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言い争ってる場合じゃない
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すると、七月が前へ進み出て、びっくりするほど大きな声を出した。
「『薔薇鬼タウン』の中でも外でも、同じです! 日本国内で犯罪に対処し、治安を維持するのは、警察の仕事なんです。民間企業が出しゃばらないでください。警視総監に問い合わせなくたって……そんなの、誰でもわかる、当たり前のことだわ」
「生意気な。女は引っ込んでろ!」
「あー、出た出た。『女は引っ込んでろ』。口喧嘩に負けそうになると、すーぐそうやって性別を持ち出すんだから。これだから血の気が多いだけのゴリラは」
聡子の言葉に、車中のタチアナは思わず吹き出してしまった。
(あたし、この子、好きになれそうだわ)
しかし聡子の暴言は事態を解決する役には立たなかった。冷静さを取り戻した白服部隊の大男は冷酷な口調でしゃべり出した。
「トレーラーも、もうこちらで用意済みだ。もうすぐトレーラーをギャラリーの前に停めて、犯人をおびき出して射殺する」
「それをやったら、あんたらを逮捕しなくちゃならなくなるぞ。殺人の現行犯だ」
「人質の安全はどうなるんですか?」
刑事と七月が、別々の質問を同時に叫んだ。白服の大男は揺らがず、
「勝手に逮捕すればいい。どうせすぐに釈放されるからな。……薔薇鬼家の貴重な財産をお守りするのがわれわれの仕事だ。それに手をかけた時点で、犯人どもの死は決定したのだ。ギャラリーの従業員も皆、薔薇鬼家のためならいつでも命を投げ出す覚悟はできている……!」
警察と白服部隊の隊長の押し問答が続く中、タチアナは車の中で、さっぱり頭に入らない資料に目を通そうとむなしい努力を続けていた。外の様子が気になって仕方ない。
はるか頭上でぱりぃ……ん、と何かの割れる音が鳴った。
次の瞬間、警官たちの只中に、どさりと何か重い物体が落ちてきた。
人間だ。
茶色のスーツに身を包んだ壮年の男。ギャラリーの従業員の一人らしい。
頭が割れて大量の血液と脳奬が道路に染み出している。どう見ても、即死だった。
間を置かず、犯人との連絡用に使っているスマホが鳴った。
「どうだぁ、目が覚めたか~?」
妙に上機嫌な犯人の男の声が流れてくる。
「あんたらがなかなか車を用意してくれねぇもんで、居眠りでもしてるのかと思ってよ。ちょいとした目覚ましのプレゼントってやつだ。……これから十分おきに、人質をひとりずつ窓から突き落とす。さっさとトレーラーを持ってこい。もう待つのはうんざりだ」
一方的に喋るだけ喋って、犯人からの通話は切れた。
ギャラリーの建物の七階の窓が大きく割れている。そこから従業員を突き落としたらしい。
スマホを握りしめ、刑事が唇を噛んだ。
「タイムオーバーってわけか……。時間稼ぎはもう限界だ。SATを待っている暇はない……」
「だから言っただろう。われわれに任せておけ。口先だけの警察などお呼びではない。われわれはさっそく、予定の作戦を実行する」
「でも、それじゃ人質に被害が出るかも……!」
七月が声を震わせたが、白服の大男はきっぱりはねつけた。
「どちらにせよ、十分後には二人目の犠牲者が出る。誰も傷つけずに解決するなど不可能なのだ」
もう、我慢できない。
タチアナは車を降りた。大股に、口論を続ける警官たちと白服に近づいていった。
「どうやら、あたしの出番みたいね? 任せてもらえないかしら?」
聡子と七月が口をつぐんでタチアナを見返した。七月の唇が、内心の激情をあらわして、小刻みに震えていた。
事態がのみこめず、きょとんとしている刑事。
「なんだ、きさまはぁっ! キャバ嬢は引っ込んでろ!」
わめき散らす白服の大男と、タチアナはしっかり視線を合わせ、〈魅了〉の力を使った。大男の瞳から一切の意思の色が消えた。
タチアナが大男の頬を撫でると、大男は「ふにゃああ」という声を漏らした。
「ふ……ふにゃあ?」
刑事が驚きのあまり、眼窩から目玉がこぼれ落ちそうなほど目をひん剥いている。
「狙撃班を撤退させなさい。今すぐよ。わかったわね?」
「ふわい。わかりまひた…………」
白服の隊長に必要な指示を出してから、タチアナは巡査部長二人を振り返った。
「タチアナさん……!」
「シャポワロワ捜査官……!」
二人は茫然とタチアナを見返している。その瞳に、かすかではあるが、希望の光が見える。
タチアナは彼女たちに満面の笑みを送った。
「これ以上、あたしの目の前で、人間を無駄死にさせるつもりはない。任せといて。ちゃーんと解決してあげるわよ。平和的に、ね♡」
人間の男はすべて、サキュバスにとっては貴重な餌だ。
無駄に死なせるなんて、もったいなさすぎる。資源の浪費は早めに止めなければならない。
七月のふっくらした唇が動き、ためらいがちな言葉が漏れた。
「銃は、要りますか?」
平和的に解決するって言ったばかりなのに、この子ったら!
(あたし、この子、好きになれそうだわ)
タチアナは七月にウインクしてみせた。
「男をコロすのに、銃なんか必要ないのよ。おわかり?」
「『薔薇鬼タウン』の中でも外でも、同じです! 日本国内で犯罪に対処し、治安を維持するのは、警察の仕事なんです。民間企業が出しゃばらないでください。警視総監に問い合わせなくたって……そんなの、誰でもわかる、当たり前のことだわ」
「生意気な。女は引っ込んでろ!」
「あー、出た出た。『女は引っ込んでろ』。口喧嘩に負けそうになると、すーぐそうやって性別を持ち出すんだから。これだから血の気が多いだけのゴリラは」
聡子の言葉に、車中のタチアナは思わず吹き出してしまった。
(あたし、この子、好きになれそうだわ)
しかし聡子の暴言は事態を解決する役には立たなかった。冷静さを取り戻した白服部隊の大男は冷酷な口調でしゃべり出した。
「トレーラーも、もうこちらで用意済みだ。もうすぐトレーラーをギャラリーの前に停めて、犯人をおびき出して射殺する」
「それをやったら、あんたらを逮捕しなくちゃならなくなるぞ。殺人の現行犯だ」
「人質の安全はどうなるんですか?」
刑事と七月が、別々の質問を同時に叫んだ。白服の大男は揺らがず、
「勝手に逮捕すればいい。どうせすぐに釈放されるからな。……薔薇鬼家の貴重な財産をお守りするのがわれわれの仕事だ。それに手をかけた時点で、犯人どもの死は決定したのだ。ギャラリーの従業員も皆、薔薇鬼家のためならいつでも命を投げ出す覚悟はできている……!」
警察と白服部隊の隊長の押し問答が続く中、タチアナは車の中で、さっぱり頭に入らない資料に目を通そうとむなしい努力を続けていた。外の様子が気になって仕方ない。
はるか頭上でぱりぃ……ん、と何かの割れる音が鳴った。
次の瞬間、警官たちの只中に、どさりと何か重い物体が落ちてきた。
人間だ。
茶色のスーツに身を包んだ壮年の男。ギャラリーの従業員の一人らしい。
頭が割れて大量の血液と脳奬が道路に染み出している。どう見ても、即死だった。
間を置かず、犯人との連絡用に使っているスマホが鳴った。
「どうだぁ、目が覚めたか~?」
妙に上機嫌な犯人の男の声が流れてくる。
「あんたらがなかなか車を用意してくれねぇもんで、居眠りでもしてるのかと思ってよ。ちょいとした目覚ましのプレゼントってやつだ。……これから十分おきに、人質をひとりずつ窓から突き落とす。さっさとトレーラーを持ってこい。もう待つのはうんざりだ」
一方的に喋るだけ喋って、犯人からの通話は切れた。
ギャラリーの建物の七階の窓が大きく割れている。そこから従業員を突き落としたらしい。
スマホを握りしめ、刑事が唇を噛んだ。
「タイムオーバーってわけか……。時間稼ぎはもう限界だ。SATを待っている暇はない……」
「だから言っただろう。われわれに任せておけ。口先だけの警察などお呼びではない。われわれはさっそく、予定の作戦を実行する」
「でも、それじゃ人質に被害が出るかも……!」
七月が声を震わせたが、白服の大男はきっぱりはねつけた。
「どちらにせよ、十分後には二人目の犠牲者が出る。誰も傷つけずに解決するなど不可能なのだ」
もう、我慢できない。
タチアナは車を降りた。大股に、口論を続ける警官たちと白服に近づいていった。
「どうやら、あたしの出番みたいね? 任せてもらえないかしら?」
聡子と七月が口をつぐんでタチアナを見返した。七月の唇が、内心の激情をあらわして、小刻みに震えていた。
事態がのみこめず、きょとんとしている刑事。
「なんだ、きさまはぁっ! キャバ嬢は引っ込んでろ!」
わめき散らす白服の大男と、タチアナはしっかり視線を合わせ、〈魅了〉の力を使った。大男の瞳から一切の意思の色が消えた。
タチアナが大男の頬を撫でると、大男は「ふにゃああ」という声を漏らした。
「ふ……ふにゃあ?」
刑事が驚きのあまり、眼窩から目玉がこぼれ落ちそうなほど目をひん剥いている。
「狙撃班を撤退させなさい。今すぐよ。わかったわね?」
「ふわい。わかりまひた…………」
白服の隊長に必要な指示を出してから、タチアナは巡査部長二人を振り返った。
「タチアナさん……!」
「シャポワロワ捜査官……!」
二人は茫然とタチアナを見返している。その瞳に、かすかではあるが、希望の光が見える。
タチアナは彼女たちに満面の笑みを送った。
「これ以上、あたしの目の前で、人間を無駄死にさせるつもりはない。任せといて。ちゃーんと解決してあげるわよ。平和的に、ね♡」
人間の男はすべて、サキュバスにとっては貴重な餌だ。
無駄に死なせるなんて、もったいなさすぎる。資源の浪費は早めに止めなければならない。
七月のふっくらした唇が動き、ためらいがちな言葉が漏れた。
「銃は、要りますか?」
平和的に解決するって言ったばかりなのに、この子ったら!
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