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18、団長の娘

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 フェリックスは階段をおりて、リビングに向かう。

「おっそい!」

「ごめん、夜勤だったし、寝てたんだよ」


 疲れてそうな気だるげなフェリックスに、ルルも悪いなと思う。


「あら、そうなの。だったらいつもみたいに一筆書いて、机に置いてくれれば良かったのに。なら無理に起こさなかったわよ」

「うんそうだね、騎士服のまま寝ていたし。そこまで余裕なかったよ」

「起こしてごめんね」

「いいよ、俺も悪かったし」


 リビングで繰り広げられた会話に、父ハクリは入ってこない。いつもなら一言二言ここぞとばかりに言ってくる筈だ。


「父さん、静かだね」

「…フェリックスは、明日休みだろう?」


 フェリックスは用意を手伝いながら、父の言葉に耳を向ける。夜勤明けはだいたい休みだ、今更何を?父も騎士なら知っている筈だ。
 面倒でお返事を、返さない。

 カチャカチャと皿を運び、食卓に夕食が出そろった。

 食べはじめて、やっとハクリが口を開く。


「…明日、付き合って欲しいのだけどね」

「どこに、何しに」

「…怒らないでほしい。そして私の立場を思い出してほしい。権力には到底逆らえない、お前も騎士なら分かるだろう?」


 不信感いっぱいだ。嫌な予感しかない。


「怒らない。でも行かない」

「まだ何も言ってないだろう!?」

「見合いだろ、デートしろってことだろ、どうせ」

「ハクリぃぃぃ、貴方ねぇぇぇぇー」


 フェリックスの想いはしっかり分かり、最近女遊びもなく清廉潔白な息子に満足していたルルは苛つく。

 ダリア様はまだ両性具有だ。まだ可能性があるのに、何故に他の女を勧める。


「なんでルルまで怒るのさ!?」

 母はフェリックスの味方だ。


「父さん、俺はダリアが好きだ。もう分かってるだろう?
 しっかり自覚したら、他の女に近寄るのも嫌だ。ましてやデートは絶対に密着必須。俺、股間とか触ってきたら殴るよ、それでもいい?」


「殴るって、お前はなんですぐ手が出る!?」

「好きでもない女に急所を撫でくりまわされて喜ぶか? モテない奴ならいざ知らず。俺はモテる。誰でもいい訳ではないよ」

「堂々と宣言するな! 誰に似たんだか、嫌な奴だ!」

「プレイボーイは貴方に似たんでしょ。でも今のフェリックスは私似よ」

 ルルは勝ち誇った顔で、ハクリを馬鹿にする。浮気まではしないが、相変わらず女と話すのは大好きな夫だからだ。


「ルル!! どっちの味方!?」

「フェリックスに決まってるでしょ」


 二対一。それもこの家の現在ボスはルルだ。はじめから勝負には負けている。

 しかし見合いという名のデートは決まっている。今更断るのは無理だ。頼み込んできたのは、あの団長だからだ。


「明日のデートは決定なんだ! 団長の娘さんだからこれは決定事項だよ!」

「えぇぇぇぇー!」

 ルルのびっくり顔が披露される。うちの子はモテるとは思っていたが、それは上位クラスの女子にも有効で、鼻が高い。しかし面倒この上ない。


「………父さんを懐柔してきたか…はぁぁ」

「それがさ、なんだ。お前がダリア様に憧れをもっていると知った上で。
 団長の娘さん達がな、そんないるかいないか分からない人より。身近にいる可愛い自分達と会うべきだと。そう言うらしいんだ」


 ハクリの話す内容にルルは絶句。フェリックスは溜め息だ。


「実際にいるし、ダリアとは会って話してるね」

「分かっているけどね。まさか本物のダリア様を見た事がありまーすって言えないから。凛音達が遊びに来るのも基本は内緒だし」


 必死になって宥める父にムカムカがおさまらない。フェリックスは一度もモテたいと思った事がないし、さして女と話したいとも思わない。


「俺、女に追い回されるのが本当に嫌なんだ。
 だからわざと団長の前で、押せ押せ女がたんまりいた職場の皆が揃っている場所で、ダリアが好きだと宣言したんだ。
 結構纏わり付く女が減ったから喜んでいたのに、自意識過剰な女はまだアプローチしてくるんだな、迷惑だ」

「フェリックス、頼む。それにデートと言っても、団長の娘さん長女のクロエさんと次女のアメリアさん二人一緒だから、三人で…と、」


 フェリックスの顔は引きつっていた。まさかあのうるさい女二人一緒にデートだと!? 貴重な休日を潰せと!?


「はぁぁぁぁ………」溜め息しか出ない。

「悪かったよ。団長も自信満々に進めるから…断っても、デートしてみたら変わるって言うんだよ」


「……分かったよ。デートはする」

「申し訳ない」

「いいよ、もう」


 残りの食事をし、フェリックスは食器を流し台に持っていく。

「フェリックス、一緒に洗っとくからいいわよ」

「ありがとう、母さん」

 せっかくの休日だった。別に何をするでもないが、何もしたくない。
 今日は最高にいい夢が見れた。それの反動が出たのだと結論付け、もう考える事を放棄した。



 ***



 朝早くフェリックスは起きた。間違っても団長の娘が朝早く家に来て、寝込みを襲ってくる可能性も無きにしも有らず。

 フェリックスは自分のテリトリーを荒らされるのが一番感に触る。

 休日ならばラフな格好でいいのだが、あの自意識過剰女達相手だ。上半身はVネックの白いカットソーにしたが、下半身は騎士服の一番厚手の黒のトラウザーズに、きっちりインナーサポーターパンツを着込んだ。


 昨日の願望夢だが、あの素晴らしい行為(あくまで夢だが)の今日で、間違っても股間を撫でくりまわされるのは勘弁だ。

(よし、これでいいか)

 フェリックスは昼までには帰ってこようと計画を立てていた。昨日の最高な夢は昼過ぎに見た。
 ならばまた試してもいいだろう。あの恥じらうダリアの顔を見たい。

 所詮自分の願望だ。楽しむべきだ。


「父さん、母さん、おはよう」

「おう、おはよう」

「おはよう。今日はまた早いわね」

「場所も何も聞いてないんだろ? 十中八九、この家に団長が送り届けにくるんじゃないか? 朝から襲われたらたまったもんじゃない」



 カランカラン、カランカラン。

 大変朝早い。普通であれば皆、寝ている時間だ。何となく嫌な予感がして、ハクリ、ルル、フェリックスと早く起きたのだ。


「やっぱりか…」

「悪いね、フェリックス」

「私が出るから、フェリックスは二階に上がっていなさい。こんな朝早くに迷惑よ」


 カランカラン、カランカラン。

 怒りで脳が沸騰するかと思いながらルルが扉を開けば、想像しない人物が立っていた。


「おはようございます!! わぁルルさん、お久しぶりです。元気でしたか?」


 さて、いつぶりか。最後に会ったのは10年以上も前だ。
 最後に出会った時より、最初に出会った衝撃が強すぎてルルもハクリも、ミミルはまだまだ可愛い五歳児の気分だった。


「ミミルちゃん!! まぁ、綺麗になって!! 昔から可愛いかったけど、女に磨きがかかったわ」

「やだぁぁー、嬉しいわ。女磨きは頑張ってます!夫が綺麗過ぎるので!!」

「そうよ、そう!! おめでとう!! エルヴィン様と番いになったのよね!! 流石ミミルちゃん、やるわね!!」

「ふふんっ、当たり前よ、ふふんっ」


 年齢は違えど、ミミルはルルとハクリと共に、濃いあの事件の主力メンバー。ミミルは救世主なのだ。


「ミミルちゃん、懐かしいな!! あぁ、昔に戻ったみたいだよ」

 ハクリも嬉しそうだ。全てが奇跡で全てが偶然であり運命だった。一つでも欠けたなら今はなかった。

「ハクリさんも元気そうで、良かった!!」


 ほんわかなムードを壊す気がないフェリックスは、皆の楽しげな顔を見て一緒に微笑んでいたのだが、ミミルと目が合えば、悪魔の形相で睨まれた。


「あぁやだ。フェリックスの顔を見て、楽しい気分が霧散したわ」

「結構ないいようだね。ミミル様とは一度しか会ってないように感じるけど、何の敵対心かな?」


 笑顔でバトルが始まった。

 一発魔法を打ち込みたいが、それをすれば可愛い妹ダリアが泣くからしない。
 フェリックスが腰を振れなくしてしまうのは非常によくない。妖精族は儚げを自でいくが、精力旺盛だ。


「うっさいわ馬鹿。あんな病的にキスマーク残す奴、私嫌いなのよね。せめて数個くらいにしてよ、キモいわよ」


 ハクリとルルは何の話かさっぱり理解出来ないが、フェリックスは違う。覚えがありすぎて狼狽てしまう。あれは夢だ、夢だったはず。


「…連絡も無しに朝から来て、失礼じゃないかな?」


 フェリックスは一応、常識人として当たり前を伝えた。

 ここでミミルはプチッといった。

 勝手に家に入り、憎たらしい美男であるがミミルのタイプではない。
 フェリックスの前までズカズカ歩いて、ど正面に立ち、言いたいことをぶちまけてやる。


「うっさいわ、阿保。馬鹿。間抜け。
 ダリアに咥えてシゴいてもらったんなら、あんたもやってあげるもんでしょ!!一人で気持ち良くなって終わりって、何!?最低っ。
 ってか何、自分のは口淫してもらって、ダリアのは嫌だってのか?
 儀式の時は絶対にグラス使うなよ、使ったらしばく!!激痛で眠れなくする術をかけてやるからな!? イチモツから直接飲め!!
 あんたの使いまくったイチモツより、誰も触ってないダリアの方が断然綺麗だわよ、デカいけどピンクだし、可愛いわ!!
 見た目以外にいいとこ一つもないわ、ムッツリスケベ。エルヴィンの爪の垢でも煎じて飲めばいいわ、阿保」


 言われ放題だが、フェリックスは現実逃避中。言われた内容が、恥ずかしいのか嬉しいのか、まさか本気か、いやミミルが来てる段階で夢じゃない。

 では昨日のあれは夢じゃなく、現実か!?


「ルルさん、お茶が欲しいです!」

「えぇ、ええ」

「ちょ、ちょっと凄い単語と、聞いちゃいけないワードがバンバン入ってたけど?」ハクリは、思わず突っ込んだ。


 ミミルは勝手に椅子にすわる。元々座っていたハクリとは向かい合わせだ。




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