕は・・・・・・きっと僕にしか出来ない事を選んだ。
アプリに「ごめん」と3文字書き込んで、ふらつく足で自転車にまたがる。
「・・・また皆に、考えなしって叱られちゃうな」
思わず笑ってしまった。そうだ。叱られるためにも、皆の所へ帰らなきゃ。
震える両手に無理やり力を込めて、ハンドルを握る。
いまだにジクジクと痛む右手の火傷が、僕に最初の一歩を踏み出す勇気をくれた。
※ ※ ※
「くっ・・・!」
「キリュウ少佐・・・!」
マクスウェル中尉と二人、それぞれ壁によりかかり、振動に耐える。
大きな揺れが訪れた後も、一定間隔を空けてズシン、ズシンと継続して揺れが伝わってくる。
「・・・歩いているのか」
想定していたよりも、事態はずっと深刻らしい。もはや、一刻の猶予もない!
「マクスウェル中尉! ドックへ向かうぞ!」
「アイ・マム!」
全力で駆け出す。「何故」と聞かずに付いてきてくれる彼には感謝せねばなるまい。
スピードを落とさず、司令室に再度コールする。先程の女性オペレーターがまた応答した。
「君! 名前は!」
『ま、松戸 瑠美少尉です!』
「松戸少尉! 観測されたジャガーノートについて判る事を教えてくれ!」
『2分前に、横須賀海軍施設敷地内に突如として出現! 現在、ニミッツ大通りを海岸線に向かって真っ直ぐ進行中です!』
「映像は出せるか?」
『十秒前にライブカメラの同期設定を転送しました!』
「上出来だ」
口に出したのと同時、街路樹が小さく見える程に巨大な生き物が端末に映し出される。
その姿はまさしく伝説に謡われる「竜」──もしくは「ドラゴン」。
ファンタジーから飛び出してきた侵略者が、ビルより大きな体で立ち、歩き、大通りを我が物顔で蹂躙していた。
頭からはユニコーンの様に一本の角が生え、腕や背中には中がくり抜かれたヒレ状の突起を持っている。
また、体のいたる所が赤く明滅しており、そこからは絶えず工場の煙突のように白煙が噴き出していた。
とてもじゃないが、地球上の生物とは思えない。
『大きさは体高約55メートル・・・っ! 全長は尻尾までで約80メートルです‼』
文字通りの「怪獣」だ。
ヤツが存在するだけで、まるで海軍施設内の建物がミニチュアのように見えてしまう。
しかし、これは映画ではない。今、現実に起きている事態なのだ。
ヤツにとってのおもちゃのビルには、尊い人間たちの命が詰まっている。
横須賀海軍施設内には軍人だけでなく、その家族や、施設に勤務する職員たちが暮らしている。たった2分で避難が完了するわけもない。
歩く度に大きく揺れている尻尾の先が建物にかすっただけでも大惨事だ。
JAGD創設以来──最も恐れていた事態が今、目の前で起こっている。
我々の使命は、人類の存続を脅かすジャガーノートたちを、秘密裏に駆逐する事だった。
民衆にジャガーノートの存在を明かせば、パニックになる事は必定。それゆえ我々は長く国連傘下の秘密組織として活動してきたのだ。
しかし、最早事ここに至っては存在を隠す事などできまい。
『体温は・・・せ、1000度以上・・・⁉ 放射線は計測されず核融合反応は起こっていないと思われますが・・・あっ、ありえません・・・』
体温1000度の歩く生物・・・なるほど。「ジャガーノート」と呼ぶに相応しい存在だ。
「松戸少尉! 至急市内全域に緊急速報を流せ! 一刻も早くだ!」
『・・・あ、あの・・・気象庁のサーバーをハックしても良ければ・・・すぐにでも』
「・・・声に似合わずワルだな。責任は私が持つ! やってくれ!」
『あ、アイ・アイ・マム!』
自動ドアの開く速度にすら苛立ちを覚えつつ、中尉に続くように体を滑り込ませながら、とにかくドッグへ向け走った。
「・・・隊長! 今どちらに?」
中尉もまた、走っているだけではなかった。キャンベル隊長に連絡してくれていたようだ。
「・・・隊長? 隊長ッ! 聞こえていますか⁉ 隊長‼」
しかし、連絡はついても応答がない。まさか、あのジャガーノートに・・・・・・
『・・・フハハッ・・・フヒッ・・・イヒヒヒヒ・・・ヒヒヒヒヒ・・・』
「・・・?」
中尉の端末から、笑い声が響く。声の主は、おそらく、泣いていた。
『フハハハハハ‼ 終わりだ‼ 全て終わりだ‼ この世界は・・・今‼ 終焉を迎えたのだッ‼あれこそは傲れる人類に神が下した鉄槌・・・! そうか! ソドムとゴモラを浄化せしめた炎とはあれだ‼ 汚れた大地を焼き尽くす神の遣わせし怒れる化身だ‼ おぉ! 天に坐す我らの父よ! ・・・フヒッ! フハハッ! フハハハハハハハハハッ‼』
「た、隊長・・・」
キャンベル隊長の声である事はすぐにわかった。が、信じたくはなかった。
喩えやり方が間違っていたとしても、私の事を忌み嫌っていたとしても、ジャガーノートから人類を守るという使命は同じと思っていた。
だが、今の彼からは、もはや不条理な現実に立ち向かおうとする鋼の意思は感じられない。
「・・・通話を切れ。中尉。我々に立ち止まっている暇はない」
「・・・イエス・・・マム」
絶望は、戦士にとっての死を意味する。
涙と血が滲んだような叫びが、ぷつりと途絶えた。
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