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新作小話

聖地にて  11部56話を先に読んでください

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「スペードさん、あ、いた、探しましたよ!」
 ここは聖地にある海岸である。桟橋で釣り糸を垂らしていたのはスペードである。のどかな風景であるが、そこにあわててやってきた者がいた。
「急いで戻ってください!」
「俺は今朝釣りの最中」
「大変なんですよ。ハロルド様が急遽いらっしゃるって」
「え? 何しにいらっしゃるんだ?」
 さすがに「ハロルド」の文字でスペードの顔色が変わっていた。
「鍛錬をみたいとおっしゃってます。すぐみんなを集めて準備しないと!」
「ええ!? おおっ」
 糸が引いていたので竿をあげると、かわいい魚がひっついていた。
「小さいな。逃がそう」
「いっそいでください!」
「わかったわかった」
 スペードは魚を海に逃がしてその場から去った。

 ハロルドから突然の通達が来て、神官達は大慌てだった。皆を呼んで急いで支度をさせて、いつも鍛錬している広場に集合させた。休みの者たちまで呼び出されている。

「ハロルド様がいらっしゃるなんて珍しいな」
「俺たちがさぼってる噂でもあるとか?」
 神官達はその時はまだ笑っていたが、ハロルドの顔を見て表情をこわばらせた。なんだかしらないが、今日のハロルドは目つきが怖すぎる。

(こえええ!)
(一体何があったんだろう?!)

 確かにハロルドは怖い印象がある神である。朗らかに笑っている所を見た者は少ない。特に見習達は笑っているハロルドなど見たことがないので、怖い神だと思っている。

(こういう時リティアがいたら場が和んだんだがなあ……なんで今日に限っていないんだ)
 リティアを知っている神官達は皆同じことを思っていた。

「聞こえてるぞ。機嫌は悪くない」
 ハロルドは皆のこそこそ話が聞こえたのかそう言っていた。

(いや、悪すぎでしょ)
 と神官達は心の中で突っ込んでいる。とにかく、男達はびびりながらも剣を合わせていた。ハロルドに睨まれていたので皆真剣にやりあっている。

 するとしばらくして見ているだけなのに飽きたのか、「スペード相手をしろ」とハロルドが言い出した。

(怒りの理由はスペードさん?)
(やっぱりガーベラ様をその気にさせたのは本当だったのか?)

(違うわ。変なデマを流すんじゃない!)
 スペードはあわてている。

「あのー一つ聞きますけど、私のこと、怒ってないですよね?」
 スペードはずばりハロルドに聞いていた。
「怒ってないぞ。怒るようなこと、何かしたのか?」
「いいえ、何も」

(実はしたっぽいな)
 ぼそぼそ声が聞こえてきた。
(何もしとらんというに!)

 こうしてスペードはハロルドの相手をすることになった。周りは皆、「スペードさん、謝るなら今ですよ!」などと言っていたが、スペード自身、何かした覚えなどないのである。ハロルドの剣を受けている内に、これは自分にたいして怒っているわけではない、というのがスペードにはわかった。だが、ハロルドの心にもやもやしていることが何かあるようだ。

 神というものは、妖精に弱みなど見せたくないものだろうが、神同士には話したくないこともあるだろう。
「何か悩みでもあるんですか?」
 そうスペードは聞いてみた。

 ハロルドはやはり誰かに言いたかったのようである。珍しく、スペードはハロルドの悩みを聞くことになった。恋の悩みのようだったが、その女性のことがどうにもよくわからない。一人なのか二人なのか、人間らしいが、なぜか神と親しくなっている。

(ハロルド様はガーベラ様にぞっこんだと思っていたが……ガーベラ様以上の女性が現れたとは、しかも人間とは。その女性(達?)すごいな)
 女性の外見は全く想像できなかった。どう考えても美女に違いない。
(しかもハロルド様を翻弄するってのがすごい。龍の女じゃないっぽいな)
 龍の一族の女性ともなればハロルドを敬っている。ハロルドとの約束をすっぽかすなんて、死んでもしないだろう。
 スペードはそこでハートから聞いたカニの話を思い出した。カニといえば、朝釣り前に漁師達に噂を聞いたのだ。なんでもすごくでかいカニがあがったらしい。

 ハロルドにその話をすると、ハロルドも乗り気になった。漁師達は、「実はハロルド様に献上しようとしていたんですよ。直接渡せるなんて感激です!」と喜んでいた。漁師達には、ハロルドはカニが好きだと思われていたようだ。
 ハロルドはカニを受け取ったものの、「今贈り物をするってのもなんだか癪にさわるな」などと言っていた。
「いいじゃないですか。めったにこんなカニは手に入らないですし。カニを渡して、カニの話で盛り上がったら仲良くなれますよ」
 スペードは本気でこんなことを言っていた。
「そうか? しかし今顔を見せるのもなんだかなあ。カニだけやっとくか」
 ハロルドは迷っているようだったが、結局カニを贈ることにしたようだ。


(その女性(達?)喜んでくれたらいいが……カニを喜ぶ女性、どんな女性なんだろうなあ。海の一族の女性かな?)
 などとスペードは想像していた。
(しかしそれほど好きな相手が現れるとはめでたいことだな。微笑ましい話だ)

 夕方、スペードがハロルドの神殿に戻ると、ゼイゼイいいながらやってきた女がいた。リティアである。

「は、ハロルド様……ハロルド様はいずこ」
「もう帰られたぞ」
 スペードが無情にも告げると、リティアはがくっとひざをついていた。
「どーして。どうして私がいない時に限ってー! スペード様、どうしてもっと引き留めておいてくれないんですか!」
 リティアは涙目である。どうやら来る途中で噂を聞いたようだ。
「そう言われてもしょうがないだろう」
「くやしー ハロルド様、今日はどうでしたか?」
「最高にかっこよかった」
「そうでしょうねえ」
 リティアはにやっとしている。
「対面の間にしばらくいらしたから匂いでも残ってるんじゃないか?」
 とスペードが言うと、リティアはだっと走って神殿の奥に入っていった。

「あいつもかわいいやつなんだがなあ……」
 スペードは苦笑している。

 その後リティアはしばらく対面の間から出てこず、「掃除したいんで出てください」と神官に言われていたのだった。

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