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13部 番外編

手形

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神の国、ある日の昼下がり、風の妖精シルフィアはびくびくしながら水の神殿にやってきていた。ラクアに呼ばれたからである。水色の長い髪を頭の左右で分けて二つに結んでいる。小柄な女性である。
シルフィアは神殿の中でラクアの顔を見るなり、「すいませんでしたー」と謝っていた。
「何が?」
とラクアが聞いた。
「何かお怒りで私を呼んだんじゃないんですか?」
「いや、何かしたの?」
「いえいえ、だって、ラクア様が私を呼ぶなんて、怒っている時しかないじゃないですか」
「……そうだっけ。今回は違うよ」
「ほんとですか? よかったー」
シルフィアは胸をなで下ろしていた。
風の妖精は噂好き、とよく言われるが、その中でもシルフィアは特にそうである。好奇心が旺盛で何でも知りたがるし、人間界のことについても詳しかった。そのため、カサンドラもたまにシルフィアから情報を仕入れているくらいである。しかし、神々の噂話をしてラクアに怒られることもたまにあるのだった。

「聞きたい事があって呼んだだけだよ。最近蛇の国に行った? あそこの王妃が神様の手形を集めてるって話、知ってる?」
「もちろん知ってます。博物館に飾られていますよ。この前なんてウィル様が自分の手を見に行ってました」
「そうなの? どんな感じで飾られてるの?」
シルフィアは詳しくラクアに説明した。シルフィア自身も博物館に入って見てきたようである。

「結構集まってるんだね。手形ってそんなに注目されるものなのか」
ラクアは驚いていた。
「手よりも全身像とかの方が良いんじゃないかと思ったが」
「ダーナ様は本人の意向で全身ですけど、手ってそんなにじっくり見ることないですから。面白いみたいですよ」
「ふーん。確かに、手だけ見せることなんてないか。一番人気は誰の手なんだい?」
「サラディン様の手形ですかね。子供達に大人気みたいです」
「ふうん」
シルフィアは去って行った。

ラクアは、ラーズから、王妃が手形を集めているからあげて欲しいと言われて、そのことを考えていたのだった。他の手形がどういう風に扱われているのか知りたかったのだ。
博物館に飾られるのなら、芸術的な物にしたい。しかも水の神らしい手形がいい。
「うーん……丈夫なガラスのケースがいるな。工房に頼むか」
ラクアは工房に展示用のケースと台を頼んだのだった。

翌日、ラクアは娘達を連れて海の神殿に行った。ルチアとマチルダはすでにやってきて、海に入っているようだ。
神殿の広間の床には大量の塩があった。
「これなあに?」
娘達は興味津々だった。
「これを固めて遊ぶんだよ。一緒に何か作ろう。ほら」
レヴァーンがイルカの形の塩を見せた。
「すごーい。私も作りたい!」
「私も! シレーヌもやろうね」
「うん」
シレーヌは水の妖精と男ガーベラの娘である。3人はレヴァーンからやり方を聞きながら塩を固めていた。
「簡単に固まるんだな」
ラクアはしげしげと眺めている。そこにマリナールがやってきた。
「お、よく来たな」
「マリナール様こんにちは!!」
3人はそろって挨拶をした。
「マリナール様も何か作って」
イオナが頼むと、マリナールは「いいとも」と言って、いとも簡単にいろんな魚を作っていた。
「すごーい」
と子供達が喜んでいる。
「あ、そうだ。マリナール様、手形を人間界の博物館で飾りませんか? いろいろな神様の手形を飾っている所があるんです」
「わしの手をそのまま作ればいいのか?」
「はい」

こうしてラクアはマリナールの手形を手に入れて、そちらはクーリーフンに頼み、自分の手形は博物館の中に直接設置した。中身が水だけに、あまり移動させたくなかったからである。クーリーフンからは、「やけに気合いが入ってるね」と言われてしまったが。
ラクアは移動させたときに博物館の中も眺めていた。そして壁にかかっているガーベラとグレンの手を見て、「なんであいつの手が一緒についてるんだ」とちょっとむっとしていたのだった。
「手だけ、というのも確かに面白いかもな。アリアスには理解できなかったようだが……」

その後人々はラクアの手形も不思議そうに眺めたが、マリナールの手も結構人気だった。マリナールの手はハロルドをしのぐほどの立派な手だったからだ。
「マリナール様って勇ましい神様なのね」
「素敵な手だわ」
「男らしいぜ」
「きっととっても背が高くてたくましいんでしょうね」


それからしばらく経って海の神殿、マリナールは定期的に自分に対する人間達の信仰度を調べているのだが、占い師のドドリアが水晶玉で調べた所、意外なことがあった。
「内陸部でマリナール様に対する信仰がわずかにあがっておりますが、何かされましたか?」
「いや?」
「何があったのでしょうね」
「さあ?」
マリナールは海岸近くの町や国でしか信仰されていないため、海がない内陸部ではほとんど信仰されていなかった。
「まあ、良いことですが」
「そうだの」

それが自分が渡した手のせい、とはマリナールも全く思いつかなかったのだった。

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