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そして王宮

29 その目が

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「…サフィア…」

王太子の低い呟きは、隣にいる王太子妃にしか聞き取れなかった。
王も王妃も第二王子も固唾を飲んでいた。

音は全て消えている。

王族達は、真っ直ぐこちらを見上げるレリアを凝視していた。

サフィアの顔。
そしてその瞳。

威圧するように、焼き焦がす様にこちらを見上げる濃金色の瞳。

王は言葉を失っていた。

王の視線と絡んでもそらそうとしない。
その清廉さに胸が痛い。

あの目。
あの目を孫として欲しかった。

頭の中でぐじゅぐじゅと何がが渦巻いているようで、思考がまとまらない。
年老いた王は半ば口を開け、レリアを凝視していた。


「王様。」

背後から宰相が声を掛ける。
それにハッとして王はごくりと唾を飲んだ。
直ぐに気持ちを切り替える。
ここはデビュタント。
そして貴族達の前だ。
無様な真似は出来ない。

「レリア-シャルドリュー。おめでとう。より良い未来に向けて頑張りたまえ。」

今夜、すでに何十回と言ってきた言葉を吐く。
レリアは、ありがとうございます。と、華やかに笑った。
そして再び礼をして、セバスティンにエスコートされていく。
振り返ることもしない、その後ろ姿に、王族達は言葉を無くしていた。

それからも次々と謁見は続く。




レリアは持ち場に立つ。
それだけでホール中の視線が、矢の様に刺さってくる。
顎をひき、背筋を伸ばし、微笑みを貼り付けるたままレリアはそれに耐える。

無様な真似はしない。
この時の為にダンスも作法も叩き込まれた。



白い鴎達は、自分の中に入り込んだ異物にちらちらと視線を寄越している。

「レリア様!」

気付いたロダンが駆け寄ってくる。

「お美しいです‼︎とっても…」

脳から褒め言葉を搾り出し、美しい姿を焼き付けようと、ぷるぷると息を詰めてガン見している。

「今日は眼鏡をしないんですね。」

いや、しててもお綺麗ですが。

「いや、王宮には結界があるからね。」

クスッと笑いながら答えると、固くなっていた表情が解けて。ロダンは頬を染めた。



光を反射する金色。

ロダンが犬の様に走っていった方を、ザラドはぼんやりと見渡した。
その目がハッとする。
ロダンと話す横顔。

彼だ。
温室の妖精。
あれから3回ほど話した。
でも名前は教えてもらってない。
彼も同じ学年だったのか。

風を切るように早足で進む。
周りの者が慌てて身をひき、真っ直ぐに進んだ。

「君っ!」

声を掛けて振り向いた顔。
うっとりする熟れた葡萄の様な瞳。
でも、もう片方は……

金だ。
金色だ。

王族の金色の目。


雷に打たれたようにザラドは立ち尽くした。


何故。
何故、彼がその目をしている。

俺に。
俺と心の内を話したのはなんだ。

嘘か。
俺は騙されていたのか。

綺麗な顔で。
天使の様なその顔で俺を嗤っていたのか。



信ジラレナい。
俺は誰よりも信じてタノに。

俺が欲しいその色を。
俺が持っていなきゃいけないその色を。


頭の中を血の様に赤い物が滲み出てきた。
目の前を赤い闇が覆っていく。


信じたくない。
信じジラレナイ。


俺は、誰にも相手にされてないのか…



ぐるぐると単語が巡っていく。



気がつくと、ファーストダンスが始まって。
シャルアがぐっとザラドの手を握って、さりげなくリードしていた。
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