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25、懐かしい夢

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『アベルお兄様!!』

 可愛らしい声が聞こえ、可愛いらしい塊が突進してくる。

『ラシェル!! ぐえぇっ』



 突進してきたラシェルを受け止められず、アベルは見事に後方へ倒れた。

 アベルの上にラシェルが乗っかる状態。ラシェルはアベルを下敷きにしたので、さして痛くはない。しかしアベルは若干尻が痛かった。


『いやだわ、アベルお兄様って貧弱なのね。お父様なんて、もっと力一杯突進しても受け止めてくれわよ』


 あー、あ、いやになっちゃうわ。と言わんばかりに可愛らしい顔を横に振り、凄く不服そうだ。

 ラシェルは六歳にやっとなった少女だ。アベルは十八歳。少年から青年になる過程にいた。

 人によれば身体が出来上がっている者も少なくないが、アベルは細身の筋肉質ではあるが、若干同年代より成長がゆっくりだった。


 それに引き換え成長スピードが早いラシェルは、スラスラと伸び、それは将来的に圧巻の美しさを約束された容姿を六歳ですでに披露していた。

 まだまだ子供から抜けきらないアベルが、ラシェルのきつい一言に傷つかないはずはない。
 子供は基本正直なのだ。現在ラシェルは仲の良いお兄様くらいにしかアベルを見てない為、このような発言をするのだ。

 恋と呼ぶには、ラシェルの脳はお子ちゃまだった。


『これからは受け止める。大丈夫だ…』

『ふーーーん、そう』


 もう用はないとばかりに、ラシェルは自分でスチャッと立ちあがる。

 興味はもうアベルからなくなったのか、微妙な顔を披露する護衛騎士数人を連れ、ラシェルはいなくなった。

 アベルの瞳には、ラシェルの楽しげな顔が焼き付いていた。

 見上げるほど高い身長のムキムキの護衛騎士に、ウキウキワクワクと楽しそうに話すラシェル。あの笑顔を向けられたいと、何故自分はまだ小さく弱いのだと。

 努力では叶わない身体の成長スピードを、アベルは常に不安視していた。このまま、小さいまま、成長がとまれば、ラシェルには振り向いて貰えないのだと。

 考えないようにするのが背一杯。

 それでも、ヴィルヘルム叔父上から「私も成長スピードが遅かった。前世も今世も子供時代はどちらかと言うと小柄だった」そう聞いたからこそ、諦めずにおれた。


 それでも悔しくて。ラシェルにこちらを見て欲しくて。

 腹に力を入れ、愛しい彼女を呼んだ。


『ラシェル、まってくれ!!!』

 筋肉モリモリ護衛騎士に挟まれた小さな彼女(ラシェル)が振り向いた。気がした。



 ***



「ラシェル、まってくれ!!!」


 自分の声に目が覚める。小さなラシェルがいない。ここは回廊ではなく、部屋だ。そう、見覚えある部屋。ここはアベルの自室であり見慣れた寝室だ。


「どうしたの!! アベルお兄様!? 大丈夫??」


 ラシェルの優しい声が耳を撫でる。鈍い身体にムチをうち、上半身を起こすと、ラシェルがベッドに向かって走ってくる。

 かって知ったる部屋(寝室)なのだ。なんの躊躇いもなくラシェルはアベルが寝ていたベッドの上に乗ってきた。


「うわっ! 動悸が凄いわよ。アベルお兄様、深呼吸、深呼吸」


 はだけたアベルの胸に細く白いラシェルの手が置かれた。
 夢の事情(突進してきたラシェルを受け止めれず会話終了)もあり、自然にラシェルがアベルに触れてくるのに泣けた。

 アベルは懇願の目をラシェルに向ける。心臓は痛いくらいに伸縮を繰り返す。


「アベルお兄様!! 深呼吸して、お願い」

 睦言のような声色で言われたアベルは、ラシェルの言う通りに、やっと深呼吸をしだす。


「ハァ……スゥーッー……ハァ…ァ…スゥー…ハァ……ァ…スゥーッ……ハァ………」

 深呼吸をするアベルの髪をラシェルは撫でくる。


「……大丈夫?」

「ぁぁ…」

「もうぉ…良かった…」

 ラシェルにふわりを抱きしめられ、身体の力が抜けていく。

「ラシェル…、俺はアバズレ女と…」


 アベルには全く記憶がない。マルシェ(アバズレ女)の思惑にまんまとハマり、絶対絶命だったはず。

 薬を飲んで性欲を無理矢理高められた状態で、性欲処理をした覚えがない。しかし妙に身体の一部はスッキリしていた。

 間違いなく、数回…は射精したはずだ。

 まさか…、意識朦朧としながら、あの女と結婚をしなければならない行為に及んだのだろうか? あのアバズレなら、アベルの意識がない状態を好機と捉え、自ら身体を繋げるだろう。

 そしてこれ幸いにと、皆にアベル抱かれたと涙ながらに言いふらしているのでは…と恐ろしい結末が頭を過ぎる。


「大丈夫よ」


 ラシェルはアベルの頭を撫で、次は頬を撫でる。

 弾力を確かめた後は、少し伸びた髭をショリショリ、手のひらで感触を楽しんでいる。


「ラシェル…」

「そんな思いつめた顔をしなくていいわよ。アベルお兄様のはじめては、しっかり私が守ったから!!」

「まさか、ラシェルが!? いや、ラシェルが俺とアバズレ女を見て、傷ついた顔で部屋を出ただろう!?あれは現実だったはずだ!!」


 唯一記憶にある嫌な光景。

 ラシェルが怒ってなく安心するが、あの傷ついた顔を忘れるには衝撃が強い。


「ま!! アベルお兄様、かなり早い段階から記憶が飛んでいるのね」

「あれを見て、怒ってないのか?」

「私が部屋を出たのは、マルシェさんを出し抜く為よ。隠し通路から再度入室し、アベルお兄様を私が隠し通路に引っ張りこんだの。
 ご馳走を目の前でとられたからね。
 かなり汚く罵っていたわ、彼女。大きな男性器が好きみたいで。最上の獲物を逃したから怒り狂っていたの。あぁ、恐かった」


 ラシェルの言葉が嘘か本当かそれはアベルにはどうでもいい事。どうやってあの場面を切り抜けられたのかもどうでもいい。

 一番大事なのは、ラシェルがアベルを嫌いにならなければいいのだ。そして子供が出来るような行為をラシェル以外としてないらな、それが全てだ。

 アベルは感激し、ラシェルを力一杯抱きしめた。


「良かった、ありがとう…」

「どう致しまして!」


 しばらく抱き合う二人。爽やかな朝の光景にぴったりだが、最大の疑問をアベルは口に出す。


「なぁ、ラシェル。あの状態で、俺は性欲処理をした覚えもないのに、いやに身体がスッキリしているのは?
 夢精した訳でもないし、股間が汚れてないからな…何故だ?」


 抱きしめたラシェルの身体から、ふふんっという勝ち誇る鼻息が聞こえた。
 抱きしめを緩めたらなら〝いつもの悪役令嬢ラシェル〟がアベルの瞳に入ってきた。


「私が手淫で出してあげたからよ。使ったタオルの凄い量たらないわ! アベルお兄様の子種の多さにビックリしたの」

 まさかの返答にアベルはビシッと凍りつく。嫌がってはいない、むしろ楽しそうな声ではあるが、ことは重大だ。


「な、手淫っ!?」

「ええ。あっ手淫だけではないわ、口淫もよ」


 昨夜のアベルのたっぷりの善がる色気ある声を、思い出してラシェルは頬を染めて照れている。

 記憶にないからこそ、自分の失態が分からない。どのような状態でラシェルからの愛撫を受けたのか? 全く覚えてないのが地にめり込みそうなほど、残念でならない。

 それよりも確認(ラシェルの処女)が必要だ。


「俺は無理矢理、ラシェルを抱いてはいない?」

「ええ、もちろん!」

「そう…か」


 意識が朦朧としていてもアベルはアベルだ。ラシェルを組み敷くなんて未来は絶対に無い。



「安心しちゃって、やな感じ」

 不貞腐れたラシェルに、思わず溜め息が溢れる。


「安心するだろう。例え薬のせいだとしてもだ。意識がなくラシェルに襲いかかったなら、俺は自分自身を絶対に許せない、いや、許さない。
 死刑でも受けたい気分だろうが王太子の俺がそうはならないからな。100歩譲って、ヴィル叔父上の前世みたいに、宦官にでもなって赦しを乞う未来が妥当だろう…」

「ヒギャァァァァァァァァーーー!!!」


 ラシェルはプルプルと爆乳を揺らし、青ざめながら絶叫する。

 無理矢理、身体を繋げなくてよかった。父が「止めろ」と必死に止めてくれて助かった。父とのやり取りがラシェルの脳内をリピートしていく。




 ***


「ふふふ、お父様、アベルお兄様の服を脱がすの手伝って!」


「駄目だ」


「なんでよ!! 隠し通路で性行為はやめたわ。ならアベルお兄様の寝室で、ベッドの上なら構わないでしょ!!」


「ラシェル。アベルを甘くみるな」


「女だって性欲はあるの。ご馳走を目の前にして、何故我慢しなくてはならないのよ!?」


「ラシェル。アベルの思考は私に似ている」


「知ってるわよ! それがなに!?」


「ではな、今のラシェルとアベル同じ立場に、私とエル様がならったら。私は間違いなく朝、目覚めた瞬間、自分の心臓を剣で刺すだろう。
 エル様がやめてと止めたなら、宦官になり一生エル様には近づかない」


「うそ…よ」


「何よりも愛しい人を、薬に負け無意識で抱いた己を一生許さない」


「やめとくわ」


「賢明な判断だ。アベルと繋がるのは反対するが、男性器を触るのは構わないだろう。ラシェルも遊べて、アベルも射精すれば薬も抜ける」


「それで我慢するわ」


「必要なものはドアの前に置いておく」


「……お父様、ありがとう」




 ***


 あのやりとり、めちゃくちゃ大事だった。

 やはりアベルは、まんまヴィルヘルムそっくりだ。

 死刑やら宦官と、聞くだけで身が縮まる。隠し通路から無事にアベルの寝室に到着し、父であるヴィルヘルムに止められたラシェル。きちんと父の言葉に従って正解だった。


「いきなり叫んでどうした? 叫ぶと喉に悪いぞ」

「アベルお兄様って、本当にお父様そっくりね」

「? それは褒め言葉だな」

「違うわよ、呆れ言葉」

「そうか? 俺にとっては褒め言葉だ。ヴィル叔父上より、いい男なんて俺は知らない」

「………」


 アベルがとても父を崇めているのは知っていたし、ラシェルの理想的な夫婦で、ヴィルヘルムとティーナのように濃い繋がりに、ラシェルは心の底から憧れている。

 しかしだ、なんだろう、父にまでヤキモチを焼いてしまう。

 アベルお兄様の心は全てラシェルのモノ。にしたい欲望が膨れ上がる。イラッとしたので、シーツに手を突っ込んで、玉袋をグニュっと掴んで引っ張ってやる。


「んっ!? ラシェルっ、痛ッ」

「アベルお兄様の馬鹿!!」

「痛ッ、んだが…ラシェル」

「何っ、文句を言う資格あるの?」

「…いや…」


 快楽に繋がる陰茎は一切触らず、痛みを感じやすい陰嚢をひとしきり力まかせにグニグニ揉んで、ラシェルは嫉妬心を沈めていく。


(ライバルはアバズレ女より、お父様だったのね!!負けないんだから!!!)


 朝の不思議な戯れは侍従が扉の前から声をかけてくるまで、続いた。












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