ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

うさぎくま

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15、同じ朝 違う朝

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 どんなに辛くても、悲しくても、朝はいつも通りやってくる。

(…憂鬱…)

 今のエルティーナには、気持ちの良いはずの陽の光も、自分を責める一つに思えて悲しくなり布団に潜り込む。


「…エルティーナ様。朝でございます」ナシルの声が部屋に響く。


 返事をするべきなのは分かっていても、エルティーナは、もう返事をするのも億劫だった。
 布団の中で、息を殺す…。
 しばらくするとベッドの近くに人の気配がして、身体が強張る。

(出ないから、布団から絶対に出ないから、来ないでナシル!!)

 エルティーナが心の中で、反抗していると、布団ごしにそっと手を置かれたのが分かった…。

「エル。今日は、ゆっくりするといいわ。普通、舞踏会の次の日は、皆、太陽が真上にくるまで寝ているものなのよ。朝からシャキシャキ動いているエルが変な子なのよ」

 かばっ!!!

「お、お母様!?!?」

「あら。しっかりと起きているじゃないの」

「…お母様、白々しいですわ……」

「うふっ」

「今日は部屋からでないから。絶対に…」

「ええ。久しぶりに大好きな本を、好きなだけ読みなさいな。では、よい一日を」

 と、エルティーナのおでこにキスをして微笑みながら部屋を出て行った。

 エルティーナはキスをされたおでこを触りながら、母の颯爽とした足捌きを見て、お母様の歩き方はゴージャスだわ…とあらためて感心していた。

 昨日の今日でアレンには会いたくない。
 母からのお許しも得たのだ。今日は一日引きこもるぞ!と思った瞬間から、胸が痛みだす。
 宣言したそばから、アレンに会いたくて会いたくて、たまらなくなり…自分の理性の弱さを恥じて悲しくなった。



 ギィーーー。

 重厚な扉が侍女の手によって開けられる。エルティーナの部屋を出た王妃は、壁際に立っているアレンに目を向ける。

 アレンの一分の狂いもない完璧な姿が、なぜか意味もなく憎らしく感じる…。


「おはようございます。王妃殿下」

「ええ。おはようアレン。相変わらず憎たらしいくらい綺麗ね」

「ありがとうございます」

「嫌な子ね、褒めてないわよ」

「知っております」

「……まぁいいわ。そうそうエルは、今日一日、ベッドから降りないらしいわ。
 貴方は体が開くのだから、騎士団の方に顔を出しなさい」

「失礼ですが、如何言う事でしょうか? エルティーナ様は…? …まさか!? 何かあったのですか!?!?」

 通常使用が喜怒哀楽のない鉄仮面なアレンの珍しく焦る表情に、「こういう顔もできたのね」と新たな一面をみて勝った気がする。

「何もないわ。拗ねているのよ。いつもエルにべったりな貴方が、昨日はずっと隣国の王女の相手をしていたから。ぷりぷりってね。
 貴方も大変ね…レオンの結婚が決まった時も、手がつけられないほど、泣いて、喚いて、拗ねて、大変だったけど。
 貴方の場合は…考えただけで気が滅入るわ……。あの子も結婚すれば、変わると思うのだけど…。
 昨日いい相手がいた、と報告を受けているわ。あと少し、護衛という名のエルの御守りをお願いするわね」

 呆れたように笑いながら話す王妃に、アレンは己の心をさらに閉ざす。

 《護衛という名の御守り》アレンが望まれている形。
 王妃は十一年前の事も、アレンがエルティーナに懸想している事も知りはしない。想いがバレていたら、年頃のエルティーナからは離されているだろう。
 知らないと確信はもてるが、改めて忠告をされた気分になった。

 王妃を見送った後もその場から動けない身体に鞭を打ち、アレンは騎士団の建物へ向かう。

 エルティーナ様が…結婚。分かってはいたが、アレンには耐え難く。覚悟はとうの昔に出来ていただろうと、自らに言い聞かせるもやはり…胸は痛みキツいものはキツい。

 (病さえなかったら…もし病さえなかったならば、エル様の身も心もすべてを手に入れる事ができたかもしれない…)

 そう思ってしまう己が浅ましい。病がなければエルティーナに会えなかったかもしれない。こうして護衛騎士として側にいれなかったかもしれない。
 これ以上の幸せを望むな、と己を叱咤する。だが しかし…。

 異性として一人の男としてエルティーナに堂々と抱き合えるフリゲルン伯爵が、心底羨ましいと思う気持ちはやはり消えなかった。

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