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公安とのミーティング
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「どうしてこんな所に呼び出したわけ? 署の会議室か何かでもよかったんじゃないの?」
目の前に立つ四十代前半の男に向かって、タチアナは疑問をまっすぐにぶつけた。
「あー、もしかして……ベッドのある場所で二人きりになりたかった、とか? そぉいうの大歓迎よぉ♡ あんたみたいに逞しい男、けっこうタイプなんだ」
艶っぽい流し目を送ってみせたが、相手の男は眉ひとつ動かさない。
カタブツね。「任務一直線」って感じだわ。まあ、そういう男を屈服させるのが楽しいんだけど?
少しぐらい食べさせてもらっても罰は当たらないだろう、とタチアナは値踏みする目で男を眺めた。
男は公安警察の人間だそうだ。『ダークカメレオン』の捜査をするなら公安警察に話を聞くといいだろう、と九曜署長がこの男との面談を設定してくれた。
二人が落ち合ったのは、大型カジノがずらりと並ぶホテイ・ブールヴァードに建つ超高級ホテルの一室だ。
このホテルの中ではランクの低い客室らしいが、それでも内装は目がくらむほど豪華だ。頭上に垂れ下がるシャンデリアが重々しい。
この部屋を待ち合わせ場所に指定してきたのは公安側だ。
天蓋付きの立派なベッドを使うつもりがないのなら、わざわざホテルの客室を選んだ意味がわからない。
「所轄署などに足を運ぶわけにはいかない。誰に見られているかわからないからな。こういう場所が、逆にいちばん目立たないんだ」
にこりともせずに、男が言い放った。
完全な無表情だ。下心などみじんも感じさせない。
「OK、タフガイ。じゃあ仕事の話から始めましょうか」
お楽しみは後回しよね、と内心でつぶやき、タチアナはとろけるほど座り心地の良いソファに体を沈めた。
「正直な話、公安では現在、政権を脅かそうとする勢力の存在を把握していない。今のところ日本国内は『静か』だ。それなのに、わざわざあの『ダークカメレオン』を雇って日本に呼びつけた者がいると聞いて、違和感を覚えている。我々が国内のすべてを把握していると言うつもりはないが……政府要人の暗殺や政府の転覆を狙う大掛かりな動きがあれば、我々の耳に入らないはずがない」
ガラステーブルをはさんだ向かい側に腰を下ろした公安の男が、鋭いまなざしをタチアナに注いだ。
「だから、考えられる可能性は二つだ。一つは、組織ではなく、個人のテロリストが動いているという可能性。政府を倒したいという強い意志を持ち、『ダークカメレオン』とコンタクトを取って呼び出せるほどの情報力と財力を備えた個人が、動いているのかもしれん。もう一つは……狙われているのは政府要人ではない、という可能性だ。たとえばこの高天原ヘブンには、いわゆる有力者が大勢暮らしている。何者がビジネス上の理由で、あるいは個人的な恨みなどで、そういった人間を殺害しようと企んでいるのかもしれん」
「『いわゆる有力者』ってどういう意味? なぜ、この島に?」
「この陽洲は、北半分がカジノリゾート、南半分が高級住宅地として開発された。当時の薔薇鬼首相の肝入りでな。人工の白亜のビーチに、最新のテクノロジーを駆使したスマートシティ……。島南部の住宅街は、高い塀で囲まれ、許可された者しか立ち入れない『閉ざされた町』だ。塀で守られた安全な環境で、住民は高度なサービスや、住民専用のゴルフコースや娯楽施設を楽しむことができる。町自体の面積が限られているので、分譲される土地区画も広いとはいえないのだが……富裕層はこぞってこの町に住みたがる。理由は、薔薇鬼氏が首相在任中、陽洲を相続税特区に指定したからだ。相続税対策に悩む富裕層は、なんとしてでもこの陽洲に住民票を置きたがっている」
「囲まれた町か……昔ちょっと流行ったわよね、そういうの」
「その住宅街は、正式名称は『クリスタル・タウン』だが、一般には『薔薇鬼タウン』と呼ばれている。町を開発したのは、薔薇鬼元首相の息のかかったデベロッパーだ。薔薇鬼氏自身もその町に住んでいるし、薔薇鬼氏の眼鏡にかなった人間だけが土地区画の分譲を受け、町への移住を認められている。ほとんどが、薔薇鬼氏の首相在任中、その政策に協力した者たちだ。大企業のCEOや、当時政府の中枢にいた者たち……。ひとことで言うと、『薔薇鬼タウン』というのは、薔薇鬼氏とその取り巻きだった者たちが暮らす町だ」
タチアナは思わず腕組みをし、唇を尖らせた。
「つまり……その元首相って人は、相続税の軽減を定めて、自分と仲間だけでその恩恵を受けてるってわけ? そういうのって、ずるくない?」
「そういう見方もできるが、この国において薔薇鬼氏の権力は今でも圧倒的だ。彼は、自分個人に権力を集中させる術に長けている人物なのでな。マスコミも薔薇鬼氏に忖度し、彼を賛美する報道をするので、薔薇鬼氏は国民の間で人気が高い。神格化されているといってもいい」
タチアナは「うーん」と唸ってしまった。
公安の男から聞かされた話は、気に入らない点ばかりだった。
ゴージャスなカジノ島に、排他的なコミュニティ。私腹をこやす絶対権力者とその取り巻き。何もかもがうさん臭い。
「ねえ。『ダークカメレオン』のターゲットが、その薔薇鬼だという可能性……高いと思う?」
タチアナはペールブルーの瞳を輝かせて、公安の男の顔をじっとのぞき込んだ。
男はあいかわらず表情を動かさないまま、淡々と答えた。
「可能性は、ないとは言えないが……断定するのは早すぎる。悪い言葉で言うと、『クリスタル・タウン』に住んでいるのは、政権と癒着して甘い汁を吸った経済人や、法やルールを曲げてまで首相に便宜を図った元官僚たちだ。誰が命を狙われたとしても不思議ではない」
「うわー……身もふたもないわね」
「すでに警察で話を聞いているかもしれないが。『クリスタル・タウン』には警察さえ立ち入りを認められない。町の秩序維持は、薔薇鬼氏が所有する警備会社『クリスタル・セキュリティ』が担当している。……もし『ダークカメレオン』が『クリスタル・タウン』を狙っているとすれば、捜査は相当難航するぞ」
目の前に立つ四十代前半の男に向かって、タチアナは疑問をまっすぐにぶつけた。
「あー、もしかして……ベッドのある場所で二人きりになりたかった、とか? そぉいうの大歓迎よぉ♡ あんたみたいに逞しい男、けっこうタイプなんだ」
艶っぽい流し目を送ってみせたが、相手の男は眉ひとつ動かさない。
カタブツね。「任務一直線」って感じだわ。まあ、そういう男を屈服させるのが楽しいんだけど?
少しぐらい食べさせてもらっても罰は当たらないだろう、とタチアナは値踏みする目で男を眺めた。
男は公安警察の人間だそうだ。『ダークカメレオン』の捜査をするなら公安警察に話を聞くといいだろう、と九曜署長がこの男との面談を設定してくれた。
二人が落ち合ったのは、大型カジノがずらりと並ぶホテイ・ブールヴァードに建つ超高級ホテルの一室だ。
このホテルの中ではランクの低い客室らしいが、それでも内装は目がくらむほど豪華だ。頭上に垂れ下がるシャンデリアが重々しい。
この部屋を待ち合わせ場所に指定してきたのは公安側だ。
天蓋付きの立派なベッドを使うつもりがないのなら、わざわざホテルの客室を選んだ意味がわからない。
「所轄署などに足を運ぶわけにはいかない。誰に見られているかわからないからな。こういう場所が、逆にいちばん目立たないんだ」
にこりともせずに、男が言い放った。
完全な無表情だ。下心などみじんも感じさせない。
「OK、タフガイ。じゃあ仕事の話から始めましょうか」
お楽しみは後回しよね、と内心でつぶやき、タチアナはとろけるほど座り心地の良いソファに体を沈めた。
「正直な話、公安では現在、政権を脅かそうとする勢力の存在を把握していない。今のところ日本国内は『静か』だ。それなのに、わざわざあの『ダークカメレオン』を雇って日本に呼びつけた者がいると聞いて、違和感を覚えている。我々が国内のすべてを把握していると言うつもりはないが……政府要人の暗殺や政府の転覆を狙う大掛かりな動きがあれば、我々の耳に入らないはずがない」
ガラステーブルをはさんだ向かい側に腰を下ろした公安の男が、鋭いまなざしをタチアナに注いだ。
「だから、考えられる可能性は二つだ。一つは、組織ではなく、個人のテロリストが動いているという可能性。政府を倒したいという強い意志を持ち、『ダークカメレオン』とコンタクトを取って呼び出せるほどの情報力と財力を備えた個人が、動いているのかもしれん。もう一つは……狙われているのは政府要人ではない、という可能性だ。たとえばこの高天原ヘブンには、いわゆる有力者が大勢暮らしている。何者がビジネス上の理由で、あるいは個人的な恨みなどで、そういった人間を殺害しようと企んでいるのかもしれん」
「『いわゆる有力者』ってどういう意味? なぜ、この島に?」
「この陽洲は、北半分がカジノリゾート、南半分が高級住宅地として開発された。当時の薔薇鬼首相の肝入りでな。人工の白亜のビーチに、最新のテクノロジーを駆使したスマートシティ……。島南部の住宅街は、高い塀で囲まれ、許可された者しか立ち入れない『閉ざされた町』だ。塀で守られた安全な環境で、住民は高度なサービスや、住民専用のゴルフコースや娯楽施設を楽しむことができる。町自体の面積が限られているので、分譲される土地区画も広いとはいえないのだが……富裕層はこぞってこの町に住みたがる。理由は、薔薇鬼氏が首相在任中、陽洲を相続税特区に指定したからだ。相続税対策に悩む富裕層は、なんとしてでもこの陽洲に住民票を置きたがっている」
「囲まれた町か……昔ちょっと流行ったわよね、そういうの」
「その住宅街は、正式名称は『クリスタル・タウン』だが、一般には『薔薇鬼タウン』と呼ばれている。町を開発したのは、薔薇鬼元首相の息のかかったデベロッパーだ。薔薇鬼氏自身もその町に住んでいるし、薔薇鬼氏の眼鏡にかなった人間だけが土地区画の分譲を受け、町への移住を認められている。ほとんどが、薔薇鬼氏の首相在任中、その政策に協力した者たちだ。大企業のCEOや、当時政府の中枢にいた者たち……。ひとことで言うと、『薔薇鬼タウン』というのは、薔薇鬼氏とその取り巻きだった者たちが暮らす町だ」
タチアナは思わず腕組みをし、唇を尖らせた。
「つまり……その元首相って人は、相続税の軽減を定めて、自分と仲間だけでその恩恵を受けてるってわけ? そういうのって、ずるくない?」
「そういう見方もできるが、この国において薔薇鬼氏の権力は今でも圧倒的だ。彼は、自分個人に権力を集中させる術に長けている人物なのでな。マスコミも薔薇鬼氏に忖度し、彼を賛美する報道をするので、薔薇鬼氏は国民の間で人気が高い。神格化されているといってもいい」
タチアナは「うーん」と唸ってしまった。
公安の男から聞かされた話は、気に入らない点ばかりだった。
ゴージャスなカジノ島に、排他的なコミュニティ。私腹をこやす絶対権力者とその取り巻き。何もかもがうさん臭い。
「ねえ。『ダークカメレオン』のターゲットが、その薔薇鬼だという可能性……高いと思う?」
タチアナはペールブルーの瞳を輝かせて、公安の男の顔をじっとのぞき込んだ。
男はあいかわらず表情を動かさないまま、淡々と答えた。
「可能性は、ないとは言えないが……断定するのは早すぎる。悪い言葉で言うと、『クリスタル・タウン』に住んでいるのは、政権と癒着して甘い汁を吸った経済人や、法やルールを曲げてまで首相に便宜を図った元官僚たちだ。誰が命を狙われたとしても不思議ではない」
「うわー……身もふたもないわね」
「すでに警察で話を聞いているかもしれないが。『クリスタル・タウン』には警察さえ立ち入りを認められない。町の秩序維持は、薔薇鬼氏が所有する警備会社『クリスタル・セキュリティ』が担当している。……もし『ダークカメレオン』が『クリスタル・タウン』を狙っているとすれば、捜査は相当難航するぞ」
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