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8、歯車
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「エルティーナ様。貴女の騎士が入ってきましたよ」
「えっ?」
「庭園に続く柱の所ですよ。ほらっ。あそこですよ」
とエルティーナの耳に、そっと口を近づけてフリゲルン伯爵は囁いた。
はたから見るとまるで恋人どうし…エルティーナには、自分たちが相手にどう見えているか、わかるはずもなかった…。
「行きましょう」と爽やかに告げるレイモンドに詰まりながらもエルティーナは返事を返す。
「えっ、はい」
レイモンドはエルティーナの背中に手を添えて、促した…。かなり強引な態度であっても不思議と嫌だとは思わなかった。
「初めまして。白銀の騎士アレン殿。私は、レイモンド・フリゲルンと申します。以後お見知りおきを…」とアレンに微笑んでみせた。
「…初めまして。フリゲルン伯爵」
なんとも、そっけない二人の会話。暖かいはずの季節なのに、エルティーナの周りは気温が下がっておりヒヤッと感じられた。
「エルティーナ様。実は、挨拶しておきたい人がいて。少し離れますね。後で必ず踊ってくださいね。では」
軽く手の甲にキスを落として、爽やかにフリゲルン伯爵はエルティーナから離れていった…。
強引だが決して嫌でないレイモンドからの馴れない触れ合いに、ポワッ赤くなるエルティーナ。
「赤くなるな。赤くなるな」と胸中でうん。うん。唸る。なかなか気持ちが平常心にならない。
レイモンドの姿が視界から消える頃、やっと恥ずかしさから浮上してきたエルティーナは本来のやるべきミッションを思い出す。
(えっと、今が、チャンスね!!!)
エルティーナは心の中でガッツポーズをした!!
そうアレンにダンスを申し込むにも、肝心の彼が何処にいるか分からなかった。青年貴族らに囲まれて、右往左往していてアレンを見つけられなかったから今のタイミングはツイていた。
やっぱり、今日はいつもと違う日だわ!!と確信をもつ。
「アレン!!」
「なんでしょうか。エルティーナ様」
「あ、あのね、
……えっと…ダンスを…私、アレンと一度、ダンスを踊ってみたいわ!!」
言った。言った 。言った。ドキドキしすぎて、胸がいたい。
言い切った達成感をかみしめて、エルティーナは晴れ晴れした笑みを浮かべアレンを見上げる。
しかし返ってきた言葉は想像と違い……。
「…エルティーナ様。私は今、警備中です。レオン殿下から、バスメール国とスチラ国の姫君には挨拶しろ。という事でしたので、広間に入ってきたのです。なのでダンスは踊りません」
「あ、あっ。そうよね。ごめんなさい…」
「いいえ……」
…遥か遠くで、アレンの声が聞こえる。
エルティーナは頭がぐらぐらし、どうやって自分が立っているのかも分からない。
…い、嫌…が…ら…れ…た…。
アレンに、願い事をして。駄目だなんて、言われた事は過去一度もなかった…まさかダンスを断わられるなんて…思いもしなかった……。
エルティーナは、アレンの顔をこれ以上見る事ができず、下を向く…。
背中を丸め、両手をウエストあたりで握りしめ前かがみに…。
レオンに『胸が見えるから、その格好で前かがみになるな』と言われていた事なんて、動揺しているエルティーナは綺麗さっぱり忘れていた。
コルセットで締め上げられ、盛り上がった胸元。その胸を持ち上げるように合わせて造られたドレスだが、生地が硬めに造られている為、前かがみになると、胸の頂きが…ほぼ全部見えるのだ…。
日頃着慣れないドレスは、エルティーナにそういう常識を忘れさせる。
エルティーナの頭上で息をのむ…音が聞こえた。
疑問に思いエルティーナは、アレンを見上げると……。
お、怒…っ…て…る…?
アレンが…私…に…??
嘘よ…なんで? …何をしても、どんな我が儘をいっても…アレンは絶対に私を怒ったりしないのに…。
どうして…イヤ…イヤ…やめて…ごめんなさい…ごめんなさい…ダンスなんて、踊りたいなんて、言わなければよかった…。
パニックに陥っているエルティーナに、追い討ちをかけるアレンの冷たい声が身に刺さる。
「……エルティーナ様。貴女は今、王女として、舞踏会に出ています。背中を丸めて、オドオドする姿は、相応しくない。
誰が何処で貴女を見ているか分からないのですよ。貴女の評価がボルタージュ王国の評価にもつながるのです。お気をつけくださいませ」
聞いたことがないアレンの怒気を含む声は、エルティーナを硬直させる。
手足が震える…やめて…聞きたくない…
…もう…やめて…お願い…。
アレンの怒りを受け、気を失いそうなエルティーナに神のお助けが舞い降りる。
「お待たせ致しました、エルティーナ様! …うん? どうしたのですか? さぁ踊りましょう。僕は、この曲、得意ですから」
穏やかに…レイモンドがエルティーナを覗き込む。
アレンと出会って。恋をして。アレンと離れたくないと思う事は多々ある…だけど…今、はじめて一分一秒でも早くアレンと離れたいと思った。
「えっ?」
「庭園に続く柱の所ですよ。ほらっ。あそこですよ」
とエルティーナの耳に、そっと口を近づけてフリゲルン伯爵は囁いた。
はたから見るとまるで恋人どうし…エルティーナには、自分たちが相手にどう見えているか、わかるはずもなかった…。
「行きましょう」と爽やかに告げるレイモンドに詰まりながらもエルティーナは返事を返す。
「えっ、はい」
レイモンドはエルティーナの背中に手を添えて、促した…。かなり強引な態度であっても不思議と嫌だとは思わなかった。
「初めまして。白銀の騎士アレン殿。私は、レイモンド・フリゲルンと申します。以後お見知りおきを…」とアレンに微笑んでみせた。
「…初めまして。フリゲルン伯爵」
なんとも、そっけない二人の会話。暖かいはずの季節なのに、エルティーナの周りは気温が下がっておりヒヤッと感じられた。
「エルティーナ様。実は、挨拶しておきたい人がいて。少し離れますね。後で必ず踊ってくださいね。では」
軽く手の甲にキスを落として、爽やかにフリゲルン伯爵はエルティーナから離れていった…。
強引だが決して嫌でないレイモンドからの馴れない触れ合いに、ポワッ赤くなるエルティーナ。
「赤くなるな。赤くなるな」と胸中でうん。うん。唸る。なかなか気持ちが平常心にならない。
レイモンドの姿が視界から消える頃、やっと恥ずかしさから浮上してきたエルティーナは本来のやるべきミッションを思い出す。
(えっと、今が、チャンスね!!!)
エルティーナは心の中でガッツポーズをした!!
そうアレンにダンスを申し込むにも、肝心の彼が何処にいるか分からなかった。青年貴族らに囲まれて、右往左往していてアレンを見つけられなかったから今のタイミングはツイていた。
やっぱり、今日はいつもと違う日だわ!!と確信をもつ。
「アレン!!」
「なんでしょうか。エルティーナ様」
「あ、あのね、
……えっと…ダンスを…私、アレンと一度、ダンスを踊ってみたいわ!!」
言った。言った 。言った。ドキドキしすぎて、胸がいたい。
言い切った達成感をかみしめて、エルティーナは晴れ晴れした笑みを浮かべアレンを見上げる。
しかし返ってきた言葉は想像と違い……。
「…エルティーナ様。私は今、警備中です。レオン殿下から、バスメール国とスチラ国の姫君には挨拶しろ。という事でしたので、広間に入ってきたのです。なのでダンスは踊りません」
「あ、あっ。そうよね。ごめんなさい…」
「いいえ……」
…遥か遠くで、アレンの声が聞こえる。
エルティーナは頭がぐらぐらし、どうやって自分が立っているのかも分からない。
…い、嫌…が…ら…れ…た…。
アレンに、願い事をして。駄目だなんて、言われた事は過去一度もなかった…まさかダンスを断わられるなんて…思いもしなかった……。
エルティーナは、アレンの顔をこれ以上見る事ができず、下を向く…。
背中を丸め、両手をウエストあたりで握りしめ前かがみに…。
レオンに『胸が見えるから、その格好で前かがみになるな』と言われていた事なんて、動揺しているエルティーナは綺麗さっぱり忘れていた。
コルセットで締め上げられ、盛り上がった胸元。その胸を持ち上げるように合わせて造られたドレスだが、生地が硬めに造られている為、前かがみになると、胸の頂きが…ほぼ全部見えるのだ…。
日頃着慣れないドレスは、エルティーナにそういう常識を忘れさせる。
エルティーナの頭上で息をのむ…音が聞こえた。
疑問に思いエルティーナは、アレンを見上げると……。
お、怒…っ…て…る…?
アレンが…私…に…??
嘘よ…なんで? …何をしても、どんな我が儘をいっても…アレンは絶対に私を怒ったりしないのに…。
どうして…イヤ…イヤ…やめて…ごめんなさい…ごめんなさい…ダンスなんて、踊りたいなんて、言わなければよかった…。
パニックに陥っているエルティーナに、追い討ちをかけるアレンの冷たい声が身に刺さる。
「……エルティーナ様。貴女は今、王女として、舞踏会に出ています。背中を丸めて、オドオドする姿は、相応しくない。
誰が何処で貴女を見ているか分からないのですよ。貴女の評価がボルタージュ王国の評価にもつながるのです。お気をつけくださいませ」
聞いたことがないアレンの怒気を含む声は、エルティーナを硬直させる。
手足が震える…やめて…聞きたくない…
…もう…やめて…お願い…。
アレンの怒りを受け、気を失いそうなエルティーナに神のお助けが舞い降りる。
「お待たせ致しました、エルティーナ様! …うん? どうしたのですか? さぁ踊りましょう。僕は、この曲、得意ですから」
穏やかに…レイモンドがエルティーナを覗き込む。
アレンと出会って。恋をして。アレンと離れたくないと思う事は多々ある…だけど…今、はじめて一分一秒でも早くアレンと離れたいと思った。
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