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17、ティーナの秘密
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ローズの香りが辺りを包む。それと同時にパメラの大人可愛い声が扉の向こうから耳に届く。
コンコン。
「失礼いたします、入りますね」
ゲストルームがローズの香りで満ちる。入室してきたパメラは不思議に思うほど満面の笑みである。
ヴィルヘルムもラメールも、さっきの一件で確実にヴィルヘルムに対するイメージは底に落ち、ティーナとの付き合いは大反対される未来を想像していてからこそ、パメラの態度には肩透かしだった。
しかし笑顔で引導を言い渡すのは政治の世界でも当たり前で、気を抜けるような気分ではない。
ラメールもこれ以上、ヴィルヘルムを悪く思われたくない為、最低限のこと以外は話さない。と心に決め、黙々と目の前のクッキーやらパイやらを食べることに専念する。
顔が映るくらい磨かれたシルバーのワゴンには、ティーナ手作りのクッキーやパイをのせていた皿と同じ柄のティーセットが綺麗に並べられ運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ティーナお手製のクッキーとパイはいかがですか? 食べれましたか?」
話しながらも手際よくヴィルヘルムとラメールの前に、透き通るほどなめからな陶器の中に、ローズの香り色づく紅茶をそそぎ置いていく。
それを静かに見ながらヴィルヘルムは思う。
家族の反対は出来るだけ少ないに越したことはない。賛成されるとは思わないが、ヴィルヘルムの想いは遊びではなく真剣な気持ちだと分かってもらいたい。
ティーナが新聞で読んだと言われていた内容……ホルメン国のリリン王女とヴィルヘルムが婚約していると。
リリン王女がエルティーナの生まれ変わりという根も葉もない噂を流し、エルティーナだった頃の記憶があるように言い放ち、王家に許可をとらず婚約したとの新聞を出し、近隣諸国に配っていると。
報告を受けた時は呆れて肯定も否定もしなかったが、もっと早い段階で手を打つべきだった。
……まさか生まれ変わって……再びエルティーナに出会えるとは想像していなかったから、あのふざけた話がそのままだった。
リリン王女との婚約はデタラメだと、絶対に潔白だとエル様の両親には間違えなく伝えたい。
(……あの女、性格や話し方考え方がカターナ王女に似すぎていて、目に入るだけで殺したくなる。
天使のように美しいのは私だけでいいというくだらない理由で、エル様を辱めて殺すように仕向けた女……そんな女と瓜二つのやつに私が恋をするとでも? 馬鹿馬鹿しいっ。あの女には、最早怒りしか湧いてこない)
三百年前のバスメール王家が、エルティーナにした酷い仕打ちを思い出しただけで、ヴィルヘルムの心には黒い気持ちが湧き上がる。
(家族よりも…命よりも…何よりも大切な、私のたった一つの宝を無惨な姿にかえられた。
誰にも触れさせず大切に護ってきたエル様を、あのような形で奪われて。私が許すとでも??
ふざけるなっ!! もしあの時代の王家の人間が生まれ変わり、またエル様の邪魔をするなら、何度でも殺す。
あの絶望感はもうたくさんだ、次はない。次はもう…私の心は……壊れ…るだろう……)
黙ったまま微動だにしないヴィルヘルムの空気が変わるのを至近距離で感じ、ラメールは寒気がしていた。
(ど、どうしたんですか?? ヴィルヘルム様?? 顔の表情が、雰囲気がかなり恐いんですが……思い出し怒りですか!?!?
アレン様のお姿でその雰囲気、やめてください!? 心臓が凍りますっ痛いですっ!?)
ラメールは、喋らないように唇に力を入れる。でないと思わず言わないでいい事を話しそうだからだ。
「どうされましたか??」
騎士ではないパメラにはヴィルヘルムの醸し出す空気があまり分からない。だからこそ、不思議に思い一度手を止め話しかけた。
パメラの声で、ヴィルヘルムは現実に引き戻される。見た目がアレンだからか、気持ちが自然にアレン側に引きずりこまれる。
(くそっ…しっかりしろ!)
はやる気持ちを抑え、ヴィルヘルムはきっちりパメラに話そうと決心し、提案を持ちかける。
「ティーナ様の手作りクッキーもパイも美味しいです。チョコレート主体なのが多くて懐かしい。チョコレートはミダの店のを使われておりますね……飽きがこない味なので、つい食べ過ぎてしまいます」
「まぁ!! チョコレートの味がお分かりになるのですか? ヴィルヘルム王子様自身は、あまりお好きなようには思えませんので意外ですわ」
「……私の…大切な人がチョコレートを好きで…よく食べていらっしゃったので。私もその時に少し……」
思わず口に出た言葉にのって、遥か昔を思い出す。
軽い会話の中でも、エルティーナの美味しそうにチョコレートを食べる姿が鮮明に脳を支配し、胸が熱くなる。
「……パメラ殿。貴女と話がしたい。
今更か、と思われるのは重々承知です。でも聞いて頂きたい。私は本当に軽い気持ちでティーナ様の側にいる訳ではなく、真剣に思っての事です。
反対されるにしても私の気持ちを全て知った上で反対して頂きたい。反対されても、ティーナ様から拒絶されない限りは諦めないですが…」
ヴィルヘルムのすがるような話し方に唖然とするパメラ。
しばらく固まった後、パメラ自身も決心した様子を見せ「かしこまりました。同じテーブルについてもかまいませんか?」ときっちりヴィルヘルムと視線を合わせ言葉をはなつ。
「勿論です。私の身分は王子ですが、兄も姉もおりますので王家を継ぐわけではないですし、私自身は今も昔も騎士。
騎士の誇りがあるわけではないですが、騎士でありたいと思っております」
ヴィルヘルムの嘘偽りない心内は、ラメールにそしてパメラにも伝わる。
ヴィルヘルムの宣言をうっとりしながら聞いていたパメラは、ヴィルヘルムの向かいに腰を下ろす。
「騎士であろうと思われるのは、ティーナが……エルティーナ様が騎士をお好きだったからですか?」
「いいえ。エルティーナ様が騎士をお好きだからではなく、彼女の側にいれる唯一の方法が騎士だったのです」
「そうですか…。お伺いしてもよろしいでしょうか? あっ勿論、答えたくなければ言われなくても構いませんわ」
「……なんでしょうか?」
「あの『白銀の騎士と王女』の物語の騎士様はヴィルヘルム王子様で、王女様はうちのティーナで間違いないのですか?
貴方はホルメン国の王女様と婚約されているのでは? そしてその王女様が『白銀の騎士と王女』の王女様の生まれ変わりと伺いましたが?」
パメラの発言に胸が締め上げられる。咄嗟に出たヴィルヘルムの声には苦しさが滲み出ていた。
「その話は真実ではないですっ!!
白銀の騎士は私で、王女の生まれ変わりはティーナ様で間違いございません!!
ホルメン国の王女との婚約云々も、王家の人間全てが知らない根も葉も無い話。王女は前世の記憶があるように話していますが、それも全てがデタラメ。
そもそも私の前世の名はバーナムではなく、アレン・メルタージュ。それが私の前世の名。私が命をかけて愛した人はスピカではなく、エル様…エルティーナ・ボルタージュ王女です。
記憶があるなら、名を分からないはずがない。恋人ではない私達が唯一誰の目も気にせず口にできた〝言葉〟が名前だった。
今のティーナ様には、エルティーナ様の記憶がございます。なので間違いなくティーナ様が…エルティーナ王女です。
……私と会った所為で記憶を呼び起こしてしまったと思います」
記憶が戻ったのは、会ったんじゃなくて、押し倒したからでしょう!?
ヴィルヘルム様…微妙に違いますよ!! ラメールは心の中で突っ込む。
「ティーナにいつから前世の記憶が戻っていたのか、知りませんでしたわ。驚きです。
それで?? あの『白銀の騎士と王女』話の内容も事実ですか? それとも意図として作られたのですか?」
パメラの少し責めるような、でも優しい声は柔らかくヴィルヘルムの心臓をえぐる。一度、瞳を閉じて息を吐き。ヴィルヘルムは真実を話す。
隠さず話す事が、未来…ティーナと一緒になれる道だと己に言い聞かせた。
「……話の内容は、あの話から全てラブシーンを抜けば、大筋はあってます。
ただ婚約から後の内容は作り話です。エルティーナ様を愛していたのは事実ですが……男女の関係になった事は一度もない。
アレンであった頃、私の身体は病に侵されていました。先天性の心臓病を患っていましたので、主治医にうつらないと言われていても他に類がない為、絶対ではない。
だからこそエルティーナ様に触れなかった。そういう意味ではかなり清い関係でした。文字通り本当にただ側にいただけです。
…他では色々汚いこともした。このアレンの姿は、情報収集には利用できる見目でしたから。病気がうつろうが、それで生きようが死のうが、興味の無い相手にはこの身体は大いに役立ちました……。女にも、男にも、」
ラメールさえも知り得ない際どい内容が、ばんばん出てくる。
ヴィルヘルム様、俺、聞いてもいいんですか!?とラメールは、内心で突っ込むが、ラメールの心は二人には分からないので話は進んでいく。
「そんな愛し方をして、楽しかったのですか??」
パメラのヒヤッとする感想は、ラメールを硬直させる。
(パ、パメラ様。なかなかいいますね…)
「……楽しかったです。ベッドの中で、ただ死を待つだけの日々より。エルティーナ様の声を毎日聞けて、天使のように可愛いお姿を毎日拝見し、優しい声で毎日名を呼んでもらえる。
例え男として見てもらえなくとも、エル様がお好きな美術彫像のように愛でて頂けたら……と。
騎士として身体を作っても、心臓には爆弾が眠ったままでしたから、心臓が止まる瞬間までエル様の側にいれたらと、ずっと思っていました。
私とエル様は恋人ではなく、ただの王女と騎士でしたので、彼女が年頃になった頃、伯爵家と婚約を交わされました。
そして伯爵家に降嫁する直前、他国の王家に嫉妬という呆れた理由で辱めを受けられ……殺されました。享年は十九です」
「降嫁したら王女ではなくなりますし、護衛はいらないのでは?
死ぬまで、心臓が止まるまで側にいたいとヴィルヘルム王子様は言われたのに、やめられたのですか?」
当然の疑問だ。ヴィルヘルムは未来のために真実を話す。
「いいえ、一度は護衛騎士を外されました。その後、降嫁するエルティーナ様に護衛騎士としてついて行く為、当時私は宦官となりました。
手続きが面倒なのと、手術にひと月もかかったのには堪えました」
「………えっ?…えっっっ!? 宦官って、冗談ではなく!? そんな恐ろしい制度、ボルタージュの歴史にありましたか!?」
「当時のボルタージュにも、宦官の制度は撤廃されてましたが、他国にはありました。
私にとって必要なモノではなかったので、宦官になる事に関してはあまり気にしていませんでした。むしろ男でない方が護衛騎士の時より、もっと側でお支え出来るので有り難かった。
ひと月会えない日々に耐え、やっとお会いできた時は本当に嬉しかった。
また側にいれるのが幸せで、満面の笑みを浮かべ見上げてくるエルティーナ様は可愛くて堪らなかった。
真正面から抱きしめたのもその時が初めてで、柔らかい身体は最高に気持ちが良かった。
ですが、元気な姿を見れたのはその日その時が最後で、次の日には変わり果てた姿でした」
パメラが思う以上に壮絶な内容だった。
「そう…です…か。………あの子は、その、どこまで知っていますか?」
「私の事は何も知りません、勝手にした事ですし。本当に何も。今のエル様は当時なぜ殺されたかも知らない様子でした。
ティーナ様として生まれ変わっているので、そこは知らなくてもいいかと思い、話してはおりません。
それに……………
………私は………
エル様を陵辱した男達、それを指示したバスメールの王女、王女の行動を黙認しボルタージュに攻め込む計画を立ていた王家の人間、エル様に関わった全ての人間の首をはね…殺しました。
そんな事をした私を彼女はきっと許さない。だからこそ、言うつもりはない。
知らないで欲しい。私の想いは物語のように美しい話ではない…狂っています。それでも、エル様が私を好きならば一緒になりたい。
拒絶されれば絶対にそれ以上踏み込んだりはしません。エル様が……ティーナ様が嫌がることは何があってもしないと命を賭けて誓えます」
パメラはヴィルヘルムの誓いを聞いて、哀しくなっていた。
それほど愛していても、まだ一歩を踏み出すのが怖いのだと……ティーナからの拒絶が怖いのだと……。
前世はどうであれ、今現在彼は大国ボルタージュの王子で、ティーナはただの一般市民。
一晩限りで終わりでも誰も文句は言わなし、きっと…幸運だったね、良かったね、羨ましいわ、で終わる。
ヴィルヘルム王子様と関係を持ちたい女は、ボルタージュ国は勿論のこと隣国からも、数えられないほどいるだろう。
そんな人なのに、ティーナの一言で彼の人生が変わるなんて……。申し訳なくなるわね…。パメラは、そう心で思う。
「ヴィルヘルム王子様。気持ちは分かりましたわ。命をかけて誓って頂かなくとも、あの部屋を見て分かるとは思いますが、ティーナは貴方が大好きです。ちょっと行き過ぎくらい。
それに、先ほどのヴィルヘルム王子様のお話を聞いて確信致しましたわ。あの子の幼い頃の意味不明な言動は、前世の記憶なんですね」
ヴィルヘルムとラメールの瞳が驚愕に見開かれる。パメラはそれを見て、してやったりと顔になり。
その後は軽く呆れ顔。
「幼いティーナは口癖のように、アレンは?? お兄様は?? と言ってましたの。あまり回らないたどたどしい口調で。
私にとってティーナが初めての子供でしたし、何故兄?? 教えたわけではないのに呼び方もお兄様?? 馬鹿丁寧で若干引いてましたわ。
それに輪をかけて、何をするにもアレンは? お兄様は? アレンは? お兄様は? っと…。一体誰だそれは!!!???と疑問いっぱいでしたの。
成長するにしたがって、言わなくなって。今はお兄様は? アレンは? って言った幼い自分の事は忘れているみたいです。
でもまさか、うちの子が王女様だったなんて。いつも口に出していたお兄様は賢王レオン陛下で、アレン様がまさか白銀の騎士様だったなんて、不思議な縁ですわね」
ふふふっ。と可愛らしいのにどこか妖艶な雰囲気をまとうパメラに対して、ヴィルヘルムは渋い顔を見せ、ラメールは笑いを堪えるのに必死。
「エル様にとって、私とレオンが同じではいささか分が悪い。やはり私の事も兄だと思っていらっしゃるのか……」
「ヴィルヘルム王子様、レオン陛下はあくまで兄です。貴方は違いますよ。ちゃんと異性として見てますわ」
微笑んだ後、パメラは椅子を少し引きその場で頭を下げた。
「どうぞ、末長くよろしくお願い致します。あの子を愛して下さってありがとうございます。
生まれ変わっても愛して下さるその想いは、とても素敵かと思います。
本当にあの子には呆れますわ……アレン様のお姿を拝見し、ヴィルヘルム王子様の絵姿を見て、思いますの。ティーナはなんて面食いなんでしょうね。あの子の面食いは筋金入りだと新たに引きましたわ」
パメラは苦笑いしながら、微笑む。優しいパメラの笑顔にティーナが重なり心が温かくなる。
「………反対されないのですか?」
恐々といった様子のヴィルヘルムに、奇跡の王子と言われ崇めたてられていても可愛く思ってしまう。
前世であった事には驚愕したが、嫌悪感は抱かない。むしろ、想うだけで行動に移せないヴィルヘルムを不憫に思ってしまう。
「反対なんて、する訳ありませんわ。だって両思いですよ?
これでティーナを嫁に欲しいと言ってくる貴族男性の方々に、うちの子は売約済みです。と断れますので安心しましたわ」
「えっ!?」
「えっ!?」
まだ十六になったところのティーナが、もう結婚を申し込まれている事実にヴィルヘルムとラメールは唖然とし言葉を失った。
***
「……うぅ……ん……うぅん………うん……!?」
ガバッ!!!
ティーナはいつもの自分の部屋で、いつもの自分のベッドの上で、大好きなヴィルヘルムの絵姿に囲まれて目覚めた。
「ふぇっ?? 私の部屋……ってことは……さっきの会話は全て現実……って(いやぁぁぁぁ!!!!)」
布団から出たのにまた布団にもぐり、声には出さず絶叫する。
いや、いや、いやぁぁぁぁ、触りたいとか抱いて欲しいとかアレンに言った!? 言ったわ!?
変態みたいに、わざわざエルティーナの時から、エッチな事ばっかり考えてたって暴露た。もう顔見れない。アレンの姿もう見れない!!
うぅぅぅ、嬉しくて思わず思わず。
私の馬鹿ぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!
自分を叱咤しても、いつまでも布団にもぐっている訳にはいかない。ミダを抜け出してきているのだ、仕事を放り出すなんて最低の行い。
ティーナは恥ずかしいのを堪えて、布団から出て、靴をはきドキドキしながら部屋を出る。
うぅぅぅ、ぶっ倒れた私を放置したまま、究極に優しいアレンが帰るとは思えない。絶対まだウチにいるわ……私の気持ち悪い変態発言を聞いて嫌になっても、絶対にいる………。
うぅぅぅ…だって気持ちが高ぶったのよ。ヴィルヘルム様姿は普通に大好きって言えるけど。アレン姿は違うのよ!!
アレンは、絶対に好きになっちゃ駄目な人だったから!! あんな風に抱きしめられたら、戻っちゃうわ。
互いの体温や心音が分かるくらい強く抱きしめられたのは初めてよ?? 初めてなのよ??
すんっ、すんっ、恥ずかしい…。
自宅にいるのに、まるで不法侵入者のように足音をさせず階段を下りるティーナ。
アレンが待っているなら、ゲストルームに間違いないと推理し、反対側のリビングに足を向け一先ず落ち着くことにした。
リビングルームには誰もいなく、安心する。
「ふぅ~」と息を吐いた瞬間、リビングルームの扉が開く。ビクッとなったティーナはそのまま硬直する。
「あらっティーナ、起きたのね。ヴィルヘルム王子様とラメール様が待ってるわよ、それにミダを抜けてきたんでしょ。
早く戻りなさいな。ケイちゃんには貴女が少し遅れるって伝えてもらってるから、お礼いっときなさい」
「お、お母さん! 私、先行くから!! アレンじゃなくて、ヴィルヘルム様に伝えておいて!! うん。そう!! では行ってきます!!」
ティーナは誤魔化しながら、引きつる笑顔を見せ部屋を出ようとした。
「待ちなさい! 何馬鹿なことを、一緒に戻りなさい! だいたいそんな姿で往来を一人で歩くなんて心配だわ。ヴィルヘルム様とラメール様はゲストルームにいらっしゃるわ。ほら、行くわよ」
ティーナの腕を掴み連れて行こうとするパメラに、足が無意識に反抗する。
「ぅん?? 何してるの、ティーナ?」
「だから、会いたくないって!! 先に行くの!! 離して、お母さん!!」
「馬鹿言わないで、ほら行くわよ」
ティーナの懇願を丸無視して腕を引っ張り連れて行く。母パメラはその美しい見目から傾国とあだ名があったが、実は怪力でも有名だった。
「ひぃーお母さん、痛い! 痛いから!!」
半ば引きずられるように、ゲストルームに連れて行かれたティーナは大パニックだ。
ヴィルヘルムの意思を想いを無視しての、あんな一方的に誘うような口ぶりはあり得なかった。
(いやよ、いやよ、会いたくない!! )
だって、アレンは結婚するまではセックスしないって言ったのに。待ても出来ない。
なんて頭の軽い女なんだって思ったわ! きっと私を好きな気持ちが半分減ったわ、ううんっ、半分以上減った!!
(やだぁ~嫌われたくないのにぃ)
じわぁ~とエルティーナ姿になったティーナの、ブラウンの瞳が涙の膜を張っていく。
欲しいものは手に入れる。諦めるなら先ず行動。とふんわり可愛らしい見目からは想像も出来ないような、結構男前な性格のティーナの母パメラ。
ヴィルヘルムの気持ちを想いをしっかり聞いたパメラには、両思いなんだからちゃっちゃとやる事やったらいいと思っており、ティーナの乙女で繊細な気持ちには全く気づけないでいた。
コンコン。
「入ります」
パメラは軽くノックをし、入室する。逃げ腰のティーナを掴みながら。
「大変お待たせ致しました。ティーナが起きてまいりましたわ、うん? ティーナ??」
パメラの背中に隠れて床を見続けるティーナ。恥ずかしすぎて、思い通りにいかない自分が情けなくて、思わずヴィルヘルムに当たってしまう。
「……ミダに行く。アレ…ヴィルヘルム様と一緒だったら目立つから、一人で行くわ。
この見た目でヴィルヘルム様と一緒に歩くと余計目立つしっ!! 元に戻るまで、会わない方がいいですよね、別に会う理由もないし、そうよ!! だから、しばらくほっといて!!」
恥ずかしさを隠すための台詞だったが、拒否は拒否だ。入室してから一度も目が合わないティーナを見て、ヴィルヘルムの心臓が凍る。
何が悪かったのか、何故拒否されるのか、色々思い当たる節がありすぎてヴィルヘルムはティーナにどう答えたらいいか、胸が張り裂けそうであった。
そんな空気を破ったのはパメラだ。
自分の背後で俯いて無意識の暴言をヴィルヘルムに吐いているティーナに向かい合う。
「ティーナ、歯を食いしばりなさい」
ティーナが言われた通りにきゅっと歯を食いしばり顔を上げパメラを見た瞬間。
パーーーーーンッ!!!!!
清々しいほど良い音が耳に響き、目がチカチカする。目の焦点が戻ったと同時に右頬に痺れる痛みがやってくる。
されたことを頭が理解できたら、今度は魔王のような形相のパメラに頬を摘まれる。
驚きと痛さに涙がぶあっと溢れ、磨かれた床にぽとぽとと落ち、絨毯の色を変えていく。
「ティーナ~~~!! ふざけんのも大概になさい!! あなた何様なの!?
ヴィルヘルム王子様に向かってなんて生意気な口を聞くのっ!!!?」
静まりかえったゲストルームに、パメラの怒号が響きわたった。
コンコン。
「失礼いたします、入りますね」
ゲストルームがローズの香りで満ちる。入室してきたパメラは不思議に思うほど満面の笑みである。
ヴィルヘルムもラメールも、さっきの一件で確実にヴィルヘルムに対するイメージは底に落ち、ティーナとの付き合いは大反対される未来を想像していてからこそ、パメラの態度には肩透かしだった。
しかし笑顔で引導を言い渡すのは政治の世界でも当たり前で、気を抜けるような気分ではない。
ラメールもこれ以上、ヴィルヘルムを悪く思われたくない為、最低限のこと以外は話さない。と心に決め、黙々と目の前のクッキーやらパイやらを食べることに専念する。
顔が映るくらい磨かれたシルバーのワゴンには、ティーナ手作りのクッキーやパイをのせていた皿と同じ柄のティーセットが綺麗に並べられ運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ティーナお手製のクッキーとパイはいかがですか? 食べれましたか?」
話しながらも手際よくヴィルヘルムとラメールの前に、透き通るほどなめからな陶器の中に、ローズの香り色づく紅茶をそそぎ置いていく。
それを静かに見ながらヴィルヘルムは思う。
家族の反対は出来るだけ少ないに越したことはない。賛成されるとは思わないが、ヴィルヘルムの想いは遊びではなく真剣な気持ちだと分かってもらいたい。
ティーナが新聞で読んだと言われていた内容……ホルメン国のリリン王女とヴィルヘルムが婚約していると。
リリン王女がエルティーナの生まれ変わりという根も葉もない噂を流し、エルティーナだった頃の記憶があるように言い放ち、王家に許可をとらず婚約したとの新聞を出し、近隣諸国に配っていると。
報告を受けた時は呆れて肯定も否定もしなかったが、もっと早い段階で手を打つべきだった。
……まさか生まれ変わって……再びエルティーナに出会えるとは想像していなかったから、あのふざけた話がそのままだった。
リリン王女との婚約はデタラメだと、絶対に潔白だとエル様の両親には間違えなく伝えたい。
(……あの女、性格や話し方考え方がカターナ王女に似すぎていて、目に入るだけで殺したくなる。
天使のように美しいのは私だけでいいというくだらない理由で、エル様を辱めて殺すように仕向けた女……そんな女と瓜二つのやつに私が恋をするとでも? 馬鹿馬鹿しいっ。あの女には、最早怒りしか湧いてこない)
三百年前のバスメール王家が、エルティーナにした酷い仕打ちを思い出しただけで、ヴィルヘルムの心には黒い気持ちが湧き上がる。
(家族よりも…命よりも…何よりも大切な、私のたった一つの宝を無惨な姿にかえられた。
誰にも触れさせず大切に護ってきたエル様を、あのような形で奪われて。私が許すとでも??
ふざけるなっ!! もしあの時代の王家の人間が生まれ変わり、またエル様の邪魔をするなら、何度でも殺す。
あの絶望感はもうたくさんだ、次はない。次はもう…私の心は……壊れ…るだろう……)
黙ったまま微動だにしないヴィルヘルムの空気が変わるのを至近距離で感じ、ラメールは寒気がしていた。
(ど、どうしたんですか?? ヴィルヘルム様?? 顔の表情が、雰囲気がかなり恐いんですが……思い出し怒りですか!?!?
アレン様のお姿でその雰囲気、やめてください!? 心臓が凍りますっ痛いですっ!?)
ラメールは、喋らないように唇に力を入れる。でないと思わず言わないでいい事を話しそうだからだ。
「どうされましたか??」
騎士ではないパメラにはヴィルヘルムの醸し出す空気があまり分からない。だからこそ、不思議に思い一度手を止め話しかけた。
パメラの声で、ヴィルヘルムは現実に引き戻される。見た目がアレンだからか、気持ちが自然にアレン側に引きずりこまれる。
(くそっ…しっかりしろ!)
はやる気持ちを抑え、ヴィルヘルムはきっちりパメラに話そうと決心し、提案を持ちかける。
「ティーナ様の手作りクッキーもパイも美味しいです。チョコレート主体なのが多くて懐かしい。チョコレートはミダの店のを使われておりますね……飽きがこない味なので、つい食べ過ぎてしまいます」
「まぁ!! チョコレートの味がお分かりになるのですか? ヴィルヘルム王子様自身は、あまりお好きなようには思えませんので意外ですわ」
「……私の…大切な人がチョコレートを好きで…よく食べていらっしゃったので。私もその時に少し……」
思わず口に出た言葉にのって、遥か昔を思い出す。
軽い会話の中でも、エルティーナの美味しそうにチョコレートを食べる姿が鮮明に脳を支配し、胸が熱くなる。
「……パメラ殿。貴女と話がしたい。
今更か、と思われるのは重々承知です。でも聞いて頂きたい。私は本当に軽い気持ちでティーナ様の側にいる訳ではなく、真剣に思っての事です。
反対されるにしても私の気持ちを全て知った上で反対して頂きたい。反対されても、ティーナ様から拒絶されない限りは諦めないですが…」
ヴィルヘルムのすがるような話し方に唖然とするパメラ。
しばらく固まった後、パメラ自身も決心した様子を見せ「かしこまりました。同じテーブルについてもかまいませんか?」ときっちりヴィルヘルムと視線を合わせ言葉をはなつ。
「勿論です。私の身分は王子ですが、兄も姉もおりますので王家を継ぐわけではないですし、私自身は今も昔も騎士。
騎士の誇りがあるわけではないですが、騎士でありたいと思っております」
ヴィルヘルムの嘘偽りない心内は、ラメールにそしてパメラにも伝わる。
ヴィルヘルムの宣言をうっとりしながら聞いていたパメラは、ヴィルヘルムの向かいに腰を下ろす。
「騎士であろうと思われるのは、ティーナが……エルティーナ様が騎士をお好きだったからですか?」
「いいえ。エルティーナ様が騎士をお好きだからではなく、彼女の側にいれる唯一の方法が騎士だったのです」
「そうですか…。お伺いしてもよろしいでしょうか? あっ勿論、答えたくなければ言われなくても構いませんわ」
「……なんでしょうか?」
「あの『白銀の騎士と王女』の物語の騎士様はヴィルヘルム王子様で、王女様はうちのティーナで間違いないのですか?
貴方はホルメン国の王女様と婚約されているのでは? そしてその王女様が『白銀の騎士と王女』の王女様の生まれ変わりと伺いましたが?」
パメラの発言に胸が締め上げられる。咄嗟に出たヴィルヘルムの声には苦しさが滲み出ていた。
「その話は真実ではないですっ!!
白銀の騎士は私で、王女の生まれ変わりはティーナ様で間違いございません!!
ホルメン国の王女との婚約云々も、王家の人間全てが知らない根も葉も無い話。王女は前世の記憶があるように話していますが、それも全てがデタラメ。
そもそも私の前世の名はバーナムではなく、アレン・メルタージュ。それが私の前世の名。私が命をかけて愛した人はスピカではなく、エル様…エルティーナ・ボルタージュ王女です。
記憶があるなら、名を分からないはずがない。恋人ではない私達が唯一誰の目も気にせず口にできた〝言葉〟が名前だった。
今のティーナ様には、エルティーナ様の記憶がございます。なので間違いなくティーナ様が…エルティーナ王女です。
……私と会った所為で記憶を呼び起こしてしまったと思います」
記憶が戻ったのは、会ったんじゃなくて、押し倒したからでしょう!?
ヴィルヘルム様…微妙に違いますよ!! ラメールは心の中で突っ込む。
「ティーナにいつから前世の記憶が戻っていたのか、知りませんでしたわ。驚きです。
それで?? あの『白銀の騎士と王女』話の内容も事実ですか? それとも意図として作られたのですか?」
パメラの少し責めるような、でも優しい声は柔らかくヴィルヘルムの心臓をえぐる。一度、瞳を閉じて息を吐き。ヴィルヘルムは真実を話す。
隠さず話す事が、未来…ティーナと一緒になれる道だと己に言い聞かせた。
「……話の内容は、あの話から全てラブシーンを抜けば、大筋はあってます。
ただ婚約から後の内容は作り話です。エルティーナ様を愛していたのは事実ですが……男女の関係になった事は一度もない。
アレンであった頃、私の身体は病に侵されていました。先天性の心臓病を患っていましたので、主治医にうつらないと言われていても他に類がない為、絶対ではない。
だからこそエルティーナ様に触れなかった。そういう意味ではかなり清い関係でした。文字通り本当にただ側にいただけです。
…他では色々汚いこともした。このアレンの姿は、情報収集には利用できる見目でしたから。病気がうつろうが、それで生きようが死のうが、興味の無い相手にはこの身体は大いに役立ちました……。女にも、男にも、」
ラメールさえも知り得ない際どい内容が、ばんばん出てくる。
ヴィルヘルム様、俺、聞いてもいいんですか!?とラメールは、内心で突っ込むが、ラメールの心は二人には分からないので話は進んでいく。
「そんな愛し方をして、楽しかったのですか??」
パメラのヒヤッとする感想は、ラメールを硬直させる。
(パ、パメラ様。なかなかいいますね…)
「……楽しかったです。ベッドの中で、ただ死を待つだけの日々より。エルティーナ様の声を毎日聞けて、天使のように可愛いお姿を毎日拝見し、優しい声で毎日名を呼んでもらえる。
例え男として見てもらえなくとも、エル様がお好きな美術彫像のように愛でて頂けたら……と。
騎士として身体を作っても、心臓には爆弾が眠ったままでしたから、心臓が止まる瞬間までエル様の側にいれたらと、ずっと思っていました。
私とエル様は恋人ではなく、ただの王女と騎士でしたので、彼女が年頃になった頃、伯爵家と婚約を交わされました。
そして伯爵家に降嫁する直前、他国の王家に嫉妬という呆れた理由で辱めを受けられ……殺されました。享年は十九です」
「降嫁したら王女ではなくなりますし、護衛はいらないのでは?
死ぬまで、心臓が止まるまで側にいたいとヴィルヘルム王子様は言われたのに、やめられたのですか?」
当然の疑問だ。ヴィルヘルムは未来のために真実を話す。
「いいえ、一度は護衛騎士を外されました。その後、降嫁するエルティーナ様に護衛騎士としてついて行く為、当時私は宦官となりました。
手続きが面倒なのと、手術にひと月もかかったのには堪えました」
「………えっ?…えっっっ!? 宦官って、冗談ではなく!? そんな恐ろしい制度、ボルタージュの歴史にありましたか!?」
「当時のボルタージュにも、宦官の制度は撤廃されてましたが、他国にはありました。
私にとって必要なモノではなかったので、宦官になる事に関してはあまり気にしていませんでした。むしろ男でない方が護衛騎士の時より、もっと側でお支え出来るので有り難かった。
ひと月会えない日々に耐え、やっとお会いできた時は本当に嬉しかった。
また側にいれるのが幸せで、満面の笑みを浮かべ見上げてくるエルティーナ様は可愛くて堪らなかった。
真正面から抱きしめたのもその時が初めてで、柔らかい身体は最高に気持ちが良かった。
ですが、元気な姿を見れたのはその日その時が最後で、次の日には変わり果てた姿でした」
パメラが思う以上に壮絶な内容だった。
「そう…です…か。………あの子は、その、どこまで知っていますか?」
「私の事は何も知りません、勝手にした事ですし。本当に何も。今のエル様は当時なぜ殺されたかも知らない様子でした。
ティーナ様として生まれ変わっているので、そこは知らなくてもいいかと思い、話してはおりません。
それに……………
………私は………
エル様を陵辱した男達、それを指示したバスメールの王女、王女の行動を黙認しボルタージュに攻め込む計画を立ていた王家の人間、エル様に関わった全ての人間の首をはね…殺しました。
そんな事をした私を彼女はきっと許さない。だからこそ、言うつもりはない。
知らないで欲しい。私の想いは物語のように美しい話ではない…狂っています。それでも、エル様が私を好きならば一緒になりたい。
拒絶されれば絶対にそれ以上踏み込んだりはしません。エル様が……ティーナ様が嫌がることは何があってもしないと命を賭けて誓えます」
パメラはヴィルヘルムの誓いを聞いて、哀しくなっていた。
それほど愛していても、まだ一歩を踏み出すのが怖いのだと……ティーナからの拒絶が怖いのだと……。
前世はどうであれ、今現在彼は大国ボルタージュの王子で、ティーナはただの一般市民。
一晩限りで終わりでも誰も文句は言わなし、きっと…幸運だったね、良かったね、羨ましいわ、で終わる。
ヴィルヘルム王子様と関係を持ちたい女は、ボルタージュ国は勿論のこと隣国からも、数えられないほどいるだろう。
そんな人なのに、ティーナの一言で彼の人生が変わるなんて……。申し訳なくなるわね…。パメラは、そう心で思う。
「ヴィルヘルム王子様。気持ちは分かりましたわ。命をかけて誓って頂かなくとも、あの部屋を見て分かるとは思いますが、ティーナは貴方が大好きです。ちょっと行き過ぎくらい。
それに、先ほどのヴィルヘルム王子様のお話を聞いて確信致しましたわ。あの子の幼い頃の意味不明な言動は、前世の記憶なんですね」
ヴィルヘルムとラメールの瞳が驚愕に見開かれる。パメラはそれを見て、してやったりと顔になり。
その後は軽く呆れ顔。
「幼いティーナは口癖のように、アレンは?? お兄様は?? と言ってましたの。あまり回らないたどたどしい口調で。
私にとってティーナが初めての子供でしたし、何故兄?? 教えたわけではないのに呼び方もお兄様?? 馬鹿丁寧で若干引いてましたわ。
それに輪をかけて、何をするにもアレンは? お兄様は? アレンは? お兄様は? っと…。一体誰だそれは!!!???と疑問いっぱいでしたの。
成長するにしたがって、言わなくなって。今はお兄様は? アレンは? って言った幼い自分の事は忘れているみたいです。
でもまさか、うちの子が王女様だったなんて。いつも口に出していたお兄様は賢王レオン陛下で、アレン様がまさか白銀の騎士様だったなんて、不思議な縁ですわね」
ふふふっ。と可愛らしいのにどこか妖艶な雰囲気をまとうパメラに対して、ヴィルヘルムは渋い顔を見せ、ラメールは笑いを堪えるのに必死。
「エル様にとって、私とレオンが同じではいささか分が悪い。やはり私の事も兄だと思っていらっしゃるのか……」
「ヴィルヘルム王子様、レオン陛下はあくまで兄です。貴方は違いますよ。ちゃんと異性として見てますわ」
微笑んだ後、パメラは椅子を少し引きその場で頭を下げた。
「どうぞ、末長くよろしくお願い致します。あの子を愛して下さってありがとうございます。
生まれ変わっても愛して下さるその想いは、とても素敵かと思います。
本当にあの子には呆れますわ……アレン様のお姿を拝見し、ヴィルヘルム王子様の絵姿を見て、思いますの。ティーナはなんて面食いなんでしょうね。あの子の面食いは筋金入りだと新たに引きましたわ」
パメラは苦笑いしながら、微笑む。優しいパメラの笑顔にティーナが重なり心が温かくなる。
「………反対されないのですか?」
恐々といった様子のヴィルヘルムに、奇跡の王子と言われ崇めたてられていても可愛く思ってしまう。
前世であった事には驚愕したが、嫌悪感は抱かない。むしろ、想うだけで行動に移せないヴィルヘルムを不憫に思ってしまう。
「反対なんて、する訳ありませんわ。だって両思いですよ?
これでティーナを嫁に欲しいと言ってくる貴族男性の方々に、うちの子は売約済みです。と断れますので安心しましたわ」
「えっ!?」
「えっ!?」
まだ十六になったところのティーナが、もう結婚を申し込まれている事実にヴィルヘルムとラメールは唖然とし言葉を失った。
***
「……うぅ……ん……うぅん………うん……!?」
ガバッ!!!
ティーナはいつもの自分の部屋で、いつもの自分のベッドの上で、大好きなヴィルヘルムの絵姿に囲まれて目覚めた。
「ふぇっ?? 私の部屋……ってことは……さっきの会話は全て現実……って(いやぁぁぁぁ!!!!)」
布団から出たのにまた布団にもぐり、声には出さず絶叫する。
いや、いや、いやぁぁぁぁ、触りたいとか抱いて欲しいとかアレンに言った!? 言ったわ!?
変態みたいに、わざわざエルティーナの時から、エッチな事ばっかり考えてたって暴露た。もう顔見れない。アレンの姿もう見れない!!
うぅぅぅ、嬉しくて思わず思わず。
私の馬鹿ぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!
自分を叱咤しても、いつまでも布団にもぐっている訳にはいかない。ミダを抜け出してきているのだ、仕事を放り出すなんて最低の行い。
ティーナは恥ずかしいのを堪えて、布団から出て、靴をはきドキドキしながら部屋を出る。
うぅぅぅ、ぶっ倒れた私を放置したまま、究極に優しいアレンが帰るとは思えない。絶対まだウチにいるわ……私の気持ち悪い変態発言を聞いて嫌になっても、絶対にいる………。
うぅぅぅ…だって気持ちが高ぶったのよ。ヴィルヘルム様姿は普通に大好きって言えるけど。アレン姿は違うのよ!!
アレンは、絶対に好きになっちゃ駄目な人だったから!! あんな風に抱きしめられたら、戻っちゃうわ。
互いの体温や心音が分かるくらい強く抱きしめられたのは初めてよ?? 初めてなのよ??
すんっ、すんっ、恥ずかしい…。
自宅にいるのに、まるで不法侵入者のように足音をさせず階段を下りるティーナ。
アレンが待っているなら、ゲストルームに間違いないと推理し、反対側のリビングに足を向け一先ず落ち着くことにした。
リビングルームには誰もいなく、安心する。
「ふぅ~」と息を吐いた瞬間、リビングルームの扉が開く。ビクッとなったティーナはそのまま硬直する。
「あらっティーナ、起きたのね。ヴィルヘルム王子様とラメール様が待ってるわよ、それにミダを抜けてきたんでしょ。
早く戻りなさいな。ケイちゃんには貴女が少し遅れるって伝えてもらってるから、お礼いっときなさい」
「お、お母さん! 私、先行くから!! アレンじゃなくて、ヴィルヘルム様に伝えておいて!! うん。そう!! では行ってきます!!」
ティーナは誤魔化しながら、引きつる笑顔を見せ部屋を出ようとした。
「待ちなさい! 何馬鹿なことを、一緒に戻りなさい! だいたいそんな姿で往来を一人で歩くなんて心配だわ。ヴィルヘルム様とラメール様はゲストルームにいらっしゃるわ。ほら、行くわよ」
ティーナの腕を掴み連れて行こうとするパメラに、足が無意識に反抗する。
「ぅん?? 何してるの、ティーナ?」
「だから、会いたくないって!! 先に行くの!! 離して、お母さん!!」
「馬鹿言わないで、ほら行くわよ」
ティーナの懇願を丸無視して腕を引っ張り連れて行く。母パメラはその美しい見目から傾国とあだ名があったが、実は怪力でも有名だった。
「ひぃーお母さん、痛い! 痛いから!!」
半ば引きずられるように、ゲストルームに連れて行かれたティーナは大パニックだ。
ヴィルヘルムの意思を想いを無視しての、あんな一方的に誘うような口ぶりはあり得なかった。
(いやよ、いやよ、会いたくない!! )
だって、アレンは結婚するまではセックスしないって言ったのに。待ても出来ない。
なんて頭の軽い女なんだって思ったわ! きっと私を好きな気持ちが半分減ったわ、ううんっ、半分以上減った!!
(やだぁ~嫌われたくないのにぃ)
じわぁ~とエルティーナ姿になったティーナの、ブラウンの瞳が涙の膜を張っていく。
欲しいものは手に入れる。諦めるなら先ず行動。とふんわり可愛らしい見目からは想像も出来ないような、結構男前な性格のティーナの母パメラ。
ヴィルヘルムの気持ちを想いをしっかり聞いたパメラには、両思いなんだからちゃっちゃとやる事やったらいいと思っており、ティーナの乙女で繊細な気持ちには全く気づけないでいた。
コンコン。
「入ります」
パメラは軽くノックをし、入室する。逃げ腰のティーナを掴みながら。
「大変お待たせ致しました。ティーナが起きてまいりましたわ、うん? ティーナ??」
パメラの背中に隠れて床を見続けるティーナ。恥ずかしすぎて、思い通りにいかない自分が情けなくて、思わずヴィルヘルムに当たってしまう。
「……ミダに行く。アレ…ヴィルヘルム様と一緒だったら目立つから、一人で行くわ。
この見た目でヴィルヘルム様と一緒に歩くと余計目立つしっ!! 元に戻るまで、会わない方がいいですよね、別に会う理由もないし、そうよ!! だから、しばらくほっといて!!」
恥ずかしさを隠すための台詞だったが、拒否は拒否だ。入室してから一度も目が合わないティーナを見て、ヴィルヘルムの心臓が凍る。
何が悪かったのか、何故拒否されるのか、色々思い当たる節がありすぎてヴィルヘルムはティーナにどう答えたらいいか、胸が張り裂けそうであった。
そんな空気を破ったのはパメラだ。
自分の背後で俯いて無意識の暴言をヴィルヘルムに吐いているティーナに向かい合う。
「ティーナ、歯を食いしばりなさい」
ティーナが言われた通りにきゅっと歯を食いしばり顔を上げパメラを見た瞬間。
パーーーーーンッ!!!!!
清々しいほど良い音が耳に響き、目がチカチカする。目の焦点が戻ったと同時に右頬に痺れる痛みがやってくる。
されたことを頭が理解できたら、今度は魔王のような形相のパメラに頬を摘まれる。
驚きと痛さに涙がぶあっと溢れ、磨かれた床にぽとぽとと落ち、絨毯の色を変えていく。
「ティーナ~~~!! ふざけんのも大概になさい!! あなた何様なの!?
ヴィルヘルム王子様に向かってなんて生意気な口を聞くのっ!!!?」
静まりかえったゲストルームに、パメラの怒号が響きわたった。
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