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第5巻番外編

酒祭りだよ~♪

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(注意※有料版の方では、ゆりの提案で酒祭りでフリットがジンラ様をやってたりしてます)


 今年も酒祭りの時期がやってきた。一年の内でこの蛇の国がもっとも盛り上がる行事、それがこの酒祭りだった。大人も子供も数日前から皆わくわくしている。どこの街でも大なり小なり同じ日に酒祭りが行われて、お酒の神様ジンラに感謝しつつ皆でお酒を飲むのだった。通りには葡萄の飾りがつけられて、どの酒場もこの時ばかりはかなり安い値段で酒が提供されるのだった。広場に行けば酒の試飲などもできる。酒好きにはたまらない、それがこの酒祭りなのである。城にいるゆりは、ミカエルとの仲をどうするか考え中の頃だったので祭りで浮かれてはいなかったが、上の三人の子供達はどこかうきうきしていた。
 城に一番近い大きな街でも、例年通り大きな祭りが開催された。広場では音楽の演奏などがされて街の中も賑やかである。フリットはその日は祭りの警備の仕事をしていた。戦士達にとっても祭りは心躍るものではあるが、皆が皆酒を飲み明かすわけにもいかない。怪しい者はいないか大通りを歩いている時、ジェダンから思念が届いた。すぐ来て欲しいというものだったので、フリットは指示された場所に移動した。そこは祭りで催し物をする者達の控え室になっている場所だった。
「どうしたんですか?」
「実は、困った事が起こったんだ。ジンラ役の若者が倒れた。フリット変わりにお願いします」
「え? 私がですか?」
 フリットは瞬いた。この後大パレードが行われる予定で、それにはジンラに扮した者も登場するのだった。最近では街の若者からジンラが選ばれていたのだ。
「ですが今回私は警備の責任者で……」
「大丈夫。イシュタールが変わりにこっちに来てくれますから。それ、みんなかかれー!」
「おー!」
 ジェダンの号令で、後ろでジンラの衣装を手にしていた者達が一斉にフリットに近づいてきた。
「わー、ちょっと待って! 自分で脱ぎますから!」
 フリットは皆に服を脱がされて、ジンラの格好をさせられたのだった。

「さすが似合いますよ。まさか私がやるわけにはいかないですからねえ、女性達も喜びますよ」
 フリットの変装した姿にジェダンは満足そうだった。フリットは紫系統の派手な服で葡萄の刺繍がされた布を右肩からかけて腰のベルトで止めていた。頭には紫色のかつらもかぶらされている。葡萄の葉と蔓でできた輪っかもはめていた。
「自分で脱ぐって言ったのに……」
 フリットは疲れた様子でぶつぶつ言っている。どうせなら女性に着替えを手伝ってほしかった。ジェダンは「ちょっと失礼」と言ってちょっとずれていたかつらを直していた。
「フリット様、素敵です」
「最高っす!」
「ジンラ様万歳!」
 男達は皆手をたたいていた。そこに紫色のかつらをかぶった子供がやってきた。
「この子は?」
「アマンザ様役の子ですよ。せっかくなので親子で御輿に乗ってくださいね」
「はあ……」
「おとーさん♪」
 子供はフリットにぺったりくっついた。子供は一般人の子のようだ。十歳くらいの男の子だった。
「あれ?」
「おおっ! フリット殿じゃないですか!」
 そこへやってきたのはジュノーとヴィラだった。どうやらジンラ役の様子を見に来たようだ。
「さすが素敵ですよ」
「本当ですよ!」
「どうも……」
 二人が消えるとミカエルとイシュタールもやってきた。
「あれ? フリットじゃないか。今年もやらされたのか。ははは似合う似合う」
 ミカエルは大笑いだった。
「私も一度やってみたいんですがねえ」
「ミカエルよりもフリットでしょう」
 ジェダンが言った。
「イシュタール、今日は休みだったのにすまない」
 フリットは申し訳なさそうにイシュタールに告げていた。
「いいんだ。がんばってくれ」
 イシュタールはアマンザ役の男の子の頭をなでていた。

 ジンラ役については皆気になって仕方がないようだ。ヴィクターやナザニエルも顔を見せに来た。皆フリットがジンラをやっているのに驚き、「似合うぞ!」と大絶賛だった。

「ジンラ様になりきってくださいよ! フリット」
 ジェダンに背中をばしりとたたかれて、フリットは姿勢を正していた。

 街の大通りのパレードが始まった。楽器の演奏隊が軽快な音楽を奏でながら歩いて行き、その後ろを妖精に扮した少女達が踊っていた。通りの両隣では見物人達がそれを眺めている。戦士達は見物人が前にでないように警備していた。

「わーすごい人だ! わーわー! 何あれ! ねえ何? みんななんで集まってるんだろう?」
 人混みの中を嬉しそうな顔できょろきょろしている少年が一人いた。青い、ちょっとウエーブかかった肩の上あたりまでの髪の少年である。小さい少年ではない。分別がついた四十歳くらいの少年だったが、あまりにはしゃぎすぎている。どこにいっても周りをきょろきょろ。まるで初めてこの場所に来た観光客のようだった。珍しいのはその瞳である。熟れたぶどうのような紫色の瞳をしていた。
「すごいー、すごい人だねえ。クーリーフン!」
 少年は連れの名前を呼んでいた。
「迷子にならないでよ。アマンザ」
「わかってるよー!!」
 アマンザと呼ばれた少年はそう言いながらも、ひょいひょいと人混みの中に紛れていった。
「まったくもう……」
 クーリーフンにアマンザといえば神の国では知れた名前である。だがこの少年の背中には翼はない。美しい風貌をしていたが、女性が失神するほど美しくもなかった。だがここにいたのは紛れもなくクーリーフンだった。二人は人間に変装中だったのだ。服装も一般の人達と似通った物を着ている。
 蛇の国で酒祭りがあることを知ったアマンザは、どうしてもそれを見たくなったのだった。アマンザは生まれて初めてジンラにお願いをした。ジンラも了承し、人間界に慣れているクーリーフンと一緒に人間界に降りて来たというわけだった。
「それなら人間に変装して祭りを楽しんだら?」
 とガーベラが提案したものだから、二人は人間に変装していたのだった。クーリーフンもあまり目立たないように、顔を地味にしてもらっている。
 アマンザにとっては初めての人間界である。見る物全てが珍しくて仕方がない。好奇心に満ちた瞳でどんどん人混みに紛れていってしまうのだった。すでにクーリーフンの視界にはアマンザは見えなくなっていた。
「まあいいかあ。初めてなんだもんなあ……」
 自分も初めての時はあんな感じだったのかもしれないとクーリーフンは思い出していた。かなり昔の話になるが。肩がぶつかって「すみません」と謝られた。
「ジンラ様、急遽フリット様がやることになったんだってさ」
「へーそうなの? 楽しみだね」
「今日は何個取れるかなあ?」
 少年達はそんな話をしていた。

 一方パレードの方はとうとう輿に乗ったジンラとアマンザが現れて、見物人達からどよめきがもれていた。
「ジンラ様ー!」
「アマンザ様ー!」
 と黄色い声援があがると、ジンラは片手をあげて、アマンザの方は両手を振っている。女性達の黄色い悲鳴もあがっていた。

 いつの間にか見物人の最前列まで来ていたアマンザは、人々のどよめきに何事かと興奮していた。皆口々に「ジンラ」とか「アマンザ」とか言っているようだ。アマンザは人間界の言葉はわからなかったが、それだけは聞き取れた。

 何? 何? 何が来るの? ええー! あれはなんだ!?

 アマンザの目に輿にかつがれたジンラとアマンザが見えた。

 ええーあれって僕? 僕かな?

 アマンザは紫色の髪をしたかわいい子供に目を留めた。

 すごい! それであれがお父さんかあ……なかなか雰囲気あるかも? わー!

 ジンラの方は目元に仮面をつけていた。派手な衣装に紫色の長い髪をしている。皆口々に「ジンラ様ー!」と叫んでいたので、ついアマンザも「ジンラ様ー!」と叫んでいた。
 ジンラはこちらに片手をあげてくれた。子供のアマンザの方は嬉しそうに手を振りまくっているが、ジンラは落ち着いているようだ。

 すごい! 面白い! 人間が神様のまねしてるなんて! お父さんが知ったらどう思うだろう?

 アマンザは大興奮していた。
 二人が乗った輿は広場に到着し、そこで二人は祭壇の上にあがっていた。お祈りでもしているようだ。それが終わると、大人が一人宙に浮き、皆に向かって何かを言っていた。
「これからジンラ様によるありがたい贈り物があります。まずは子供達広場に集まっておいでー!」
 その声に周りにいた子供達が百人以上集まった。皆嬉しそうだ。
「なんだ? なんだ? なんだろうねえ。クーリーフン!」
 アマンザは横を見たがクーリーフンはいなかった。ようやくはぐれたことに気づいたようだ。
「まあいいや。僕も参加してもいいのかな? よくわからないけど行ってみよう!」
 ジンラは壇上にあがり、バスケットに入っている物を子供達にばらまいていた。子供達は競うようにそれを取り合っている。アマンザも取ろうとしてみたが、なかなか取れなかった。

 なんだか知らないけど僕も欲しい!

 ジンラは次々とばらまいている。子供達は必死だった。アマンザも必死になっていたが、なかなか取れない。

 僕も欲しいよー! あっ!

 下に落ちた物をアマンザが取ろうとすると、先に奪われてしまった。
「ああ……」
 やがてジンラのばらまきは終わったようだった。子供達は取れた物を友人達と見せ合っていた。結局アマンザは一つも取れずに終わってしまった。

 僕って鈍いのかも……

 アマンザは自分の鈍さにショックを受けていた。
 子供達が広場から散っていきアマンザもとぼとぼと歩いていると、肩をぽんぽんとたたかれた。見ると小さい少年が袋をアマンザに差し出してきた。
「これどうぞ」
「?」
「僕はもう一個取ったからあげますよ」
 少年はアマンザに袋を一つ渡した。
『くれるんですか? ありがとう』
 アマンザはジンラがばらまいた物をようやく手にして、喜んだ。

「あれ? どこの人かな?」
 その声を聞いた少年は首をかしげていた。この少年、青い髪をしていたが、変装したラギだったのだ。先ほど下に落ちた物をアマンザよりも先に取ったのがラギだった。一つも取れずにショックを受けていたのであげたのだった。
「まあいいか」
 その少年の姿はもう見えなかったので、ラギはそれ以上気にしなかった。

 その後広場では踊りがあったり酒の早飲み大会があったりといろいろな催し物があり、アマンザは思う存分満喫して神の国に帰って行った。自分からはクーリーフンを探すこともなく、夕方になりようやく二人は合流していた。

 そして神の国に帰ってきたのだが、アマンザはすっかり体調を崩していた。その姿を見たジンラは頬を引きつらせていた。
「アマンザ……お前、私の言うこときかなかったな……」
「すみまへん」
 クーリーフンに抱えられるように帰ってきたアマンザはそのまま寝室へと直行していた。
「ごめんよ。僕が見つけた時にはもう遅かったんだよ……」
「あれほど言っただろう」
「つい……」
 アマンザはしんどそうにベッドに横になった。
 神々にはタブーがあった。それは人間界での食べ物を口にしてはいけないというものである。アマンザは祭りでジンラが配ったお菓子をつい食べてしまった。そしてどうしても我慢できずに広場でお酒も飲んでしまったのだ。
「おとーはんがくばってくれたものですから……つい食べてしまったのれす」
「お前、お酒どれだけ飲んだんだ?」
 ジンラが呆れて言った。
「ほんの一口れすよ」
「嘘つけ! これは身体を清めないとだめだ! 空の神殿に連れて行こう」
 ジンラはアマンザを雲の上の神殿に連れて行き、体内を清めさせたのだった。

「お前は当分人間界はだめだぞ」
「はーい」
 はしゃぎすぎてしまったアマンザは、ジンラに怒られてしまった。そこに酒があれば飲みたくなってしまう、それも酒の神なのだから仕方がない。アマンザは初めて人間が食べるお菓子も口にしていた。ジンラが配ったのはチョコレートクッキーだった。
「でも楽しかったなあ。これってなんて書いてあるんだろう」
 アマンザは人間界から一つだけ持ち帰ったものがあった。それは一枚の小さな紙だった。お菓子と一緒に袋に入っていたのだ。そこには『おめでとう お酒の樽一つと引き替えます 本日限り』と書かれていたが、アマンザには読めなかった。
「これは記念に取っておこうっと。楽しかったなあ。ついはしゃいじゃったよ」
 人間界での自分を思い出し、つい赤面してしまったアマンザだった。
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