ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

うさぎくま

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64、別れの日

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 陽が昇ると同時にエルティーナは、目を覚ました。
 しっかり寝てはいたが、今日という日が始まってほしくない気持ちと、早く始まってほしい気持ちとが入り混じっていて、胸が早鐘をうっている。


「あまり、寝むれなかったのに。眠くないし、頭がすごくスッキリしているわ」

 手をつきながら、ゆっくりと身体を起こす。
 昨日、寝る前にカーテンを開けたままにしていた為。朝の強い陽射しが部屋の中に射し込んでいる。

 エルティーナは強い陽射しが大好きだった。長く外に出ていると頭痛がするし、肌が弱いからか皮膚がすぐ赤くなりただれる事もあった。でもこの強い光りを浴びたら産まれた!!という気持ちがおきる。
 夜を迎える時……朝を迎える時……その移り変わりに血が沸き立つ感じがするからだ。


「…綺麗…だわ……空の色が変わっていく様子は本当に神秘的で美しい。……アレンみたい……」

 ふと口に出た言葉に自分で笑う。

「私たら、やーね。何でもかんでもアレンを基準にしちゃうわ。ちょっと病気みたい、ふふふっ」

 胸元のヘアージュエリーペンダントが輝き喜んでいるように見える。
 ペンダントをはずし、愛しさを込めてそれに口付けを落とす。シルクの布地に包み木箱に入れ、それを引き出しの奥に隠すように片付ける。
 引き出しの木と木が擦れる音を心地よく聴きながら、元の位置の状態に戻す。
 緻密に彫り込まれた重厚な家具に跪き手を掲げ、棚の中にしまわれたヘアージュエリーに呼びかける。

「私に勇気をください。最後まで、涙を見せず笑っていられるように……」

 祈りが終わった時……ナシルの声がドアの向こうから、聞こえてくる。

「エルティーナ様、お目覚めでしょうか?」

「ええ、起きてるわ」
 エルティーナの声の後、何人もの侍女が入室してくる。

「「「おはようございます。エルティーナ様」」」

「おはようございます!今日も一日よろしくね」

「「「はい。勿論でございます」」」

 和やかに、朝が始まった。

「エルティーナ様、今日のドレスはこちらで如何でしょうか?」

「まぁ!! スカイブルーね綺麗だわ! 私、この色が大好きなの……ピンクも好きだけど大柄な私にはあまり似合わないし、はっきりした色が好きだわ」

「喜んで頂けて嬉しいです。このドレスは、あまりお洋服の事に関して話されないアレン様が『このドレスを選んだのは誰だ』と聞かれまして。私です。とお答えしたら『エルティーナ様の魅力を引き出していて、とても素敵だ』と言っていたのを思い出しまして、こちらにしたのです」

「えぇぇーーー!? そんな事いってたの?? 私、知らないわ!!」

「とくに、話しておりませんよ。ただの会話ですし」

「…まぁそうだけど。雰囲気が可愛いとか、子供みたいな態度が和む。というのはアレンからよく聞くけど、見た目を褒められはしないから…教えて欲しかったわ」

 少し不貞腐れていると、ナシルが笑う。

「申し訳ございません。でも、これを今日用意した私を褒めて頂きたく存じます」

「勿論よ!! さすがナシルだわ!! 百点満点よ!!
 ……あの……ごめんなさい。ナシル達も寂しいわよね……アレンを近くで見る事が出来なくなって……私の独断で決めて……驚いたでしょ。何も言わないのね??」


「エルティーナ様、私達は充分、アレン様を堪能致しました!!」
「そうですわ!! 充分ですわ」
「今日一日、最後だと思いガン見致します」
「やぁね、クキラ、それはやめた方が……」
「えーだって、エルティーナ様とアレン様のセットを見れなくなるのよ!! むしろ、絵姿が欲しいですわ」
「それ、私も欲しいわ!! 部屋に飾る!!」
 いつもなら、ここでナシルの怒鳴り声が響くのだか……。

「私も、頂けるのならその絵姿を欲しいですね」

「「「「えっ………」」」」

「何ですか皆さん。手が止まっていますわよ」

「「「申し訳ございません」」」
 静かになり、エルティーナの着せ付けに戻る。

「意外だわ……ナシルがそんな事、言うなんて…」


 ドレスの着せ付けが終わり、寝室を出るように言われ驚く。

「ナシル、髪は? このままなの?? まだブラシしか入れてないわ?」

「髪は、外でお願い致します」

「えっ?? なんで??」

 疑問をたくさん浮かべたまま、寝室をでると続き部屋にはアレンがもういた。
 部屋の中にぶわっと花が咲いたように感じる。アレンには特別、花が似合う。

 ソファーに腰掛けていたアレンが立ってこちらに身体を向ける。惚れ惚れする肉体には、きっちりと着こなされた白の軍服がとても映える。
 振り向く仕草も美しく、後から遅れてくる銀色の髪が色香を放つ。


「エルティーナ様、おはようございます」

「おはよう! アレン!!」

 アレンはエルティーナを。エルティーナはアレンを。互いが互いしか見えていない。そんな心地よい空間に、ナシルや侍女達も、うっとりとその光景に酔いしれる。

 アレンがその空気を破るまで、美しい光景は続いていた。


「ではエルティーナ様。こちらにお座りくださいませ。また髪を結えるなんて嬉しいです。この間のとはまた違う編み方をしたいので、出来上がりを楽しみにしていて下さいませ」

「ふぇぇぇ!? ア、アレンが髪の毛をセットするの!?」

 思わず、頭に手を置いてエルティーナは叫ぶ。

「……ご存知ではないのですか? 昨日の夜に言われたのですが……」

「サプライズでございます」

 いけしゃあしゃあと言うナシルに、涙が出そうになる。早速、今日の目標が終わりそうである。

(「ナシル涙出るじゃない! もう~」)

「嬉しい……くて、最高!! アレン、可愛くしてね!」

「かしこまりました。エルティーナ様はそのままでも、十分可愛いですよ」

 甘ったるいアレンのキザったらしいセリフ………。毎日、毎日聞いてても、エルティーナの胸の鼓動は早くなる。


「では私達は朝食の準備、寝具の片付けをしてまいりますので。アレン様、エルティーナ様をよろしくお願い致します」

 ナシルの発言にエルティーナは驚く。

(「二人っきりにしてくれるのね…。でも、そういう気遣いはいらないの!! 美しいものは皆で愛でるものなのよ!! だから…」)

「ナシル、私まだお腹すいてないわ。寝具の片付けも後でいいし、みんなでアレンの華麗な技術を見るべきよ!! また同じ髪型をしてもらいたし。アレンの髪結いはなかなかない形だから!! みんなで見てよ。いいかしら?? アレン」

「えぇ、かまいません」

「ほら、いいって!! ほらほら遠くにいてたら見えないでしょ、近くにきて」

 紅茶の準備をしていた、エルティーナ付きではない侍女まで呼んだ。

 わずか数メートルの位置にアレンがいる。そんな事が今までになかった侍女達は、感動し震えていた。

(「わぁぁ!!! みんな、嬉しそうだわ!! 私まで嬉しい!! 最高だわ!!」)

「エルティーナ様、では始めます」
「お願いします!!」


 アレンは凄い……。最早それしか言えなくなっていた。始めはアレンの側に寄れて嬉しくはしゃいでた侍女達だが、今はもう誰も笑っていない。
 王女付きの侍女は侍女の中でも優秀どころ、いわゆる教養や技術のトップクラス。侍女には侍女の高いプライドと矜持がある。だからこそアレンの髪結いは笑えないし、美貌がどうの、絵姿がどうの、話どころではなかった。


「エルティーナ様、出来上がりました。如何ですか?」

「うぁぁぁぁ~すごいぃぃわぁ。髪の毛が花になっている!! これは薔薇ね!! アレン、ありがとう!!!」

「喜んで頂き、ありがとうございます」

 楽しそうなのはエルティーナとアレンだけ、侍女達は胡乱な目で二人を見ていた…。

(「……侍女達の雰囲気がおかしい……?? 目が死んでる?? どうしたのかしら?? うん。早く部屋を出るべきね!!」)

「……朝食は、グラハの間で食べるわ!! 行きましょうアレン!!」

 異様な空気になっている部屋からエルティーナは、アレンを連れて出る事にしたのだ。


 それからの一日は本当に穏やかに過ぎていった。意外に涙も出なくて、この普通が一番だとエルティーナは感じてた……。


 太陽神が眠りにつき、暗闇に包まれる頃。エルティーナの『当たり前の日常』も終わりに近づいた………。


「エル様、明日からまた違う学びが入っていると聞きましたが、それほど密に詰め込まなくとも、よろしいのではないでしょうか?」

「大丈夫よ。それに大切な授業だから。私は王女としての学びは受けてきたけど。女主人として屋敷をまわす、なんて事は全く分からないの。
 金銭、生活、使用人の扱い方、私は本当に何も知らないの……フリゲルン伯爵家に迷惑をかけないように頑張らなくちゃ!」

「左様でございますか」

 二人は話さずに歩いている。もう少しでエルティーナの自室となる。あきらかにアレンの態度が違う……と感じてもそれがどうしてかは、エルティーナには分からない。

(「…アレン……えっと…声が怒ってる…? 気のせいかな。でも後少し。ヘアージュエリーを渡して! 護衛の件を話す! 頑張れ、私!!」)

 エルティーナが心の中で、自分自身にエールを送っている時、アレンはエルティーナの言動に傷ついていた。

(「私の態度は酷いな……どうあっても、エル様の口からフリゲルン伯爵の為に。というのが腹立たしく思う……エル様は私のものではないのは百も承知だが、私も…まだまだだな……」)

 アレンが自分の態度を反省していた時、エルティーナの声がアレンを呼ぶ。


「アレン………」

「何でしょうか? エル様」

「あのね……これアレンにプレゼント!」

「…これ…は………」

「ラズラ様に教えてもらった、ヘアージュエリーよ。ヘアージュエリーには意味があるんですって!! ラズラ様に教えてもらって……。
 自分の髪で作るヘアージュエリーは身代わりとなるらしいの。アレンは強いし、今は他国と戦争している訳ではないから死と隣り合わせではないけど……。どんな時でもアレンを護ってくれますようにって思って作ったの!! もらって欲しい!!」

 エルティーナは一気に言い切って、胸がドキドキしていた。

「………ありがとうございます……」

「どう致しまして!!」

「エル様……あの時お渡しした髪、全てこれに使われたのですか?」

「え、ええ、勿論よ。あの時びっくりして、普通に貰ったけど…やっぱり駄目だと思うのよ、ほら、流石にね!! それに、まわりの令嬢達が恐いから。アレンの髪で作ったヘアージュエリーなんて付けてたら、襲われそうだし!!」

「別に…身に付けなくても。飾っていたらいいのではないのですか?」

「いやいや、あのね、ヘアージュエリーは付けて初めて効果があるらしいの!! だから、置いておくなんて駄目よ!! アレンはあまりアクセサリーを付けないから嫌だった?」

「いえ!! そういう訳ではございません。有り難く頂戴いたします」

「うん!」

 エルティーナは、ぐっと深呼吸をした。今から話す事は、辛いこと……。泣かないで話せるように、とびっきりの笑顔でお別れする!!


「アレン!! もう一つ話があるの!!」

「話…ですか?」

「アレン。今日で私の護衛は終了よ!! お父様にもお母様にも話は通しています。明日からは、ボルタージュの騎士に戻っていいわ。七年間ありがとうございます!!」

 エルティーナは満面の笑顔でお礼を言い、頭を下げた。

(「笑顔で言えたわ!! やったわ!! アレンは喜んでくれるかしら!!」)

 ドキドキしながら顔を上げる。


「……かしこまりました。エルティーナ様、それでは失礼致します」

(「えっ…………それだけ………?…」)

 エルティーナが思っていたのとは全く違う終わり方。遠くなるアレンの後ろ姿を見ながら、いないアレンに思いの丈をぶつける。


「待って、待ってよ、どうして、喜んでくれないの……
 アレンの嬉しそうな顔を見ることだけが、楽しみ…だった…のに…………どうしてなの…」

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