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番外編~巡り合わせは永遠に…
しおりを挟む「いやぁぁぁぁっ!!!!」
「あぁぁぁっーーー!!!」
「キャァァァァァァー!!!」
集まってきた侍女の叫び声を若干鬱陶しく感じたアベルは、小さく舌打ちをした。
基本部下や同僚 友人に対しては気さくで優しいアベルだが、対女性に関しては基本辛辣で、またそこがクールで素敵と言われていた。
「アベル兄上、舌打ちはないでしょう」
はっきりアベルの舌打ちを聞いたレイナルドは、呆れたように話しかける。
喚いている侍女や侍従の声が大きくアベルの舌打ちもレイナルドの突っ込みも二人以外には、誰の耳にも入ってない。
「はんっ。誰も聞いちゃいない。喚くよりする事があるだろう? 馬鹿かこいつらは?」
今の今まで担いできた、こげ茶色で大きな牙が迫力満点の猪に目を向け、誰ともなしに二度目の舌打ちをする。
現在。
アベルとレイナルドの姿は確かに血塗れで悲惨な状態だった。
この血は全て捕らえた時にかぶった猪の血。本人らの血であれば、もうこれは騒いでもアウトな量。
どれほど血が流れたら生の終わりかなど、この平和なボルタージュ国で分かるはずもなかった。
トボトボとアベルの後ろを付いてきた四人の見習い騎士達は顔面蒼白。
もう一人、実は唯一人間側で負傷していた年若い騎士見習い。彼はレイナルドにおんぶされてきた。騎士見習い一年目で、レイナルドとそう変わらない年齢の少年だった。
騎士演習場から見える森。
そこは死の樹海と言われ、入るのは容易いが簡単に出ることは叶わないと言われている。沢山の生き物が生息し、この森のみに住む固有種も数多く存在する。
森の生態系を守る為、人は森に入らず、美しい神秘の森を守ってきた。
その森に少年達は入り、刃を潰してないサーベルの斬れ味を小さき命で試し斬りをしていたのだ。
数匹無残に殺し、森の雰囲気が変わったところで初めて恐怖を覚える。自分達より数倍大きい猪が唸りながら地面を蹴っているのに気づいた。
第一弾の体当たりはすんでの所で交わせたが、大人の腕より太い牙が大木にめり込み、そのまま引き倒した瞬間、皆の思考が止まった。
逃げられ無い。そうなって諦め、座り込んだ面々の前に彼らからすれば救世主だろう。アベルとレイナルドが現れた。
怒りくるった猪に言葉は通じ無い。アベルとレイナルドは人側につくしかない、かの猪が小さき命を護る主と分かりながらも、命を奪う選択をした。
早い話が、この見習い騎士五人の意気がった遊びの結末がこれ。
アベルとレイナルドがいなければ、五人の見習い騎士達は擦り傷や打撲のような軽い怪我だけでは済まず、生きていたかどうかも危ういほどだったのだ。
「あぁっ、くそ。寝覚めが悪い。この風貌から森の守り神か、主か、違うとしても……かなりそれに近いだろうに。
結果として、俺とレイナルドで殺したが、原因はお前達のしょうもない賭けの所為だと、軽い頭に叩き込めよ」
レイナルドに運ばれた年若い少年だけは、今も気絶しており、医者が来るまでの応急処置を、一番はじめにこの場に駆けつけたヴィルヘルムがおこなっていた。
「アベル様、ゴメルの所為です」
「嘘つけ、ダースリンのせいだろ!!」
「俺じゃない、アグロが一番初めに言い出したっ!」
「なんだと!! スターリンが斬れ味を試そうって、サーベルを持ち出したんだろ!!」
「違うよ!!」
罵り合う四人の若者に、アベルが怒鳴ろうとした瞬間、恐怖の鉄槌を下したのはヴィルヘルムだった。
「黙れ。言い訳があるなら、私が聞こう。見習いといえども仮にも騎士。思いつきや感情で話すな。
明日一人づつ話を聞く、順を追って話せ。言っておくが、私はアベルやレイナルドのように甘くはない」
ヴィルヘルムの静かな殺気に、罪の擦り合いをしていた四人(ともう一人は失神中)は硬直し息をも止めた。
アベルとレイナルドさえも人としての本能からか、ヴィルヘルムの殺気にあてられ背に冷たい汗が流れ落ちていた。
侍女や侍従が叫びながらも、バタバダ彼らの身体状況を知る為にこの庭園から一番近い部屋に医者を用意しており、硬直した見習い騎士を誘導し、大庭園から移動をしていく。
もれなく全員を氷漬けにしたヴィルヘルムは、見習い騎士五人がこの場からさったのを確認し、アベルとレイナルドに少しだけ優しく声をかけた。
「二人とも、怪我はないか?」
「俺は大丈夫です。仕留めた時の返り血より、猪を此処まで運んだ時にかぶった血ですからこれ。
流石にこの猪を殺して放置はできなかったので、手を合わせた後。残すことなく頂くつもりで持ち帰りました」
「父上、俺についているのも猪の血です。怪我はありません、大丈夫です」
「そうか……猪は料理長に渡しさばいて貰おう。
お前達は一先ずその服を脱いでこい。さっき喚いた侍女の一人が、エル様の専属侍女だ。十中八九、エル様へ報告に行った。
アベルとレイナルドの姿をみたら、卒倒しそうだ。あまり血なまぐさいのを見せたくない」
ヴィルヘルムは基本ティーナか軸にある為、こう言う会話になる。
「…それは…早く着替えます」
レイナルドは面倒そうな表情をしながら、思いにふける。
父上は昔も今も、相変わらず母上至上主義。
(…前世の俺はアレンとエルに近過ぎた。この二人の間に入ろうとする事が、いかに阿呆らしいか誰が見ても分かるはず)
ラズラが「どちて坊や」のように二人の歪な関係性に割って入らなければ……互いを愛していた思いさえも伝える事なく、あの事件に……。
「レイナルド?? どうした? 」
下を向いて固まって動かないレイナルドの顔を見る為、添えるように頬に手を置き、まだぷくぷくハリ感のあるレイナルドの頬を、柔らかくモニモニしてみる。
父ヴィルヘルムからの子供扱いはレイナルドには嬉しく、霧がかってモヤモヤした気持ちが、晴れていく。
かつては親友……でも今は大好きな自慢の父だ。
前世を夢に見て、自身があの偉大な王レオン陛下と分かっても、あまりピンとこない。それがどうした? という気持ちしか持てないでいた。
それを他人に自慢気に話す気にも勿論なれない。
しかし、父があの白銀の騎士であったのはレイナルドにとっては最高に自慢。
皆に「レイナルドの父上があの伝説の白銀の騎士だなんて、イイなぁ。ウチなんてデフっとした樽だぞ!!」そう言われる度、いつも頬が緩み表情筋がゆるゆるになっていた。
レイナルドは誇らしい父に、皆が憧れ誰よりも強い父に、少しでも近づきたいだけ。
妹ラシェルの絡まった糸のように、深くは考えられない。
レイナルドの子供から抜け切らない弾力ある頬が気持ちいいのだろ、まだ頬をぷにぷにしてくる父ヴィルヘルムに、堪らずギュッと抱きついた。
母がいたら、妹がいたら、弟達がいたら、父には甘えられない。今がチャンスとばかりにしがみ付く。
「どうした? 今更、猪が恐くなったか?」
父の声は母と話すように優しく包み込むようだ。母のような〝特別〟にはなれないでも、父と自分の〝特別〟に心踊る。
今でも父ヴィルヘルムは、レオンを生涯唯一の親友であると、彼以上の親友はこの先もあり得ないと声に出している。
それはレイナルドに深く〝特別〟を刻みこむ。まだ幼いレイナルドにとって、超えられないほどの高い壁である父は誇りだった。
「別に猪は怖くないです。普通に父上が一番恐い」
正直なレイナルドの答えにアベルが笑う。
「あはははっ、確かに。ヴィル叔父上の殺気にあてられた見習い騎士の奴ら、絶対チビっるぜ。
せいぜい今日一日生きた心地がしない心理状況を楽しむべきだな」
「反省は必要だ。いくら反省しても失くした大切なものは、蘇らないし覆らないからな」
ヴィルヘルムが言うと言葉の重みがあって、アベルもレイナルドも今を後悔なく生きることを改めて胸に刻む。
「で。レイナルド、いつまで抱きついている気だ?」
安心感抜群で若干もたれるようにヴィルヘルムに抱きついていたレイナルドは、真っ赤になりながら離れた。
「ご、ごめんなさい。つい………」
「なるほど、まだ甘えたいのか?…… よっと」
しっとり笑う父は、先ほどとは違う意味で破壊力がある。
普段母に向ける天使のように甘く穏やかな微笑みを間近で返され、尚且つ母のように抱き上げられては普通にしろと言われても無理な話。
「あっ、ちょ、ちょっと、ち、父上っ!!」
「まだまだ軽いな。……レイナルド、急いで大人になる必要はない。お前はまだ入団してないから騎士見習いでもない。
無理だけはするなよ、流石に我が子の血塗れ姿は生きた心地がしなかった」
「………はい…心配かけすみません。…あの~下ろしてください」
「もう少し甘えておけ、部屋まで連れて行ってやろう」
「……では、もうちょっと、甘えます」
可愛らしい本心を吐露し、母やラシェル、弟達がするように、艶っ艶の黄金に輝く髪を視界に入れながらヴィルヘルムの肩口に顔を埋める。
母から『内緒よ』、『気づいても言ってはダメ』と言われた父の身体から香る匂い。
今は違うはずなのに、アレンだった頃の薬漬けから引き起こされる甘い香りが、何故か未だに香ることがあるのだ。
『とてもいい匂いだから、気にしないでいいよ、母上?』
『ダ・メ!! 大きくなったら教えてあげるから。知らないフリよ』
そう話した母の顔が脳内を過ぎる。
理由を知ってからは、絶対に口に出さなかった。そして、同時に〝前世の夢〟を見るようになった……。
レイナルドを抱え、血みどろの衣服を着替えさせようとヴィルヘルムが歩き出した瞬間、回廊ではないルートから詳しくは石像の背後から出てきたティーナと対面した。
レイナルドとアベルの一大事に、前世王女で勝手知ったる王宮でティーナが通常のお上品な回廊を使う訳がなかった。
「………レイナルドなの? 死なないで!!!」
ヴィルヘルムに抱き上げられた血塗れ姿のレイナルドに縋り付くティーナ。
「母上!! 勝手に殺さないでください!!」
「えっ………と、元気ね……」
ドバァーと涙腺が決壊し、涙をぼとぼと落としている母ティーナに恥ずかしながらも返答する。
「当たり前です! この血は俺のじゃなく、そこの猪の血です。俺は無傷です!!」
「そうなの……。もう!! アレンが紛らわしくレイナルドを抱き上げてるから、最悪の事態を想像しちゃったじゃない」
「エル様、レイナルドは甘えたいみたいで。可愛く拗ねるからスキンシップをしました」
「きゃぁん!!レイナルドったら、可愛い!! チュッ、んっ もう可愛い!! チュッ!」
ヴィルヘルムからの暴露にティーナはきゅるんっ。
常日頃からスキンシップの多い家庭環境から、一般的な家族とは少し(?)ズレているティーナは、息子の頬や鼻に沢山のキスを贈る。
「母上っ!! やめてください!! 幼い子供ではないので、キスしないでください」
顔を両手で挟まれキスの嵐から逃れたレイナルドは、真っ赤になりながら講義する。
「あらっ、十一歳はまだ幼い子供よ。ちなみに、大人になっても私から見ればレイナルドはいつまでも可愛い子供だわ?」
クスクス笑っているティーナに、ヴィルヘルムは勿論催促を忘れない。
「エル様、私にも……」
レイナルドを抱き上げ腕に乗せたまま正直に欲望を言葉にのせ、ゆっくりと瞳を閉じる。
瞳を閉じるとさらに彫像のような形になる父に、レイナルドは見惚れ、あったり前のように子供の目の前で唇を合わせる母。
ついばむようなキスだけならレイナルドも邪魔はしない。しないが、ヴィルヘルムの舌がティーナの口内に押し込まれたのを至近距離で見たらなら、これはアウトだ。
「父上! 母上! それ以上はやめてください!!」
レイナルドの叫び声でパッ唇を離し、身を引いた二人に憮然とした視線を投げかける。
「ごめんね、つい…」
「すまん……」
抱き上げていたレイナルドを地面に下ろしながら、なんとも言えない空気になった三人の雰囲気を、アベルが上手く崩してくれる。
「あははははっ、漫才だな」アベルの笑い声で恥ずかしい空気が吹き飛んだ瞬間、別の台風がやってきた。
金茶色の髪を振り乱し、金色の瞳は溢れ落ちそうなほど大きく見開かれている。
「ギャァぁぁぁぁっーーーー!? アベルお兄様ぁぁぁっーーーっーーー!!」
グラハの間と大庭園を繋ぐ回廊から叫んでいるのは、ラシェルだ。
ラシェルのいる回廊からはアベルしか見えない。しっかり目を凝らして冷静に大庭園をみれば、そこにヴィルヘルムとティーナ、レイナルドも見えたはず。
アベルに恋をしているラシェルの目には、咄嗟だとアベルしか映らない。
大好きなアベルが血塗れなのだ、冷静でおれるはずはない。
これだけ侍女や侍従が慌ただしくしていれば、何かあったのかと想像できる。普通の貴族令嬢なら、このような場面は静かにその場で待機だがラシェルは違う。
日々王宮の情報を集め、使えるネタかそうでないネタかを分析し、それを小説のネタにし、宰相であるソードに情報を売ったりしていた。
どう転んでも大人しくしているはずがなかった。
「う、そ、でしょ?、いやぁぁぁっーーー!!」
耳をつんざくラシェルの叫び声に、ティーナとレイナルド、アベルが咄嗟に耳に手を当てた。ヴィルヘルムだけは流石、冷静に叫ぶ娘を見ていた。
トラウザーズは黒だ、どれだけの血の量かは分からない。だが、真っ白だったはずのシャツは真っ赤に染まり乾いた場所は浅黒く変色している。
普通の淑女が見たらなら卒倒するだろうアベルの姿に、ラシェルは怯まず近くにかけよる。
「まって、大丈夫、冷静になって先ずは止血よ」
そう自分に言い聞かせてアベルの身体に手を伸ばす。
「ラ、ラシェル。大丈夫だ、これは」
「何が大丈夫ですか!? 意識はあるのね、うん、大丈夫、意識があるなら大丈夫。血さえ止めれば」
興奮し過ぎで、アベルとラシェルの会話が成り立たない。ラシェルは必死だが、アベルは特に痛くも痒くもなし、少しべたつきと血の匂いが気になるくらいだ。
そんなアベルの心情なんて、ラシェルには届かず半泣きになりながら肩口から胸、腹と手を這わせ確かめる。
過度なスキンシップは性に敏感な青少年には毒で、途中から下半身のある一部が非常に厄介なレベルで熱くなってきていた。
「ラ、ラシェル!! ちょっと、まて!! それ以上触るな!!」
逃げ腰のアベルをそのまま地面に引き倒し、馬乗りになり服を脱がす。
必死に抵抗するアベルと、人の話を全く聞かずシャツを脱がしきったラシェルを、レイナルドは驚愕し、ヴィルヘルムとティーナは近視感を覚え、呆然と成り行きを見ている。
「あれっ、傷が無いわ??」
脱がしたシャツの下は綺麗な筋肉が盛り上がる胸と腹。アベルの身体は美しい凹凸を、ラシェルに披露していた。
「あ、当たり前だ!! この血は猪にとどめを刺した時の返り血と、ほらっ、そこの猪を運んだ時に付いた血だ」
「……本当に??」
気遣いながら、元気かどうかをラシェルの基準で確かめてみる。
「うわっ!!! や、やめろっ!! どこ触ってっ!?
待った、やめろっ!!!そこはっ!! ぅんっっっ!!」
黒のトラウザーズでも判断材料となるイチモツの位置はだいたい分かる、勝手知ったる下半身だ。
ラシェルは迷いなく右手で陰経を掴み、左手で陰嚢を掴み、強弱をつけそこを揉み込む。
遠い昔の自分達(メルタージュ家でエルティーナは無理矢理アレンの服を脱がし、男性らしい部位を揉んだり引っ張ったりとエロい触れ合いをした)を見てるようで、ヴィルヘルムとティーナは意識が昔に飛んでいて、止めに入らない。
しかしレイナルドは違う、アベルは年の離れた兄と思っている。この状態は不憫以外のなにもでもないので止めに入る。
「ラシェル!! やめろっ!!!」
背後からラシェルの両手首を掴み、万歳をした状態で拘束した。
涙目になって、「ハァ。ハァ。」言ってるアベルが不憫でならない。
「あらっ、レイナルドお兄様?? もっ!!! 血だらけ!!!」
「俺も大丈夫、俺の血じゃない」
「あら? お母様? お父様? までいらっしゃたのね。なぜ、ぼ~と突っ立っているの?」
突如現れたラシェルに、今一度アベルは冷静を取り戻し事の真相を丁寧に話した。
記憶力が人並み以上のラシェルが、確実にその馬鹿五人の名前を頭に叩き込んだ瞬間をレイナルドは視界にいれ、御愁傷様と脳内で思う。
「……という訳だ」
「まぁ、そうでしたの。でも、その血だらけのお姿は大変紛らわしいですわよ」
「確かに…な。それはそうだが………。
ラシェル……お前、血みどろの姿を見て卒倒しないのは大したもんだ。何人かの侍女や侍従はぶっ倒れていたぞ」
安心しきってか、ラシェルはアベルの膝の上で当然のようにいちゃいちゃしだす。
ラシェルがアベルを突き放したり小馬鹿にするのは皆の前だけで、二人きりでのお茶会や散歩は常に恋人のような雰囲気なのだ。
実は膝に座るのも、抱き合って互いの髪を触るのも、口付けをするのも、経験済み。
アベルもラシェルも自然に触れ合うのは良しとし、絶対に二人の関係を他人には見せなかった。
「だってぇ、これくらいの血は大したこと無いわ」
「えっ?」
驚くアベルを見て優越感を抱き勝った気になり、ベラベラといらぬ台詞までが口から出てしまう。
「ふふんっ。私はもっと凄まじいスプラッターな現状を夢で見て、結構知ってるの!!
本っっっっ当に、凄いんだから。
真っ白の軍服を半分血で染めて、右手には人の生首三つ、左手にはべっとり滴る血液が付いたサーベルを抜き身のまま、無表情で歩いてくるシーンよ!! あれに比べたら、アベルお兄様のこれは可愛いものよ。
それに血みどろ姿もだけど。その後、室内を死体で埋め、むぐっ…」
硬直から一番早く抜け出したレイナルドが、すでに遅かったがラシェルの口を両手で塞ぐ。
口を塞がれて初めて自分の失態が脳内を駆け巡る。
(……やばい…わ……どうしましょ……)
ラシェルとレイナルドはそろ~と、背後の父ヴィルヘルムと母ティーナに目を向けた。
時が止まったヴィルヘルムとティーナに、言い訳をと。
ラシェルは口を塞いでいた兄レイナルドの手を震えながらはずし、殊更明るい声で失言を飛ばす。
「えっと、そうね。想像、想像、私って想像力、豊かだから!!!」
硬直は溶けた、溶けたがそれと同時に母ティーナが、降ってきた。
「グエッ!!」
蛙を潰したようなアベルの声が背後から聞こえ、咄嗟に「アベルお兄様、大丈夫かしら……」とラシェルは不安になる。
アベルが一番下、その上に仲良くレイナルドとラシェルが乗り、その上に二人を抱きしめながら倒れ込んだティーナが一番上になっている。
レイナルドとラシェルの頬には暖かい雫が流れ落ちる。でも悲しい涙ではなく、母ティーナの顔は満面の笑みだった。
「やっぱり、やっぱり、そうなのね!! やっぱりそうなんだわ!! あなた達は、夢で見るのね!!
レイナルドが……お兄様。
ラシェルが……ラズラ様……よね……ヒックっ…ヒック…。
……こんな…ヒックっ。
…素敵な……っヒックっ、奇跡って………」
笑顔で泣きじゃくる母にどうしていいか分からない二人。と三人分の重しに結構いっぱいなアベルに、神の手が。
「エル様、全体重で乗ったらアベルが潰れます」
ヴィルヘルムはティーナのウエストに手をかけグイッと引きあげる。
視界が明るくなり、レイナルドとラシェルの瞳は自然とヴィルヘルムの方に集まる。
「レオン、約束を守ってくれ感謝する。ラズラ様、私を父に選んでくれてありがとう」
ついぞ見たことはない、言葉では到底言い表せない父の美しい顔。
まるで神の降臨だと感じた瞬間、レイナルドとラシェルは同時に白昼夢を見た。
それは知っているようで知らない情景……。
色を無くした表情の白銀の騎士アレンが、二人を見つめていて。
『…ラズラ様のように優秀な娘なら大歓迎です。……では、レオンは長子で生まれてくれ。
エル様と二人きりになりたい時は、ラズラ様の相手を頼む。何食わぬ顔をし、ペンと紙を持って寝室に忍び込んできそうだからな』
その言葉を紡いだ時、感情を無くした彼の表情に少し色がついてゆく。
悲しげに微笑む白銀の騎士に、夢ではみてないはずの場面がレイナルドとラシェルの頭いっぱいに広がった。
『そんな未来を……望み…たい』
その儚く美しい白銀の騎士アレンの顔が、父であるヴィルヘルムに重なった瞬間の映像は、レイナルドもラシェルもしばらく頭から離れなかった。
彼が望んだ来世は、まぎれもなく〝今〟存在していた。
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