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59、フリゲルン伯爵の秘密
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「ねえ。そんなに泣かないでよ。可愛い目が腫れちゃうよ」
馬車の中でレイモンドは向かいに座るエルティーナに、まるで友人感覚の軽い話し方で慰めてきた。
後わずかしか残っていないアレンとの大切な時間を、壊しまくるレイモンドにエルティーナは最早敵意しかなく、泣きながら前方に優雅に腰掛けるレイモンドを睨みつけた。
「ちょっと、恐い顔して睨まないでよ。アレン様と離したのは悪かったよ。僕はね、エル様と大事な話がしたいんだ。アレン様がいたらさ、その話が終わるまでに僕きっと胴体から頭を切り離されている気がするんだよね~
冗談ぬきで。
アレン様、見た目は天使だけど、中は猛獣だからね。命の危険が分かるから今日は一緒に来るのを止めてもらったの」
まだエルティーナのブラウンの瞳からは大粒の涙が流れているが〝話〟というのが気になり、少し涙が止まった。
「私にお話しがあるのでしたら、王宮でも聞けたはず」
「だから、王宮にいたらアレン様がいるでしょ。僕とエル様を二人っきりにしない、絶対に。話をする為に、貴女とアレン様を離したかったの」
「分かったわ。話はきっちり聞きます」
「よろしくね」
その会話を最後にエルティーナとレイモンドはお互い何も話さなかった。
しばらく馬車は走っていた。日はまだ沈んでいない。
馬車の窓から、美しい王都メルカの芸術的なモニュメントが並ぶ景色を見る事も出来たのに、今のエルティーナには大好きなそれを見る事さえも憂鬱としか思えなかった。
王都メルカの中心部から少し離れたとこにフリゲルン伯爵家のお屋敷がある。
エルティーナはレイモンドに手を添えられ馬車をおりる。たくさんの侍女や侍従が並んでおり、その前には執事長だろう男性が頭を下げて立っていた。皆、礼を尽くした文句無い姿だ。
しかし何故かひしひしと敵意を感じる…。そう、いつも舞踏会で感じるエルティーナを憎む視線。フリゲルン伯爵家には初めて来るのだ。屋敷中の人からそんな視線で見られる理由が分からない。
エルティーナはそれを感じないフリをし、仕方なく王女らしく、美しい所作で挨拶をした。
「エルティーナ様、ようこそおいで下さいました。はじめまして。私、フリゲルン伯爵家執事長、セルバンテスと申します。なんなりとお申し付け下さいませ」
ずらっと並ぶ侍女や侍従の一番前に立っていた老紳士が頭を下げる。年の頃は五十から六十くらい。黒い髪に白髪がまじる髪を綺麗に撫でつけ、細身の長身。パリッとした姿は王宮に勤めるもの達に引けを取らない出で立ちである。
とても安心できる。エルティーナにそう思わす執事長だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。晩餐会はとても楽しみにしております」
エルティーナは、柔らかくセルバンテスに微笑んだ。
「じゃあ、エル様は着替えるんだよね。女の人は支度に時間がかかるから、僕はそれまで仕事をしてるよ」
「ねえ、レイモンド様。パトリック様は? どちらにいらっしゃっるの?」
「あぁ。ごめん、あれ嘘だから。パトリック殿はいないよ。
あ~でも言わないとアレン様は貴女から離れないからね。陛下には、貴女を連れて屋敷に行く事は話しているから安心して。無断で連れ出している訳じゃないから。
そもそも、貴女に護衛なんて必要ないんだよ。考えてもわかるよね?
エル様の王位継承権はないのと同じだ。レオン様がいて。クルト様、メフィス様がいる。王家の血筋はもう安定している。エリザベス様は健康的だし、まだ子供も望める。極め付けボルタージュ国は歴史ある大国だ。隣国とのつながりも別にたいして欲しいとは思わないでしょ。だから、エル様は今までのうのうと生きてきたんだよね? 違う??」
分かっていた事でも、改めて言われると辛いし悔しい。
エルティーナは下唇を噛み。冷静になるように心がける。レイモンド様の話は、どう考えても婚約期間を楽しむではなく、政治が絡んでいることを彷彿とさせていた。
(「ラズラ様の言う通り、レイモンド様は気をつけないといけない方ね…。初めてお会いした時は全く分からなかったわ。私は本当に世間知らずで馬鹿なのね……」)
「色々、教えて頂きありがとうございます。支度に参ります。えっと……どなたか手伝いを頼みたいのですが……」
屋敷中の人と目が合わない。どうしても、あまり迎えられていない雰囲気な為、言いづらい。エルティーナが困っていると、聞き取りやすい澄んだ声が辺りに響く。
「エルティーナ様、直接お声をかけることお許しくださいませ。私はダルチェと申します。責任持って私がお手伝いを致します。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します」
侍女や侍従が一気に顔を上げる。「お待ちください」と後方より言葉も聞こえる。
(「何なのかしら? この雰囲気? この女性に何かあるの??
あるのね……たぶん。屋敷中の人がこの女性の味方って感じ。さながら私が悪女? かしら? レイモンド様の思い人とか?? 真っ直ぐで綺麗な人だわ。レイモンド様は嫌いだけど、ダルチェさんは好きな感じ」)
「うん、いいんじゃない? ダルチェがエル様の用意手伝ってあげて。エル様、ダルチェは何でも出来るからさ、たくさん我が儘を言うといいよ」
レイモンド様が微笑みながら言うと、周りの空気が凍る。
エルティーナは、ダルチェ、執事長セルバンテスと共に屋敷に入る。
礼をして道をつくっているから、皆の顔は見えないが空気がとても重かった。
フリゲルン伯爵の屋敷は、王宮ほどではないがとても素敵なお屋敷だった。宝石など高価なモノはほぼないが、品の良い花活けや、壺、タペストリー、絵画なと、美術品愛好家のエルティーナにとっては楽しい。
エルティーナは美術品で気分が上がり、思考が冷静になる。先ほどの光景を思い出し、今からの自分のあり方を考える。
ダルチェはレイモンド様の恋人で、やっぱり、当たりだろう。屋敷中公認の。それならエルティーナは悪女以外のなにものでもない。全く馬鹿馬鹿しい。
それらを踏まえてレイモンド様に嫌悪感がわかない理由が分かった。兄やアレンと同じで、エルティーナを女として見ていない…興味がないのだ。でもエルティーナと結婚はしたい…何かある。
そういう話だろうか? それならば当然アレンは怒るし、彼を離す意味も分かる。それくらいには、大事にされていると思うからだ。
仮初めの妻でいい。本当は口付けも性行為もしたくない。レイモンドから求められないと分かってエルティーナは少し安心していた。
エルティーナが脳内討論をしているとセルバンテスから声がかかる。
「エルティーナ様、こちらでございます。晩餐会まで、この部屋でお過ごし下さいませ。日当たりよく、庭園も眺められる部屋となっておりますので、ゆっくりとおくつろぎくださいませ」
「ええ。ありがとう、セルバンテス」
エルティーナは出来るだけ優雅に見えるようにしていたが…やはりボロはすぐでた。エルティーナが優雅に見えたのは、部屋に入るまで……だった。
通された部屋の中は、一面の空、空、空だ!天使! 天使! 天使!
「きゃぁぁぁぁあ!!! 何!? 何!? 素敵!!! 空なの!? 大空なの!? わぁぁぁ凄いわ凄いわ、絨毯は白?? 汚れないのかしら? 私、鳥になった気分! 嫌、天使よ!! あつかましいかしら(笑)きゃ。
素敵な壁紙!! おぉぉぉ! なるほど、人の目線が合わない為に皆、後ろ姿なのね! なんて美しい翼なの!!!
何これ、アレンの後ろ姿に似てるわ!! きゃぁぁ。この壁紙ほしい!!! きゃあわぁ天使になったみたい。大きな窓からは、緑が見えるのね!! 凄いわ。人間である事を忘れる設定かしら。最高ね!!!」
ぽかーーーーーーん。
執事長のセルバンテス。ダルチェ。荷物を運んでいた侍従四人。ダルチェと共にエルティーナの着替えてを手伝う為についてきた侍女二人。計八人は、エルティーナの変貌ぶりに唖然。
エルティーナは本当に美しいものが大好きで、レオン曰く何かに憑かれているとしか思えないと言われる言動が〝これ〟であった。
皆が唖然としていても、エルティーナは興奮していて全く気づいてない。口を問答無用で塞げるレオンがいないので、憑かれているエルティーナは野放し状態。
ひとしきり感動して、アレンの後ろ姿にそっくりな天使の壁紙の前に行き、真っ白な絨毯の上にそのまま座る。
「綺麗……ツリバァ神ね……。美しいわ…本当にアレンみたい……」
エルティーナのブラウンの瞳からはまた、涙が溢れる。
美しい天使のようなエルティーナが天使を見て泣いている姿は、まるで神話の世界だった。エルティーナに羽根がなく会いにいけないのか。会わせてあげたい。
そう思ってしまう情景だった。
「…エルティーナ様、絨毯がひいてあるとはいえ、地べたに座ると冷えますので、ソファーにお掛けくださいませ。お部屋…気に入って頂き嬉しく思います。あと……あまり泣くと目が腫れますわ」
ダルチェはエルティーナの手をもって、ゆっくりと立たせてくれる。そして柔らかいハンカチで瞳から溢れている涙を優しく拭いてくれたのだった。
そこでエルティーナは初めて我にかえる。
やっぱり会いたい。早く王宮に戻りたい。アレンに会いたくて。ダルチェに手を引かれながら呟いてしまう。
「…アレンに会いたいわ。帰りたい、王宮に帰してほしい。アレンの側にいたいわ…」
エルティーナの声を聞いてダルチェは優しく微笑む。
「晩餐会は、出来るだけ早く終わるようにしましょう。料理の数も減らして、早く王宮に帰りましょう」
ダルチェの言葉がエルティーナには、天使のお告げに聞こえた。手の甲で乱暴に涙を拭って、ダルチェに笑ってみせる。
「はい! よろしくお願い致します!!」
エルティーナの満面の笑みは、皆の心を鷲掴みにした。
「では。髪を整えて、軽くお化粧を直しましょうか」
ダルチェの言葉でエルティーナは、違う提案する。
「ダルチェ様、晩餐会は出なくてもいいかしら。レイモンド様は私に話があると言っていたわ。この場で聞いては駄目かしら? 貴女がレイモンド様の恋人でしょ? すぐお話、つなげるのではなくて??」
エルティーナの発言に皆が一斉に固まる。
「何をおっしゃっているか、わかりかねます」
「隠さなくても大丈夫よ。お屋敷の皆の態度を見たら分かるわ!! 心配しなくても、私はレイモンド様の事、これっぽっちも好きじゃないわ。
お父様やお母様、お兄様や乳母を安心させる為、アレンを私のお守りから解放してあげる為に結婚するの。だから別にレイモンド様じゃなくても良かったの。
だって、私が愛している人はアレンだけ。今までも これからもずっと。生涯変わらないわ」
ダルチェに向かって宣言する。遠い人達だから、王宮に関わりを持てない人達には、さらっと思いを告げれる。エルティーナの本当の気持ちを。
「……エルティーナ様……」
ダルチェは、エルティーナの名前を呼んだ後、静かに侍従や侍女に目を向ける。
「レイモンド様にお伝えしてください。晩餐会はなしで。軽くお茶を用意して。出来るだけ早く帰れるように」
「「「「はい。かしこまりました」」」」
一斉にしっかりとした声が響き、やはりダルチェが女主人だと改めて分かった。
「お化粧は直しますか? さっきたくさん泣かれていたので、ほぼとれてしまっているのではと思いますが」
「え? いいわよ、このままで。とくに気にならないし」
エルティーナの無頓着な考えに、部屋に残っていたセルバンテスとダルチェが固まっている。
「エルティーナ様……凄く変わっていらっしゃいますわね」
「そうかしら? ……ねぇ、ダルチェ様」
「エルティーナ様、私は平民です。様は入りません。呼び捨てになさってくださいませ」
「分かったわ。では、ダルチェ、貴女、子供いるでしょ? 相手はレイモンド様よね。男の子? 女の子? 可愛い??」
エルティーナの爆弾発言にダルチェは顔面蒼白。セルバンテスも血の気を失った顔をしていた。
「あの………」ダルチェの震える声に気づいてエルティーナはふわっと微笑む。
「嫌味じゃないからね。誤解しないで!! 私は勿論子どもを産んだ経験はないけど、赤ちゃんは沢山見たことがあるのよ!!
エリザベスお義姉様やフルールお姉様が子どもを産んだ後の匂いと、貴女が一緒だから。お母様の匂い……お乳の匂いがするの。産んでまもないんではないの?」
「エルティーナ様、申し訳ございません」
「ち、ちょっと。謝らないで!! 何で、別に悪い事ではないわ。私は少し安心しているの。レイモンド様の妻になるのは構わないけど…そういう事はしたくないから……もう後継ぎとかいればいいのになぁ~ って思ってたのよ!
だって後継ぎがいれば私は、頑張らなくても大丈夫よね? 自由だわ!!」
「……エルティーナ様。私は恐れ多くもレイモンド様と関係を持ち、半年前に男子を出産致しました」
「まぁ!! 男の子!! やるわね、ダルチェ!!」
「エ、エルティーナ様………」
深刻な話が何故かさらっと流れる。ダルチェはエルティーナの優しい言葉に張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
「屋敷の皆の態度、申し訳ございません。ご気分が悪かったと思います」
「ふふふ。まるで私は悪女よね。せっかく素敵な奥様がいるのに、権力だけで妻の座を奪いとっていくのは悪女の代表。
レイモンド様と仲良くなる気はさらさらないけど、屋敷の皆んなとは仲良くなりたいわ!! だってこのお屋敷の趣味最高ですもの。
とくに、この部屋は最高!! 王宮にも沢山の部屋があるけど、こんな部屋は一つもないわ。ミダに似ているわね!! テーマはツリバァ神でしょ!! 違うかしら?」
「さようでございます。この部屋はツリバァ神のイメージで作っております。フリゲルン伯爵が……、いえレイモンド様のお父上が大のツリバァ神好きでして、この部屋を特注されたのです」
「セルバンテスも好きでしょ」
「何故そのように、おっしゃるのですか?」
「だって、私が馬車から出た時、セルバンテス、少しガッカリしてたでしょ。アレンも一緒に来るかもって思ってたんじゃないのかしら??」
エルティーナは可愛らしく口に手を置き、きゃっ。とわざとらしく言ってみる。
これにはダルチェがドン引きし、セルバンテスは真っ赤になっていた。
「やっぱり、当たりね!! 私ね、なんか分かるのよ。アレンの事好きな人って。きっと同類なんだわ!!」
「……男の私が好き…と話しても気持ち悪くないのですか?」
「何故?? 気持ち悪いわけないわ。だって、コーディン様とツリバァ様も男神同士だけど恋人だわ。アレンは本当に綺麗だし素敵だもの、惹かれない方がおかしいわ!!」
「私はエルティーナ様ほどは…申し訳ないですが、理解出来かねます」
「ダルチェは、以外に頭が堅いのね」
「そういう問題ではないと思いますが……」
「ねえ。セルバンテスは生でアレンを見たことないのかしら?」
「一度だけ、お姿を拝見した事がございます。ボルタージュ騎士団の公式試合でございます。
とくに胸が高鳴ったのは、最終試合のボルタージュ騎士団最強と謳われたバルデン団長を打ち負かした姿は神がかっておりました!!
噂だけは聞いておりましたが、本当にツリバァ神そのもので、私は感動して涙が出ました!!!」
「まぁ。あの試合、セルバンテスも見ていたのですか? 私も観戦してましたの。凄い偶然ですわね!!
アレンは何をしてても素敵なのよ。綺麗で。優しくって。強くって。一度でいいから、遊ばれてみたいなぁ~ なんて、思ったりしたわ。でも…私の事は眼中にないのが痛いくらい分かるのだけどね……」
「えっ!? エルティーナ様とアレン様は恋人ではないのですか?」
かなり驚きの声でダルチェが質問を投げかけてきた。
「ち、違うわ!! 違うわよ!! 何をいうのよ、ダルチェは!!」
「まさか。そんな事………」
「レイモンド様がそうお話したの? あのね、アレンに失礼だから、それは撤回しておいて。アレンとは七年も一緒いるけど……キスした事もないし、抱き合った事もない、ダンスだって踊った事ないのよ。
アレンがスレンダー美人といちゃいちゃしているのは、何度も見たことがあるけど。アレンは、私に興味がないのよ、全く……。もちろん凄く大切にしてくれているのは分かるわ。でもそれは妹としてかな。
私ばっかりが好きで好きで、本当に…疲れちゃうわ……」
「エルティーナ様……」
「だからダルチェが羨ましわ!! 好きな人と思いが通じ合うって凄く素敵よね。その好きな人に抱いてもらえるのって最高よね」
「エルティーナ様、私は………」ダルチェが話そうとした時、ノックと共にレイモンドが部屋に入ってきた。
「晩餐会をなしにするって、連絡がはいってね、何でかと思ってさ。聞きにきたんだ」
レイモンドは、また嘘くさい笑みでエルティーナに微笑む。その姿はやはり…少し腹が立つ。
「レイモンド様。ちょうどいいわ。私と結婚する理由を聞きたいわ。貴女には綺麗でしっかりしている奥様も後継ぎになる子供もいるのに何故私と結婚するの?
箔が欲しいの? 貴方は十分の爵位もあるし、親族が反対…ってのも違うわよね。はっきりおっしゃって。
でないと、私はお父様とお兄様に話すから正直に。レイモンド様にはすでに奥様も子供もいるのに、私と結婚するつもりなんですって」
「なかなか、言うね。いいよ。話そう。
でも、まだ完全に貴女を信用した訳ではないからね。全部は話さないよ」
「いいわ。話せる所までで大丈夫よ。そして、私は聞いた事は誰にも話さない」
エルティーナの真剣そのものな態度にレイモンドは頷く。
「バスメール国はね、今この国を潰そうとしている。
いわゆる貴族潰しを王族が率先しておこなっているんだよ。驚くよね。
この間の舞踏会にのうのうと来てたあの悪女は、本当に見るに堪えないよ。我がもの顔を殴りたくなったね。あの女は僕の家族を殺した。可愛いと有名な妹だったから、腹が立ったんだろうね。それだけでフリゲルン家を潰そうとするんだ、悪女以外のなにものでもないよ。
あの悪女に直接手を下すには、伯爵の位より、より高い地位が欲しい。そして、あの悪女が一番気に入らないのがエル様、貴女だ。天使のように美しい貴女を目の敵にしている。貴女は狙われる。
必ず、エル様の命は守る。だから囮になってほしい。はっきりいって王宮では不安だ。前の舞踏会をみても、悪女が簡単に入ってきている。恐ろしい話だよ。君は命を狙われているから出来ればうちで守りたいんだ」
「まさか、バスメールが……信じらないわ。友好国よ」
「あの悪女は、アレン様に結婚を申し込んでいるよ。まぁ彼が受けるとは思わないけどね。だから、うちに一緒においでよ。
僕は君を愛してないし、愛そうとも思わない。僕にはダルチェがいるし、愛する息子ダスティーもいる。
これは契約だ。貴女はアレン様を愛している。アレン様も貴女を愛している。
でも何故か一緒にはならない。その理由は僕にはどうでもいい。王宮は危ないし、二人して うちにくればいい。僕の妻という肩書きはそのままで、僕はダルチェと。エル様はアレン様と愛し合えば良い」
レイモンドの言葉に、エルティーナは初めて憎むほど人が嫌いだと思う。
私は構わない、ただアレンを彼を軽く見られている事が何よりも腹立たしかった。
「…理由は分かったわ。貴方の仮の妻にはなる。でもアレンは関係ないわ。彼を巻きこまないで。彼には後ひと月で私の護衛を辞めてもらうの」
「どうして? アレン様には、本当の恋人なんていない。皆が遊びだと聞く。絶対に女なんて情報収集のための道具としか見てないよ。どうしてわからないの??」
「貴方にアレンの何がわかるの!! ちゃんと恋人はいるわ。好きな人だっているし、私が結婚した暁には彼も結婚すると話していたわ。いいかげんな事を言わないで!!」
「アレン様はエル様を愛しているし、ちゃんと女として見ているよ」
「ふ、ふざけないで!!! 話は終わりよ、馬車を出して、貴方の望む妻にはなるわ。私も国は守りたい。貴方の言う事が本当なら、バスメール国を許せないから。それだけだから。これ以上話す必要はないわ。馬車を出して王宮に帰るわ」
エルティーナは、まだ話そうとするレイモンドを振り切って部屋を出る。
部屋から出て行ったエルティーナをレイモンドは不思議に思う………。
「レイモンド様、今のは貴方様が悪いと思います。エルティーナ様はとても素敵なお方。それを女に産まれた楽しみも与えずお飾りの妻として買われるのですか?」
セルバンテスの優しくも攻撃的な物言いに 少し腹が立つ。
「この短時間で、よくも手懐けたもんだと思うよ」
「レイモンド様。エルティーナ様を悪く言うのはおよしになって!!」
何も言わず静かに側に控えていたダルチェがレイモンドに抗議の声をあげる。
「ダルチェ、そう怒るな。僕は救世主のつもりなんだよ。本当に……。
アレン様はエル様の事を愛してるよ。妹としてじゃない、ちゃんと女として見てる。
舞踏会でエル様と会った時。凄いドレスで、なんていうの…前に屈むと胸が丸っと全部見えるデザインでさ。
屈まなければ大丈夫だけど。エル様は着なれないのかな? アレン様の前で思っ切りその姿勢でさ。
アレン様、がっつり下半身反応してたし。そういう目で見てるよ。絶対。間違いないよ」
レイモンドのさらっと朝の報告くらいの爽やかな言い方と真逆の生々しい言動に、セルバンテスもダルチェも絶句。二人とも首まで真っ赤である。
「わ、私は、そのような生々しい話は聞きたくございませんでした。憧れを潰さないで頂きたい」
「おい、おい、セルバンテス。
確かにアレン様は、宝石のような色彩に、神がかった美貌。極限まで絞り込まれた肉体は美術彫像のように綺麗だと思うけど……彼だって男だ。
愛している人を見ればキスだってしたいだろうし。セックスもしたいだろ。それに、側に居たいはず……違う?」
レイモンドは軽く話しているが、それはかなり重い話。セルバンテスもダルチェも言葉を呑み込むしかなかった。
「じゃあ、ダルチェ。セルバンテス。僕はエル様を王宮に送ってくるよ。これ以上アレン様と引き離すのは可哀想だしね」
レイモンドはそう言って。部屋を後にした。
馬車の中でレイモンドは向かいに座るエルティーナに、まるで友人感覚の軽い話し方で慰めてきた。
後わずかしか残っていないアレンとの大切な時間を、壊しまくるレイモンドにエルティーナは最早敵意しかなく、泣きながら前方に優雅に腰掛けるレイモンドを睨みつけた。
「ちょっと、恐い顔して睨まないでよ。アレン様と離したのは悪かったよ。僕はね、エル様と大事な話がしたいんだ。アレン様がいたらさ、その話が終わるまでに僕きっと胴体から頭を切り離されている気がするんだよね~
冗談ぬきで。
アレン様、見た目は天使だけど、中は猛獣だからね。命の危険が分かるから今日は一緒に来るのを止めてもらったの」
まだエルティーナのブラウンの瞳からは大粒の涙が流れているが〝話〟というのが気になり、少し涙が止まった。
「私にお話しがあるのでしたら、王宮でも聞けたはず」
「だから、王宮にいたらアレン様がいるでしょ。僕とエル様を二人っきりにしない、絶対に。話をする為に、貴女とアレン様を離したかったの」
「分かったわ。話はきっちり聞きます」
「よろしくね」
その会話を最後にエルティーナとレイモンドはお互い何も話さなかった。
しばらく馬車は走っていた。日はまだ沈んでいない。
馬車の窓から、美しい王都メルカの芸術的なモニュメントが並ぶ景色を見る事も出来たのに、今のエルティーナには大好きなそれを見る事さえも憂鬱としか思えなかった。
王都メルカの中心部から少し離れたとこにフリゲルン伯爵家のお屋敷がある。
エルティーナはレイモンドに手を添えられ馬車をおりる。たくさんの侍女や侍従が並んでおり、その前には執事長だろう男性が頭を下げて立っていた。皆、礼を尽くした文句無い姿だ。
しかし何故かひしひしと敵意を感じる…。そう、いつも舞踏会で感じるエルティーナを憎む視線。フリゲルン伯爵家には初めて来るのだ。屋敷中の人からそんな視線で見られる理由が分からない。
エルティーナはそれを感じないフリをし、仕方なく王女らしく、美しい所作で挨拶をした。
「エルティーナ様、ようこそおいで下さいました。はじめまして。私、フリゲルン伯爵家執事長、セルバンテスと申します。なんなりとお申し付け下さいませ」
ずらっと並ぶ侍女や侍従の一番前に立っていた老紳士が頭を下げる。年の頃は五十から六十くらい。黒い髪に白髪がまじる髪を綺麗に撫でつけ、細身の長身。パリッとした姿は王宮に勤めるもの達に引けを取らない出で立ちである。
とても安心できる。エルティーナにそう思わす執事長だった。
「こちらこそ、よろしくお願いします。晩餐会はとても楽しみにしております」
エルティーナは、柔らかくセルバンテスに微笑んだ。
「じゃあ、エル様は着替えるんだよね。女の人は支度に時間がかかるから、僕はそれまで仕事をしてるよ」
「ねえ、レイモンド様。パトリック様は? どちらにいらっしゃっるの?」
「あぁ。ごめん、あれ嘘だから。パトリック殿はいないよ。
あ~でも言わないとアレン様は貴女から離れないからね。陛下には、貴女を連れて屋敷に行く事は話しているから安心して。無断で連れ出している訳じゃないから。
そもそも、貴女に護衛なんて必要ないんだよ。考えてもわかるよね?
エル様の王位継承権はないのと同じだ。レオン様がいて。クルト様、メフィス様がいる。王家の血筋はもう安定している。エリザベス様は健康的だし、まだ子供も望める。極め付けボルタージュ国は歴史ある大国だ。隣国とのつながりも別にたいして欲しいとは思わないでしょ。だから、エル様は今までのうのうと生きてきたんだよね? 違う??」
分かっていた事でも、改めて言われると辛いし悔しい。
エルティーナは下唇を噛み。冷静になるように心がける。レイモンド様の話は、どう考えても婚約期間を楽しむではなく、政治が絡んでいることを彷彿とさせていた。
(「ラズラ様の言う通り、レイモンド様は気をつけないといけない方ね…。初めてお会いした時は全く分からなかったわ。私は本当に世間知らずで馬鹿なのね……」)
「色々、教えて頂きありがとうございます。支度に参ります。えっと……どなたか手伝いを頼みたいのですが……」
屋敷中の人と目が合わない。どうしても、あまり迎えられていない雰囲気な為、言いづらい。エルティーナが困っていると、聞き取りやすい澄んだ声が辺りに響く。
「エルティーナ様、直接お声をかけることお許しくださいませ。私はダルチェと申します。責任持って私がお手伝いを致します。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します」
侍女や侍従が一気に顔を上げる。「お待ちください」と後方より言葉も聞こえる。
(「何なのかしら? この雰囲気? この女性に何かあるの??
あるのね……たぶん。屋敷中の人がこの女性の味方って感じ。さながら私が悪女? かしら? レイモンド様の思い人とか?? 真っ直ぐで綺麗な人だわ。レイモンド様は嫌いだけど、ダルチェさんは好きな感じ」)
「うん、いいんじゃない? ダルチェがエル様の用意手伝ってあげて。エル様、ダルチェは何でも出来るからさ、たくさん我が儘を言うといいよ」
レイモンド様が微笑みながら言うと、周りの空気が凍る。
エルティーナは、ダルチェ、執事長セルバンテスと共に屋敷に入る。
礼をして道をつくっているから、皆の顔は見えないが空気がとても重かった。
フリゲルン伯爵の屋敷は、王宮ほどではないがとても素敵なお屋敷だった。宝石など高価なモノはほぼないが、品の良い花活けや、壺、タペストリー、絵画なと、美術品愛好家のエルティーナにとっては楽しい。
エルティーナは美術品で気分が上がり、思考が冷静になる。先ほどの光景を思い出し、今からの自分のあり方を考える。
ダルチェはレイモンド様の恋人で、やっぱり、当たりだろう。屋敷中公認の。それならエルティーナは悪女以外のなにものでもない。全く馬鹿馬鹿しい。
それらを踏まえてレイモンド様に嫌悪感がわかない理由が分かった。兄やアレンと同じで、エルティーナを女として見ていない…興味がないのだ。でもエルティーナと結婚はしたい…何かある。
そういう話だろうか? それならば当然アレンは怒るし、彼を離す意味も分かる。それくらいには、大事にされていると思うからだ。
仮初めの妻でいい。本当は口付けも性行為もしたくない。レイモンドから求められないと分かってエルティーナは少し安心していた。
エルティーナが脳内討論をしているとセルバンテスから声がかかる。
「エルティーナ様、こちらでございます。晩餐会まで、この部屋でお過ごし下さいませ。日当たりよく、庭園も眺められる部屋となっておりますので、ゆっくりとおくつろぎくださいませ」
「ええ。ありがとう、セルバンテス」
エルティーナは出来るだけ優雅に見えるようにしていたが…やはりボロはすぐでた。エルティーナが優雅に見えたのは、部屋に入るまで……だった。
通された部屋の中は、一面の空、空、空だ!天使! 天使! 天使!
「きゃぁぁぁぁあ!!! 何!? 何!? 素敵!!! 空なの!? 大空なの!? わぁぁぁ凄いわ凄いわ、絨毯は白?? 汚れないのかしら? 私、鳥になった気分! 嫌、天使よ!! あつかましいかしら(笑)きゃ。
素敵な壁紙!! おぉぉぉ! なるほど、人の目線が合わない為に皆、後ろ姿なのね! なんて美しい翼なの!!!
何これ、アレンの後ろ姿に似てるわ!! きゃぁぁ。この壁紙ほしい!!! きゃあわぁ天使になったみたい。大きな窓からは、緑が見えるのね!! 凄いわ。人間である事を忘れる設定かしら。最高ね!!!」
ぽかーーーーーーん。
執事長のセルバンテス。ダルチェ。荷物を運んでいた侍従四人。ダルチェと共にエルティーナの着替えてを手伝う為についてきた侍女二人。計八人は、エルティーナの変貌ぶりに唖然。
エルティーナは本当に美しいものが大好きで、レオン曰く何かに憑かれているとしか思えないと言われる言動が〝これ〟であった。
皆が唖然としていても、エルティーナは興奮していて全く気づいてない。口を問答無用で塞げるレオンがいないので、憑かれているエルティーナは野放し状態。
ひとしきり感動して、アレンの後ろ姿にそっくりな天使の壁紙の前に行き、真っ白な絨毯の上にそのまま座る。
「綺麗……ツリバァ神ね……。美しいわ…本当にアレンみたい……」
エルティーナのブラウンの瞳からはまた、涙が溢れる。
美しい天使のようなエルティーナが天使を見て泣いている姿は、まるで神話の世界だった。エルティーナに羽根がなく会いにいけないのか。会わせてあげたい。
そう思ってしまう情景だった。
「…エルティーナ様、絨毯がひいてあるとはいえ、地べたに座ると冷えますので、ソファーにお掛けくださいませ。お部屋…気に入って頂き嬉しく思います。あと……あまり泣くと目が腫れますわ」
ダルチェはエルティーナの手をもって、ゆっくりと立たせてくれる。そして柔らかいハンカチで瞳から溢れている涙を優しく拭いてくれたのだった。
そこでエルティーナは初めて我にかえる。
やっぱり会いたい。早く王宮に戻りたい。アレンに会いたくて。ダルチェに手を引かれながら呟いてしまう。
「…アレンに会いたいわ。帰りたい、王宮に帰してほしい。アレンの側にいたいわ…」
エルティーナの声を聞いてダルチェは優しく微笑む。
「晩餐会は、出来るだけ早く終わるようにしましょう。料理の数も減らして、早く王宮に帰りましょう」
ダルチェの言葉がエルティーナには、天使のお告げに聞こえた。手の甲で乱暴に涙を拭って、ダルチェに笑ってみせる。
「はい! よろしくお願い致します!!」
エルティーナの満面の笑みは、皆の心を鷲掴みにした。
「では。髪を整えて、軽くお化粧を直しましょうか」
ダルチェの言葉でエルティーナは、違う提案する。
「ダルチェ様、晩餐会は出なくてもいいかしら。レイモンド様は私に話があると言っていたわ。この場で聞いては駄目かしら? 貴女がレイモンド様の恋人でしょ? すぐお話、つなげるのではなくて??」
エルティーナの発言に皆が一斉に固まる。
「何をおっしゃっているか、わかりかねます」
「隠さなくても大丈夫よ。お屋敷の皆の態度を見たら分かるわ!! 心配しなくても、私はレイモンド様の事、これっぽっちも好きじゃないわ。
お父様やお母様、お兄様や乳母を安心させる為、アレンを私のお守りから解放してあげる為に結婚するの。だから別にレイモンド様じゃなくても良かったの。
だって、私が愛している人はアレンだけ。今までも これからもずっと。生涯変わらないわ」
ダルチェに向かって宣言する。遠い人達だから、王宮に関わりを持てない人達には、さらっと思いを告げれる。エルティーナの本当の気持ちを。
「……エルティーナ様……」
ダルチェは、エルティーナの名前を呼んだ後、静かに侍従や侍女に目を向ける。
「レイモンド様にお伝えしてください。晩餐会はなしで。軽くお茶を用意して。出来るだけ早く帰れるように」
「「「「はい。かしこまりました」」」」
一斉にしっかりとした声が響き、やはりダルチェが女主人だと改めて分かった。
「お化粧は直しますか? さっきたくさん泣かれていたので、ほぼとれてしまっているのではと思いますが」
「え? いいわよ、このままで。とくに気にならないし」
エルティーナの無頓着な考えに、部屋に残っていたセルバンテスとダルチェが固まっている。
「エルティーナ様……凄く変わっていらっしゃいますわね」
「そうかしら? ……ねぇ、ダルチェ様」
「エルティーナ様、私は平民です。様は入りません。呼び捨てになさってくださいませ」
「分かったわ。では、ダルチェ、貴女、子供いるでしょ? 相手はレイモンド様よね。男の子? 女の子? 可愛い??」
エルティーナの爆弾発言にダルチェは顔面蒼白。セルバンテスも血の気を失った顔をしていた。
「あの………」ダルチェの震える声に気づいてエルティーナはふわっと微笑む。
「嫌味じゃないからね。誤解しないで!! 私は勿論子どもを産んだ経験はないけど、赤ちゃんは沢山見たことがあるのよ!!
エリザベスお義姉様やフルールお姉様が子どもを産んだ後の匂いと、貴女が一緒だから。お母様の匂い……お乳の匂いがするの。産んでまもないんではないの?」
「エルティーナ様、申し訳ございません」
「ち、ちょっと。謝らないで!! 何で、別に悪い事ではないわ。私は少し安心しているの。レイモンド様の妻になるのは構わないけど…そういう事はしたくないから……もう後継ぎとかいればいいのになぁ~ って思ってたのよ!
だって後継ぎがいれば私は、頑張らなくても大丈夫よね? 自由だわ!!」
「……エルティーナ様。私は恐れ多くもレイモンド様と関係を持ち、半年前に男子を出産致しました」
「まぁ!! 男の子!! やるわね、ダルチェ!!」
「エ、エルティーナ様………」
深刻な話が何故かさらっと流れる。ダルチェはエルティーナの優しい言葉に張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
「屋敷の皆の態度、申し訳ございません。ご気分が悪かったと思います」
「ふふふ。まるで私は悪女よね。せっかく素敵な奥様がいるのに、権力だけで妻の座を奪いとっていくのは悪女の代表。
レイモンド様と仲良くなる気はさらさらないけど、屋敷の皆んなとは仲良くなりたいわ!! だってこのお屋敷の趣味最高ですもの。
とくに、この部屋は最高!! 王宮にも沢山の部屋があるけど、こんな部屋は一つもないわ。ミダに似ているわね!! テーマはツリバァ神でしょ!! 違うかしら?」
「さようでございます。この部屋はツリバァ神のイメージで作っております。フリゲルン伯爵が……、いえレイモンド様のお父上が大のツリバァ神好きでして、この部屋を特注されたのです」
「セルバンテスも好きでしょ」
「何故そのように、おっしゃるのですか?」
「だって、私が馬車から出た時、セルバンテス、少しガッカリしてたでしょ。アレンも一緒に来るかもって思ってたんじゃないのかしら??」
エルティーナは可愛らしく口に手を置き、きゃっ。とわざとらしく言ってみる。
これにはダルチェがドン引きし、セルバンテスは真っ赤になっていた。
「やっぱり、当たりね!! 私ね、なんか分かるのよ。アレンの事好きな人って。きっと同類なんだわ!!」
「……男の私が好き…と話しても気持ち悪くないのですか?」
「何故?? 気持ち悪いわけないわ。だって、コーディン様とツリバァ様も男神同士だけど恋人だわ。アレンは本当に綺麗だし素敵だもの、惹かれない方がおかしいわ!!」
「私はエルティーナ様ほどは…申し訳ないですが、理解出来かねます」
「ダルチェは、以外に頭が堅いのね」
「そういう問題ではないと思いますが……」
「ねえ。セルバンテスは生でアレンを見たことないのかしら?」
「一度だけ、お姿を拝見した事がございます。ボルタージュ騎士団の公式試合でございます。
とくに胸が高鳴ったのは、最終試合のボルタージュ騎士団最強と謳われたバルデン団長を打ち負かした姿は神がかっておりました!!
噂だけは聞いておりましたが、本当にツリバァ神そのもので、私は感動して涙が出ました!!!」
「まぁ。あの試合、セルバンテスも見ていたのですか? 私も観戦してましたの。凄い偶然ですわね!!
アレンは何をしてても素敵なのよ。綺麗で。優しくって。強くって。一度でいいから、遊ばれてみたいなぁ~ なんて、思ったりしたわ。でも…私の事は眼中にないのが痛いくらい分かるのだけどね……」
「えっ!? エルティーナ様とアレン様は恋人ではないのですか?」
かなり驚きの声でダルチェが質問を投げかけてきた。
「ち、違うわ!! 違うわよ!! 何をいうのよ、ダルチェは!!」
「まさか。そんな事………」
「レイモンド様がそうお話したの? あのね、アレンに失礼だから、それは撤回しておいて。アレンとは七年も一緒いるけど……キスした事もないし、抱き合った事もない、ダンスだって踊った事ないのよ。
アレンがスレンダー美人といちゃいちゃしているのは、何度も見たことがあるけど。アレンは、私に興味がないのよ、全く……。もちろん凄く大切にしてくれているのは分かるわ。でもそれは妹としてかな。
私ばっかりが好きで好きで、本当に…疲れちゃうわ……」
「エルティーナ様……」
「だからダルチェが羨ましわ!! 好きな人と思いが通じ合うって凄く素敵よね。その好きな人に抱いてもらえるのって最高よね」
「エルティーナ様、私は………」ダルチェが話そうとした時、ノックと共にレイモンドが部屋に入ってきた。
「晩餐会をなしにするって、連絡がはいってね、何でかと思ってさ。聞きにきたんだ」
レイモンドは、また嘘くさい笑みでエルティーナに微笑む。その姿はやはり…少し腹が立つ。
「レイモンド様。ちょうどいいわ。私と結婚する理由を聞きたいわ。貴女には綺麗でしっかりしている奥様も後継ぎになる子供もいるのに何故私と結婚するの?
箔が欲しいの? 貴方は十分の爵位もあるし、親族が反対…ってのも違うわよね。はっきりおっしゃって。
でないと、私はお父様とお兄様に話すから正直に。レイモンド様にはすでに奥様も子供もいるのに、私と結婚するつもりなんですって」
「なかなか、言うね。いいよ。話そう。
でも、まだ完全に貴女を信用した訳ではないからね。全部は話さないよ」
「いいわ。話せる所までで大丈夫よ。そして、私は聞いた事は誰にも話さない」
エルティーナの真剣そのものな態度にレイモンドは頷く。
「バスメール国はね、今この国を潰そうとしている。
いわゆる貴族潰しを王族が率先しておこなっているんだよ。驚くよね。
この間の舞踏会にのうのうと来てたあの悪女は、本当に見るに堪えないよ。我がもの顔を殴りたくなったね。あの女は僕の家族を殺した。可愛いと有名な妹だったから、腹が立ったんだろうね。それだけでフリゲルン家を潰そうとするんだ、悪女以外のなにものでもないよ。
あの悪女に直接手を下すには、伯爵の位より、より高い地位が欲しい。そして、あの悪女が一番気に入らないのがエル様、貴女だ。天使のように美しい貴女を目の敵にしている。貴女は狙われる。
必ず、エル様の命は守る。だから囮になってほしい。はっきりいって王宮では不安だ。前の舞踏会をみても、悪女が簡単に入ってきている。恐ろしい話だよ。君は命を狙われているから出来ればうちで守りたいんだ」
「まさか、バスメールが……信じらないわ。友好国よ」
「あの悪女は、アレン様に結婚を申し込んでいるよ。まぁ彼が受けるとは思わないけどね。だから、うちに一緒においでよ。
僕は君を愛してないし、愛そうとも思わない。僕にはダルチェがいるし、愛する息子ダスティーもいる。
これは契約だ。貴女はアレン様を愛している。アレン様も貴女を愛している。
でも何故か一緒にはならない。その理由は僕にはどうでもいい。王宮は危ないし、二人して うちにくればいい。僕の妻という肩書きはそのままで、僕はダルチェと。エル様はアレン様と愛し合えば良い」
レイモンドの言葉に、エルティーナは初めて憎むほど人が嫌いだと思う。
私は構わない、ただアレンを彼を軽く見られている事が何よりも腹立たしかった。
「…理由は分かったわ。貴方の仮の妻にはなる。でもアレンは関係ないわ。彼を巻きこまないで。彼には後ひと月で私の護衛を辞めてもらうの」
「どうして? アレン様には、本当の恋人なんていない。皆が遊びだと聞く。絶対に女なんて情報収集のための道具としか見てないよ。どうしてわからないの??」
「貴方にアレンの何がわかるの!! ちゃんと恋人はいるわ。好きな人だっているし、私が結婚した暁には彼も結婚すると話していたわ。いいかげんな事を言わないで!!」
「アレン様はエル様を愛しているし、ちゃんと女として見ているよ」
「ふ、ふざけないで!!! 話は終わりよ、馬車を出して、貴方の望む妻にはなるわ。私も国は守りたい。貴方の言う事が本当なら、バスメール国を許せないから。それだけだから。これ以上話す必要はないわ。馬車を出して王宮に帰るわ」
エルティーナは、まだ話そうとするレイモンドを振り切って部屋を出る。
部屋から出て行ったエルティーナをレイモンドは不思議に思う………。
「レイモンド様、今のは貴方様が悪いと思います。エルティーナ様はとても素敵なお方。それを女に産まれた楽しみも与えずお飾りの妻として買われるのですか?」
セルバンテスの優しくも攻撃的な物言いに 少し腹が立つ。
「この短時間で、よくも手懐けたもんだと思うよ」
「レイモンド様。エルティーナ様を悪く言うのはおよしになって!!」
何も言わず静かに側に控えていたダルチェがレイモンドに抗議の声をあげる。
「ダルチェ、そう怒るな。僕は救世主のつもりなんだよ。本当に……。
アレン様はエル様の事を愛してるよ。妹としてじゃない、ちゃんと女として見てる。
舞踏会でエル様と会った時。凄いドレスで、なんていうの…前に屈むと胸が丸っと全部見えるデザインでさ。
屈まなければ大丈夫だけど。エル様は着なれないのかな? アレン様の前で思っ切りその姿勢でさ。
アレン様、がっつり下半身反応してたし。そういう目で見てるよ。絶対。間違いないよ」
レイモンドのさらっと朝の報告くらいの爽やかな言い方と真逆の生々しい言動に、セルバンテスもダルチェも絶句。二人とも首まで真っ赤である。
「わ、私は、そのような生々しい話は聞きたくございませんでした。憧れを潰さないで頂きたい」
「おい、おい、セルバンテス。
確かにアレン様は、宝石のような色彩に、神がかった美貌。極限まで絞り込まれた肉体は美術彫像のように綺麗だと思うけど……彼だって男だ。
愛している人を見ればキスだってしたいだろうし。セックスもしたいだろ。それに、側に居たいはず……違う?」
レイモンドは軽く話しているが、それはかなり重い話。セルバンテスもダルチェも言葉を呑み込むしかなかった。
「じゃあ、ダルチェ。セルバンテス。僕はエル様を王宮に送ってくるよ。これ以上アレン様と引き離すのは可哀想だしね」
レイモンドはそう言って。部屋を後にした。
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