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5、王太子レオンとキャット・メルタージュ
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「今夜は、若者だけの集まりとなっている。存分に楽しんでくれ!!」
大広間に、威厳ある重厚で精悍な声が響きわたる。レオンの挨拶のあと、割れるような拍手とともに、広間には美しい音楽が流れはじめた。
「初めまして。わたしは…」
「エルティーナ様」
「エルティーナ姫…なんて美しい」
「初めまして、僕は…」
「お時間を…エルティーナ姫」
「エルティーナ姫……ぜひ…」
「お美しい…エルティーナ様…」
エルティーナの周りには、我が先にと挨拶をすべく若者達が囲んでいく。
毎度壁の花だったエルティーナは、生まれてこれほど殿方に囲まれた事がなく、驚きを隠せないでいた。
驚きが気持ち悪いという感情より上回り、あからさまな男の視線に、エルティーナは全く気づかない……。
そんなエルティーナにレオンは、苦笑する。
(美しい…天使のような我が妹…)
エルティーナを見てきたからこそ、レオンは、エルティーナのような女性を妻にとは思えなかった…。
レオンの妻、王太子妃エリザベスは夫婦というよりも、自分の背中を任せることができる戦友。自分に何かあった時、すべてを任せても後悔のない。そんな、相手だった…。
折れそうに細い身体に不釣り合いな肉感的な胸や腰。エルティーナが頑なに身体を隠す服を着るきっかけになったのも、きっと父やレオンの言動のせい。
まだ少女といえる年齢で、すでに身体は成熟した女。同じ年齢の少女達より成長がずっと早かったエルティーナは、心が身体に追いつかず、本来なら賞賛を浴びる肉体美を嫌悪としてインプットしてしまった。
胸が大きくなったな。腰が張ってるから安産型だな。
と…。世間話のつもりだったのだが…その時のエルティーナにとって、絶対にふれてはいけない事だったのだ。
しばらく吐き続け、父と兄には会いたくないと拒絶された。
レオンはその遠い昔の映像を、思い出しては…凹む…。
男の目が怖いと…極端になったのはその時からだろう…。
ただ、例外はあった。そうアレンだ。
あの時…エルティーナは、父やレオンを遠ざけた。しかし護衛騎士として側にいたアレンだけは、大丈夫だった。
エルティーナがアレンと恋仲だったわけじゃない。アレンには、特別な女性はいなかったが、当時から何人も恋人がいた。
そのアレンがエルティーナに対して『男』ではなかったからだ…。家族である自分達でさえ、気になるエルティーナの女性としての魅力はアレンにとって眼中に無し。
あれほど魅力的なエルティーナでも、アレンにとってはぬいぐるみか…置き物か…そんなとこだろうと推測できた。
思い返せば、エルティーナが十二歳の時。
護衛を選ぶ際、騎士達にエルティーナの絵姿を見せたレオン。その時一番興味が無さそうであったアレンを護衛に推した。
見目や能力は勿論重要だが、当時は少女のエルティーナに手を出さない男が一番のキーポイントで、アレンの態度が護衛を決める決定打になった。
年上のスレンダーで後腐れがない女性がタイプのアレンには、十二歳のエルティーナは本当にみそっかすだろうと、安心をこめて…。
しかし、エルティーナが美しく成長しても、その態度はまったく変わらなかった。本当に気持ち悪いくらい。
(あのエルティーナを見て、なんとも思わない男がいるのか??)
面と向かって聞いた事はない。アレンには、ふれにくい過去がありすぎて…。
長い付き合いのレオンから見てもアレンはまだ、よくわからない人間だった…。
騎士として学ぶのは、十歳からが普通。成長期であるからこそ、長い年月をかけて身体を造る。
しかし…アレンは十八歳から入ってきた…。
騎士の卒業は二十歳が基本。あまりに遅い入団。
ボルタージュ国の宰相であるメルタージュ侯爵の跡継ぎ…。いるのは知っていたが、長く生きれない不治の病だったはず…?
何故、騎士に。
何故、今に。
メルタージュ侯爵の意図がわからない。
いつ、心臓がとまるかもわからないのに。死に急ぎたいのか。
アレンへの疑問はつきない。
だがアレンは、生きている。初めて会ったあの時の死人…のようなアレンはいない。
男のレオンからしても、肉体的にも精神的にも目を惹く美しさだ…。
女性に生まれていたら、全財産を積んでもアレンと一夜を過ごしたいと思うだろう。
そんなアレンのたくさんの恋人には皆、共通点があった…。
アレンを一番に愛さない人。だから、遊びと割り切れる未亡人が多い…。
「レオン殿下。何を考えているんですか?」
プラチナブロンドの髪がアレンの視界に入る。
「…キャット……」
「殿下らしくなく。ぼーーーとされているので。声をかけさせてもらいました」
優しい声音に心が穏やかになり、レオンは自然と微笑んだ。
「なんか剣のある言い方だな。キャット…」
「いえ、いえ」
「お前の、……兄について考えていた…」
「……兄上の…事……ですか……」
「キャット…。アレンはメルタージュ家を継がないんだよな。不治の病は、もうないように見えるが…それでも継がないのは何故だ…?
十年一緒にいるが、アレンの考えている事が全くわからない…一度、腹を割って話してみたいな…」
「……殿下。あの…もし、兄上が…」
「あなた!!!」華やかな声が二人の話を止める。
二人の先には、ストロベリーブロンドの髪を高く結い上げた華やかな美女と。
黒曜石のような瞳と漆黒の髪を綺麗に結った美女が並んでいた。
「ふっ。エリザベスは、今日は参加しないと聞いていたんだがな」とレオンは苦笑。
キャットも「僕も、フルールは参加しないと聞いてましたが…」と。
二人は顔を見合わせて、笑う。
「麗しの妻に会いに行くか」と言ってレオンは立ち上がった。
「ええ」
キャットはレオンに返事をし、ストロベリーブロンドの華やかな妻の元に目を向けた。
そして歩き出すレオンの後ろ姿を見て。先程口にできなかった言葉を心でつむぐ。
(…レオン殿下。…もし、兄上が…エルティーナ様を女性として。一人の女性として、愛していたら…どうしますか…?)
そして、兄にも…。
(…兄上…あなたは耐えられますか?? 今のエルティーナ様を見て……〝男〟をださないと誓えますか……?)
大広間に、威厳ある重厚で精悍な声が響きわたる。レオンの挨拶のあと、割れるような拍手とともに、広間には美しい音楽が流れはじめた。
「初めまして。わたしは…」
「エルティーナ様」
「エルティーナ姫…なんて美しい」
「初めまして、僕は…」
「お時間を…エルティーナ姫」
「エルティーナ姫……ぜひ…」
「お美しい…エルティーナ様…」
エルティーナの周りには、我が先にと挨拶をすべく若者達が囲んでいく。
毎度壁の花だったエルティーナは、生まれてこれほど殿方に囲まれた事がなく、驚きを隠せないでいた。
驚きが気持ち悪いという感情より上回り、あからさまな男の視線に、エルティーナは全く気づかない……。
そんなエルティーナにレオンは、苦笑する。
(美しい…天使のような我が妹…)
エルティーナを見てきたからこそ、レオンは、エルティーナのような女性を妻にとは思えなかった…。
レオンの妻、王太子妃エリザベスは夫婦というよりも、自分の背中を任せることができる戦友。自分に何かあった時、すべてを任せても後悔のない。そんな、相手だった…。
折れそうに細い身体に不釣り合いな肉感的な胸や腰。エルティーナが頑なに身体を隠す服を着るきっかけになったのも、きっと父やレオンの言動のせい。
まだ少女といえる年齢で、すでに身体は成熟した女。同じ年齢の少女達より成長がずっと早かったエルティーナは、心が身体に追いつかず、本来なら賞賛を浴びる肉体美を嫌悪としてインプットしてしまった。
胸が大きくなったな。腰が張ってるから安産型だな。
と…。世間話のつもりだったのだが…その時のエルティーナにとって、絶対にふれてはいけない事だったのだ。
しばらく吐き続け、父と兄には会いたくないと拒絶された。
レオンはその遠い昔の映像を、思い出しては…凹む…。
男の目が怖いと…極端になったのはその時からだろう…。
ただ、例外はあった。そうアレンだ。
あの時…エルティーナは、父やレオンを遠ざけた。しかし護衛騎士として側にいたアレンだけは、大丈夫だった。
エルティーナがアレンと恋仲だったわけじゃない。アレンには、特別な女性はいなかったが、当時から何人も恋人がいた。
そのアレンがエルティーナに対して『男』ではなかったからだ…。家族である自分達でさえ、気になるエルティーナの女性としての魅力はアレンにとって眼中に無し。
あれほど魅力的なエルティーナでも、アレンにとってはぬいぐるみか…置き物か…そんなとこだろうと推測できた。
思い返せば、エルティーナが十二歳の時。
護衛を選ぶ際、騎士達にエルティーナの絵姿を見せたレオン。その時一番興味が無さそうであったアレンを護衛に推した。
見目や能力は勿論重要だが、当時は少女のエルティーナに手を出さない男が一番のキーポイントで、アレンの態度が護衛を決める決定打になった。
年上のスレンダーで後腐れがない女性がタイプのアレンには、十二歳のエルティーナは本当にみそっかすだろうと、安心をこめて…。
しかし、エルティーナが美しく成長しても、その態度はまったく変わらなかった。本当に気持ち悪いくらい。
(あのエルティーナを見て、なんとも思わない男がいるのか??)
面と向かって聞いた事はない。アレンには、ふれにくい過去がありすぎて…。
長い付き合いのレオンから見てもアレンはまだ、よくわからない人間だった…。
騎士として学ぶのは、十歳からが普通。成長期であるからこそ、長い年月をかけて身体を造る。
しかし…アレンは十八歳から入ってきた…。
騎士の卒業は二十歳が基本。あまりに遅い入団。
ボルタージュ国の宰相であるメルタージュ侯爵の跡継ぎ…。いるのは知っていたが、長く生きれない不治の病だったはず…?
何故、騎士に。
何故、今に。
メルタージュ侯爵の意図がわからない。
いつ、心臓がとまるかもわからないのに。死に急ぎたいのか。
アレンへの疑問はつきない。
だがアレンは、生きている。初めて会ったあの時の死人…のようなアレンはいない。
男のレオンからしても、肉体的にも精神的にも目を惹く美しさだ…。
女性に生まれていたら、全財産を積んでもアレンと一夜を過ごしたいと思うだろう。
そんなアレンのたくさんの恋人には皆、共通点があった…。
アレンを一番に愛さない人。だから、遊びと割り切れる未亡人が多い…。
「レオン殿下。何を考えているんですか?」
プラチナブロンドの髪がアレンの視界に入る。
「…キャット……」
「殿下らしくなく。ぼーーーとされているので。声をかけさせてもらいました」
優しい声音に心が穏やかになり、レオンは自然と微笑んだ。
「なんか剣のある言い方だな。キャット…」
「いえ、いえ」
「お前の、……兄について考えていた…」
「……兄上の…事……ですか……」
「キャット…。アレンはメルタージュ家を継がないんだよな。不治の病は、もうないように見えるが…それでも継がないのは何故だ…?
十年一緒にいるが、アレンの考えている事が全くわからない…一度、腹を割って話してみたいな…」
「……殿下。あの…もし、兄上が…」
「あなた!!!」華やかな声が二人の話を止める。
二人の先には、ストロベリーブロンドの髪を高く結い上げた華やかな美女と。
黒曜石のような瞳と漆黒の髪を綺麗に結った美女が並んでいた。
「ふっ。エリザベスは、今日は参加しないと聞いていたんだがな」とレオンは苦笑。
キャットも「僕も、フルールは参加しないと聞いてましたが…」と。
二人は顔を見合わせて、笑う。
「麗しの妻に会いに行くか」と言ってレオンは立ち上がった。
「ええ」
キャットはレオンに返事をし、ストロベリーブロンドの華やかな妻の元に目を向けた。
そして歩き出すレオンの後ろ姿を見て。先程口にできなかった言葉を心でつむぐ。
(…レオン殿下。…もし、兄上が…エルティーナ様を女性として。一人の女性として、愛していたら…どうしますか…?)
そして、兄にも…。
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