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14部

かたよってると言われたので……

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龍の国である。首都にあるハロルドの神殿では、今日もハロルドの巫女が祈りを捧げている。
(ああ、再びハロルド様に出会うことができたならどんなにうれしいか。どうか、どうかまたお顔を見せてください)
巫女の最近の祈りはいつもこんな感じである。
龍の一族は、戦いに長けたハロルドを一番信仰し、長い間巫女が祈りを捧げてきた。他の国同様、巫女は王妃や王の一族の女性についで位が高い。そのため、巫女が選ばれる時などは、かなりの根回しや競争などが行われてきた。血なまぐさい事件なども過去には何度もある。巫女に何があってもいいように、常に次の巫女候補も後に控えていて、巫女になれたからといって安心というわけではなかった。巫女に選ばれる基準は、まず、生粋の一族の女性であること、そして、美しいことである。若い時にはいくら美しくとも、年齢と共に陰りがでてくるものである。巫女が交代する時は、美が衰えた時である。かなり美しい巫女候補が現われた時などは、王から引退の打診がきたりする。引退しても巫女をした女性は厚遇されるが、巫女をした年月によって厚遇具合も変わる。昔はハロルドが巫女と仲良くなることもあった。そういう巫女は殿堂入りされてその名は後の世まで残ることになる。ハロルドが気に入っていた巫女になると石像にされてハロルド神殿の別の部屋に置かれるほどだった。
今の巫女は巫女になって二十年経つ。最近次の巫女候補として美しい女性が抜擢されて、今の巫女の立場も危うくなってきた。なんとかもうしばらく巫女を続けたいというのが巫女の望みである。

お祈りが終わった後、おつきの者が手紙を持ってきた。
「巫女様、例の孤児院の子供達から巫女様にお手紙でございます。今すぐに読んでほしいそうです」
「すぐに? 何かあったのかしら」
巫女は手紙を受け取るとすぐ開封した。そこには、
「巫女様へ、僕たちは巫女様がびっくりすることを用意しました。今すぐ孤児院に来てください」
と書かれていた。
「びっくりすること? この後何か予定はあったかしら」
「一時間後に議会へ出席される予定です」
「そう、まあちょっと行ってみましょう。馬車を用意して」
「かしこまりました」
例の孤児院、とは、一族以外の子供達が入っている孤児院である。かつて犯罪者の子供などは孤児院に入ることができず、そこらに野放しにされていた。そこを神に指摘されて、孤児院には親がいない子供ならばだれでも入れるようになった。この国は一族が暮らしている場所とその他が暮らしている場所は区別されている。巫女も一族以外が暮らしている場所には行ったことがなく、神に指摘されて初めてそのことを知ったほどである。国王もそのことを恥に思い、親がいない子供達は、きちんと保護するようにと厳命がくだっている。さらに街を管理していた者達は責任を追及されて、上の者達は交代させられていた。その上、孤児院はあまりいい環境とは言えなかった。子供達が着ている服もぼろかったし、皆痩せ細っていた。巫女は議会でそのことをとりあげて、孤児院への支給額の増額を訴えた。しかし、大臣達が調べた所、十分な金が支給されているという。調査が行われた結果、孤児院の院長連中の着服が発覚し、孤児院を管理していた者達は子供達の世話係以外は首になり、今は留置場に入っている。孤児院の人員も一新し、子供達の生活は改善され、今孤児院の横にあらたな部屋を増築中だった。定期的に医者による診察も行われるようになった。今では巫女は子供達に慕われる存在である。

巫女は馬車に乗り込む際、空を五匹の龍が旋回しているのを見た。
「あら、どうしたのかしら。なんだかうれしそう?」
「うれしそうですね」
とおつきの者も言っていた。

孤児院に来てみると、世話係の者達がそろって泣いていた。
「一体どうしたの?」
「私達感動して……」
「??」
「巫女様、こっちだよ」
「早く来て」
子供達が笑顔でやってきて巫女の手を引いて行った。
「何? 一体何があるの?」
孤児院の裏側につれていかれた巫女は、子供達の真ん中にいる背が高い男を見てびっくりしていた。その男は金髪で体格がよく、しかも美形で、その周りはうっすら金色に輝いているではないか。
「はっ!?」
巫女の目がまん丸に見開かれた。男は両手で子供を抱っこしていた。
「今日はおしのびだ」
その男は巫女を見て言ったのだった。


龍の国の首都郊外にある龍の厩舎では、厩舎の中と外あわせて今は五十頭ほどの龍がいたが、みな様子がおかしかった。
「キュキュ~」
「キュ~」
とプライドの高い龍達が皆猫のように甘えた声をあげていた。外で訓練された龍達は一人の少年に近づいてきている。
「よしよし、良い子だね」
と言いながら龍の頭をなでていたのはジュリアンだった。その横にはジェイクもいる。
「さすがジュリアンはすごいね。龍がまるで猫のようだよ」
「ははは、みんなかわいいな」
「キュキュ~」
龍達は頭をなでてもらおうと姿勢を低くして頭をさげている。

ハロルドがたまには龍の国にでも行ってみようとお供にジェイクに声をかけたのだが、たまたま近くにいたジュリアンが、「龍に会いたい」と言ったので、異例のことだが三人で人間界にやってきたのだった。

龍達は見るからにジュリアンにめろめろである。龍の飼育と調教は一族の者でも難しいとされているのである。調教師でさえ、龍の甘えた声を聞くことは稀だった。

「す、すごい……」
「さすが神だ……」
離れた所で膝を突いている一族の男達は、龍達の様子に驚いている。一頭がどうしてもジュリアンに乗ってほしそうにしている。
「乗って欲しいの? 乗ってもいいかな」
ジェイクが人間に通訳していた。

「どうぞどうぞ」

「いいって」

「じゃあジェイクも一緒にのろう」
「うん」
二人が龍の背中に乗ると、龍はうれしそうにそっと立ち上がり、飛んで行った。

「陛下、た、た、大変です。大変なんです!」
城の会議室にあわてた様子の臣下がやってきた。
「なんだ、どうした」
龍の国王が聞いた。
「今は会議中ぞ。控えろ」
と他の者がたしなめた。
「大変なんですよ! 今、か、神が、神様が三人も降臨されてるんです」
「え? 神?」
「え?」
会議中の者達がざわめいた。
「ハロルド様と、ご子息のジェイク様、そしてサラディン様とガーベラ様のご子息ジュリアン様、ジュリアン様は初めてお顔を拝見しましたが、綺麗な少年で、龍達がゴロゴロ猫なで声をあげてまして、皆驚いております」
「それでハロルド様は今どこにいらっしゃるのだ?」
「一族以外の子供がいる例の孤児院ですよ」
「こ、孤児院か」
国王は立ち上がっていたが、「それが、ハロルド様が、今日はお忍びだから騒がないで欲しい。国王も来なくて良いとおっしゃいまして」
「な、なんだと? 私もハロルド様にお会いしたいのに」
国王は落ちつきなくうろうろしだした。他の者達ももはや会議どころではない。
「陛下、今日の会議はこれでお開きでよろしゅうございますね」
などと言ってどこかに行こうとしている。
「こら、お前達どこに行くつもりだ。私が会えないというのに」
「しかし陛下、私達もハロルド様のお顔が見たいです」
「どうか陛下お許しを」
「一目でよいからハロルド様のお顔がみたいです」
「私だってみたい。ハロルド様がせっかくお忍びでいらしてくださったのだ。あまり騒いではいかん」
「離れた所でにいますから」
「騒がないようにしますから」
臣下達は国王が止めるのも聞かずに走って会議室を出て行ってしまった。
「まったく、そうだ。巫女は知っているのか?」
「巫女はハロルド様からじきじきに呼び出しを受けまして、今孤児院で会っております」
「なんと!」
「さすが巫女だ」
などと臣下達は感心していた。


孤児院では、驚きまくった巫女は夢の中と勘違いするほどだった。
「巫女様、大好きなハロルド様にお会いできてよかったですね」
「よかったね」
子供達は笑顔である。二十人いる子供達はみなハロルドの周りにいた。
「ま、まあ、あの手紙を書いてくれたのはどの子かしら。後でご褒美をあげないと。ハロルド様、まさかお会いできるなんて思いませんでした。とてもうれしいです」
巫女はあわててひざをついていた。
「ひざをつかなくていい。今日はお忍びだ」
ハロルドはいろいろな子供を両手でかかえ、ぐるぐる回っていた。
子供達はきゃっきゃと笑っている。

「ハロルド様に遊んでいただけるなんてなんて幸運な子供達でしょう」
巫女は涙目である。交信の鏡ではなく、目の前にハロルドがいるのである。後ろには子供達を世話している先生方もならんでいたが、皆涙目だった。

子供達は皆血色がよく、明るかった。

ハロルドは神の国で昨日、ラメーンと話していて、ラメーンが龍の国の孤児院がどうなったのか気にしていたのだった。それでいきなりやってきてみたわけである。神が街の様子のことなど、口を出すべきではないのだが、不幸な子供はいない方がいい。以前の自分ならばまったく気にしなかったかもしれないが、子供ができた今となっては、そういうことも気になるのだった。

「巫女も、たまには生身の私が見てみたいだろうしな」
「はい、本当に、この上ない喜びでございます。陛下もハロルド様にお会いしたいと思いますが」
「今日はお忍びだから城には行きたくない」
「さようでございますか」
子供達はべたべたハロルドにさわりまくっていたが、ハロルドは怒る様子もなかった。でかい子供も抱き上げている。

しばらく子供達に囲まれるハロルドを涙目で眺めていた巫女だったが、やがて思い切ったように、「ハロルド様、ほんの少しだけ、私の話を聞いていただけないでしょうか」と言った。
「ん? わかった。じゃあちょっと中で聞くか」
ハロルドは子供達を降ろして巫女と孤児院の中の部屋に入った。巫女は部屋に入るなり、べたっと床に額がつくほどに平伏していた。
「どうしたんだ?」
ハロルドが聞いた。

「ハロルド様、このようなことをハロルド様の耳にいれることをお許しください。ご不興であったならば、私は死んでもかまいません。私は、来年には巫女の座を追われるかもしれません。私はもう少し巫女でありたいのです。どうか、どうか、一度だけでいいのでご寵愛をいただけないでしょうか」
巫女は頭をさげたまま言った。寵愛とは、すなわち寝室を共にするということである。
確かに昔は、そういうことも盛んだった。
「巫女よ、最近はそういうこともしてないんだ。別に巫女がタイプではないから、とかいうことではない。千年ほどはどの巫女ともしてない。多分」
ハロルドは記憶が定かではなかったのか、曖昧に言っていた。

「さようでございますか。申し訳ございません。神たる御方にこのようなことを申し上げるなんて、愚かな私をお許しください」
「巫女、顔をあげろ。不快には思ってはいないぞ。私は正直巫女がだれでもいいのだが、子供達は本気で巫女を慕っているようだ。次の巫女の性格は知らんし、しばらくは、そなたが巫女でいてくれる方が良いだろうな。そなたの顔が立つように、何か考えよう」
「本当でございますか? ありがとうございます」
巫女はまた平伏してしまった。

ハロルドは再び裏庭に出て子供達の頭をなで、ジェイクとジュリアンが孤児院に戻ってきてから、三人は姿を消した。大人達は終始泣き、子供達は喜びまくり、神との出会いは終わったのだった。

孤児院から離れた所では、一族の者達が何人もそっと様子をうかがっていたのだが、ハロルドは出てこなかったので会えず、ジェイクとジュリアンには会うことができた。ジュリアンの横には子供の龍が三匹ほどひっついてきていた。

夕方、巫女は国王から呼び出しを受け、一体神とどんな会話をかわしたのかと聞かれた。
「ハロルド様は、孤児院の子供達とずっと遊ばれていました。元気で喜んでいらっしゃいました」
と巫女は答えた。
「そうか、ハロルド様がそれほど子供達のことを気にするとは…」
「ジェイク様はりりしい少年でした。ジュリアン様はかわいらしい方でしたよ。兄弟仲が良いようです」
「私も行きたかった……」
国王はそれだけが心残りだったようだ。


後日、城に届け物があった。箱の中には何かの液体と巻き貝が入っていた。巻き貝にはだれもが聞けるように声が入っていた。
「巫女へ、巫女の美しさに磨きがかかるようにガーベラの美容液を贈る」
なんとハロルドからの贈り物のようである。

巫女は涙を流して喜んだ。

そして国王は、「しばらく巫女の交代はなしだな」と皆の前で言っていた。
「え、来年にも交代という話だったのでは?」
大臣が聞いた。次の巫女候補はその大臣の娘だった。
「ハロルド様がこんなに今の巫女を気に入っているのだ。交代できるわけがないだろう」
と国王が言うと、他の者も、「少なくとも三年は交代しない方がいいでしょう」と同意していた。
今の巫女の地位はもう数年安泰のようだ。

神の国でラメーンの神殿に来たハロルドは、「子供達はちゃんと保護されていた。皆元気だったぞ」と伝えていた。
「そうか。よかった。エイデンとマリアナが心配していたようだからな。今度伝えよう」
この二人は、ラメーンが龍の国から聖地に連れて来た子供達である。
「エイデンはハロルドに憧れて神殿にしょっちゅう行ってるようだ。さすが男の子には人気があるな」
「そうか。しかし、子供と遊ぶなんて以前の私では考えられなかったな。子供ができると、いろいろ変わるもんだな」
ハロルドはつぶやきながらラメーンの神殿を出て行ったのだった。

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