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13部 番外編

かわいい、かわいい(三話)

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「グレン、あっちのお母さんがグレンに会いたいってさ。半日仕事を代わるから、行きなよ」
クーリーフンからの突然の申し出に、グレンは戸惑っていた。
「え?」

(あちらのガーベラ様が? まさか、本当に?)

グレンがガーベラの神殿に行ってみると、ガーベラはすごくうれしそうにグレンを見ていた。これだけでもう別のガーベラである。
(子供が産まれたお礼を私のために使うなんて……ガーベラ様がまたクーリーフン様に仕事を代わるように頼んだのかな。恐れを知らないというか、そういうところがかわいらしくもあるが……人間でいえば王族が家来の仕事を肩代わりするようなものなのだが、息子だから別にいいわよ、とか平気で言いそうだな)

ゆりの要望でグレンはゆりと一緒にジェラルド工房に行った。そこで何をしたいのかと思ったら、グレンの手型が欲しいという。なんのために自分の手型なんかが欲しいのかグレンにはさっぱり分からなかったが、ゆりが手型を押しているのを見たら、急に自分も欲しくなった。

(記念か……こちらのガーベラ様との一時は貴重だ。200年後には確実に、こちらのガーベラ様はこの世にはいないのだから……それなのに、私とこんなに過ごしたいだなんて……)

グレンの頭の中から、もう一人のガーベラの時には限りがあるのだ、という思いが消えることはなかった。だからこそすべての瞬間が貴重に思えてくる。

グレンがガーベラの恋人になったからといって、ゆりがグレンに会わなければならない理由はない。それなのに、他の恋人を差し置いてグレンと過ごしたいというのである。それは明確な好意で、グレンが喜ばないはずはなかった。

(本当にもう、こちらのガーベラ様はかわいらしい)

聖地では手をつないで歩くことはできなかったが、今は手をつなぎまくっている。ゆりの方もうれしそうだ。

「あの鳥かわいいね」
ゆりは鳥を見て喜んでいたが、グレンは、(いや、かわいいのはあなたです)などと思っていた。
「みて、ウサギ。かわいいウサギがいるわよ」
「かわいいですね(あなたがかわいいです)」
「見て、かわいい花が咲いてる」
「あなたの方がかわいいです」
「え?」
「いえ、その、デートってこういうのでいいんですか?」
「うん。他の神様は一緒に歩こうって誘ってもあんまりピンとこないみたい。手をつないで歩くだけでも楽しいんだけどなあ」
「そうですか」

工房で乾いた布を受け取り、二人はグレンの神殿に移動した。
「やった、移動する時に持って帰ろう」
ゆりは手型がついた布をうれしそうに眺めている。
(こんなことでこんなにもうれしそうにしているなんて……かわいい)

「抱いてもいいですか? ガーベラ様」
「うん」
「ガーベラ様……」
二人は寝室へと移動した。ゆりは扉につけられていた布をひっぺがして、ハートの装飾を露わにしていた。

(こういう所はあちらのガーベラ様と同じだな)

「グレーン」
ゆりはグレンに抱きついて、そのまま二人はベッドに倒れ込んだ。
グレンはゆりにキスしまくった。
「ガーベラ様……あなたは本当にかわいい」
「グレンってば、何回かわいいって言うの。私にすればグレンの方がかわいいわよ。私のわがままにつきあってくれてありがとう」
「わがまま? これがわがままなんですか?」
「だって、神様なのにいろいろ付き合ってくれてすごくうれしい」
ゆりは本気で言っている感じだったので、グレンはそれも「かわいらしい」と言っていた。
「こんなわがままならいつでも聞きたいです」
「まあ」
「夜までいらっしゃるんですよね?」
「うん」
「ずっとここにいてくださるんですよね」
「うん。ずっとグレンといるよ」
「ガーベラ様……」
グレンの心は盛り上がりまくり、いよいよ女神の服を脱がして愛撫へと移行したのだった。

二人は二度仲良くなり、ゆりが「オカリナが聴きたい」と言ったので、グレンは服を着てオカリナを吹いた。ゆりも服を着て横に座って聞いている。今日のオカリナは愛に満ちているようだ。寂しげな音色ではなかった。
曲が終わった後、ゆりは「ステキな曲だったわ」と喜んでいた。
「オカリナって本当に良い音色よね」
「ガーベラ様を想って吹きました」
「じゃあ愛の曲ね。なんか恥ずかしい」
「ガーベラ様とゆっくり過ごせてうれしいです」
「私もうれしい」
二人はベッドの上でも手をつないでいた。
「ガーベラとはたまに仲良くなってる?」
「はい」
「そう、よかった」
グレンは女神の頬をなでなでした。
「あなたといると、楽しくて、わくわくする気持ちになれますよ。きっとクーガ様もそう感じていらっしゃるんでしょうね」
「え? クーガ様?」
突然クーガの話が出たのでゆりは驚いていた。
「クーガ様を恋人にしたと聞きましたよ」
「だれから?」
「アシュラン様です。私はびっくりして、あなたは人妻なのにどうするんだろうと思ったんですが、たまにクーガ様に会ってるんですか?」
「うん。二ヶ月に一度、アシュラン様に強制的に聖地に飛ばされてるの」
「強制的に?」
「突然びゅっとよ。心臓に悪いのよ」
グレンはぷっと笑っていた。
「笑い事じゃないのよ。最初はいきなり聖地だったからすっごく驚いたんだから。アシュラン様ったら私の了解も取らないんだから。ひどいでしょ」
「でもクーガ様のことは好きじゃないんですか?」
「今では好きよ。でも、世の中こんなに女がいるんだから、クーガ様が結婚したいって思う女もいると思うけどね」
「なかなか難しいですよ。クーガ様は、一生結婚する気はないでしょう。子供も欲しくないと思ってるでしょうし。あの方は孤独な方なんです。神と人の狭間で、どちらにもなれない。クーガ様は100歳くらいで成長が止まってしまいましてね。ある時、こんなことをおっしゃっていたんですよ。『老いることも許されないとは、私は一体どんな罪を犯したんでしょうかね』と。その後『冗談ですよ』と悲しげに笑っていらっしゃいましたが、今でも、その時のことが忘れられないんですよ。あなたなら、一時でもクーガ様の心に変化をもたらすことができるかもしれない。アシュラン様はそう思ったんでしょう。私もそう思います。どうか、クーガ様を楽しい気分にさせてあげてください」
グレンはゆりの手を握りしめたまま言った。
「グレンったら……デート中に他の男のことを言うなんて。でも、私も、クーガ様が私といて楽しい気分になればいいなって思ってるよ。クーガ様ってどんな子供だったの?」
「子供の頃は、ずっと聖地から出たがってましたよ。アシュラン様が気を紛らわせようといろいろしてましたがうまくいかなくて。パティウス様と結構仲良くなってしまって、悪いことを教えられたりもしてましたよ」
「えー意外なコンビね」
「あまり悪さばっかり覚えるものだから、アシュラン様がクーガ様からパティウス様を遠ざけたんですよ。そしたら、クーガ様が怒ってしまって、それで、自由に会っていいことにしたんです。クーガ様にとっては、パティウス様はお友達のようなものだったんでしょうね」
「パティウスって、子供に好かれそうな神様だもんね。大人と違って嘘がないから、クーガ様もきっとパティウスのことが好きだったんだね」
「大人はあたふたするばかりでしたよ」
「グレンもクーガ様のことを気にかけていたのね」
「はい、一生女性に縁がないかと思ってましたから、本当に驚きましたよ。あの方も、私と同じような気分であなたと過ごしているのかな、と思ったりして」
「どうだろう」
「きっと私と同じように、クーガ様もあなたがかわいくて仕方ないと思ってるんじゃないでしょうかね。あなたは楽しくて、かわいい人ですよ」
「ありがとう。一日にこんなにかわいいって言われたの初めてかも」
「それはうれしいです」
グレンは微笑んでいた。

楽しい時はあっという間に過ぎ去った。ゆりはいつ移動してもいいように布を大事そうに持っていたが、ついにいなくなってしまった。

(この手型を見るたびに、あなたと手をつないで歩いた時のことを思い出すんでしょうね。私にとっては、あまりにも美しく、宝石のような一時でしたよ)

グレンは布を見つめながらしんみりしていた。そしてふと、(手を少し重ねてもよかったかも。しまったなあ……)と、二つの手が永遠に離れたまま、というのが寂しく思えてきた。

(せっかくだからあちらのガーベラ様自身の手型も欲しいな。頼もうかな。その手型に自分の手をちょっと重ねて押したい)

グレンはそんなことを考えながら、二つの手型を見つめていたのだった。



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