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23、エルティーナの勘違い
しおりを挟む「わぁ!!!」
エルティーナは防波堤壁画の前で思わず叫んでしまった。先ほどレオンに声がデカイと注意されたはずだが。また、まるっと忘れていた。
エルティーナは感動しっぱなしである。
エルティーナ、アレン、レオンがいるこの場所は、防波堤壁画の最終地点である。スイボルン・ガルダーの防波堤壁画十二神は二キロに及ぶ超大作。
十二神の末弟から順に見ていくのが通常のルートである。
末弟から比べると、十二神ツートップのコーディン神とツリィバ神の防波堤壁画の彫り込みは他を寄せ付けない圧感のできとなっている。魂を揺さぶるものだ。
たっぷりとした布地が身体をまとい、宝飾品で飾り立てている腕、首、額、足首は躍動感があり筋肉の動きが見て取れる。
コーディン神は大剣、ツリィバ神は弓矢を構えている。
そして、とくに乙女達に人気なのが顔である。コーディン神は甘く精悍な色男。ツリィバ神は氷のごとく研ぎ澄まされた美男。
乙女の間では常に「あなたはどちらがお好き?」という会話で盛り上がる。彼女達の中では一種の挨拶なのである。
男側からすれば神に対して、好みか? 好みでないか? と口にするのは失礼だろう……と常々思われていた。
「はぁ~素敵…たまらない…さすがスイボルン・ガルダー様………」
エルティーナは、うっとりと壁画をみて興奮していた。興奮しているので、周りの目があまり気にならない。
(「…うっそ……!!」)
(「おい、あれ見てみろよ…やばいぜ、あれ…」)
(「いやぁ~ツリィバ様よ!!!」)
(「あぁぁぁ、なんて素敵!! コーディン様もいるわよ!!!」)
(「……妻が無事に出産できますように」)
(「プロポーズが上手くいきますように!!」)
(「…………拝む」)
「アレン……俺はここまで居心地が悪い経験は初めてだ………。どう考えても皆が何かに憑かれているとしか思えない……」
「……思った以上だ……。女性に拝まれる事はあっても男性にまで拝まれるのは、私も初めてだ」
「「「「キャーイャぁ~。お二人が何かお話しをされているわ!!!」」」」
「「「動機息切れが……はぁはぁはぁ」」」
「………」「………」
「はぁっ堪能したわ!! うん? アレン?? お兄様?? どうされたの??」
「……エル……神として拝まれるのは、まぁなんとなく分かるが……。なんか、先ほどから…はぁ~はぁ~言っている奴が多いのだが、あれは何故か…? 聞かないほうが良い気がするんだが……あえて聞こう」
エルティーナは「はぁ~はぁ~」言っている乙女達を見てから、またアレンと兄に瞳を戻す。
理由が分かったエルティーナは、その可愛らしい口から爆弾発言をレオンとアレンにぶつけるのだ。
「なるほど、ふむ。ふむ。
お兄様、コーディン様とツリィバ様は恋人どうしなの。だからきっと お兄様とアレンが二人で並んでいると、色々妄想が膨らんで堪らないのではないかしら」
「……エル…その神達は、男…だよな…」
「?。ええ、そうよ。性別なんて別に構わないのでは?? 美しいですし絵になりますし」
エルティーナは「お兄様は今更何を言ってるの?」的な感じの顔をし、可愛らしく頭を傾けている。
「……エルティーナ様も、レオンと私を見てそう思っていたのですか?」
「まさか!! お兄様には、エリザベス様がいらっしゃいますし、アレンにも沢山恋人がいるのを知っているから、お兄様とアレンが恋人どうしみたいキャッ。と思った事は一度もないわ」
「そ、そうか。エルならあり得ると思ってしまった。その想像は流石に堪えるからな」
「エルティーナ様! ち、ちょっと待ってく…」
「やだ!! アレン、そんな必死な顔しなくても思ってないからそんな事!! それより お兄様、もう十分堪能致しました。《ミダ》にそろそろ行きたいです!!」
「そうだな。俺もこれ以上ここには居たくない」
エルティーナは早く早くとレオンの手を引いて歩き出す。
その光景をアレンは呆然と見ていた…。
エルティーナは……アレンに沢山の恋人がいると言う…何故そんな事……。
あいつらは恋人じゃない……そもそも好きでもない……国家の闇に潜む輩や、裏情報を貰う為に、何度か相手はしているがそれは国の為…ひいてはエルティーナの為。彼女が幸せに暮らせる国の手助けとなる為…仕方なくだ。
エルティーナに男として見てもらえない以前に、アレンはフリゲルン伯爵とそもそも同じ舞台に立っていなかった。
アレンはエルティーナの盾になる為に、何があってもこの身で守れるように騎士になったが、騎士になった事を後悔しそうだった…。
十一年前に会った時、小さくガリガリに痩せていたアレンを『天使みたいね、綺麗』といった。エルティーナの好みはあれか?
舞踏会でフリゲルン伯爵と踊っていたエルティーナはアレンの知らない人だった。エルティーナは小さくて可愛らしい感じの男が好みなのだろう。
過去自分に向けられた彼女のあの台詞を、男女の睦み合いを体験するだろうフリゲルン伯爵を羨む気持ちが、激しい怒りにシフトしていく。
言い訳をしてなんになるのか。
そう頭では理解していても、アレンのエルティーナに向ける想いは止まることを知らず膨れ上がる一方だった。
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