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50、アレンの思いとレオンの思い 騎士演習場にて
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グラハの間。昨日の晩餐会の名残は全くなく、花の模様が彫り込まれた美しいデザインのテーブル、対になる椅子がどっしりと鎮座していた。
基本グラハの間は王族しか使わない。そして朝の時分この間を使うのは、国王夫妻、王太子夫妻とその子供たち、グリケット、エルティーナ、の八人である。
八人全員が一同に食事はとらない。まだ幼い子供達は自室が多く、大人達になると起床時間がバラバラな為、朝の食事時間が決まっていない。食べたい時に食べる、食べないという選択肢でも可能なのである。
朝の食事時間は比較的短い為、王族八人の食事時間が重なる事はあまりない。
この日は普段の朝食時間からはだいぶ押していた為、グラハの間には誰もいないと思っていたが、優雅に椅子に座りコーヒーを飲むレオンが居た。
エルティーナ達を視界に入れてなお、コーヒーを吹き出さなかったレオンは自分を本気で偉いと思った。
レオンの目の前には、かつてないほどの不思議な光景が広がっていた。
時間は少し遡る。レオンが優雅にコーヒーを飲んでいるとグラハの間の扉が開く。この時間にまだ食事をしていない者がいたのに驚き開く扉に目を向ける。
入ってきたのは四人。
何故か、グリケットがラズラを抱き上げていて、アレンがエルティーナを抱き上げいる。
「また、何故???」
百歩譲って、エルティーナがアレンに抱き上げられているのは分かる。ここ最近見慣れてきた光景だからだ。しかし、何故叔父のグリケットまでが、同じようにラズラを抱き上げいるのか???
それも当然不思議だったが、驚愕した要因は、皆の表情が個性的で全員が見たことない表情をしていたからだ。
表情はいつも同じで、好々爺とし何事にも動じないグリケットが、意気消沈で打ちのめされた暗さで、彼の周囲には暗雲が漂っていて。
その腕に抱かれているラズラは、ニマニマしながら、グリケットに甘えるように頭を肩に置いている。口もとがずっとニマニマと動いている…正直気持ち悪い。
アレンにまたも抱き上げられているエルティーナは、魂が抜けているのに顔が赤く……そして目がすわっている……。顔色と表情が合ってない本当によく分からない顔。
そして一番強烈なのは、アレンだった。
レオンの給仕をしていた、何人かの侍女が背後で倒れる音が聞こえる。扉を開けた侍女も腰が抜けたのか座り込んでしまっている。レオンの横でコーヒーを持っていた若い侍従もコーヒーを床にこぼす。その隣にいた侍従は失神している。
なかなかの惨状は、全てアレンを見たもの達の末路であった……。
現在、アレンの状態は………。
美しいアメジストの瞳は優しく細められていて、一流の職人に磨き上げられた宝石のごとくきらびやかに輝いている。いつもはあまり表情がない唇は緩やかなカーブをえがき、妖艶に微笑んでいる。
その唇がふいに動いて……。開かれた美しい形の唇から、生々しい男の色気がたっぷり含まれた息がゆっくりと吐かれていく。
アレンの硬質な感じが、まるで無く……見ているだけで昇天しそうな…大天使の雰囲気をまとっている……。
「何があった!? おい!?」レオンは脳内で最大に突っ込む。
皆が呆然としていても、アレンは我関せず。
いつもより、なぜか密着して抱き上げていたエルティーナを椅子にゆっくりと時間をかけて壊れ物のように、大切に、全ての神経を使い椅子におろしている。
「…エルティーナ様、お食事が終わるまで…外で待機して…おります。…ゆっくり…お召し上がりくださいませ」
最後に恐ろしく甘い声でとどめを刺す。
後からグラハの間に入ってきた侍女や侍従はアレンの声に皆、腰を抜かす。アレンはエルティーナだけに声をかけ、ゆっくりとグラハの間を出て行った……。
「…おい…エル……あれはなんだ!? 俺は、まだ夢を見ているのか?? 」
夢という言葉に覚醒し、現実に戻ってきたエルティーナは、涙目で隣に座るレオンを見る。
「……お兄…様…。…私…身体に、力が…はいらないの……アレンをとめて……このままでは…私…心臓が止まっちゃうわぁ…… 」
エルティーナは情けない声を出す。
「凄いわね…これ程とは…。笑いごとで済ませなくレベルだわ……。前言撤回。アレン様の味方は今日この場で辞めます」
ラズラの顔は引きつっている。何か知っていそうなラズラに顔を向けたレオンは、真剣に答えを求める。
「ラズラ様、何かご存知ですか?」
「お兄様! な、なんでもありません!!」
「エルには、聞いてない」
「嫌!! 聞かないで、お願い! 嫌よ、お願い!!」
本当に涙を流しながら懇願するエルティーナに驚き、可哀想になりレオンは黙る。それから何事もなく朝食が開始された。
レオンはなんとも言えない気持ちのまま、グラハの間を退出する。グラハの間を出た先には、壁に背を預けて立っているアレンがいた。
「アレン。何があった? グラハの間が凄い惨状になっているぞ。……お前のまとう雰囲気は神経にくるから止めろ 」
「……悪かった。だから外に出てきた 」
「アレン……悪く思ってないだろ。まだ甘ったるい雰囲気が出まくってるぞ 」
「…………悪い ……抑えているつもりだが……気持ちが高揚して…… 」
「はぁ?? ………アレン…少し身体を動かすか?? 今のお前は最早 公害だ。クールダウンする必要があるぞ。
エルの…今からの予定は、確か帝王学の授業の日だろ。教えるのはグリケット叔父上だ。グラハの間でやってもらおう。移動がなければ、お前がエルの側にいなくても大丈夫だからな」
「……分かった。レオン、すまないが少し相手をしてくれ」
「了解だ。ただし、夜は俺の溜まった仕事を手伝えよ」
「…ああ」
レオンはもう一度、グラハの間に戻りグリケットとエルティーナに話を通し、二人に了承を得る。
グリケットは「そうした方がいいな」とどこか虚ろだ。エルティーナは少し寂しそうにしながら「はい… 」という。
先ほど泣いたからだろう、大きなブラウンの瞳を縁どる淡い金色の睫毛がまだ濡れていて、何故か無性に抱きしめ頬擦りしたくなる。
「エルは、本当に可愛いな 」レオンはくすっ と笑う。
レオンにとって、エルティーナはいくら大きくなっても可愛い小さな妹なのだ。そんな違和感いっぱいの面々を残し、レオンはグラハの間を出る。
「アレン、待たせたな。じゃあ、騎士演習場に行くとするか。俺も久しぶりだから、少し楽しみだ。騎士演習場に行ったと話したら、エリザベスが羨ましがるだろうな」
「そうだな…」
二人は歩き出した。コツッコツッコツッ と同じリズムの音が回廊に響く。しばらく肩を並べ歩いていると、侍女達に出会い拝まれる……。仕方がないと思い何も言わないが、享受しているわけではない。
レオンもアレンも何とも言えない顔をし、見て見ぬふりをし先に進む。が何人かの反応で不機嫌さを見せ、消しもしないアレンにレオンは嫌味を投げかける。
「アレンは気にしないんじゃないのか? そうエルに言ってなかったか? 」
「エルティーナ様が拝む分はかまわない、という意味だ。直接は言わないが顔面の表皮ばかり見て騒ぐ女ほど煩わしいものはない」
「相変わらず…キツい言い方だな…。常日頃思っていたが、お前はエルとエル以外の人間に対する接し方が違いすぎるぞ」
「特に意識して態度を変えてる訳じゃない」
「……言っとくが、エルも わりと顔面の表皮ばかり見ているぞ。お前のいう煩わしい女の代名詞だ。
エルがなかなか結婚出来ないのは、どう考えても俺やお前が基準だからだ。エルの理想が限りなく高くなっている。まぁ、やっと嫁にいってくれるから安心したけどな」
レオンの言葉を最後に、アレンは何も話さなくなった。そんなアレンの端正な横顔を見て思う。
一度、腹を割って話してみたい。アレンは何を思い? 何を望んでいる? 本当にメルタージュ家は継がないのか? 結婚はしないのか? 何故、騎士になったんだ? 国の為?? 疑問に思う事はたくさんある。だが、何一つ聞いた事はない。
アレンから聞くな、と言う意思が伝わるからだ。レオンが騎士であるからこそアレンの無言の意思を読んでしまう。
エルティーナの護衛もあと半年。終わればアレンはフリーとなる。騎士団に戻るのか…。レオンとしては、出来れば息子クルトの護衛についてもらいたいと思っていた。それをいつ話せばいいのかと最近の悩みだ。
二人きりで絶好の機会であっても。今、話すべきじゃない事は空気で分かる。
どうしてもレオンには、アレンがエルティーナと離れる未来が想像出来ないのだ……。エルティーナはフリゲルン伯爵と結婚する。頭では分かっているし、安心しているのも確かだ。
しかしどうあってもレオンには、フリゲルン伯爵が二人の仲を引き裂く悪魔としか思えない。
アレンはエルティーナの結婚をどう思っているのか……。エルティーナの結婚が決まった時、もしかするとアレンがエルティーナを娶るというんじゃないかと、父母は話していた……。
でもそうはならなかった。普通に決まり、普通に終わる。
レオンも、アレンはエルティーナに対して何か行動を起こすとふんだ。でも……本当に何も変わらない。エルティーナを今まで以上に甘やかしているくらいだ……。あと少しだからか?
色々な疑問の中で一つはっきりした事。それはエルティーナを女として想い、妻にほしいとまでは思わないという事だ。
アレンが好きになる女は、どんな人か興味がある。美術彫像よりなお美しいアレンに愛されて、求められて、断る女はいない。
(…いつかは、会ってみたい。遊びではなく、お前が己の全てをかけてもいいと思えるほどの…愛する女性に)
麗しい横顔を見つめても彼の本心をレオンは読めなかった。
今日の騎士演習場は、いつもより人数が多い。それは三ヶ月後にボルタージュ建国記念日があるからだ。各国から王族、国の重鎮達が一同に集まり国中が祝いをあげ、十日間にかけて祭が開かれる。
一年に一度の大祭である。それに加え、今年はボルタージュが建国して五百年になる大きな節目の記念年だった。
長く続くボルタージュ国には皆が尊敬する王がおり、将来有望な若き王太子がいる。
この国の未来は輝かしく、国民は安心して生きていけるこの時代を大いに感謝していた。
「建国記念日が近いから、実技演習が多いんだな。いい傾向だな」
「ああ」
「レオン殿下! アレン様! どうされたんですか?? 」
レオンとアレンに気づいたパトリックが不思議そうに質問を投げかける。その背後では、驚愕する騎士見習いや、先日アレンに叩きのめされたルドックやホムールもいた。
「少し身体が鈍っているから動かしにきただけだ。練習用のサーベルを二本貸してくれ」
「はい。かしこまりました。レオン殿下、練習用のサーベルを二本というとアレン様も身体を動かされるのですか? 」
「ああ。俺とアレンで打ち合うから二本必要なんだ」
「えっ!? レオン殿下とアレン様で練習試合をされるんですか!? 是非! 是非!! 私に審判をさせてください!!! 」
「練習試合ほど、する気はないが… 」
「練習試合形式でしてくれると嬉しい」パトリックとレオンの会話に入ってきたのはキメルダだった。
「キメルダ副団長。貴方もいらしてたのですか? 俺とアレンが練習試合形式をとったら他の練習の邪魔になりませんか? 」
「嫌。むしろ良い勉強になるよ。レオン殿下はもちろん、アレンの腕前を年若い騎士達に見せてやりたいからな。私やパトリックではアレンに全く歯が立たないから、あまり見せても意味はないが。レオン殿下は団長くらいの腕があるから、なんとかアレンと互角に試合ができるだろう 」
「すでに、俺が負けるようないい方ですね。副団長…… 」
「そうだな。では、アレンから一本とれたら一日私の時間をやろう。仕事の雑用なり、給仕なり、なんでもやってやろう」
「それは、ありがたい。是非、仕事を手伝ってもらいます」
「一本とれたらな」
レオンとキメルダが話を進めていてもアレンは話に入ってこない。静かに成り行きを見ている。
(「練習試合は面倒だな… エル様の元に早く戻りたい…… 」)
エルティーナの事を考えた時、ラズラの言葉が頭によぎる。『…エルティーナったら、アレン様とエッチな事をしている夢を見たんですって… 』
(「あぁ…私も是非、その夢を見たいな。エル様はその夢に嫌悪してたわけではなく、恥ずかしがっていらした。
美術品や兄のように慕われていても嬉しいが……少しでも異性として意識してくださるのは、格別に嬉しい」)
レオンは副団長との話に区切りがついた為、他の騎士達に意識を向ける。
「うん!? 」
パトリックとルドックの様子がおかしい…!? 近くにいる騎士達も皆、顔が赤い。
「まさか………」
レオンは勢い良く振り返り、背後をみる。
振り向いた先には、穏やかなのに色気たっぷりのアレンが、また信じられない表情になり立っていた……。
「アレン!! お前は、反省しているのか!? 甘ったるい雰囲気がだだ漏れだ! 誘惑しに来たんじゃないんだぞ!! 全くこの場にそぐわない!! 」
「…レオン……悪い……。
キメルダ副団長、練習試合の件は了解しました。手加減せずレオンと手合わせできるのはこちらも楽しみです」
「……アレン …何かあったのか? 」
まだ、なんとなく甘い雰囲気のアレンにキメルダの頭の中は疑問が飛び交っていた。
基本グラハの間は王族しか使わない。そして朝の時分この間を使うのは、国王夫妻、王太子夫妻とその子供たち、グリケット、エルティーナ、の八人である。
八人全員が一同に食事はとらない。まだ幼い子供達は自室が多く、大人達になると起床時間がバラバラな為、朝の食事時間が決まっていない。食べたい時に食べる、食べないという選択肢でも可能なのである。
朝の食事時間は比較的短い為、王族八人の食事時間が重なる事はあまりない。
この日は普段の朝食時間からはだいぶ押していた為、グラハの間には誰もいないと思っていたが、優雅に椅子に座りコーヒーを飲むレオンが居た。
エルティーナ達を視界に入れてなお、コーヒーを吹き出さなかったレオンは自分を本気で偉いと思った。
レオンの目の前には、かつてないほどの不思議な光景が広がっていた。
時間は少し遡る。レオンが優雅にコーヒーを飲んでいるとグラハの間の扉が開く。この時間にまだ食事をしていない者がいたのに驚き開く扉に目を向ける。
入ってきたのは四人。
何故か、グリケットがラズラを抱き上げていて、アレンがエルティーナを抱き上げいる。
「また、何故???」
百歩譲って、エルティーナがアレンに抱き上げられているのは分かる。ここ最近見慣れてきた光景だからだ。しかし、何故叔父のグリケットまでが、同じようにラズラを抱き上げいるのか???
それも当然不思議だったが、驚愕した要因は、皆の表情が個性的で全員が見たことない表情をしていたからだ。
表情はいつも同じで、好々爺とし何事にも動じないグリケットが、意気消沈で打ちのめされた暗さで、彼の周囲には暗雲が漂っていて。
その腕に抱かれているラズラは、ニマニマしながら、グリケットに甘えるように頭を肩に置いている。口もとがずっとニマニマと動いている…正直気持ち悪い。
アレンにまたも抱き上げられているエルティーナは、魂が抜けているのに顔が赤く……そして目がすわっている……。顔色と表情が合ってない本当によく分からない顔。
そして一番強烈なのは、アレンだった。
レオンの給仕をしていた、何人かの侍女が背後で倒れる音が聞こえる。扉を開けた侍女も腰が抜けたのか座り込んでしまっている。レオンの横でコーヒーを持っていた若い侍従もコーヒーを床にこぼす。その隣にいた侍従は失神している。
なかなかの惨状は、全てアレンを見たもの達の末路であった……。
現在、アレンの状態は………。
美しいアメジストの瞳は優しく細められていて、一流の職人に磨き上げられた宝石のごとくきらびやかに輝いている。いつもはあまり表情がない唇は緩やかなカーブをえがき、妖艶に微笑んでいる。
その唇がふいに動いて……。開かれた美しい形の唇から、生々しい男の色気がたっぷり含まれた息がゆっくりと吐かれていく。
アレンの硬質な感じが、まるで無く……見ているだけで昇天しそうな…大天使の雰囲気をまとっている……。
「何があった!? おい!?」レオンは脳内で最大に突っ込む。
皆が呆然としていても、アレンは我関せず。
いつもより、なぜか密着して抱き上げていたエルティーナを椅子にゆっくりと時間をかけて壊れ物のように、大切に、全ての神経を使い椅子におろしている。
「…エルティーナ様、お食事が終わるまで…外で待機して…おります。…ゆっくり…お召し上がりくださいませ」
最後に恐ろしく甘い声でとどめを刺す。
後からグラハの間に入ってきた侍女や侍従はアレンの声に皆、腰を抜かす。アレンはエルティーナだけに声をかけ、ゆっくりとグラハの間を出て行った……。
「…おい…エル……あれはなんだ!? 俺は、まだ夢を見ているのか?? 」
夢という言葉に覚醒し、現実に戻ってきたエルティーナは、涙目で隣に座るレオンを見る。
「……お兄…様…。…私…身体に、力が…はいらないの……アレンをとめて……このままでは…私…心臓が止まっちゃうわぁ…… 」
エルティーナは情けない声を出す。
「凄いわね…これ程とは…。笑いごとで済ませなくレベルだわ……。前言撤回。アレン様の味方は今日この場で辞めます」
ラズラの顔は引きつっている。何か知っていそうなラズラに顔を向けたレオンは、真剣に答えを求める。
「ラズラ様、何かご存知ですか?」
「お兄様! な、なんでもありません!!」
「エルには、聞いてない」
「嫌!! 聞かないで、お願い! 嫌よ、お願い!!」
本当に涙を流しながら懇願するエルティーナに驚き、可哀想になりレオンは黙る。それから何事もなく朝食が開始された。
レオンはなんとも言えない気持ちのまま、グラハの間を退出する。グラハの間を出た先には、壁に背を預けて立っているアレンがいた。
「アレン。何があった? グラハの間が凄い惨状になっているぞ。……お前のまとう雰囲気は神経にくるから止めろ 」
「……悪かった。だから外に出てきた 」
「アレン……悪く思ってないだろ。まだ甘ったるい雰囲気が出まくってるぞ 」
「…………悪い ……抑えているつもりだが……気持ちが高揚して…… 」
「はぁ?? ………アレン…少し身体を動かすか?? 今のお前は最早 公害だ。クールダウンする必要があるぞ。
エルの…今からの予定は、確か帝王学の授業の日だろ。教えるのはグリケット叔父上だ。グラハの間でやってもらおう。移動がなければ、お前がエルの側にいなくても大丈夫だからな」
「……分かった。レオン、すまないが少し相手をしてくれ」
「了解だ。ただし、夜は俺の溜まった仕事を手伝えよ」
「…ああ」
レオンはもう一度、グラハの間に戻りグリケットとエルティーナに話を通し、二人に了承を得る。
グリケットは「そうした方がいいな」とどこか虚ろだ。エルティーナは少し寂しそうにしながら「はい… 」という。
先ほど泣いたからだろう、大きなブラウンの瞳を縁どる淡い金色の睫毛がまだ濡れていて、何故か無性に抱きしめ頬擦りしたくなる。
「エルは、本当に可愛いな 」レオンはくすっ と笑う。
レオンにとって、エルティーナはいくら大きくなっても可愛い小さな妹なのだ。そんな違和感いっぱいの面々を残し、レオンはグラハの間を出る。
「アレン、待たせたな。じゃあ、騎士演習場に行くとするか。俺も久しぶりだから、少し楽しみだ。騎士演習場に行ったと話したら、エリザベスが羨ましがるだろうな」
「そうだな…」
二人は歩き出した。コツッコツッコツッ と同じリズムの音が回廊に響く。しばらく肩を並べ歩いていると、侍女達に出会い拝まれる……。仕方がないと思い何も言わないが、享受しているわけではない。
レオンもアレンも何とも言えない顔をし、見て見ぬふりをし先に進む。が何人かの反応で不機嫌さを見せ、消しもしないアレンにレオンは嫌味を投げかける。
「アレンは気にしないんじゃないのか? そうエルに言ってなかったか? 」
「エルティーナ様が拝む分はかまわない、という意味だ。直接は言わないが顔面の表皮ばかり見て騒ぐ女ほど煩わしいものはない」
「相変わらず…キツい言い方だな…。常日頃思っていたが、お前はエルとエル以外の人間に対する接し方が違いすぎるぞ」
「特に意識して態度を変えてる訳じゃない」
「……言っとくが、エルも わりと顔面の表皮ばかり見ているぞ。お前のいう煩わしい女の代名詞だ。
エルがなかなか結婚出来ないのは、どう考えても俺やお前が基準だからだ。エルの理想が限りなく高くなっている。まぁ、やっと嫁にいってくれるから安心したけどな」
レオンの言葉を最後に、アレンは何も話さなくなった。そんなアレンの端正な横顔を見て思う。
一度、腹を割って話してみたい。アレンは何を思い? 何を望んでいる? 本当にメルタージュ家は継がないのか? 結婚はしないのか? 何故、騎士になったんだ? 国の為?? 疑問に思う事はたくさんある。だが、何一つ聞いた事はない。
アレンから聞くな、と言う意思が伝わるからだ。レオンが騎士であるからこそアレンの無言の意思を読んでしまう。
エルティーナの護衛もあと半年。終わればアレンはフリーとなる。騎士団に戻るのか…。レオンとしては、出来れば息子クルトの護衛についてもらいたいと思っていた。それをいつ話せばいいのかと最近の悩みだ。
二人きりで絶好の機会であっても。今、話すべきじゃない事は空気で分かる。
どうしてもレオンには、アレンがエルティーナと離れる未来が想像出来ないのだ……。エルティーナはフリゲルン伯爵と結婚する。頭では分かっているし、安心しているのも確かだ。
しかしどうあってもレオンには、フリゲルン伯爵が二人の仲を引き裂く悪魔としか思えない。
アレンはエルティーナの結婚をどう思っているのか……。エルティーナの結婚が決まった時、もしかするとアレンがエルティーナを娶るというんじゃないかと、父母は話していた……。
でもそうはならなかった。普通に決まり、普通に終わる。
レオンも、アレンはエルティーナに対して何か行動を起こすとふんだ。でも……本当に何も変わらない。エルティーナを今まで以上に甘やかしているくらいだ……。あと少しだからか?
色々な疑問の中で一つはっきりした事。それはエルティーナを女として想い、妻にほしいとまでは思わないという事だ。
アレンが好きになる女は、どんな人か興味がある。美術彫像よりなお美しいアレンに愛されて、求められて、断る女はいない。
(…いつかは、会ってみたい。遊びではなく、お前が己の全てをかけてもいいと思えるほどの…愛する女性に)
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今日の騎士演習場は、いつもより人数が多い。それは三ヶ月後にボルタージュ建国記念日があるからだ。各国から王族、国の重鎮達が一同に集まり国中が祝いをあげ、十日間にかけて祭が開かれる。
一年に一度の大祭である。それに加え、今年はボルタージュが建国して五百年になる大きな節目の記念年だった。
長く続くボルタージュ国には皆が尊敬する王がおり、将来有望な若き王太子がいる。
この国の未来は輝かしく、国民は安心して生きていけるこの時代を大いに感謝していた。
「建国記念日が近いから、実技演習が多いんだな。いい傾向だな」
「ああ」
「レオン殿下! アレン様! どうされたんですか?? 」
レオンとアレンに気づいたパトリックが不思議そうに質問を投げかける。その背後では、驚愕する騎士見習いや、先日アレンに叩きのめされたルドックやホムールもいた。
「少し身体が鈍っているから動かしにきただけだ。練習用のサーベルを二本貸してくれ」
「はい。かしこまりました。レオン殿下、練習用のサーベルを二本というとアレン様も身体を動かされるのですか? 」
「ああ。俺とアレンで打ち合うから二本必要なんだ」
「えっ!? レオン殿下とアレン様で練習試合をされるんですか!? 是非! 是非!! 私に審判をさせてください!!! 」
「練習試合ほど、する気はないが… 」
「練習試合形式でしてくれると嬉しい」パトリックとレオンの会話に入ってきたのはキメルダだった。
「キメルダ副団長。貴方もいらしてたのですか? 俺とアレンが練習試合形式をとったら他の練習の邪魔になりませんか? 」
「嫌。むしろ良い勉強になるよ。レオン殿下はもちろん、アレンの腕前を年若い騎士達に見せてやりたいからな。私やパトリックではアレンに全く歯が立たないから、あまり見せても意味はないが。レオン殿下は団長くらいの腕があるから、なんとかアレンと互角に試合ができるだろう 」
「すでに、俺が負けるようないい方ですね。副団長…… 」
「そうだな。では、アレンから一本とれたら一日私の時間をやろう。仕事の雑用なり、給仕なり、なんでもやってやろう」
「それは、ありがたい。是非、仕事を手伝ってもらいます」
「一本とれたらな」
レオンとキメルダが話を進めていてもアレンは話に入ってこない。静かに成り行きを見ている。
(「練習試合は面倒だな… エル様の元に早く戻りたい…… 」)
エルティーナの事を考えた時、ラズラの言葉が頭によぎる。『…エルティーナったら、アレン様とエッチな事をしている夢を見たんですって… 』
(「あぁ…私も是非、その夢を見たいな。エル様はその夢に嫌悪してたわけではなく、恥ずかしがっていらした。
美術品や兄のように慕われていても嬉しいが……少しでも異性として意識してくださるのは、格別に嬉しい」)
レオンは副団長との話に区切りがついた為、他の騎士達に意識を向ける。
「うん!? 」
パトリックとルドックの様子がおかしい…!? 近くにいる騎士達も皆、顔が赤い。
「まさか………」
レオンは勢い良く振り返り、背後をみる。
振り向いた先には、穏やかなのに色気たっぷりのアレンが、また信じられない表情になり立っていた……。
「アレン!! お前は、反省しているのか!? 甘ったるい雰囲気がだだ漏れだ! 誘惑しに来たんじゃないんだぞ!! 全くこの場にそぐわない!! 」
「…レオン……悪い……。
キメルダ副団長、練習試合の件は了解しました。手加減せずレオンと手合わせできるのはこちらも楽しみです」
「……アレン …何かあったのか? 」
まだ、なんとなく甘い雰囲気のアレンにキメルダの頭の中は疑問が飛び交っていた。
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バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
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扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。
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