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立てこもり事件が発生!
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電波があまり良くない上に、ローカルな警察の略語や地名ばかりで、何を言われているのかほとんど聞き取れない。
だが、聡子と七月にはそれで十分だったようだ。無線連絡を聞き終え、二人の雰囲気が変わった。
「特務二号、向かいます」
七月が無線に向かって答える。聡子はぐるぐるとハンドルを回し始めていた。車を方向転換させているのだ。
七月が助手席からタチアナを振り返った。
「シャポワロフ捜査官。申し訳ありませんが、この近くで立てこもり事件が発生しているので、署へ戻る前に、現場へ急行させていただきます」
「わかった。何かあたしに手伝えることは……ないわよねぇ?」
タチアナは、興奮に弾みかける声を懸命におさえた。ICPOの捜査官は、必要もないのに地元警察の仕事に介入してはならない、というのが鉄則だ。気をつけていないと、ついうっかり忘れてしまうのだが。
七月はきまじめな表情でうなずいた。
「ええ。捜査官のお手をわずらわせたりしませんわ」
つまんないの。大暴れだったら、いつでもつき合う準備はあるのに。
目的地であるクリスタルギャラリーは七階建ての重厚な灰色の建物だった。ギャラリーという割に、窓もショーウィンドウもない。複雑な文様の刻まれた背の高い扉は閉ざされていて、来訪者を迎え入れようとする姿勢はまるで感じられない。
その前の道路にパトカーが数台停まっていた。警官たちがパトカーを盾にするように立ち、油断のない体勢で建物を睨み据えている。
パトカーから少し離れた場所に、軍の輸送車によく似た車も数台停まっている。車の後ろに、白い制服を着た屈強な男たちがたむろしている。
軍人というのは万国共通の特徴を備えている。無表情、鍛え抜かれた体躯、独特の足取り。
その男たちが軍人であることは、タチアナの目には明らかだった。
でも、妙だ。彼らは自衛隊ではない――さすがのタチアナも、来日前に、日本の警察と自衛隊の装備制服は確認している。
背中に深紅の薔薇を大きく描いた純白の制服なんて、どこの国でも見たことがない。こんなド派手な制服の軍隊なんてあり得るだろうか?
聡子がいら立たしげに舌打ちした。
「あいかわらず現着が早いわね、『薔薇鬼ポリス』」
聡子のつぶやきに、七月がきっぱりと応じた。
「そりゃあそうでしょ。大事なエンペラー様の財産が危険にさらされているんだもん。すっ飛んでくるわよ。他に仕事もないんだし」
「どうする? 署長にお願いして、奴らを一発ビビらせてもらう?」
「何もかも署長に頼ろうとしちゃ駄目。なんとかするのよ、私たちで」
パトカーのすぐそばに車を停め、二人の巡査部長は降り立った。警官たちのうち、いちばん地位が高そうな私服の男に歩み寄っていく。
「特務課です。状況を聞かせてください」
タチアナは車に残ったままだったが――彼女の超聴力は、かなり離れたところに立つ刑事の説明をたやすく聞き取った。
ギャラリー内の防犯カメラからクリスタル・セキュリティ陽洲支社に送られた映像によれば、客を装って一階の画廊部分に入ってきた三人の男がいきなり発砲して店内を制圧。その後、仲間らしい十人の男がさらに加わり、ギャラリーの全建物を制圧した。
いま人質――全従業員、約六十名――は七階の会議室に閉じ込められている。犯人はギャラリー内のすべての美術品を手に入れた。犯人側の要求は逃走用の船。港まで美術品を運ぶための大型トレーラーも用意しろ、と言っている。
「犯人に対しては、トレーラーの手配が難しいと言って、なるべく時間稼ぎに努めている。SATの到着に時間がかかるのでな。もうそろそろ……」
刑事の言葉は、辺り数ブロックに響きわたるような大声によって、乱暴にさえぎられた。
「SATも警察も要らん! この事件は、われわれクリスタル・セキュリティ社が処理する。もうとっくに狙撃班も配置済みなんだ。役立たずの警察は引っ込んでろ!」
白い制服を着た、身長二メートルを軽く超える大男が、いつの間にかすぐそばまで歩み寄ってきていたのだ。
胸にバッジをずらりとつけているところからして、この大男が白服部隊の責任者なのだろう。高い視点から刑事たちを見下ろし、居丈高にまくし立てた。
「あんたらも知っての通り、あそこはギャラリーと名がついてはいるが、ただの画廊ではない。所蔵されている美術品はすべて薔薇鬼家の先祖代々伝わる財産だ。外国から贈られた物も多い。すべて貴重な品々なのだ。下劣な犯罪者どもの手に渡すわけにはいかない」
「狙撃班って、なに言ってんのよ! 頭おかしいんじゃないの? 民間人が街中で発砲するのは犯罪よ!」
聡子がとがった声を張り上げる。白服の大男は、ふんと鼻で笑った。
「警視総監に問い合わせてみろ。間違いなく『手を引け』と命じられるぞ。この陽洲の治安を維持するのは、われわれクリスタル・セキュリティだ。薔薇鬼様のお膝元は、われわれが守る」
「ここは一般エリアだ。この建物は薔薇鬼氏の持ち物かもしれないが、ここで起きている事件にはわれわれ警察が対処する。あんたらは『薔薇鬼タウン』にでも引っ込んでろ」
刑事もむっとしたように言い返す。
だが、聡子と七月にはそれで十分だったようだ。無線連絡を聞き終え、二人の雰囲気が変わった。
「特務二号、向かいます」
七月が無線に向かって答える。聡子はぐるぐるとハンドルを回し始めていた。車を方向転換させているのだ。
七月が助手席からタチアナを振り返った。
「シャポワロフ捜査官。申し訳ありませんが、この近くで立てこもり事件が発生しているので、署へ戻る前に、現場へ急行させていただきます」
「わかった。何かあたしに手伝えることは……ないわよねぇ?」
タチアナは、興奮に弾みかける声を懸命におさえた。ICPOの捜査官は、必要もないのに地元警察の仕事に介入してはならない、というのが鉄則だ。気をつけていないと、ついうっかり忘れてしまうのだが。
七月はきまじめな表情でうなずいた。
「ええ。捜査官のお手をわずらわせたりしませんわ」
つまんないの。大暴れだったら、いつでもつき合う準備はあるのに。
目的地であるクリスタルギャラリーは七階建ての重厚な灰色の建物だった。ギャラリーという割に、窓もショーウィンドウもない。複雑な文様の刻まれた背の高い扉は閉ざされていて、来訪者を迎え入れようとする姿勢はまるで感じられない。
その前の道路にパトカーが数台停まっていた。警官たちがパトカーを盾にするように立ち、油断のない体勢で建物を睨み据えている。
パトカーから少し離れた場所に、軍の輸送車によく似た車も数台停まっている。車の後ろに、白い制服を着た屈強な男たちがたむろしている。
軍人というのは万国共通の特徴を備えている。無表情、鍛え抜かれた体躯、独特の足取り。
その男たちが軍人であることは、タチアナの目には明らかだった。
でも、妙だ。彼らは自衛隊ではない――さすがのタチアナも、来日前に、日本の警察と自衛隊の装備制服は確認している。
背中に深紅の薔薇を大きく描いた純白の制服なんて、どこの国でも見たことがない。こんなド派手な制服の軍隊なんてあり得るだろうか?
聡子がいら立たしげに舌打ちした。
「あいかわらず現着が早いわね、『薔薇鬼ポリス』」
聡子のつぶやきに、七月がきっぱりと応じた。
「そりゃあそうでしょ。大事なエンペラー様の財産が危険にさらされているんだもん。すっ飛んでくるわよ。他に仕事もないんだし」
「どうする? 署長にお願いして、奴らを一発ビビらせてもらう?」
「何もかも署長に頼ろうとしちゃ駄目。なんとかするのよ、私たちで」
パトカーのすぐそばに車を停め、二人の巡査部長は降り立った。警官たちのうち、いちばん地位が高そうな私服の男に歩み寄っていく。
「特務課です。状況を聞かせてください」
タチアナは車に残ったままだったが――彼女の超聴力は、かなり離れたところに立つ刑事の説明をたやすく聞き取った。
ギャラリー内の防犯カメラからクリスタル・セキュリティ陽洲支社に送られた映像によれば、客を装って一階の画廊部分に入ってきた三人の男がいきなり発砲して店内を制圧。その後、仲間らしい十人の男がさらに加わり、ギャラリーの全建物を制圧した。
いま人質――全従業員、約六十名――は七階の会議室に閉じ込められている。犯人はギャラリー内のすべての美術品を手に入れた。犯人側の要求は逃走用の船。港まで美術品を運ぶための大型トレーラーも用意しろ、と言っている。
「犯人に対しては、トレーラーの手配が難しいと言って、なるべく時間稼ぎに努めている。SATの到着に時間がかかるのでな。もうそろそろ……」
刑事の言葉は、辺り数ブロックに響きわたるような大声によって、乱暴にさえぎられた。
「SATも警察も要らん! この事件は、われわれクリスタル・セキュリティ社が処理する。もうとっくに狙撃班も配置済みなんだ。役立たずの警察は引っ込んでろ!」
白い制服を着た、身長二メートルを軽く超える大男が、いつの間にかすぐそばまで歩み寄ってきていたのだ。
胸にバッジをずらりとつけているところからして、この大男が白服部隊の責任者なのだろう。高い視点から刑事たちを見下ろし、居丈高にまくし立てた。
「あんたらも知っての通り、あそこはギャラリーと名がついてはいるが、ただの画廊ではない。所蔵されている美術品はすべて薔薇鬼家の先祖代々伝わる財産だ。外国から贈られた物も多い。すべて貴重な品々なのだ。下劣な犯罪者どもの手に渡すわけにはいかない」
「狙撃班って、なに言ってんのよ! 頭おかしいんじゃないの? 民間人が街中で発砲するのは犯罪よ!」
聡子がとがった声を張り上げる。白服の大男は、ふんと鼻で笑った。
「警視総監に問い合わせてみろ。間違いなく『手を引け』と命じられるぞ。この陽洲の治安を維持するのは、われわれクリスタル・セキュリティだ。薔薇鬼様のお膝元は、われわれが守る」
「ここは一般エリアだ。この建物は薔薇鬼氏の持ち物かもしれないが、ここで起きている事件にはわれわれ警察が対処する。あんたらは『薔薇鬼タウン』にでも引っ込んでろ」
刑事もむっとしたように言い返す。
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