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コツコツ地道な作業は性に合わないの!!
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高天原警察署の最上階にあるオフィスに戻ると、数分としないうちに九曜署長がやってきた。タチアナが戻ったことを誰かが報告したらしい。
署長の表情を見て、タチアナはすぐに悟った。自分の予想が甘かったことを。
「これがいったい何なのか、説明してもらおうか」
眼前に突きつけられたスマホの画面を見て、「あちゃー」とタチアナは顔をしかめずにはいられなかった。
青空をバックに、大きな翼をはためかせて飛翔する黒いビキニの女の姿が、はっきりと映っていた。
角度からしてどうやら、クリスタルギャラリーの隣のビルの窓から撮られたものらしい。
「この動画が世間に広まるのを阻止し、撮影者の口を封じるのに、かなり苦労させられた」
そう言い放つ九曜署長の声には冷たい怒りが満ちている。
「きみはいったい何を考えてるんだ? 衆人環視のもとで堂々と正体をさらすなんて? 〈人外〉が人間界でみだりに能力を使用するのは人魔協定違反だ。この件につき、警視庁から正式にインターポールへ抗議を申し立てることになる。そもそもインターポール捜査官は、自分の任務と無関係な地元の事件に首を突っ込むことを禁止されているはずだ」
さすがのタチアナも、ぐうの音も出なかった。
すべて署長の言う通りだ。タチアナの任務は殺人鬼『ダークカメレオン』を捕らえること。それだけだ。
無関係な地元の事件に首を突っ込んだのは、職務逸脱と責められても仕方がない。おまけに、サキュバスの姿を第三者に見られてしまうなんて――!
「待って……待ってください、署長!」
七月が、憤る署長とタチアナの間に割って入ってきた。
「人質が無事に救出されたのは、シャポワロフ捜査官の功績です。そうでなければ、犯人を殺すことしか頭にない薔薇鬼ポリスが、人質を見殺しにするところでした。シャポワロフさんが犯人を制圧してくれたおかげで人質は殺されずに済んだんです。お願いです。そんなに事を荒立てないでくださいっ……!」
「七月の言うとおりですよっ、署長。タチアナさんは大勢の命を救ってくれたんです」
と聡子も声を揃える。
二人の巡査部長が懸命にタチアナを弁護してくれたおかげで、署長の怒りもやわらいだようだった。
七月と聡子は、いい子たちだ。もちろんそれだけではなく、正義感も強く、現場でも頼りになりそうだ。イヤミな九曜署長だが、良い人材をつけてくれたと感謝しなくてはならない。
しかし――優秀な仲間に恵まれたにもかかわらず――十日経ってもタチアナの捜査は一歩も前へ進んでいなかった。
オフィスの窓から夕焼け空を眺め、タチアナは、ふう、と深いため息をついた。
心底疲れていた。ごちゃごちゃ面倒なことは嫌いで、暴れまくるのが性に合っている行動派(?)のタチアナにとって、毎日が苦行だった。一日オフィスに閉じこもり、コツコツ情報を集めるだけだなんて。
『ダークカメレオン』の標的はまちがいなく、クリスタル・タウンの住民だ。公安の男の話から、タチアナはそう確信していた。
本来であれば直接乗り込んでいって、かたっぱしから聞き込みをして回るところだ。実際に住民と顔を合わせて話をし、周囲の様子を観察することによって、見えてくるものも多い。情報は現場にあふれているのだ。
ところが今回は、権力という名の壁がタチアナの前に立ちふさがる。
タチアナはクリスタル・タウンに入ることができないのだ。インターポール捜査官の肩書をもってしても、だ。薔薇鬼タウンは警察の立ち入りを拒んでいる。
法治国家でそんな馬鹿な話があるものか、と思うが。クリスタル・タウンの持ち主である薔薇鬼という老人は、国家元首に相当するほどの権力者らしい。警視庁さえその足元にひれ伏すのだ。
立ち入れないなら仕方がない。
タチアナは、七月や聡子と手分けして、クリスタル・タウンの住民にかたっぱしから電話やメールで連絡を取った。身辺で何か変わったことはないか、この半年以内に使用人の入れ替わりはなかったか、恨まれる心当たりはないか。できるだけ細かく質問した。
電話でのやり取りは、いかにもまどろっこしい。相手との距離が遠い。どれだけ細かく質問しても、核心に切り込めていない感じがする。
ましてメールのやり取りの場合、相手は住民本人ではなく秘書だったりもする。返ってくる返事は事務的で、役に立ちそうなものはほとんどない。
(あー、もう、いらいらするなー!)
タチアナは繊細なプラチナブロンドを、乱暴にかき上げた。
本当は、クリスタル・タウンに入るのは簡単なのだ。翼を生やせば、どんな高い塀でもひょいと飛び越えることができる。ゲートを警備している薔薇鬼ポリスに〈魅了〉の力を使えば、中へ通してもらえるだろう。
けれども十日ほど前、街中でサキュバスの力を使ったせいで、九曜署長ともめたばかりだ。
クリスタル・タウンの塀を飛び越えている姿を誰かに動画に撮られたりしたら。今度こそ警視庁からインターポールに正式に抗議されてしまう。タチアナの首も危うい。
オフィスのドアが開いた。お使いにでかけている聡子が帰ってきたのか、と思い、タチアナは振り返った。
入ってきたのは仏頂面の九曜署長だった。珍しいこともあるものだ。
署長の表情を見て、タチアナはすぐに悟った。自分の予想が甘かったことを。
「これがいったい何なのか、説明してもらおうか」
眼前に突きつけられたスマホの画面を見て、「あちゃー」とタチアナは顔をしかめずにはいられなかった。
青空をバックに、大きな翼をはためかせて飛翔する黒いビキニの女の姿が、はっきりと映っていた。
角度からしてどうやら、クリスタルギャラリーの隣のビルの窓から撮られたものらしい。
「この動画が世間に広まるのを阻止し、撮影者の口を封じるのに、かなり苦労させられた」
そう言い放つ九曜署長の声には冷たい怒りが満ちている。
「きみはいったい何を考えてるんだ? 衆人環視のもとで堂々と正体をさらすなんて? 〈人外〉が人間界でみだりに能力を使用するのは人魔協定違反だ。この件につき、警視庁から正式にインターポールへ抗議を申し立てることになる。そもそもインターポール捜査官は、自分の任務と無関係な地元の事件に首を突っ込むことを禁止されているはずだ」
さすがのタチアナも、ぐうの音も出なかった。
すべて署長の言う通りだ。タチアナの任務は殺人鬼『ダークカメレオン』を捕らえること。それだけだ。
無関係な地元の事件に首を突っ込んだのは、職務逸脱と責められても仕方がない。おまけに、サキュバスの姿を第三者に見られてしまうなんて――!
「待って……待ってください、署長!」
七月が、憤る署長とタチアナの間に割って入ってきた。
「人質が無事に救出されたのは、シャポワロフ捜査官の功績です。そうでなければ、犯人を殺すことしか頭にない薔薇鬼ポリスが、人質を見殺しにするところでした。シャポワロフさんが犯人を制圧してくれたおかげで人質は殺されずに済んだんです。お願いです。そんなに事を荒立てないでくださいっ……!」
「七月の言うとおりですよっ、署長。タチアナさんは大勢の命を救ってくれたんです」
と聡子も声を揃える。
二人の巡査部長が懸命にタチアナを弁護してくれたおかげで、署長の怒りもやわらいだようだった。
七月と聡子は、いい子たちだ。もちろんそれだけではなく、正義感も強く、現場でも頼りになりそうだ。イヤミな九曜署長だが、良い人材をつけてくれたと感謝しなくてはならない。
しかし――優秀な仲間に恵まれたにもかかわらず――十日経ってもタチアナの捜査は一歩も前へ進んでいなかった。
オフィスの窓から夕焼け空を眺め、タチアナは、ふう、と深いため息をついた。
心底疲れていた。ごちゃごちゃ面倒なことは嫌いで、暴れまくるのが性に合っている行動派(?)のタチアナにとって、毎日が苦行だった。一日オフィスに閉じこもり、コツコツ情報を集めるだけだなんて。
『ダークカメレオン』の標的はまちがいなく、クリスタル・タウンの住民だ。公安の男の話から、タチアナはそう確信していた。
本来であれば直接乗り込んでいって、かたっぱしから聞き込みをして回るところだ。実際に住民と顔を合わせて話をし、周囲の様子を観察することによって、見えてくるものも多い。情報は現場にあふれているのだ。
ところが今回は、権力という名の壁がタチアナの前に立ちふさがる。
タチアナはクリスタル・タウンに入ることができないのだ。インターポール捜査官の肩書をもってしても、だ。薔薇鬼タウンは警察の立ち入りを拒んでいる。
法治国家でそんな馬鹿な話があるものか、と思うが。クリスタル・タウンの持ち主である薔薇鬼という老人は、国家元首に相当するほどの権力者らしい。警視庁さえその足元にひれ伏すのだ。
立ち入れないなら仕方がない。
タチアナは、七月や聡子と手分けして、クリスタル・タウンの住民にかたっぱしから電話やメールで連絡を取った。身辺で何か変わったことはないか、この半年以内に使用人の入れ替わりはなかったか、恨まれる心当たりはないか。できるだけ細かく質問した。
電話でのやり取りは、いかにもまどろっこしい。相手との距離が遠い。どれだけ細かく質問しても、核心に切り込めていない感じがする。
ましてメールのやり取りの場合、相手は住民本人ではなく秘書だったりもする。返ってくる返事は事務的で、役に立ちそうなものはほとんどない。
(あー、もう、いらいらするなー!)
タチアナは繊細なプラチナブロンドを、乱暴にかき上げた。
本当は、クリスタル・タウンに入るのは簡単なのだ。翼を生やせば、どんな高い塀でもひょいと飛び越えることができる。ゲートを警備している薔薇鬼ポリスに〈魅了〉の力を使えば、中へ通してもらえるだろう。
けれども十日ほど前、街中でサキュバスの力を使ったせいで、九曜署長ともめたばかりだ。
クリスタル・タウンの塀を飛び越えている姿を誰かに動画に撮られたりしたら。今度こそ警視庁からインターポールに正式に抗議されてしまう。タチアナの首も危うい。
オフィスのドアが開いた。お使いにでかけている聡子が帰ってきたのか、と思い、タチアナは振り返った。
入ってきたのは仏頂面の九曜署長だった。珍しいこともあるものだ。
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