ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

うさぎくま

文字の大きさ
上 下
31 / 72

31、覚悟の代償

しおりを挟む
 ボルタージュ国への観光客や、王都に住む人が集まる住宅街より、少し離れた場所にメルカの歓楽街がある。

 メルカは全てが同じ建築様式で造られている為、昼間は大きく差はないように見える。しかし一度日が沈みあたりが暗闇に閉ざされたあと…そこは姿を変える。

 明明と照らされた街灯は華やかで、紳士の付き合いや賭け事、そして娼館などが建ち並ぶ歓楽街へと変身をとげる。



「お姉様、ただいま戻りました!!」

 明るいソプラノの声が店内に響く。開店するにはまだ早く。店の中には一人の客もいない。客はいないがそこで働く人は勿論存在する。

「おかえりミラー。うん!? アレン!? どうしたの!? こんな時間に!? えっ姫様は!?」

「………」

「うっ…お姉様…私が余計なことを言って、お姫様と離しちゃった……。あははは」

 頭をかきながら、苦笑いを浮かべるミラー。そんなやり取りを静かに見ていたアレンが、溜め息と共に経緯を語る。


「エルティーナ様とレオン。パトリック、フローレンスと王都散策として街に降りていた」

「へぇあいつらも、一緒かぁ。懐かしいな」

「お姉様…言葉が男に戻ってるわよ~お兄様~」

「お兄様って呼ぶな!!」

「はぁ~何よ。教えてあげたんじゃない。じぁ! 私は用意してくるわ」

 ケタケタ笑いながらミラーは、二人の側を離れる。


「お前達は、相変わらずだな」

 アレンはソルジェとミラーの言い合いがいつも通りで、肩の力を抜いて微笑んだ。

「そういう、アレンはいつ見ても美しいわね。眼福眼福。はぁ~いい身体ね。もちろん顔も。お店始まるまで時間があるし、呑もうか?いいお酒入ってるわよ。奢るわ」

 アレンにパチンッと、何か含みを込めたウィンクを贈る。

「…あぁ。貰おう」

 あからさまな態度が面白く、ソルジェの提案にのる。
 アレンは長テーブルに綺麗に並べられていた椅子に腰かけ、ソルジェが出してきたワインに口をつける。

「なんか、ミラーが悪い事したわね。あの子はいい子なんだけど…、男好きと。空気が読めない事が玉にきずなのよね…。
 さわりだけ聞いても、姫様の前であからさまに貴方を誘ったんだろうなぁ~って、分かります。変わりに謝るわ、すみません」

「…ああ。流石にあれは堪えるな。あからさまだったが、エルティーナ様は全く分かってない」

「まじで…」

「普通に、久しぶりなら店にいけといわれた…。まさか娼館だとは思ってないな」

「……ミラーみたいに男と寝るのが生きがい。ってタイプも珍しいけど、姫様はまた…かなり問題ありね…。
 大丈夫なのかしら……。昔、私達の上半身裸で訓練しているの見て吐いていたし。……私達が汚いみたいじゃない…姫様を連れてきたレオンが悪いのよ。あの阿保のせいで!!」

「実際、綺麗なものではないからな。吐かれて当然だ」

「はぁ~!? 剣を振り回して、訓練してて美しいのなんて、貴方とレオンくらいよ!! 馬鹿言わないで!
  はぁ~レオンに会いたいなぁ~。騎士を辞めてからは会えてないし」

「男だった騎士の時の姿なら、ぎりぎり大丈夫だが。今の女の姿でレオンに迫ったら、確実にエリザベス様に殺されるぞ」

「嘘…意外…」

「意外か? エリザベス様は曲がった事が嫌いだからな。浮気なんて問題外だ。白か黒しかなく、グレーなんてものは存在しない。
 レオンは次期王で、見目もよく、騎士の称号ももっている。妻や子供がいても今でもレオンはモテる。
 ただ、エリザベス様に歯向かえないからな。恐くてレオンに寝ようと誘う馬鹿はいない」

「本当にこの国は変わってるわ、普通は王族は一夫多妻制をとるものよ。隣国のスチラやバスメールも一夫多妻制だしね。この国にその制度がないのが不思議で奇跡よ」

「……そうだな」

「風の噂で聞いたのだけど…姫様、結婚するのよね……。
 大丈夫なの?? どうやって子供が出来るか姫様は知ってる? それまでの過程は、ちゃんとご存知なのかしら?
 小さい頃から天使みたいだったから、大人達が生々しい話を耳に入れたくない気持ちも分かるけどね。
 …あの可愛さを見ると、自分が汚れているみたいに思うもの。でも、そうも言ってられないんじゃあ……」

「今も、何も知らない」

「は!? 誰も何もいわないのか!?」

「言葉使いが戻ってるぞ」

「…それはもう優しさじゃない」

「王とレオンは言わないな。一度、エルティーナ様の身体の変化について話をして、しばらく会いたくないと拒絶されたのを今だに気にしているし。
 王妃も一緒だ。そして彼らが言わないなら誰も言わない」

「それで、初夜で初めて男を知るの? 残酷なことさせるのね……」

「………」

「あっ! そうそう、貴方が教えてあげたら?手取り足取り!!
 ……て……冗談よ。…睨まないで………本当に………恐いから……」

 ソルジュは慌てて否定するも、冗談が全く通じないアレンを昔から変わらないなぁ~と感心した。


「…ねえ。アレン。情報。また、あるんだけど。いる?」

 先ほどとはガラッと印象が変わる。身体を机の上に乗せ、ソルジェは自慢の胸を突き出しながらアレンを上目遣いで見上げた。

「それは、ボルタージュにとって有益な情報か?」

「勿論。裏まではとれてないから、口付けだけでいいわ」

 アレンは、ソルジェの波打つ黒髪に手を入れ緩く持ち上げる。瞳を閉じてソルジェの唇に己のものを押し当てる。そして…軽く啄んで離した。


 ソルジェは満足そうに微笑んだ。

「……ご馳走様。情報はね、バスメール国の事。かなり財政が逼迫しているみたい…。貴族潰し。これを今、バスメールの王族が率先しているらしいわ。
 狙われているのは、勿論ボルタージュ。もう潰されたところもあるみたいだけど…。報告は上にいってないでしょ? 貴族の連中も己の腹が白くないから、直接王家には言えないのではなくて??」

「調べてみる」


 バタン!……ドンドンドンドン!!バターン!!!

「ミラー!! 煩いわよ!!!」

「ごめんなさい。お姉様! 今、思い出してさ。アレンに情報をあげようと思って! 情報あげるから、寝て!!」

「店が開くまでには、帰るつもりだ」

「えぇ~…いい情報なのに。じゃあキスでいいわ。アレンの大事なお姫様の事だよ?」

「…分かった」

 アレンは椅子から立ち上がり、ミラーの前に…。
 左手でミラーの頬を固定し唇を重ねた。顔を離すと、ミラーは不満げにアレンに抱きつく。

「こんなキスでは、情報はあげません」

 アレンは軽く溜め息をつき、再度唇を重ねる。
 今度は軽く唇を開き、舌を絡ます……半開きになったミラーの唇から飲み込めなかった唾液が流れ出し、卑猥な音が出だしたところで、ちょうどミラーの腰が砕けたのが分かり唇を離す。
 同時にミラーの腰に添えていた手も離した。これ以上触りたくないとばかりに…。
 床に座り込むミラーは不満げにアレンを見上げる。


「… ぁぁぁん。相変わらず上手いけど……扱いひどい!!」

「ミラー、情報」

「まだ、さっきの事 怒ってるでしょ!! ふんっ いいわ。気持ち良かったし!!
 情報はね。バスメールのカターナ王女の事なんだけど……。
 何年も前から、うちのお姫様の肖像画を片っ端から集めてて。もちろん可愛いから家に飾ろうっていうのじゃないわよ。あっ、私の部屋にはあるのよ! 絵姿!! この間のオークションで落札したの!! 今度見る?可愛いわよ。
 話がそれたわ、えへへー。でその姫様の絵を焼いたり、切り刻んだり、溶かしたりしているって。
 うちのお姫様はまじ天使だから、嫉妬ってのもわかるけど。今はエスカレートしてるみたい。舞踏会であったりした?? 大丈夫だった???
 この話をしてくれたバスメールの貴族の子がかなり怯えてたの。思い出すだけで恐怖だったのか、時間が決まってるのに なかなか勃たなくて可哀想だったわ。
 アレン。カターナ王女がいる時は絶対お姫様から目を離さないでね。何をするか分からないわよ」

「ありがとう。勿論、目は離さない」

「ええ」カラン。カラン。

「あっ他の子達がきたから、行くね!! じゃあまたね!」
 と手を振って店の裏口へ、ミラーは向かっていった。



「ソルジェ」

「なぁに?」

「……去勢をして…どれくらいで動けるようになった?」

「は!?!? 何をいきなり…。えっっっと、普通の生活に戻れたのは一月くらいかかったかしら。最初の三日間は全く動けなかったわよ」

「…そうか」

「…………」

 店を出て行くアレンをみて、ソルジェは我にかえる。

「アレン!! 待って!! な、なんでそんな事を聞くの!?」声が、震える。

「あ、貴方には、関係ない話よね!!!」

「……今日の酒は良かった。ありがとう。また、来る」

 アレンの去ったドアをソルジェは茫然と眺めていた……。




 陽は沈み。空は暗幕のように黒く、全てを飲み込んでいる。今のアレンの心のようだった。

「一月か…長いな………」

 エルティーナの護衛騎士になって七年。アレンがエルティーナに会わなかった日は一度たりともない。

(「……私は、一月も彼女に会わなくて正気でいれるのか??
 覚悟は出来ているが…エル様にしばらく会えないのは……つらいな……」)


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...