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ケルトの嵐

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歩いていた。
ただ歩いていた。

歩きながら周りを見る。
砂.砂.砂 ...
ただひたすらの砂。
目に映るのは見渡す限りの砂の海。

歩きながら遠くを見る。
高温で歪んだ空間。
地と空の境界線がぼやけている。

歩きながら空を見る。
目に焼き付く太陽。
思わず手をかざす。

ひどく暑い。
喉が渇いている。
疲れている。
歩き疲れている。
一体いつから歩いているのだろう?
わからない。
ここはどこだ?
砂漠?
どこの砂漠?

なぜ自分はこんな所を歩いている?
わからない。
何もわからない。

まて。
自分は...自分は...
一体誰だ?
自分がわからない?
なぜ自分で自分がわからない?

喉の渇きに耐えている自分がいる。
疲労を感じている自分がいる。
ここにこうして考えている自分がいる。

なのになぜ自分がわからない?

なぜだ???

そうだ。
記憶が無いからだ。
記憶が無い。
なぜ無い?
なぜかはわからないが、とにかく無い。

今を考える自分がいても、記憶が無ければそれ以上先に繋がらない。
今の自分がいても、過去から繋がる自分はいない。
だから自分がわからない。

そうか。だから自分がわからないのか。

しかし...
それがわかったところでどうなる?
きっと次の瞬間の自分は、そのことさえも忘れてしまう。

ほら。
やっぱりそうだ。
今、自分が何を考えていたのか覚えていない。

また、歩いている。
歩くたびにこぼれ落ちていく記憶。
とてつもない不安。
そして恐怖。

だが、それを感じた今の記憶さえもすぐに薄れていく。

そうか。
記憶が残らないのなら、考えることをやめてしまえばいいんだ。
その方が不安を覚えずにすむ。
恐怖を覚えずにすむ。

いや、逆かもしれない。
不安や恐怖を感じていないわけではない。
感じてはいるが、それを覚えていられない。

ならば、
感じては忘れ、
感じては忘れ、
永遠にこれが続くのでは?

そんなことを考える。
よけい不安になる。
また忘れる。

今、自分は何を考えていた?
わからない。

暑い。
ひどく暑い。

砂。
見渡す限りの砂。
一体、自分はどこまで歩き続けるのだろう?
何のために歩き続けるのだろう?

この空と太陽と砂だけの景色が変わらぬ限り、一生歩き続ける気がする。

ん?
景色が変わる?
”変わる”ということに気づくには、変わる前の記憶がなければならない。
今の自分に前の記憶は有るか?
前の記憶?
そうだ。
自分には過去と今を繋げる記憶が無い。

今の自分はわかる。
だが過去の自分はわからない。

過去が有るから今が有る。
未来が有る。

過去の無い自分は、自分と言えるのか?
わからない。

今、自分は何を考えていた?

............

遥かな前方、空がある。
砂が少ない。
いつか未来に砂が無くなり、空のみになるのでは?
ならば、自分は歩かなくても済む。

ん?
自分は今まで歩いていたのか?
今の自分の喉の渇き、疲労感。
たぶん自分は、かなり前から歩いていたのだろう。
ならば、もう歩かなくてもよくなる。

なぜなら、ほら。
もう少しで砂が無くなる。
空だけになる。

ん?
砂と空との線の間に、また砂が見えてきた。

その線に、たどり着いた。

やっぱり、断崖絶壁。
下を見下ろす。
かなり高い。
遠くを見る。

人影!

黒い人影。
動いている。
遥か遠くで、黒い人影が動いている。

???

なぜこんな遠くで人だとわかる?
遠くなのはわかるが、
こんな遠くなら人だとわからないはず?
そうか。人影が大きいからだ。
だからこんな遠くても人だとわかるのだ。
いや、そんなに大きいなら、
それは人ではない。
人の形をした大きいもの。
黒くて大きな生き物。
巨人?
それが動いている。
まるでダンスでも踊っているようだ。

ん?

巨人の周りに何かがまとわりついている。
何か?
小さくて蠅のようなもの。
それが巨人の周りを縦横無人に飛び跳ねている。
巨人の動きはどうやらその蠅のようなものを振り払おうとしているようだ。

!?

なんだ?
この胸の高鳴りは?
止めどなく湧き起こる好奇心。
それともう一つの湧き上がる想い。

”自分はあそこに行かねばならない”

なぜ?
なぜ行かねばならない?

興味はある。
だが危険もあるはず。
行く必要など無いはずだ。

いや、しかし...

行かねばならない。

湧き上がる強烈な使命感。
それがなぜなのかはわからない。
わからないが、
それは ”力”となって、全身に漲る。
抑えきれないほどの高揚感。
狂いそうな程に体を動かしたくなる衝動。

!!!

限界に達した。
崖の上から、思いっきり体を宙に躍り出す。
体から重力の感覚が消失する。
落ちる感覚はある。
あることはあるが、急速なものではない。

適度なスピードで落ちる...?

地に着地。
走り出す。 
強烈に走り出す。
スピードが上がる。
どんどん上がる。
いったいどこまで上がるのか?。

体が軽い。
羽のように軽い。
この軽さはなんだ?
この高揚感はなんだ?
この湧き上がる衝動はなんなのだ?

わからない。
だが、わからなくとも良い。

やる!
とにかく自分は、やる!

何を?
わからない。
わからないが、とにかくやる!

どれくらい走ったか?
巨人のすぐそばまで来た。
改めて巨人を見る。

それはまさしく“黒い巨人”であった。
軽く十数メートルはありそうな巨体。
どす黒い皮膚。
手に生えた鋭い爪。
耳の上の生えた2本の角。
そして、ギラギラした一つの目。

1つの目?
1つ。
そう、一つだ。 
左目だけ。
右目はなぜか閉じられている。

恐怖が走る。
全身に走る。
だが、まだ力はみなぎっている。
恐怖より高揚感の方が勝っている。

自分は、やらねばならない。

あの化け物と戦わなければならない。
戦って、あの青年を助けなければならない。
青年。
そう、巨人の周りを飛び回っていた蠅のようなもの。

この青年。
空色の髪の毛。
鳶色の目。
優しい目。
白と青が主体の服に、水色のマント。
そのマントをなびかせ、剣を振るっている青年。
勇敢に巨人と戦う青年。



そうだ。自分はこの青年を知っている。
なぜ知っている?
わからない。
わからないが、とにかく知っている。
とにかく自分は、この青年を助けなければならない。
とにかく、巨人と戦わなければならない。

戦う?
戦えるのか?
自分はこんな化け物と戦えるのか?

.......

戦える!
そうだ、自分は戦える。
どうやって戦うかはわからない。
わからないが、自分のこの体は戦い方を知っているはずだ。
そうだ、自分は強いはずだ。
いや、自分は強い!

強い? 

強い。

強い!

そうだ! 自分は強い!

この化け物を倒す!

力で漲る体に更に力を込める。

いくぞっ!

刹那、巨人がこちらを見た。
片目ではない。
閉じていた右目も見開いている。

その右目が光った。

瞬間、体が凍りつく。
高まりまくっていた高揚感が、そのレベルのまま恐怖感へとすり変わった。

両目を見開いたまま、恐ろしい形相でこちらを見続ける巨人。

全身がすくみあがる。
体が動かない。
いや、上半身は動く。
足が動かない。
恐怖ですくみあがっているから?
いや、そうじゃない。
足のつま先の感覚が無い。

ん?

膝から下の感覚も無い?
なんだ?
下から上ってくるこの感覚は?
感覚?
違う。
感覚が無くなる感覚???

思わず足元を見る。
灰色に変化した自分の足元が目に映る。
そして同じ色に変化し続ける自分の腰。





その都度、消失する感覚。

石に...
自分の体が石になる?
いや、なっていく。
下から、序々に。
そう、序々に。

たまらない恐怖。
どうしようもない恐怖。
抑えきれない恐怖。

狂う?

自分が、恐怖で狂う?

そうだ。
その方が良い。
狂ってしまった方が楽だ。

もう首から下の感覚が無い。





もう...

だめだ。


「いやだぁ~っ!」



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