ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

うさぎくま

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34、エルティーナのタイプ

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「…エル! エル!」

「…お母様 ……はっ!? 今、私……」

 気が遠くなってしまい、しばらく意識がとんでいて…大切な場面で放心してしまった…。
 自分のあり得ない失態にエルティーナの大きなブラウンの瞳からは涙が零れ、瞳を縁取る柔らかな金色の睫毛も濡れてゆく。

「エル 大丈夫よ、フリゲルン伯爵はもうここにいないから! 退出したわ、貴女はちゃんと礼をとっていたから心配いらないわよ!
 ねぇ…エル…我慢…しなくていいのよ …嫌なら…結婚しなくてもいいわ。ずっと ここにいていいのよ」

 言って良いこと悪いことがある。今この場で言うべき言葉でないのは百も承知。
 しかし母としてはエルティーナが一番。遅くできた子供、それも念願の女の子だ可愛くて当然。
 ボルタージュ国の王妃としてでなく母として、本心から別に結婚はしなくて良いと思っていたのだ。

「…お母…様…」

「エルは昔からあまりにも手のかからない子すぎるの。貴女の口から嫌とか聞いた事がない。そして何も欲しがらない…。
 どうして? ドレスは? 化粧品は? 宝石は? 食べ物は? 美術品は? 何故何もねだらないの? 貴女は王女なのよ?」

 母親からの怒涛の質問に、エルティーナはたじたじ。

「お母様…大丈夫です。少し驚いただけ… 大丈夫です…。
 レイモンド様は…私の…好きなタイプです。だから緊張して… ごめんなさい」

 母を安心させる為の嘘。レイモンドがエルティーナのタイプな訳がない。
 エルティーナは誰よりも、何よりも、アレンが好きなのだから。


「…エル……(怒)……貴女…いつから、あんな細っこいのがタイプになったのよ…(怒)……」

 安心させる為の嘘だったはずが、何故か母の逆鱗に触れた。

「ほ、細こいって。お、お母様…」

「エル!! お父様を見なさい!!」

「…? はい?? 見てますが…」

「ではっ! 今度はこちら!!」

 エルティーナの小さな顔を無造作に掴み、エルティーナの「痛いわ…」という言葉はまるっと無視をし、アレンのほうに挟んだ顔を向ける。

「………アレンがいるわ?」

「エル!! エル!! エルーーー!!
 何故!? 何故なの!? 貴女の目は節穴なのかしら!?
 何故、お父様をみて、レオンと共に過ごし、アレンを常日頃見ていて、選ぶ旦那がっ。
 何故あんな、小さくて細っこい殿方になるの!? ええっ!?
 私はフリゲルン伯爵がまさかあれだとは、知らなかったわよ!?」

「……お、お母様のタイプと私のタイプは違うわ。私、筋肉モリモリなタイプは苦手だから…お父様みたいな暑苦しい人はタイプじゃないです」

「…エル そこまでにしろ…。父上がショックで立ち直れなくなるからな…」

 突然響く美声に、エルティーナは笑顔で答える。

「まぁ!! お兄様!! …うん? お兄様は、先ほどいらっしゃいませんでしたよね?」

「成り行きが気になってな…。隠れてみていた。フリゲルン伯爵は一筋縄ではいかなそうな相手だからな」

「とっても可愛らしい方なのに、お兄様にそこまで言わせるのは、やっぱりレイモンド様は凄いのですね!!」

 先程のエルティーナの言動「筋肉モリモリは苦手」にショックを隠しきれないレオンは、本能のままレイモンドを敵視する。
 例にもれず、レオンもかなりの筋肉モリモリタイプだからだ。

「…おい、エル。いつからフリゲルン伯爵をファーストネームで呼び合う仲になったんだ!?」

「ええっと。舞踏会の時に、私がレイモンド様をフルネームでお呼びしたら、長いからと。レイモンド様も私の事、エル様って呼ぶと思うわ。いいって言いましたし」

「………なかなか、ぶち込んでくるな、彼奴はっ」

 エルティーナにとって、フリゲルン伯爵の狸具合は全く分からないので、きょとん。としている。

「父上……いつまでショックを受けているのですか…… ほら、いい報告があるのを言わないのですか??」

「……うっ。そう…だな」

「いい報告?」

 驚きにエルティーナの大きな瞳が瞬きをすれば、先ほどの涙の残りが。溜まっていた涙が頬を伝う。

 エルティーナが頬を濡らす涙を手の甲で拭おうとすると、顔の前に柔らかな肌触りのシルクの布が出現し、涙を拭いてゆく。

「うん?」エルティーナは疑問に思った時、耳元で声が聞こえる…。

「エルティーナ様。涙はハンカチでお拭きください。柔らかい頬に跡が残りますから」

 背後からの、極上の甘い美声が聞こえ、エルティーナの腰は砕けた……。
 真後ろにはアレンがいたから床に激突は免れたのだが。

 なんとも言えない表情の王と王妃。そしてレオン。

 レオンは盛大にため息を吐きながら、アレンを睨む。

「………アレン。お前は普通に話せないのか… エルの腰がくだけてるぞ……」

「……ごめんなさい…… ごめんなさい」

 レオンの言葉は聞き流し、謝り続けるエルティーナに、アレンは「エルティーナ様。失礼いたします」といいながら、ふわっと優しく抱き上げる。

 エルティーナの重さを全く感じないように抱き上げる様は見惚れるし、アレンの腕力に感嘆する。
 流石にレオンも片腕でエルティーナを抱き上げるのは無理だからだ。

「ふぇっ!?」エルティーナからは変な声が聞こえる。

 また真っ赤になっているのだろうと予測し、レオンがエルティーナの顔を見ると予想を反して、眉間に皺がより唇がとがっている思いもよらない顔になっていた。


「エル… なんて顔をしているんだ……」

 レオンの問いに。エルティーナは可愛らしい小さい口をまたとがらす。


(「ふん…。もう赤ちゃん扱い五回目になると、なんかもう…どうでもよくなるわ…。
 どうぞ、どうぞ、どうせ赤ちゃんですよ。腰が抜けてますよ~ アレンの声は公害ですよ~」)

 やさぐれているエルティーナに、アレンは爽やかに微笑む。

「エルティーナ様、このまま自室まで参ります。ジュダ様の授業に遅れると後が面倒ですから」

「お、お願いするわ!!! お父様、いい報告は、また夜に聞きますわ!」


 エルティーナは今度は真っ青になり震えている…。
 忘れてたのだ。今日は、ジュダ・トータの語学の授業がある事を……。

 御歳六十二歳になるがまだまだ現役で、素晴らしく熱苦しい学者なのであった。


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