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番は特別らしい

4 猪突猛進のサンドロ 上

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その男レンを殴り飛ばした時、貝殻が壊れるようなくしゅっとした衝撃が拳に伝わった。

「やめろっ サンドロ‼︎」

追撃しようとした体をジャダに羽交締めされる。
その男が床でバウンドするのと、彼女が目を見開いてこっちを見たのは同時だった。
彼女の目は黒で、澄んだ鏡の様に自分が写っている。
あまりに綺麗で、サンドロは動きを止めた。
その目は確かにサンドロを捉えたのに。
その目の中には愛が無かった。

わぁんわぁんと人の叫びが上がる。
黒い目は驚愕と拒絶を浮かべたまま自分から離れて、転がった男に向けられていった。

見ればジャダに羽交締めされたまま、辺りの人が円のように空間を開けている。

「離せ!彼女は俺の番だっ!」

赤い髪を振り乱して怒鳴っているうちに、近衛兵が駆けつけて拘束された。


カール・リンドルム担当官が来る前にと、護衛として後ろに着いたジャダが情報収集して教えてくれた。
あの男は生死の境を彷徨っているそうだ。
たった一撃で死にかける程の脆い奴が、俺の番にちょっかいかけるからだ。
サンドロにとって彼女はもう世界の一番で、他は塵芥だった。

「彼は双子の兄だそうだ。」

それがどうした。
血縁といっても気を許す訳には行かない。
彼女はあの男に向かって幸せそうに笑っていたのだ。
彼女を誰もが好きになる筈だ。兄と言っても油断出来ない。

あ、しまった。
彼女の名前を聞いてない。
その前にこうなってしまった。
後悔が津波のように押し寄せる。
いつも後先見ないと叱られる。
全くだ。異世界から来た彼女を一人にしてしまった。
早くここから解放されて、彼女を迎えに行かなくては。

「サンドロ。わかっているのか?」

夢見ているようなサンドロに、ジャダは焦れて声を荒げた。

「こっちに呼ばれたと言うことは、彼も番持ちだぞ!
その彼を殴り飛ばしたんだぞ‼︎」

番持ち……
ようやくサンドロの頭に理性の光が差し込んだ。

「おまえ、自分の目の前で彼女が殴られたらどうする?
そいつを生かしておくのか?
それにおまえは背後からいきなり殴りかかった。
卑怯者と誹りを受けても反撃できないぞ」

いつも静かに物事を見ているジャダと違って、サンドロはいろいろやらかす。
そして後悔しても頭を下げるのが癪で、謝罪を口にすることは無かった。

「あいつが俺の番にちょっかい出したのが悪いんだ。
人の番にベタベタしたら殴られるって、これで覚えられただろうぜ」

ふん、と鼻をならしたのとリンドルム担当官が
「なるほどぉ」と入って来たのが同時だった。
ノックさえない待遇に、ジャダは鼻白らみサンドロはムッとした。
リンドルム担当はふるんと頬を揺らした。

「ジャダ様。お粗末ですな。
やりたい放題させてると子供は伸びていきませんよ」

ジャダは直ぐに頭を下げた。
それを丸っこい手で静止ながら、リンドルム担当官は無表情だ。

「ジャダ様はサンドロ様と同い年でございましたなぁ。
本当に、人を守る事で心が急激に大人になっていくのはなんとも切ないものですなぁ」

ここでようやくサンドロは、自分が幼くて拙いと言われている事に気がついた。
怒鳴ろうと息を吸うのを、リンドルム担当官がその目で制した。
山形で笑っている様な糸目。
それからの圧は喉を塞ぐ。

「成人した者の行いは全てその者のせい。
自分が至らなかったと思うのは、いささか不遜でございますよぉ」

ジャダに言いながら、その目はサンドロを圧している。
サンドロは思い出していた。
カール・リンドルムはほわんといた外見から、人畜無害で御し易いと見られるが、あいつだけは注意するのだ。怒らせるな。
そう父上に何度も言われていた。

「サンドロ様のおかげで、この世界の者は気に入らなかったら暴力を振るうと思われてしまいましたよぉ。
おかげでこんな世界には怖くて暮らせない。帰りたい。
異世界の方々から散々泣かれて大変でございましたぁ。」

やれやれ。頬をふるっとさせて頭を振る。

「……俺の番に馴れ馴れしいから…」

自分でも掠れた情け無い声だ。

「異世界に番というものはありませんからねぇ。」

カール・リンドルムはじっとサンドロを見つめた。
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