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第一巻番外編

ある日の王 後半

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 王座について半年が経つ頃、ようやく王の外見に変化が見え始めた。背が高くなり、少女のようだった体格も、がっしりしたものに変わってきていたのだ。同時に力も日に日に増してきていた。
「やった、もう少しで大人になるぞ!」
 王は喜んだ。どうやらハザークの予言があたったようだ。
「ようやく兆候がでられましたなー」
 とフレイが言った。
「お前……前に言った兆候は嘘だったのか」
 王はあきれていた。
「王があまりに不憫だったゆえ……ですが後半年ほどで完全な大人になりますぞ。よかった」
「あー、よかった……」

 これでほんのちょっとはましになるだろう……

「あ、王、お客様ですぞ」
「ん?」
 王の間の扉から、一人の若い男が中に入ってきた。男は王の側まで来るとお辞儀をしてにこっと笑ったのだった。
「あっ! ミハエル?」
 王はぎょっと驚きの声をあげた。死んだはずの男に良く似た男がそこにいた。だが、よく見るとかなり若い。
「ミカエルですよ、王」
 フレイが微笑んで告げた。
「ミカエル?」
「ようやく大人になったんですよ。王」
「ミカエル……フリットも大人になったのか?」
「フリットももう少しで完全な大人になりますよ」
 ミカエルが言った。
「そうなのか……」
「どうです? いい男になったでしょう? これで女性の一番人気は私に決定ですね」
「はは、そうかもな」
 珍しく王が笑っていた。

 ミカエルの声は父親ミハエルによく似ていた。ミハエルは生前よく城に訪れては楽しい話をしてくれたり、勉強を教えてくれた男だった。いつも楽しい話題で王子だった自分を楽しませてくれた。そんなミハエルがとても好きだったのだが、先の戦で亡くなってしまった。どうやらミカエルは外見だけではなく性格もミハエルに良く似ているようだ。それは王にとってはうれしいことだった。ミカエルはそれから毎日のように王のご機嫌伺にやってくるようになった。数ヵ月後にはフリットも加わった。

 悩み多き王を気遣って、周りがミカエルやフリットを王の慰め役に抜擢していたのだが、王は知らないことだった。

 その年が終わる頃、王は完全な大人になった。その時ばかりは国をあげての祭りが行われた。少年の頃に比べると、王の気の力はかなり増していた。大人になって二、三十年ほど経てば、今よりももっと気の力は強くなるだろう。

 王は大人になってほっとしてはいたが、国の状態は大しては変わってもいない。一番の目標は一族の人口増加だった。

「王、赤い月で過ごす相手を決めました?」
 年が明けてミカエルが聞いてきた。
「うーん……さあ、どうしようかな……」
「遠慮しなくていいですから、誰でも選んでください」
「わかってはいるが……」
「誰が一番好みなんですか?」
 王は頭をひねっていた。
「さあ、私はみんな好きだからなあ……この際中級の女子でクジで決めるか」
「そんな適当な……」
「みんな好きだから選べない」
「じゃあこちらで三人ほど選んでおきましょうか」
「三人は悪いだろう。一人でいい。みんなの子供を産む確率を少しでもあげたいんだ」
「そうですか」

 結局初めての赤い月の相手の女性は二人いた。初めてでちょっと不安だったものの、夜になると自然に変化して女性と過ごすことができた。
 毎年女性と赤い月を過ごしたものの、女性が孕むことはなかった。しかも待望の上級クラスの女性はなかなかでてこない。中級でさえ少ないのだから困ったものだった。

「将来期待がもてる女性ならばちらほらいるんですが……生まれたばっかりですが……」
 フレイの言葉に王は深いため息をついた。
「自分の二の舞はさせたくないなあ……」
 自分が少年の内に王になりかなり苦労したために、子供に同じ苦労を味合わせたくはなかった。

「まったく、なんでお前女じゃなかったんだ?」
 たまたま王の間にいたフリットを見て王が残念そうに告げた。
「どうもすいません……」
 フリットは申し訳なさそうに答えていた。
「どこかに性転換する薬とかないのか?」
 王は真面目にフレイに聞いていた。
「残念ながら聞いたことはないですなあ……それこそ、神の力でも借りないことには……」
「フリットが女になってくれたら、すぐ王妃にするのになあ……」
「はあ……」
「ちょっと神様に頼んでみてくれ。女にしてくれって」
「どの神様に頼んだら?」
「どの神様だろうなあ? やっぱりアシュランかな?」
「まあ一応頼んでみますが……」
 本気の様子の王にフリットはちょっと困った顔で言った。

 神様が目の前に現れたなら、『フリットを女にしてくれ』と頼めもしたが、神がそう簡単に現れることもなく、フリットが女になることもやっぱりなかった。


 なかなか王妃も決まらないまま日々は過ぎて行った。王が六十七歳になった時、再び龍の一族は戦を仕掛けてきた。前回の戦よりはましだったが、それでも上級戦士だけで五人も亡くしてしまった。

 とうとう上級戦士はたった七人になってしまったか……

 しかも女性戦士が十人も亡くなってしまい、王の心労は増すばかりだった。

 次の戦では一体何人死ぬんだ?
 このままでは、国を維持していくことさえ困難になるだろう……
 我が一族は、本当に滅んでしまうのかもしれない……

 『滅び』王の脳裏に再びその言葉が、ぐるぐると回りだしていた。

 こうして十数年が過ぎて行った。
 美しい王の表情も年々険しさを増していた。明るい話題が何もないのだから無理もない。ミカエルやフリットら、若い連中が王を慰めようと明るく振る舞っていたが、こう難題ばかりでは王も明るくなりようがなかった。

 そんなある夜のことだった。王がいつものように湯浴みをしていると、浴室に突然女が降ってきたのだった。王はもちろん驚いた。城の周りには自分の結界があるため、他族の者は城に勝手に入ることはできないのだ。女はまだ子供のようだった。しかも、虎族のガットと結婚したアヤコと同じ耳をしていることに王は気づいた。どうやら異世界の女らしい。だから結界を超えてきたようだ。少女は蛇の飾り物を落として行った。

 次の朝やってきたミカエルに王が昨晩の話をした。
「女が浴室に降ってきた? 何の冗談ですか?」
 ミカエルは笑って聞いた。どうやら王が冗談でそんな話をしたと思ったようだ。
「冗談ではない。本当のことだ。どうやらアヤコと同じ異世界の女らしい。同じ耳をしてた」
「へー本当ですか? よく殺さなかったですねえ……」
「少女を殺す趣味はないからな」
「それでその子どうするんですか?」
「とりあえずここにおいておく」
「そうですか」
 王の手には青い蛇がいた。
「ちょっと会ってきていいですか?」
「ああ、不思議な子供だ。ちょっと話を聞いてくれ」
「わかりました」
 ミカエルは興味津々で異世界の少女に会いに行った。

 王は自分の指をなめている青い蛇を見つめた。この蛇は、昨晩少女が落とした飾り物が変化したものだった。魔法をかけられているような気がした王が解除の魔法を唱えてみると、飾り物は本物の蛇に変化したのだ。

 どういうことやら、さっぱりわからん……

 王は蛇を持ったままハザークの元に飛んだ。そしてハザークに、「ちょっとこの蛇と話をしてくれ」と頼んだのだった。
「何を?」
「お前はどこから来たのか? と聞いてくれ」
「??? どこって、どういうことだ?」
「この蛇は異世界からやってきた蛇だと思うんだが……」
「???? 異世界? どこからどう見てもこの世界の蛇のようだが?」
 ハザークは首をかしげつつ蛇を見ていた。
「異世界の蛇じゃないのか?」
「異世界の蛇とやらを我は見た事がないからわからん」
「それもそうだな……じゃあなんで魔法をかけられていたのか聞いてくれ」
「……この蛇は小さすぎて話をするのは無理だ」
「そうか……」
 結局青い蛇はなぞのままだった。


 だがこの不思議な出来事から、王の運命がそれこそ一転することになった。浴室に落ちてきた少女が一族の将来さえも握っていたのだ。少女はさまざまな出来事があり王妃になり、なんとすぐに王の子供を孕んだのだった。そして無事出産した。今ゆりかごには、産まれたばかりの我が子がすやすやと眠っている。

 人の運命とはどうなるかわからない。まさか人生にこんな展開が待ち受けていたとは……

 王は以前とは別人のような穏やかな表情で我が子を見つめつつ、自分が王位についてからの四十年を懐かしく思い出していたのだった。
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