上 下
12 / 63
番は特別らしい

5 猪突猛進のサンドロ 下

しおりを挟む
「異世界人は私共の奴隷でも召使いでもございません。
女神様の思し召しで来て頂いた賓客で御座いますよぉ。
それが背後からの奇襲、そう貴族らしく決闘を申し込む事もなく、いきなり殴りかかったのですからねぇ」

サンドロは返す言葉が無かった。

「やれやれ、レン様は顎が砕かれ目が潰れて今は生死の境で御座いますよ。異世界人は脆いと注意事項にも書いておきましたのにねぇ。」

「その者には賠償金をたっぷりと払う。
第一、人の番にベッタリくっついていたのだ!」

あくまで謝罪をしないサンドロに、リンドルム担当官のにゅわんとした口元がVの字に上がった。
部屋の温度が下がる圧に、サンドロとジャダの喉がひくっと呻く。

「まだ仰いますか。異世界の方と番になるには、サンドロ様は足りてないようですねぇ。本当に番とはわからないものですぅ。
……少し、大人になりしょうか。」


何をっ⁉︎ とか、馬鹿にするなっ‼︎と叫ぶ前に、頭の中で知らない男がにたにたと笑っていた。

あ、カール・リンドルム担当官は強大な精神支配の能力があったんだ…と考えたが、すぐに霧散して。
サンドロとジャダはだるくて頭がぼうっとして動けなくなっていた。

この怠さは脱水や栄養失調だ。
行軍訓練の時に荷物を落としてそのまま訓練して、ぶっ倒れた時に似ている…ジャダは思った。
怖くて怖くて声が出せない…この体は彼女のものだ。
サンドロは切なくおもった。

無精髭の男から、ドブの匂いがした気がする。
そいつの手が視界に広がるのをサンドロは見ていた。
その目は下卑た欲望でギラついて、彼女は声も出せずに震えている。
助けに行けない自分に、ももをおもいっきりつねった。

汚い手が触れようとした時、ぐんと何がそれを叩いた。
『ニゲロ!』痩せこけて目をぎらつかせた子供が叫ぶ。
その子供はすぐに男に蹴り飛ばされてゴミの上へと転がった。
『はな!ニゲロッ』子供が叫ぶ。
男はひぃひぃと笑いながら子供をなぐる。
彼女はゴミを掻き分けて、部屋の隅の巣へと潜り込んだ。

子供の顔は殴られて腫れて斑ら色だ。
潤んだ視界の中で、子供は笑う。
『ダイジョウブ。』心の中に幸せが滲んでいくのを、サンドロとジャダは戸惑いながら味わった。

髪がパサパサな金色の女が激昂する。
顔は彼女そっくりだ。親子なのだろう。
ニコニコしてたのがいきなり激昂して、腕を振り上げた。
落ちてくる手のひらをぼうっと見てたら、顔の前にあの子供がダイブした。
『ジャマダヨ!蓮華ッ』女の叫びはヒステリックで止まらない。

目の前で、彼女の前でその子供は殴られていた。何度も何度も。
サンドロもジャダも心が痛かった。
子供が少ないこの世界では、子供は社会の宝だ。
それなのにこの子供達は…

しかもその子供は、自ら彼女に向かう拳の前に飛び込んでいく。
その子供が兄だというのは、言われなくてもわかった。
こんな小さな子供が大人にかなう訳もなく、胃液を吐いてまるまる体に女は『キタナイ‼︎』と叫んでいた。


そしてあの日。
見覚えのある会場で。
目の前のあの子供は青年になっていた。
大丈夫とエスコートしてくれていた。

その肩を鷲掴んで、拳を振るったのは赤い髪を振り乱した鬼だった。

怖い。
怖い。
怖い。
酷い。
酷い。
酷い。
辞めて。
辞めて。
辞めて。

自分のギラついた鬼の顔を。
彼女の叫びに揺り動かされながら凝視して。
サンドロは声を失って立ち尽くしていた。

「わかりますぅ?番だなんだのと仰ろうと、サンドロ様はハナ様から見るとなんですよぉ」

鬼だ。
魔物だ。
自分を護る兄を殴る鬼。

ようやくサンドロは自分の立場を理解した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

目覚めたそこはBLゲームの中だった。

BL
ーーパッパー!! キキーッ! …ドンッ!! 鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥ 身体が曲線を描いて宙に浮く… 全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥ 『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』 異世界だった。 否、 腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

影の薄い悪役に転生してしまった僕と大食らい竜公爵様

佐藤 あまり
BL
 猫を助けて事故にあい、好きな小説の過去編に出てくる、罪を着せられ処刑される悪役に転生してしまった琉依。            実は猫は神様で、神が死に介入したことで、魂が消えかけていた。  そして急な転生によって前世の事故の状態を一部引き継いでしまったそうで……3日に1度吐血って、本当ですか神様っ  さらには琉依の言動から周りはある死に至る呪いにかかっていると思い━━  前途多難な異世界生活が幕をあける! ※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

処理中です...