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おねショタ展開は始まらない
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サキュバス、吸血鬼、ウェアウルフ、小鬼……いわゆる〈魔物〉〈人外〉と呼ばれる存在が、人間と入り混じって普通に暮らしていることを知っている者は、ほとんどいない。
現代人は〈魔物〉を空想上の存在だと信じている。
世界各地に残る〈魔物〉の伝説を、迷信だと信じている。
――いや、そう信じたい、のだろう。恐ろしい〈魔物〉が自分たちのすぐそばにいるという事実から、懸命に目をそらしているのだ。
数世紀にわたる確執と交渉の末、人間と〈魔物〉はルールを守って共存するに至っていた。
それは、世界各国の一部の政府高官や学者しか知らない秘密だ。
双方の努力によって成り立つ平和共存。
ときどき、その平和を脅かす者が現れる。
「人間が立ち入ってはならない」と定めている場所にズカズカと入り込む開発業者やハンター。
「人間を食い殺してはならない」という決まりを破って、人を餌食にする〈魔物〉。
そういったはぐれ者たちは、専門の機関によってすみやかに排除された。
そして、インターポール超科学捜査研究所(SFI)は、ルールを破る〈魔物〉を討伐するための専門組織である。
そこに所属する捜査官はすべて、正義感に燃える〈魔物〉たちだ。
人魔の共存を脅かす〈魔物〉を討伐して平和を守ることを使命としていた。
おなかを満たしたタチアナは上機嫌で、目的地である高天原警察署に到着した。
高天原警察署は、高級ホテルが立ち並ぶ界隈にある殺風景な六階建ての建物だ。受付で、
「インターポールのシャポワロフ捜査官よ♡」
と告げると、二階の応接室へ案内された。
案内してくれた女子職員が少しびくびくしているように見えたが、タチアナは気にしなかった。
日本は単一民族国家だ。日本人というのは、外国人に対して本能的に身構える性質を持っている、ということは予習している。
タチアナがサキュバスだと知って怯えられているわけではないだろう。
「すぐに署長がまいります。お待ちください」
女子職員がそそくさと立ち去り、タチアナは応接室に残された。
「すぐに」と言われたが署長はちっとも現れない。待たされたタチアナがイライラし始め、爪を噛み、室内を歩き回り、こうなったら署内の男たちを手当たり次第つまみ食いでもしてやろうか、という気分になりかけたとき、扉が開いた。
入ってきた人物を、タチアナはあっけにとられて眺めた。
少年だ。そうとしか言いようがない。十五、六歳ぐらいの、育ちが良さそうな男の子。まるで大人みたいなスーツを着ているので、上品な雰囲気が強まる。
少年はずかずかと応接室に入り込んできて、ソファに腰を下ろした。
(……保護された迷子、って年でもないわね……)
タチアナは、妙に堂々とした態度の少年を、困惑して見返した。
警察署を子供がうろうろしているなんて。日本の警察というのは、どこもこんなにのんきなのか? カジノ島での犯罪発生率は決して低くないはずなのに、このセキュリティのゆるさは問題だ。
「ねえちょっと。ここは、大人が大事な話をする場所なの。子供の来る所じゃないわ。出て行って」
タチアナがそう言っても、少年はソファから動こうともしない。妙に平静なまなざしでじっと彼女を見据えている。
「高天原署署長の九曜一海だ」
投げつけるように、言葉が放たれた。
「はあっ!?」
タチアナは目をぱちくりさせた。脳が、耳に入った言葉を理解することを拒む。
ICPO本部で同僚の魔女がかけてくれた〈言語変換〉の呪文――見聞きした日本語がロシア語に翻訳され、自分の話すロシア語が日本語に翻訳される呪文――が誤作動しているのかもしれない。
「待って。自動翻訳がうまく働いてないみたい。あんた、いま、何て言った?」
「僕がここの署長だ、と言った。日本では少子高齢化が進んだせいで、かなり前に公職の年齢制限が撤廃されている。能力さえあれば、どんなに幼くても公職に就ける。……君は日本の情勢を何も知らずにここへ来たのか?」
主な情報源はアニメとゲームだったとは言えない。タチアナは、署長を名乗る少年を、茫然とみつめた。
言われてみれば、確かに普通の子供ではない。幼さが残る優しい顔立ちだが、こちらを睨み据えてくるまなざしは完全に大人のものだ。百戦錬磨の戦士と対峙しているような圧迫感がある。それに――なぜ今まで気づかなかったのだろう。署長は上着の下に銃のホルスターをつけている。スーツの仕立てが良いので目立たないが。
敵意に満ちた、張りつめた空気が、応接室を満たしていた。
サキュバスは未成年の人間を〈魅了〉してはならない。人魔協定ではっきりとそう定められている。
その規定さえなければ、タチアナはシャツワンピの前を広げてみせるだけでいい。相手がこちらに敵意を持っていても、武装していても、イチコロだ。一瞬でタチアナの虜になり屈服する。
その手が使えないのが残念だが――タチアナはあわてなかった。最高に色っぽく、にっこりした。ここは大人の女の貫録を見せる場面だ。
現代人は〈魔物〉を空想上の存在だと信じている。
世界各地に残る〈魔物〉の伝説を、迷信だと信じている。
――いや、そう信じたい、のだろう。恐ろしい〈魔物〉が自分たちのすぐそばにいるという事実から、懸命に目をそらしているのだ。
数世紀にわたる確執と交渉の末、人間と〈魔物〉はルールを守って共存するに至っていた。
それは、世界各国の一部の政府高官や学者しか知らない秘密だ。
双方の努力によって成り立つ平和共存。
ときどき、その平和を脅かす者が現れる。
「人間が立ち入ってはならない」と定めている場所にズカズカと入り込む開発業者やハンター。
「人間を食い殺してはならない」という決まりを破って、人を餌食にする〈魔物〉。
そういったはぐれ者たちは、専門の機関によってすみやかに排除された。
そして、インターポール超科学捜査研究所(SFI)は、ルールを破る〈魔物〉を討伐するための専門組織である。
そこに所属する捜査官はすべて、正義感に燃える〈魔物〉たちだ。
人魔の共存を脅かす〈魔物〉を討伐して平和を守ることを使命としていた。
おなかを満たしたタチアナは上機嫌で、目的地である高天原警察署に到着した。
高天原警察署は、高級ホテルが立ち並ぶ界隈にある殺風景な六階建ての建物だ。受付で、
「インターポールのシャポワロフ捜査官よ♡」
と告げると、二階の応接室へ案内された。
案内してくれた女子職員が少しびくびくしているように見えたが、タチアナは気にしなかった。
日本は単一民族国家だ。日本人というのは、外国人に対して本能的に身構える性質を持っている、ということは予習している。
タチアナがサキュバスだと知って怯えられているわけではないだろう。
「すぐに署長がまいります。お待ちください」
女子職員がそそくさと立ち去り、タチアナは応接室に残された。
「すぐに」と言われたが署長はちっとも現れない。待たされたタチアナがイライラし始め、爪を噛み、室内を歩き回り、こうなったら署内の男たちを手当たり次第つまみ食いでもしてやろうか、という気分になりかけたとき、扉が開いた。
入ってきた人物を、タチアナはあっけにとられて眺めた。
少年だ。そうとしか言いようがない。十五、六歳ぐらいの、育ちが良さそうな男の子。まるで大人みたいなスーツを着ているので、上品な雰囲気が強まる。
少年はずかずかと応接室に入り込んできて、ソファに腰を下ろした。
(……保護された迷子、って年でもないわね……)
タチアナは、妙に堂々とした態度の少年を、困惑して見返した。
警察署を子供がうろうろしているなんて。日本の警察というのは、どこもこんなにのんきなのか? カジノ島での犯罪発生率は決して低くないはずなのに、このセキュリティのゆるさは問題だ。
「ねえちょっと。ここは、大人が大事な話をする場所なの。子供の来る所じゃないわ。出て行って」
タチアナがそう言っても、少年はソファから動こうともしない。妙に平静なまなざしでじっと彼女を見据えている。
「高天原署署長の九曜一海だ」
投げつけるように、言葉が放たれた。
「はあっ!?」
タチアナは目をぱちくりさせた。脳が、耳に入った言葉を理解することを拒む。
ICPO本部で同僚の魔女がかけてくれた〈言語変換〉の呪文――見聞きした日本語がロシア語に翻訳され、自分の話すロシア語が日本語に翻訳される呪文――が誤作動しているのかもしれない。
「待って。自動翻訳がうまく働いてないみたい。あんた、いま、何て言った?」
「僕がここの署長だ、と言った。日本では少子高齢化が進んだせいで、かなり前に公職の年齢制限が撤廃されている。能力さえあれば、どんなに幼くても公職に就ける。……君は日本の情勢を何も知らずにここへ来たのか?」
主な情報源はアニメとゲームだったとは言えない。タチアナは、署長を名乗る少年を、茫然とみつめた。
言われてみれば、確かに普通の子供ではない。幼さが残る優しい顔立ちだが、こちらを睨み据えてくるまなざしは完全に大人のものだ。百戦錬磨の戦士と対峙しているような圧迫感がある。それに――なぜ今まで気づかなかったのだろう。署長は上着の下に銃のホルスターをつけている。スーツの仕立てが良いので目立たないが。
敵意に満ちた、張りつめた空気が、応接室を満たしていた。
サキュバスは未成年の人間を〈魅了〉してはならない。人魔協定ではっきりとそう定められている。
その規定さえなければ、タチアナはシャツワンピの前を広げてみせるだけでいい。相手がこちらに敵意を持っていても、武装していても、イチコロだ。一瞬でタチアナの虜になり屈服する。
その手が使えないのが残念だが――タチアナはあわてなかった。最高に色っぽく、にっこりした。ここは大人の女の貫録を見せる場面だ。
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