恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
上 下
15 / 325
第一話「記憶のない怪獣」

 第三章「その手がつかむもの」・①

しおりを挟む



◆第三章「その手がつかむもの」


<ビ──ッ‼ ビ──ッ‼ ビ──ッ‼>


『きっ・・・! 緊急事態発生! 緊急事態発生っ!』

「ッ!」

 マクスウェル中尉に支局内の施設を案内してもらっている途中で、サイレンの音と共にオペレーターの焦った声がスピーカーから響いた。

 ・・・・・・どうやら、嫌な予感は的中したらしい。

「中尉! 司令室のコードは!」

「M2SH3Gです!」

 腕の端末にすぐさま音声入力し、司令室に繋ぐ。

「桐生茜少佐だ。何が起こった?」

 通信端末は声紋認証式で、発信番号から向こうには私が本人である事が伝わっている。

 司令室のコードが「応答RESPOND」に変わると、スピーカーから聞こえたのと同じ、パニックになっている女性の声が飛び込んで来た。

『き、桐生少佐・・・⁉ あっ・・・あの・・・ええっと・・・!』

「まず落ち着くんだ。そして、何が起きたかを簡潔に話してくれ」

『はっ、はい! ・・・か、過去最大レベルの高エネルギーを観測しました!』

「過去最大レベル・・・?」

 今までの最大レベルは、アマゾンの奥地で発見されたNo.004メイザ・・・体長45メートルの化け物だったが、それを超えるエネルギーを持ったジャガーノートとなれば・・・

「No.006か?」

「ち、違います! 全く新しい波形なんですッ!」

「新種だと・・・⁉ そいつはどこにいる!」


『本施設の・・・・・・真上ですっ‼』


 信じがたい事実を聞いた直後、まるでそれを裏付けるかのように、世界が大きく揺れた。


       ※  ※  ※
 

  ─────『タス・・・ケテ・・・ハヤ・・・ト・・・』


「・・・んっ・・・うっ・・・声・・・・・・?」

 体を揺すられて、目が覚める・・・いや、違う・・・揺すられてるんじゃなく、地面自体が揺れているんだ。

「じ、地震・・・?」

 幸い、立ち上がれない程の揺れではなく、左手を杖にして立ち上がる。ややあって、揺れが収まった。

 まだ少し目眩がするものの、さっきよりはマシになった。

 一度記憶を整理するために深呼吸をし、庭へと戻る。

「よかった・・・あった・・・」

 落としたスマートフォンを見つける。

 感電する前にびっくりして落としていたから、ショートしたりはしていない。不幸中の幸いだ。

 電源を点けると、22時30分と表示される。

 父さんと通話したのが22時になる前だったから、あまり時間は経っていないようだ。

「とにかく、クロを探さなきゃ・・・!」

 呟きながら振り返ったところで、西の空が赤く燃えているのを見つける。

「あれは・・・横須賀基地の方・・・?」

 ・・・・・・胸が、苦しくなる。クロを拾った夜に感じたそれと近い、とてもとても嫌な感覚。

 そしてその直後──不穏な着信音と共に、スマートフォンに緊急速報が表示される。

「──横須賀海軍施設にて大規模火災発生・・・近隣住民は健やかに避難・・・?」

 動悸が早くなる。

 連れ去られたクロ・・・直後に起きているこの火事・・・そして・・・三度聞こえた、あの「声」。

 確信めいた悪寒が、体中に満ちていった。

「・・・・・・行かなくちゃ」 

 絶対に危ない。今すぐ逃げるべきだと、頭ではわかっている。

 スマートフォンが連続して震える。

 皆で一緒に逃げようと、SNSアプリが急かしてくる。

 僕が望んでやまない通りに、明日もまたなんてことない日を迎えるためには・・・今すぐ返事をして、あの真っ赤に照らされた空から少しでも遠ざかる。みんなと一緒に。

 それが最も正しくて、僕のやるべき事だった。

 ───でもきっと、あそこでクロが泣いている。

 だから僕は・・・・・・きっと僕にしか出来ない事を選んだ。

 アプリに「ごめん」と3文字書き込んで、ふらつく足で自転車にまたがる。

「・・・また皆に、考えなしって叱られちゃうな」

 思わず笑ってしまった。そうだ。叱られるためにも、皆の所へ帰らなきゃ。

 震える両手に無理やり力を込めて、ハンドルを握る。

 いまだにジクジクと痛む右手の火傷が、僕に最初の一歩を踏み出す勇気をくれた。


       ※  ※  ※


「くっ・・・!」

「キリュウ少佐・・・!」

 マクスウェル中尉と二人、それぞれ壁によりかかり、振動に耐える。

 大きな揺れが訪れた後も、一定間隔を空けてズシン、ズシンと継続して揺れが伝わってくる。

「・・・歩いているのか」

 想定していたよりも、事態はずっと深刻らしい。もはや、一刻の猶予もない!

「マクスウェル中尉! ドックへ向かうぞ!」

「アイ・マム!」

 全力で駆け出す。「何故」と聞かずに付いてきてくれる彼には感謝せねばなるまい。

 スピードを落とさず、司令室に再度コールする。先程の女性オペレーターがまた応答した。

「君! 名前は!」

『ま、松戸まつど 瑠美るみ少尉です!』

「松戸少尉! 観測されたジャガーノートについて判る事を教えてくれ!」

『2分前に、横須賀海軍施設敷地内に突如として出現! 現在、ニミッツ大通りブールバードを海岸線に向かって真っ直ぐ進行中です!』

「映像は出せるか?」

『十秒前にライブカメラの同期設定を転送しました!』

「上出来だ」

 口に出したのと同時、街路樹が小さく見える程に巨大な生き物が端末に映し出される。

 その姿はまさしく伝説に謡われる「竜」──もしくは「ドラゴン」。

 ファンタジーから飛び出してきた侵略者が、ビルより大きな体で立ち、歩き、大通りを我が物顔で蹂躙していた。

 頭からはユニコーンの様に一本の角が生え、腕や背中には中がくり抜かれたヒレ状の突起を持っている。

 また、体のいたる所が赤く明滅しており、そこからは絶えず工場の煙突のように白煙が噴き出していた。

 とてもじゃないが、地球上の生物とは思えない。

『大きさは体高約55メートル・・・っ! 全長は尻尾までで約80メートルです‼』

 文字通りの「怪獣」だ。

 ヤツが存在するだけで、まるで海軍施設内の建物がミニチュアのように見えてしまう。

 しかし、これは映画ではない。今、現実に起きている事態なのだ。

 ヤツにとってのおもちゃのビルには、尊い人間たちの命が詰まっている。

 横須賀海軍施設内には軍人だけでなく、その家族や、施設に勤務する職員たちが暮らしている。たった2分で避難が完了するわけもない。

 歩く度に大きく揺れている尻尾の先が建物にかすっただけでも大惨事だ。

 JAGD創設以来──最も恐れていた事態が今、目の前で起こっている。

 我々の使命は、人類の存続を脅かすジャガーノートたちを、秘密裏に駆逐する事だった。

 民衆にジャガーノートの存在を明かせば、パニックになる事は必定。それゆえ我々は長く国連傘下の秘密組織として活動してきたのだ。

 しかし、最早事ここに至っては存在を隠す事などできまい。

『体温は・・・せ、1000度以上・・・⁉ 放射線は計測されず核融合反応は起こっていないと思われますが・・・あっ、ありえません・・・』

 体温1000度の歩く生物・・・なるほど。「ジャガーノート」と呼ぶに相応しい存在だ。

「松戸少尉! 至急市内全域に緊急速報を流せ! 一刻も早くだ!」

『・・・あ、あの・・・気象庁のサーバーをハックしても良ければ・・・すぐにでも』

「・・・声に似合わずワルだな。責任は私が持つ! やってくれ!」

『あ、アイ・アイ・マム!』

 自動ドアの開く速度にすら苛立ちを覚えつつ、中尉に続くように体を滑り込ませながら、とにかくドッグへ向け走った。

「・・・隊長! 今どちらに?」

 中尉もまた、走っているだけではなかった。キャンベル隊長に連絡してくれていたようだ。

「・・・隊長? 隊長ッ! 聞こえていますか⁉ 隊長‼」

 しかし、連絡はついても応答がない。まさか、あのジャガーノートに・・・・・・

『・・・フハハッ・・・フヒッ・・・イヒヒヒヒ・・・ヒヒヒヒヒ・・・』

「・・・?」

 中尉の端末から、笑い声が響く。声の主は、おそらく、泣いていた。

『フハハハハハ‼ 終わりだ‼ 全て終わりだ‼ この世界は・・・今‼ 終焉を迎えたのだッ‼あれこそはおごれる人類に神が下した鉄槌・・・! そうか! ソドムとゴモラを浄化せしめた炎とはあれだ‼ 汚れた大地を焼き尽くす神の遣わせし怒れる化身だ‼ おぉ! 天にまします我らの父よ! ・・・フヒッ! フハハッ! フハハハハハハハハハッ‼』

「た、隊長・・・」

 キャンベル隊長の声である事はすぐにわかった。が、信じたくはなかった。

 喩えやり方が間違っていたとしても、私の事を忌み嫌っていたとしても、ジャガーノートから人類を守るという使命は同じと思っていた。

 だが、今の彼からは、もはや不条理な現実に立ち向かおうとする鋼の意思は感じられない。

「・・・通話を切れ。中尉。我々に立ち止まっているいとまはない」

「・・・イエス・・・マム」

 絶望は、戦士にとっての死を意味する。

 涙と血が滲んだような叫びが、ぷつりと途絶えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...