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ダキャナの大地
5 帰還
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一つ前の町から、鳥便が羽ばたいてきた。
もう直ぐだと思うと、空気さえ甘い。
街の入り口で人々は黒山になっていた。
帰還の喜びで家々の窓は旗で飾られている。
じっと見る。
真っ直ぐ延びる路の向こうから土煙が上がってきた。今日は街道を通る者はいない。
空へとたなびく黄色い土煙は、徐々にくっきりと見えてきて。
粒の様だった馬体が目視できる様になって来た。
わぁわぁと人の歓声が、空気をびりびり揺らして身体にぶち当たってくる。
緊張のままその場に立っていたキリルは、
目前で大きく手を振るルーアの金の髪が翻るのも。
撒かれた花弁が人の熱気でくるくる飛ばされるのも。
夢の様に見ていた。
わーんと羽虫の唸りのような音が遠くなる。
緊張し過ぎて音が消えていく。
からからに渇いた喉は声も出せずに、走って来る馬をみていた。
遠いのに。
何故かはっきり見える。
馬のたてがみが上に振られてはっと広がり。
下に回り込んで首に当たる。
そんな動きにアルベルトの金の髪も広がって、額を叩く。また、雑に括ってるんだ…
痺れた心がぽつんとつぶやいた。
もう、2年。
アルベルトの心の変化を考えないようにしていた。
だから変わらぬ姿が嬉しい。
街の出迎えは、津波の様な歓声で空気を打っていた。
隣のルーアはもう腰よりも大きく育って。
言っとくが僕だって、大人の落ち着きを持ってる。
スローでしか見えない馬達は、焦ったい速度でやって来る。
砂利を跳ねあげて路を蹴っているのに、音がしない。
ルーアも叫んでる。
従者達も叫んでる。
でも声はしない。
むしろ無音が耳をつんざいて、鳴っている。
ガルゼは無事だと言ってた。
たとえ埋まっても無事だとエルダスから鳥便が来た。
~~戦場での無事は、無傷という事じゃ無い。
でも、
たとえ腕の一本。
脚の一本を無くしても帰ってきて欲しい。
隊列の先頭はカリヴァスの旗を掲げた兵士で。
風で雄々しく靡く旗に見え隠れして金の髪がある。
ああ、無事だ。
アルベルトは街の入り口で速度を落とすと、出迎えた人に向かって大きく手を振った。
あの馬鹿。
僕がどれだけやきもきしたと思ってるんだ‼︎
脳天気な笑顔で。
手まで振って。
手、脚、顔。
ああ笑顔だ。
ああ無事だ。
心にお湯の様に温かものが湧いてくる。
良かった。
重力に負けた水滴が、ぽろりと瞳から落ちた。
疲れた馬の首を優しく叩き、アルベルト達は馬番に手綱を渡した。
ガシャン、ガシャンと音をさせてアルベルトが前に出てくる。
先に帰った歩兵と笑い合いながら、アルベルトがぐるりと頭を巡らせた。
その顔がぐるりと向いた時。
キリルは懐かしいその青空色がきゅっと狭まって、それから見開かれるのを見た。
アルベルトは動きを止めた。
帰還の挨拶をしようと思った。
その中にキリルが。
キリルの目は赤く腫れて、頬にはつるつると涙が光っている。
菫色の目はただただ真っ直ぐにこっちを見ていた。
「アルベルト‼︎」
涙で絡んで掠れた声が上がった。
キリルは斟酌も立場とかももう考えなかった。
帰還の挨拶。そんなものどうでもいい。
無事に帰って来た。
それだけでいい。
両腕を広げたまま跳んできたキリルを。
アルベルトは抱き留めた。
鎧の硬さと積もった埃が舞い上がる。
汚れが…と意識が流れる前に、キリルが伸び上がって首を抱き込んだ。
唇がぶつかる様にくる。
夢に見てた。
いつも蜃気楼の様にキリルを見ていた。
戦場で人殺しとなって暴れてる時も。
仲間を殺人という泥沼に追いやりながらも。
その辛さから逃れるように、いつもいつも想ってた。
「コイツを逃せばルーアとキリルが危ない」
人を殺しながらそんな事を自分に言い聞かせていた。
ここから帰ったら。
おかえりなさい!と飛びついてくる二人を夢見てた。
ここから帰ったら。
キリルはどう答えてくれるんだろう。
応じてくれるだろうか。
拒否されたら…
不安で揺れながら戦っていた。
そのキリルが飛び付いて口付けを‼︎
もう直ぐだと思うと、空気さえ甘い。
街の入り口で人々は黒山になっていた。
帰還の喜びで家々の窓は旗で飾られている。
じっと見る。
真っ直ぐ延びる路の向こうから土煙が上がってきた。今日は街道を通る者はいない。
空へとたなびく黄色い土煙は、徐々にくっきりと見えてきて。
粒の様だった馬体が目視できる様になって来た。
わぁわぁと人の歓声が、空気をびりびり揺らして身体にぶち当たってくる。
緊張のままその場に立っていたキリルは、
目前で大きく手を振るルーアの金の髪が翻るのも。
撒かれた花弁が人の熱気でくるくる飛ばされるのも。
夢の様に見ていた。
わーんと羽虫の唸りのような音が遠くなる。
緊張し過ぎて音が消えていく。
からからに渇いた喉は声も出せずに、走って来る馬をみていた。
遠いのに。
何故かはっきり見える。
馬のたてがみが上に振られてはっと広がり。
下に回り込んで首に当たる。
そんな動きにアルベルトの金の髪も広がって、額を叩く。また、雑に括ってるんだ…
痺れた心がぽつんとつぶやいた。
もう、2年。
アルベルトの心の変化を考えないようにしていた。
だから変わらぬ姿が嬉しい。
街の出迎えは、津波の様な歓声で空気を打っていた。
隣のルーアはもう腰よりも大きく育って。
言っとくが僕だって、大人の落ち着きを持ってる。
スローでしか見えない馬達は、焦ったい速度でやって来る。
砂利を跳ねあげて路を蹴っているのに、音がしない。
ルーアも叫んでる。
従者達も叫んでる。
でも声はしない。
むしろ無音が耳をつんざいて、鳴っている。
ガルゼは無事だと言ってた。
たとえ埋まっても無事だとエルダスから鳥便が来た。
~~戦場での無事は、無傷という事じゃ無い。
でも、
たとえ腕の一本。
脚の一本を無くしても帰ってきて欲しい。
隊列の先頭はカリヴァスの旗を掲げた兵士で。
風で雄々しく靡く旗に見え隠れして金の髪がある。
ああ、無事だ。
アルベルトは街の入り口で速度を落とすと、出迎えた人に向かって大きく手を振った。
あの馬鹿。
僕がどれだけやきもきしたと思ってるんだ‼︎
脳天気な笑顔で。
手まで振って。
手、脚、顔。
ああ笑顔だ。
ああ無事だ。
心にお湯の様に温かものが湧いてくる。
良かった。
重力に負けた水滴が、ぽろりと瞳から落ちた。
疲れた馬の首を優しく叩き、アルベルト達は馬番に手綱を渡した。
ガシャン、ガシャンと音をさせてアルベルトが前に出てくる。
先に帰った歩兵と笑い合いながら、アルベルトがぐるりと頭を巡らせた。
その顔がぐるりと向いた時。
キリルは懐かしいその青空色がきゅっと狭まって、それから見開かれるのを見た。
アルベルトは動きを止めた。
帰還の挨拶をしようと思った。
その中にキリルが。
キリルの目は赤く腫れて、頬にはつるつると涙が光っている。
菫色の目はただただ真っ直ぐにこっちを見ていた。
「アルベルト‼︎」
涙で絡んで掠れた声が上がった。
キリルは斟酌も立場とかももう考えなかった。
帰還の挨拶。そんなものどうでもいい。
無事に帰って来た。
それだけでいい。
両腕を広げたまま跳んできたキリルを。
アルベルトは抱き留めた。
鎧の硬さと積もった埃が舞い上がる。
汚れが…と意識が流れる前に、キリルが伸び上がって首を抱き込んだ。
唇がぶつかる様にくる。
夢に見てた。
いつも蜃気楼の様にキリルを見ていた。
戦場で人殺しとなって暴れてる時も。
仲間を殺人という泥沼に追いやりながらも。
その辛さから逃れるように、いつもいつも想ってた。
「コイツを逃せばルーアとキリルが危ない」
人を殺しながらそんな事を自分に言い聞かせていた。
ここから帰ったら。
おかえりなさい!と飛びついてくる二人を夢見てた。
ここから帰ったら。
キリルはどう答えてくれるんだろう。
応じてくれるだろうか。
拒否されたら…
不安で揺れながら戦っていた。
そのキリルが飛び付いて口付けを‼︎
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